9話 新緑大狼
夏休み探索9日目。今日は狼のエリアボスと戦うことにした。
ここ数日緑黄狼と戦闘を続け、狼系のモンスターとの戦闘経験値を積んできた。
探索者高校の生徒は主に鬼系と狼系を中心に戦っているため、たまに探索者高校のパーティが戦っている場面にも遭遇した。トラブルを避けるために遠目で戦闘を見つけたら避けていたため何も問題は起きなかったが、避けるということは時間がかかるということで思ったよりも動きにくかった。
しかし、兎と狼が混在して出てくるエリアを見つけてからは、また平穏なダンジョン探索に戻った。探索者高校の生徒は兎を避けるため、静かな狩場であった。
このエリアで緑黄狼とたまに一角兎や疾風兎を狩り続けたことで、レベルは19にまで成長していた。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:19
体力:173
魔力:172
攻撃:180
防御:174
敏捷:182
器用:178
知力:170
収納:73
能力:剣術(2)、身体操作(3)、身体強化(2)、魔力操作(1)、強奪、思考加速(1)、気配察知(1)
相変わらずステータスの伸びがよい。おかげでソロで探索することができている。それだけでなく、一日の収益もかなりの額になってきた。
昨日の収益はとうとう大台の10万円を超えてきた。今までも疾風兎の防具を売れば10万円の日もあったが、コンプする前だったので売ってはいなかった。しかし、コンプした今では売却できるため、昨日は総額11万100円の収益を記録した。
『一角兎の赤身肉』というアイテムも売りたくはないのだが、いかんせん収納が圧迫されるため売っている。それでも家には冷凍庫にマトン肉含め大量に備蓄してるため、当分は困らないだろう。
かなりの儲けではあるが、パーティで活動していれば人数で頭割りする必要がある。5人パーティなら一人2万円。日当2万円は大きいが、大金という程でもない。
それに鈴鹿ほど一日の討伐数が多いわけではないため実際はもっと少ないし、防具が出た場合の取り扱いも揉める要素につながる。その辺りは探索者高校でルール決めされているらしいが、金が絡むとどうしたって揉めるものだ。
そういった煩わしさがないのも、ソロ活動の利点だろう。その分リスクが高いのだが。
鈴鹿は魔鉄パイプを数回振り回し、調子を確認する。ただ今の時刻は15時前。今日は朝から緑黄狼を狩り続け、奴らの動きを頭に叩き込んできた。
遠くに見える大きな狼へ近づいてゆく。エリアボスの周囲には総数10匹の緑黄狼が群がっていた。その様子に、1区のエリアボスである親分狐を彷彿とさせられた。
新緑大狼:レベル24
今の鈴鹿より5つもレベルが高い相手。探索者高校では戦うなと言われているエリアボス。それにソロで挑む。
無謀にも思えるが、今のステータスならば通用する。そう鈴鹿は確信していた。そして、今挑まなければぬるゲーになってしまうとも直感していた。
最近は防具を集めるためにモンスターを狩り続けていたが、連日の狩りで行動がパターン化してしまい面白味に欠けていた。防具を集める楽しみはあるものの、鈴鹿はどこか物足りなさを感じていたのだ。
それを埋める存在が、目の前の大狼だ。そう願い、全身に魔力を滾らせる。魔鉄パイプにも十二分に魔力を流し、準備万端だ。
緑黄狼も鈴鹿に呼応するようにゆっくりと隊列を広げ戦闘態勢へと移っていく。新緑大狼は上半身を起こし、こちらを睨み付けていた。
緑黄狼は本物の狼と同程度のサイズで、大型犬と同じくらいだ。一方新緑大狼はそれよりも3周りは大きなサイズをしている。上半身を起こした状態の新緑大狼の目線は鈴鹿よりも少し高いくらいにあるのではないだろうか。
しかし、戦闘が始まりそうだというのに新緑大狼はそれ以上起き上がろうとはしない。いや、できないのだ。新緑大狼の下半身はもともとなのかそういう設定なのか、動かすことができないと言われている。二本足で上半身を起こすのが精一杯なのが、新緑大狼というエリアボスなのだ。
それでは何をしてくるかというと、メインの攻撃手段は魔法だ。新緑大狼の真骨頂は巨躯からの強力な攻撃ではなく、風魔法による遠距離攻撃を主としている。まるで疾風兎のような戦い方をするのが、あの大きな大狼なのだ。
「さ、気張ってこ~」
緩く気合を入れると、鈴鹿は走り出した。鈴鹿の足には疾風兎の靴が装備されている。ダンジョン産の防具は収納に入れることで所有者にあったサイズになるためか鈴鹿の足によく馴染み、本気で駆けても壊れることがない丈夫なものだった。
鈴鹿の突撃を吸収するように緑黄狼たちは散開し、大狼は魔法を行使する。肩慣らしだからか、使用した魔法は疾風兎同様、風の弾の様だ。さすがに疾風兎よりも大きく弾の速度は速いようだが、それだけなら何ら脅威に感じることはない。
鈴鹿は身体強化によって底上げされた速度で駆けまわりながら、展開しようとしていた緑黄狼へと迫った。
こいつらは一角兎よりも遅い代わりに、防御力が高い。硬質な毛で覆われた身体は刃を通しにくく、強靭な体躯で力も強い。下手に攻撃すると取っ組み合いになり、そうなれば周囲から緑黄狼が群がって喰い殺されてしまう。
だからこそ、鈴鹿はヒットアンドアウェイを心掛けていた。一角兎のように一撃で沈めることもできるのだが、半々の確率で生き残る。だからこそ、一撃で仕留められると過信せず、確実にダメージを蓄積させて少しずつ数を削っていくのだ。
緑黄狼:レベル20
目の前の緑黄狼を視る。緑黄狼はレベル14~20の範囲で出現するモンスターだ。目の前の緑黄狼がたまたまレベル上限の20だったなんてことはないだろう。恐らく10匹すべてがレベル20だ。そうでなくては面白くない。
大狼の魔法が鈴鹿の真横に着弾する。地面に当たったことで圧縮された空気が解放され、暴風が吹きすさぶ。その風に背中を押されるように立ち回り、追い風を受けて加速してゆく。
緑黄狼が襲い掛かろうと飛び掛かってくるのに合わせ、鈴鹿も攻撃のモーションへと入った。
あ、なんかやれそう。
暴風で思ったよりも加速できたからか、今の一振りならば決めきれる。そう確信し、足を攻撃しようとしていた軌道を変え、魔鉄パイプを大きく開けられた緑黄狼の口めがけて叩き込む。
魔鉄パイプは緑黄狼の歯を砕くだけでは止まらず、そのまま頬を引きちぎり頭蓋を粉砕し緑黄狼の頭部を貫通した。衝撃で目玉を飛び出させながら、緑黄狼は煙へと変わっていった。
なんだか今日は調子がいいみたいだ。久しぶりの強敵に、血が沸き立っているのかもしれない。
大小さまざまに形作られた風の弾丸を避けながら、迫りくる緑黄狼を削ってゆく。
スライディングをするように緑黄狼の攻撃を搔い潜り、すれ違いざまに足を砕き戦闘不能にさせる。三方向から飛び掛かってくる緑黄狼には身体操作スキルを駆使し、ぬるりと隙間を縫うように避けていった。
緑黄狼の群れにあえて突撃し乱戦に持ち込むことで、大狼が魔法を行使させにくく立ち回ってゆく。四方を敵に囲まれるためリスクもあるが、思考加速の恩恵を受けている頭をフル回転させ、一度も動きを止めることなく少しずつ少しずつ緑黄狼を削っていった。
足の骨を折られ上手く動けずにいた緑黄狼の顔面に魔鉄パイプを振り下ろし煙へと変える。これで残る緑黄狼は5匹。10匹いた緑黄狼も、半数まで減らすことができた。
「おいおいおいおいッ!! お前の可愛い可愛い犬っころがいなくなっちまうぞッ!? エリアボスっつってもその程度かァッ!?」
鈴鹿の煽りを受けたからか、それとも緑黄狼の数が減ったことで行動パターンが変わったのか、大狼が大きく吠えた。その瞬間、緑黄狼が一斉に鈴鹿から飛び退る。
何か来る。緑黄狼たちのあからさまな動きに、鈴鹿は即座に呼応する。離れるということは、鈴鹿と近いと困るということ。
緑黄狼たちは鈴鹿から放射状に離れたため、緑黄狼同士の間隔もそれなりにある。だが全てが均一という訳ではない。比較的距離が近い二匹の緑黄狼に狙いを定め、同じ方向へ鈴鹿も駆けた。
直後、大狼から巨大な風の弾が飛ばされた。それは一見すれば壁のように感じるほどの大きさで、避けるということは不可能な規模であった。
吹き飛ばされる。そう思い鈴鹿は踏ん張ろうと重心を低くするが、その巨大な風の弾は鈴鹿の眼前で破裂した。巨大な風の弾の中身は圧縮されたただの空気ではない。風の刃が詰め込まれた広範囲殺傷型の魔法であった。
「しまっ!?」
踏ん張ろうと重心を下げ足を止めたことで、即座に回避が間に合わない。吹きすさぶ暴風と共に、風の刃が鈴鹿に襲い掛かる。腕で顔は護るものの、護っている腕や足などに裂傷が走ってゆく。
範囲攻撃のためそこまで威力はないのだろうが、ここに来て紙装甲が仇となった。ただの中学指定の学校ジャージでは、ダンジョンのエリアボスの攻撃を防ぐには値しない装備だ。
その一撃で鈴鹿は身体のあちこちから血を流しているが、被害を受けたのは鈴鹿だけではない。鈴鹿に後を追いかけられた二匹の緑黄狼も攻撃魔法の範囲内に入ってしまい、顔を切り裂かれ致命傷を受けていた。
暴風が収まると同時に、緑黄狼と鈴鹿は動き出す。前者は止めを刺すために、後者は突っ込んでくる犬っころを返り討ちにするために。
傷だらけだというのに、鈴鹿の顔には笑みが広がっていた。
全身に傷を負っているが、そんなものはアドレナリンによって何の痛痒も感じない。ただただ疾風兎のように周りの雑魚を減らして終わりかと思われた戦いに、何とも嬉しい誤算が生じたのだ。
生死を賭けた戦い。まるで先の親分狐戦のように、狩るか狩られるかの戦いへと移行したのだ。
今まで以上に深く深く集中していく。思考加速のスキルのせいか、襲い来る緑黄狼がまるでスローモーションのようにはっきりと動きが見えた。だというのに視野が狭まることはなく、周囲の草の靡く様子さえ知覚することができた。
また一段、自分のギアが上がったことを感じることができた。そのことに、鈴鹿はどうしようもないほど歓喜が沸き起こる。
「そうだよそうだよそうだよなぁあああ!! こんな簡単に終わるタマじゃねぇよなぁ!? なぁッ!?」
迫りくる緑黄狼をさばきながら、鈴鹿は傷の深さを確認していく。出血はしているものの、骨まで見えるような深い傷は負っていない。レベル以上に高い鈴鹿のステータスのおかげで、防具の弱さがカバーされたようだ。
先ほどの攻撃は乱発できないのか、迫りくる壁のような巨大な風の弾は撃ってこない。なら早々に止めを刺してやる。
そう思い、鈴鹿は魔鉄パイプにより一層の魔力を流し、まだ元気に動き回る緑黄狼3匹を殺そうと意識を集中させた。
しかし、それと同時に大狼は再度大きく吠えた。その声に、どうしたって先ほどの魔法が脳裏をよぎってしまう。だが、緑黄狼たちは先ほどのように飛び退ってはない。
ブラフか緑黄狼を巻き込んでの攻撃なのか、それを判断するために大狼へ視線を向けた。大狼は吠えた姿勢のままなのだろうか、上へと口を向けたままだ。こちらに向けて巨大な風の弾が迫るようなことはない。
何だ? 何かしたのか?
一瞬の思考の空白。生じた疑問は、体感することで回答を得た。
上空からものすごい勢いで風が吹き下ろしてきた。ダウンフォースのように働くその風は、鈴鹿を地面に押さえつけてくる。
んだこれ!? 動けねぇッ!?
疾風兎のように仲間を加速させるのとは真逆、敵を地面に縫い付け機動力を奪う魔法。巨大な風の弾が来た場合即座に避けようと踏ん張っていなかった体勢のため、より深く抑え込まれてしまった。どうやら戦略は大狼の方が上手の様で、先ほどから鈴鹿の行動は裏目に出てしまっている。
鈴鹿を押さえつける風も長くはない。だが、体勢を完全に崩された鈴鹿は、即座に次の行動へ移すことができない。つまり足を止めてしまった。
鈴鹿がソロで探索するようになり、一つの戦闘スタイルができつつあった。それは常に動き続けること。一対多での戦闘では囲まれれば終わりだ。敵と鍔迫り合いなんてすれば、四方八方から攻撃を受けて詰んでしまう。だからこそ、敵に殺到されないように動き続けねばならないのだ。
それなのに、足を止めた。そうなれば緑黄狼たちが一斉に襲い掛かってくるのは必然であった。元気な3匹だけでなく、範囲攻撃を受けて弱っていた2匹も死に体にむち打ち襲い掛かってくる。
この状態で取れる選択肢は二つ。何匹かの攻撃は甘んじて受けることになるが確実に1匹をカウンターで殺し、他の緑黄狼もダメージをもらいながら減らしてゆく方法。もう一つは一か八かの賭けになるが、攻撃は捨て回避に専念することで何とか体勢を整える方法。
前者の場合、確実にダメージをもらうため場合によってはその時点でゲームオーバーになる可能性がある。嚙みつかれればいくら鈴鹿のステータスが高いとはいえ大きな血管を傷つけられるかもしれないし、数匹で噛まれれば思うように動けず残り4匹を攻撃することが難しいかもしれない。
後者の場合、分の悪い賭けになる。体勢的に即座に動くことも難しく、隙間を埋めるように緑黄狼たちも襲ってきているため、避けるスペースが見つからない。
攻撃を弾く為の盾も、防ぐための防具も、フォローしてくれる味方も、回復してくれる存在もいない。いわゆる詰み。高速化した思考の中でその言葉が出てきた。
その瞬間。鈴鹿の中で何かが切れる音がした。
終わりという現実に集中力が切れたわけではない。もう無理だと諦めてやる気がなくなったわけでもない。
その音の正体は、堪忍袋の緒が切れた音だ。
たかだか1層2区のエリアボスに詰み? ……ふざけるなよ。勝手に結論付けてんじゃねぇぞ。くそみてぇな2択突きつけやがってぶっ殺すぞ。犬畜生を皆殺しにする。選ぶのはこの一択だろうがぁあああああああ!!!!
自身で結論付けた内容にキレるただの逆ギレではあるが、鈴鹿の戦意が喪失することはなかった。
「避けることができねぇならよぉおおお!! まとめて吹き飛ばせばいいだけだろうがァアアアアア!!!」
魔鉄パイプがいつも以上に魔力を帯び輝きだす。扱える以上の魔力を身体強化に充ててるためか、鈴鹿の身体から魔力が漏れ出し可視化されていた。
今までなら無理だっただろう。常識で考えれば無理となるだろう。だが、この世界には魔力がある。まだ魔力で何ができるのかすべてを理解することはできないが、無理を押し通すくらいの力がなくて何が魔力だ。
その一心で全魔力を注ぎ込むほど放出し、あらんかぎりの力を込めて魔鉄パイプを振り絞る。
魔力で満たされた身体は今までの比ではないほどの速度で動き、眼前に迫っていた緑黄狼よりも疾く攻撃へと至ることができた。まるで発泡スチロールでも殴ったかのような呆気ない手応えと共に、魔鉄パイプが一回転するような軌跡で横なぎに振り抜かれていった。
たった一振りで、5体の緑黄狼は煙へと姿を変えた。抜群の連携で同時に襲い掛かったことが逆に裏目に出てしまったようだ。
勝利を確信したところからの全滅。その様子に驚愕したのか、大狼は回避された場合に備え準備していた風の弾丸を発射することが遅れてしまった。
逆に鈴鹿は止まらない。当然だ。鈴鹿の目的はエリアボスである大狼を殺すこと。緑黄狼を全滅させることではないのだから。
遅れて掃射された風の弾丸は、ことごとく空を切る。風の弾丸を再生成するよりも疾く、鈴鹿は大狼の下へと辿り着いた。
大狼もエリアボスの意地か大きな顎を開き嚙みつきにくるが、魔法職である大狼の攻撃を鈴鹿が避けれぬはずも無し。ぬるりと回避すると同時に魔鉄パイプを振り上げる。末だ魔力で満ちた身体は、身体強化によってステータス以上の力が漲っていた。
その力を解放するように、鈍く輝る魔鉄パイプを振り下ろす。
大狼の首と魔鉄パイプが衝突した。肉を引き千切るぶちぶちとした感触を感じながら、なお一層の力を込めてゆく。肉を砕き骨をへし折り、魔鉄パイプは止まることなく振り下ろされた。
大狼の首が宙を舞う。上体を起こしていた身体もゆっくりと倒れていった。
緑黄狼は全て狩りつくした。エリアボスである大狼も首をもがれた。それでもなお、鈴鹿は魔鉄パイプに魔力を流すことを止めない。身体からは魔力の供給過多によって魔力が漏れ出たままだ。
鈴鹿が警戒を解かないからか、命の灯がもう間もなく消えるからか、大狼が動いた。
身体はピクリとも動かない。動いたのは吹き飛んだ首だ。圧縮した風の弾を自身の吹き飛んだ首付近で爆破させると、解放された爆風が首を鈴鹿めがけて吹き飛ばしてきた。
再度大きく開かれた顎。死なば諸共とでも言わんばかりに、意地でも鈴鹿を地獄へ道連れにしようと、赤く濁った瞳が鈴鹿を捉える。
吹き飛んだ首が強襲するという完全な不意打ち。しかし、警戒を解いていない鈴鹿はその攻撃にも動じることなく対処できた。
いや、動いて当然とばかりに思っていた鈴鹿は、首が爆風で動く前から攻撃のモーションに入っていた。
「最後に首が動くのは知ってたぜぇええ!! もの〇けで見たからなぁああああああ!!!!」
振り下ろされた魔鉄パイプは飛んできた大狼の眉間に直撃し、地面へと叩きつけることに成功した。
直後、新緑大狼は胴体もろとも爆発したように砕け散り、煙となって鈴鹿へと吸収されたのであった。




