11話 兎鬼鉄皮2
兎鬼鉄皮が大木のような太い腕を振るえば豪風が巻き起こり、牙を剝き出しに口を開けば心胆寒からしめるような怒声が響き渡る。
かすりでもしたらただでは済まないような攻撃を、鈴鹿は何度避けただろうか。
しんどい……。
全身汗だくになりながらも、集中を切らすことなく避けては攻撃し避けては攻撃を続けていた。
兎鬼の全身いたるところを攻撃したが、弱点らしい弱点は存在しなかった。腹も首も腕も足先も腿も脇も後頭部も尖った耳も。攻撃できる箇所は全て攻撃しことごとく弾かれた。
たまに兎鬼が呻くような有効打も与えることはできたが、その場所が弱点という訳ではなかった。何故ならようやく見つけた光明かとしこたま同じ個所を攻撃したが、特に呻くこともなくただただガキンガキンと弾かれて終わってしまったからだ。
兎鬼は元気に跳躍し、鈴鹿に襲い掛かってくる。転がるように避けるが、攻撃までつなげることができなかった。鈴鹿は疲労から避ける動作も攻撃にも精細さを欠いてきている。
このままではまずい。じり貧だ。そう思ったのは何度目だろうか。永遠に1ダメージしか与えられないような感覚に、精神が疲弊してゆく。
ステータスが上昇したことで、最近は疲労など感じる機会は無くなっていた。ただでさえ毎週末ダンジョン探索を行っていたのだ。中学生という若さに加え、日々の運動習慣によってスタミナはかなり増していた。
そもそも、一回の戦闘が数十分続くこともほとんどない。高い攻撃力を有する鈴鹿であれば、多くのモンスターを1撃で煙に変えるか戦闘不能にさせることができるのだ。こんな心が折れそうになる戦闘は初めてであった。
朦朧とする視界。流れ落ちる汗がまつげを掠め鬱陶しい。絞れるほど汗を吸った服が肌に張り付き不快でしょうがない。
足腰は限界に近いのかふらつき、一度止まれば当分動けなくなりそうなほど悲鳴を上げている。魔力だってあれだけアホみたいに身体強化や魔鉄パイプに使えていたというのに、ガス欠間近なのかうまく扱うことができなくなってきた。
このままでは負ける。一度引いて対策を練り直して再挑戦すればいい。敗走するんじゃない。膠着しているからこそ引くだけだ。打開策もないのに粘り続ける方がアホらしい。
そんなことを鈴鹿はかけらも考えない。ただただ勝つことだけを考えていた。疲労困憊で思考する力が削られてきてからは、目の前のモンスターを殺すことだけを考えられた。
絶対に倒せるはずだ。1ダメージだろうがダメージはダメージだ。塵も積もれば兎鬼の命にだって届くはず。
その念を一心に、ひたすら攻撃し続けた。スタミナなどほとんど残っていない。ふらつく足が絡まれば即座にゲームセット。だというのに、鈴鹿の攻撃は止まらない。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
兎鬼の攻撃を避け、できた隙に攻撃を叩き込む。
ただただその繰り返し。単調な繰り返しだが、鈴鹿の動きに徐々に変化がみられ始めた。
一撃一撃が強力な攻撃のため余裕をもって回避をしていた鈴鹿だが、攻撃を避けるたびにその距離が縮まってゆく。振り回される腕は鈴鹿の頬の数センチ前を通り過ぎ、突進を避ける際は兎鬼の毛と鈴鹿のジャージが触れるほどの近さだ。ギリギリで避けるということは動く量も少なく済むだけでなく、攻撃にも繋げやすくなる。気づけば鈴鹿は兎鬼に張り付くような近さで攻撃を振るっていた。
更におかしなことが起き始めた。兎鬼の身体が仄かに光って見えるのだ。
漏れ出た魔力とは違う光り方。疲労でかすむ眼が幻想でも見せているのかと最初は思ったが、どうやら違った。
光りは均一ではなく、1~2か所薄くなっている場所もあった。試しに光が濃い箇所を攻撃してみたが、何ら変わらず攻撃は弾かれてしまった。次は薄いところへと攻撃を仕掛けてみる。
「グウゥウ!!」
兎鬼が呻き声を漏らし、嫌そうに腕を振るって鈴鹿を離れさせる。再度兎鬼を見れば、薄かった場所は他同様光が濃くなり、代わりに別の場所の光が薄くなっていた。
そこから導き出される答え。疲弊しきった脳みそでは原理も理屈も理解できないが、光が薄いところは攻撃が通る。その一点だけは理解できた。
そして、それだけで十分だった。
魔鉄パイプが再び仄かに輝きだす。漏れ出るほどの魔力は残っていなくとも、最低限身体強化は維持できている。であれば、十二分に動くことができる。
今までは兎鬼の攻撃を避けて攻撃することをしていたが、兎鬼が動くよりも速く光りの薄い場所に向かって魔鉄パイプを繰り出した。
「ゴァッ!?」
明らかに痛みを感じ鈴鹿と距離を開けるために手を振り払ってくる兎鬼。その攻撃をスレスレで避けながら、移動した薄い光に向かって再度魔鉄パイプを振るった。
噴き出す汗のせいで脱水しているのか、もはや喉がひりついて気合を入れるために声を出すことすら億劫だった。それでも、身体は滑らかに動く。兎鬼が攻撃するよりも早く、鈴鹿の攻撃が通る。
始めは兎鬼が攻撃を振るう前に1度しか攻撃ができていなかった。だが、次第に2発、3発と増えてゆき、烈火の如く手数が増してゆく。逆に兎鬼は動きがどんどん鈍くなり、硬質な毛からは血が滴りだした。
「ゴオォアアアァア!!」
鈴鹿の攻撃に押され、兎鬼がたまらず後方へ逃げるように飛び退った。
今まであれだけ攻撃を受けようとも気にせず不遜に突っ込んできていた兎鬼が引いた。その時点で勝負は決していた。
「戦い゙っでの゙ば……気持ぢで負げだ奴がら゙死ん゙でぐん゙だよ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙!!!」
後ろへ跳んだ兎鬼に合わせるように、鈴鹿は前へ進んだ。鈴鹿と距離を取るために跳んだというのに、兎鬼と鈴鹿の距離は一切変わらない。
追い払おうと腕を振ろうとするが、体勢も整っていない状態での攻撃よりも鈴鹿の攻撃の方が圧倒的に速かった。着地の反動で下がった顎目掛け振り上げる。まるでアッパーのようなその攻撃に、顎は砕かれ兎鬼の顔が跳ね上げられた。
二本足で天を仰ぐような姿勢で硬直した兎鬼は、そのままゆっくりと後ろへと倒れてゆき、地面にぶつかると同時に煙へと姿を変えたのだった。




