10話 兎鬼鉄皮
夏休み探索10日目。今日も今日とて鈴鹿はダンジョンに潜っていた。
前日に1層2区のエリアボスである新緑大狼と激戦をしたというのに、休息日も設けずに再びダンジョンへと来ていた。
大狼の範囲攻撃によって身体のあちこちから出血する怪我をしていたが、今はキレイに治っている。昨日のダンジョン探索終了後、その足でヤスの通っている塾まで行って治してもらったのだ。もちろん晩御飯休憩のタイミングで会っているので、勉強の邪魔はしていない。
ダンジョンから出るころには血も止まっていたし、回復魔法(1)で治るレベルの怪我だったため、大怪我という訳ではなかった。
傷が治っているのならダンジョンにだって行ける。どうせ休むならば2区を完全制覇してからで良いだろうと、2区のもう一匹のエリアボスに挑むことにしたのだ。
昨日の新緑大狼との戦闘はかなりいい感じだった。範囲攻撃をくらってしまったが、その後の立て直しも含め良く立ち回れた。エリアボスを連戦するのは、その感覚を忘れぬうちに戦いたいという思いもあったからだ。
2区のもう一匹のエリアボスは兎系のモンスターである。以前遠目で確認をしていたが、兎か?と疑問を要するシルエットであった。
昨日と同じく準備運動も兼ねて一角兎や疾風兎を狩ってゆく。新緑大狼戦でレベルもスキルも上がったためか、今まで以上に楽に倒せるようになっていた。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:21
体力:193
魔力:191
攻撃:199
防御:193
敏捷:201
器用:197
知力:189
収納:81
能力:剣術(2)、身体操作(3)、身体強化(3)、魔力操作(2)、強奪、思考加速(1)、気配察知(1)
特に身体強化のスキルがレベル3に上がったのが大きい。動ける幅が格段に広がり、一角兎の突撃も疾風兎の魔法も難なく回避することができるようになった。
お昼休憩を挟みながら兎狩りを継続する。エリアボスとの戦闘は一日の締めに行うため、15時頃まで兎を狩り続けた。以前エリアボスを見かけた辺りまで近づいてゆけば、遠くにエリアボスを見つけることができた。
近づくにつれ、徐々に姿がはっきりと見えてくる。
兎鬼鉄皮:レベル24
そいつを初めて見た時、鈴鹿の感想は『これは兎なのか?』という疑問であった。パッと見ただけでは熊と見まごう様な見た目をしているからだ。
ヒグマのように大きく、二本足で立っていると鈴鹿よりも圧倒的に大きい。2メートルは超えてそうだ。手足も太く筋肉質で、手には鋭い爪が生えている。全身は硬質な毛で覆われており、鉄皮という名前の通り毛の薄い手などは鉄を彷彿とさせる黒い肌をしていた。
般若のような顔は怒りを抱えているかのように、落ち窪んだ目が赫々と妖しく灯っている。唯一兎と認識できる長い耳は、まるで二本の角のように尖っていた。兎鬼鉄皮は真っ白でふわふわな兎とは似ても似つかないモンスターであった。
鈴鹿はいつものように魔鉄パイプを握り締め、戦闘に備える。盗人の小鬼がいるエリアではあるが、さすがにエリアボスとの戦いではリュックは離れたところに置いておく。背負って戦うには邪魔すぎるからだ。
エリアボスの周囲では小鬼も見かけないし、大狼の時も奪われなかったので問題ないだろう。万が一盗まれたとしても、水筒や昼食のゴミくらいなものだ。携帯や財布はダンジョンに持ってきても邪魔なだけだから、協会の貸しロッカーに入れている。できるだけ荷物を減らして探索していることもあって、最悪盗まれたところで痛くもかゆくもない。
今日の服も学校指定のジャージだ。昨日大狼の魔法によってボロボロにされてしまったが、学校指定のジャージは2着持っている。これをボロボロにされるときついが、今は金銭に余裕があるためダメになったら買えばよいとも思っていた。
「さて、お前はどんな奴なのかね」
見た目的には肉弾戦を得意としそうな感じだ。大狼が魔法を主体としていたので、別系統のモンスターというのも納得がいく。
兎鬼の周囲には何もいない。一角兎も疾風兎も潜んでいない。絶対の自信はないが、スキルの気配察知にも引っかからないので隠れていることもないだろう。
「ゴガアアアァァアァァアアアアア!!!」
鈴鹿が近づいてゆくと、突如兎鬼が咆哮を上げた。耳をつんざく様な怒声に思わず耳を塞ぎたくなる衝動を抑え、即座に戦闘態勢に入る。
「うっそだろ!?」
兎鬼は吠えた後、鈴鹿に向かって飛びかかってきた。まだ彼我の距離は10メートルはある。その距離を埋めるように高さ3メートルは飛んでいるだろう大ジャンプで襲ってきたのだ。
2メートル近い巨体がだ。そんなこと可能なのかよと衝撃を受けながら、鈴鹿は横へと回避する。こんな質量の塊のようなモンスターを受け止めることは、ステータス値が高い鈴鹿でもさすがに無理がある。
虚を突かれたとはいえ、所詮は単純な飛びかかり。冷静に対処すれば回避も容易だし、着地後の硬直を狙って攻撃を仕掛けることだってできる。
スキルレベルの上がった身体強化と魔力操作をフルに使い、身体を強化し魔鉄パイプに魔力を充填させた。仄かに鈍く輝る魔鉄パイプを振り上げ、この一撃で決める思いを込めて兎鬼の背中へ振り下ろす。
ガッキィィン
生物を殴りつけた音とは思えぬ音が鳴り響き、鈴鹿の攻撃が弾かれた。これには鈴鹿も思わず眼を見開く。ステータスが上昇してからは、鈴鹿の攻撃で痛打を与えられなかったのは初めての事だった。
親分狐のように武器で防がれたのではない。ただの皮膚に弾かれたのだ。
ゼロ距離でよく見てみれば、まるで魔鉄パイプに魔力を流した時のように兎鬼の表面は仄かに赤く輝っていた。
「こいつ、身体強化で防御底上げしてやがんのかッ!?」
先ほどの攻撃も身体強化をしているからこそ、助走も無しにあれほど高く跳躍できたのだ。だが、タネが割れたところでどうすることもできない。
兎鬼が振り返り様に腕を振り回し攻撃してくる。圧倒的な質量。それに身体強化もしている攻撃。受け止めようなどと馬鹿なことは考えず、潜り抜けるように回避し脛を狙って魔鉄パイプを振るった。
だが、背中を狙った攻撃同様に、脛への攻撃も硬質な音を響かせ弾かれてしまう。
「堅すぎだろコイツッ!」
兎鬼は鈴鹿を押しつぶす様に両手を地面に叩きつけるが、バックステップで難なく回避する。叩きつけられた地面が凹み粉塵が舞う様子から、一発一発の威力の高さが伺える。
攻撃速度がそこまで高くないのがせめてもの救いだ。兎鬼は一角兎のようにスピード特化の紙装甲とは真逆で、鈍重な重火器を思わせる。
両手を振り下ろしたことで頭の位置が下がっていたため、眉間に向かって魔鉄パイプを振り下ろした。ここまで綺麗に入ったら、防御力の高い緑黄狼でさえ目玉を飛び出させ即死していたはずだ。
だが、兎鬼は何も感じていないかのように攻撃をくらっても微動だにすらしない。
至近距離で睨み合う。鈴鹿の攻撃にイラついたのか、攻撃が当たらないことに腹を立てたのか。般若のような顔が歪み、落ち窪んだ双眸が怪しく赤く輝った。
「グヴォオオオォオオォォォオオ!!!!」
赫怒した兎鬼は咆哮を上げながら、目の前の鈴鹿に抱き着くように飛びかかった。
「怖え!! 怖えよお前!!」
近距離での咆哮に思わず圧倒されながらも、転がるように横へ飛び回避する。ヘッドスライディングのような状態で倒れている兎鬼のケツに向かって、思いっきり魔鉄パイプを叩きつけるが、鋼鉄のケツが魔鉄パイプを弾き返す。
即座に兎鬼も暴れるように起き上がり、腕を振り回し反撃に出る。攻撃とも言えない行動でも、鈴鹿にとっては無視できない威力があるだろう。相手の攻撃は一撃で致命傷、一方こちらの攻撃は効いている手応えもない。
どうやら脳死で攻撃しても埒が明かなそうだ。ここまで有効打を与えられていない鈴鹿は、兎鬼の攻略方法について考える。
①打撃武器に耐性がある可能性。
兎鬼は恐ろしく硬いが、斬撃耐性は低く普通に攻撃が通るかもしれないし、魔法が弱点かもしれない。鈴鹿の武器は魔鉄パイプ一種類のみ。仮に斬撃に弱かった場合、今の鈴鹿では有効打を与えられない。長期戦が必至となる。
②弱点となる箇所がある。
これまで鈴鹿が攻撃したのは背中、脛、眉間、尻。これらとは異なる場所に急所があり、ダメージが通りやすい部分があるかもしれない。そこを探し当てられれば、一気に形勢は傾くだろう。
③兎鬼の魔力切れを狙う。
今なお体表からは漏れ出た魔力が深紅に輝いている。兎鬼の魔力が枯渇して身体強化が切れれば、鈴鹿の攻撃も通るだろう。これも①同様長期戦が必至になり、先に鈴鹿の魔力が切れるリスクもある。
「いろいろ考えたけど、結局どれも長期戦になりそうだなぁおい! 根性勝負と行こうじゃねぇか!!」
やれることは全て試す。そう結論付け、鈴鹿は長期戦をする覚悟を決めた。




