8話 兎の防具
夏休み探索3日目。今日も今日とて草の生い茂る場所を見つけては特攻し、出てきた一角兎を狩り続けていた。
鈴鹿の視線の先にはもぐもぐと草を食む一角兎。このパターンは近くに別の一角兎が潜んでいる可能性大。
だからこそ、囮役の一角兎に集中する。草むらには2匹いる感じがするが、無視。
最近獲得した身体強化のスキルを使うべく、集中して身体に魔力を馴染ませていく。スキルを獲得してもスキルレベルが低いためかまだすんなりと使用できない。早くこのスキルに慣れるために、できるだけ使うようにしていた。
魔力が十分身体に満たされたことを確認し、狙いをとぼけて草を食べている一角兎に定める。身体強化をするとアシストスーツを着ているかのように簡単に身体が動いてしまう。その感覚にまだ慣れておらず、集中しないと攻撃をミスることがあるのだ。
脚に力を込め、地を蹴った。他の二匹が息を殺し近づく鈴鹿を待ち構えているが、鈴鹿の強化された速度に合わせることができず、鈴鹿の後ろを虚しく通り過ぎることしかできなかった。
草を食べていた一角兎も危機が迫り一時離脱しようとするが、反転して鈴鹿に向けられた尻に魔鉄パイプがさく裂し煙へと変わる。鈴鹿はそれを横目で確認すると、動きを止めないまま別の一角兎へと流れるように追いかけてゆく。
一角兎と戦い続けてわかった攻略法は、先手必勝だということだ。こいつらは素早いため、ついつい受け身がちになってしまう。現に鈴鹿も初めて一角兎と戦った時は、周囲を走り回る一角兎に対し待ちの姿勢を取ってしまった。
だが、それだと一角兎がどこから攻撃してくるか読みにくく、相手に主導権を握られてしまっている状態だ。特に一角兎は連携もできるため、2~3匹同時に攻撃してくることもあり、手に負えないこともあった。しかし、こちらから攻めることで一角兎の動きをある程度制限することができ、容易に討伐できるようになったのだ。
レベルもスキルも日々進化している鈴鹿にとって、一角兎はもはや敵ではなくなっていた。
迫りくる鈴鹿を避けようとする一角兎に合わせ、横へ直角に動き一撃で仕留める。残りの一匹は鈴鹿が攻撃し終えたタイミングで突撃してきたが、一歩後ろに下がり回避し、逆に空ぶった一角兎へ攻撃して危なげなく煙へと変えた。
「うしうし。身体強化も慣れてきたんじゃないか?」
一角兎との戦闘でも余裕が出てきた。自ら動き回り各個撃破することで、安定して3匹の一角兎も倒せている。これが立ち止まってカウンター狙いの戦法であれば、一人で一度に3匹相手は無理だっただろう。
スキルの練習としてもレベル上げの相手としても一角兎はちょうど良い相手だった。特に、一角兎の上位種である疾風兎も2区には出現する。
疾風兎は土瓶亀と同様に魔法を行使するタイプのモンスターだが、一角兎同様突撃もしてくる遠近両方の攻撃手段を持つモンスターだ。こいつはレベルも高いしアイテムも高値で売れるため、ぜひ狩りつくしたい。
鈴鹿は休憩もそこそこに、次なる獲物を求めて兎たちの住処である草むらを求めて歩き出した。
◇
夏休み探索5日目。連日でのダンジョン探索のおかげでレベルは16まで上がった。恐らく今日中にはレベル17まで上がるだろう。
ここ最近ずっと兎を狩り続けているため、2区での探索方法が確立しつつある。まず1区のモンスターは基本無視。2区までは普通に歩けば1時間もかかるため、下手に戦えば2区で活動できる時間が削られるからだ。運試しとして、酩酊羊がいればマトン肉狙いで数匹倒す程度にとどめている。
2区に入ると、一角兎の多いエリアを目指す。どのあたりに多く分布しているかは、連日の探索のおかげでなんとなく把握することができた。途中うざいほど小鬼が出てくるが、これらは無視。倒すと木製の武器で収納が圧迫されるし、レベルも低く練習相手として不足しているためだ。たまに身体を暖めるために戦闘するが、それ以外はスルー。
というのも、2区でモンスターを狩り続けると収納が圧迫されてしまう。実際に3日目の時には、収納に収まりきらずにアイテムがこぼれてしまうことがあった。
16レベルになったことで収納も61まで増え、収納を超えてドロップすることは無くなったが、毎日買取所でアイテムを買い取ってもらわないといけないくらいアイテムがドロップする。
大体一日の探索で40個くらいドロップするようになった。モンスターのレベルも高くなっているため、極小魔石が多く出るのも収納を圧迫する原因だ。
この収納、便利だけどクソ仕様なんだよなぁ。
鈴鹿が思わず悪態をついてしまうのも無理もないだろう。収納は重複が認められず、1アイテムで1つの枠を消費する仕様なのだ。つまり、極小魔石が2つ出れば2つの枠が消費されてしまう。極小魔石はまだランダムドロップだが、これから先魔石が確定ドロップの敵と戦うようになれば、収納がいくつあっても足りなくなるだろう。
幸い今は極小魔石しかドロップせず大きさも小さいので、収納が溢れてきたら取り出してリュックへ移すことで対処している。
1層を探索するような低レベルの探索者は収納の容量も小さければ、収納へ仕舞うことができるリュックなども持ち合わせていない。そのため、収納が溢れてしまうこともあるのだが、そんなことは稀だったりする。
収納の総数が少なくとも、複数人のパーティであればアイテムも分散されるため、人数で賄うことができる。それに、複数人いれば後衛職も出てくるため、大きめのバッグを使うことで対策することも可能だ。
また、鈴鹿が一日に討伐するモンスターの数も多かった。1層のモンスターも含め、数にして一日60匹越え。一日およそ8時間ダンジョンに潜っているため、1時間に8匹狩っている計算になる。一方パーティで行動する探索者高校の生徒たちは、一日40~50匹程度。鈴鹿よりも少ない数だ。
これはソロだからこそのメリットである、身軽さによるところが大きい。パーティであれば足並みを揃えて探索するため歩みも遅くなるし、戦闘の入り方も慎重になってくる。その点ソロなら休憩の時間も進路も戦闘開始もすべてが自由。サクサクと探索をこなすことが可能なのだ。
そして、探索者の多くは鈴鹿のような高ステータスを維持できていないため、他の探索者パーティの一回の戦闘時間は鈴鹿の数倍かかってしまう。安全がモットーである探索者高校のため、堅実な戦い方も時間がかかる要因となっていた。
「いたっ! きたきたきた!」
鈴鹿の目線の先には、一角兎とは異なりねじれた二本の角が生えた兎がいた。
疾風兎:レベル17
2層に現れるもう一匹の兎型モンスターだ。疾風兎は魔法を行使するモンスターで、使用する魔法は風の弾を飛ばす魔法と、風の力で自分含め周囲の味方の速度を底上げするバフの魔法だ。
風の弾は視認性が悪く避けづらい。今の鈴鹿の防御値なら直撃しても致命傷とはならないが、ソロでの戦闘のためよろけた隙を狙われてはたまったものではない。疾風兎の周囲には3匹以上の一角兎が確定で群れいるのだ。一度でも隙を見せれば、速度の上昇した一角兎たちに串刺しになってやられてしまう。
そんな強敵だが、鈴鹿は嬉々として突っ込んでいく。理由は単純。疾風兎は防具シリーズをドロップするのだ。
2区から先は防具シリーズをドロップするモンスターがいる。1層2区では疾風兎と緑黄狼が対象のモンスターだ。ドロップ率は低いのだが、疾風兎の場合そもそも出現数自体低いためか緑黄狼よりも高いドロップ率となっていた。
防具は全部で5種類あり、ランダムドロップのため被ることもある。もっと高レベルのモンスターだったりエリアボスになれば防具一式がセットになったアイテムをドロップするそうだが、まだまだ先の話だ。
鈴鹿は運が良く、疾風兎の討伐数の割には防具が5つもドロップしている。それも4種類は揃っていた。5個目で被ってしまったが、それまで被ることもなかったため、被らないでドロップするものだと思っていたくらいだ。
明日からは2区の最後のモンスターである狼をメインに討伐しようと思っているため、できれば今日中には兎の防具を揃えてしまいたい。使うかどうかはさておいて、せっかくならコンプリートを目指したいところだ。
鈴鹿の存在に気が付いた疾風兎は、早速圧縮された風の弾を3発撃ってくる。3発の弾は微妙に時間差があり、素直に避ければ右側へ誘導するような軌道をしていた。
当然とばかりに右側には速度アップのバフを受けた一角兎が待機しているため、鈴鹿は搔い潜るように風の弾の下を潜り抜け、端にいた一角兎へ肉薄する。
敵が複数いる場合は、弱い敵から確実に仕留めていくことが重要だ。速度のバフを受けていようと、不意を突かれて動きが遅れた一角兎なら余裕で追いつける。
防御力の低い一角兎を一撃で仕留めると、今度は風の弾と共に一角兎がミサイルのように突撃してきた。風の弾は直線でしか飛んでこないため、思考加速により脳の処理速度が上がっている今ならば、一瞬でも見れば弾道の予測がつく。そのため、今の脅威は不規則に突っ込んでくる一角兎の方だ。
攻撃を突撃してくる一角兎に合わせる。魔力操作によって仄かに光る魔鉄パイプを、身体強化によって底上げされた腕力に任せて一角兎の角目掛けて叩きつけた。
硬いものを砕いた確かな手応えとともに、一角兎の角が砕け煙へと即座に変わった。等級が希少かつ魔力操作によって強化された魔鉄パイプの方が、角よりも頑丈だったみたいだな。
もう一匹の一角兎の攻撃を避け、またも三連続で撃ち込まれた風の弾を身体操作(2)を駆使してやり過ごす。次の攻撃のタイミングを伺うように周囲を駆け回っていた一角兎に迫り、こちらも1撃で煙へと変えた。
1層の低レベル帯だからか、攻撃パターンが単調のため慣れてくると難なく屠ることができるようになった。
残された疾風兎は憤怒の形相を浮かべ突撃してくる。風の弾は速度は速いものの直線で迫ってくるため、慣れれば避けやすい。風の弾を避けながら突っ込んでくる疾風兎を見据える。速さ自体は一角兎と変わらないため、すれ違いざまに側面をぶん殴り地面へと叩きつけた。
レベルも高いためか一撃では死なないが、瀕死状態までは持っていけるため即座に追撃して止めを刺す。
周囲の警戒もそこそこに、鈴鹿は急いで収納の一覧を確認した。
「どうだ? どうだ? ……あった!!あったあったあった!!! 靴の防具!! きたきたきた!!! これで揃ったぞ!!」
なんと1被りだけで5種類の防具が揃ってしまった。かなり運が良かったようだ。嬉しさのあまり小躍りしている。
早速収納から取り出してみる。ダンジョン産の防具は便利で、一度収納に入れると収納の人物に合ったサイズに調整してくれるのだ。
それだけでなく、デザインも個々に合わせて多少のカスタマイズが入る点も嬉しい。同じ年齢の同性でも、シックなデザインになることもあれば、ポップなカラーバリエーションになることもあるのだとか。
デザインが変わるため、同じパーティで全員同じ防具を装備していても統一感を保ちつつ違いが出てくるからカッコいい。アイドルのMVで着ている衣装のようなものだろうか。
鈴鹿の場合はポップな感じの装備となった。かなりハイカラな感じのデザインで、白と赤に彩られた防具はカッコいい。スポーティに仕上がっているため、鎧のような物々しさが無いのが鈴鹿の戦闘スタイルに合っている。
しかし、白と赤の防具はいささか派手であった。着るのをためらってしまうくらいには。
「うーん。カッコいいんだけどなあ。ちょっと恥ずかしいなぁ」
今の整った顔をもってすれば、どんな装備だって確実に似合うはず。だが、その勇気はまだ持てない。
「黒系だったらよかったんだけどなぁ。それに、ちゃんと防具だからか動きにくそうなんだよな」
スポーティに仕上がっているとはいえ、それでも防具だ。プロテクターのように固い素材も使われているし、厚手の毛皮も使われている。今の鈴鹿にとっては紙防具でも動きやすさの方が重要だ。ふわっと羽織れるパーカーのようなものなら大歓迎だったのだが、そううまくはいかないらしい。
それにダンジョンの中は空気が春の陽気とはいえ、外は夏真っ盛り。そんな心情の中この厚手の装備は気持ち的に敬遠してしまう。
それに兎系のモンスターを探索者高校の生徒は避けるともいうし、兎防具一式でいたら見た目の派手さも相まってかなり目立つことになるだろう。
ただでさえソロで潜っているのだ。探索者の中では最も危険なのは他の探索者だと言われてもいるし、ここはもったいないがコレクションアイテムとして家に保管がベターかな。
「けど、靴だけはこれにしよっかな。カッコいいし」
靴の防具は膝まであるようなブーツではなく、ごつめのスニーカーといった感じだ。白を基調に赤で彩られた靴は、渋谷や原宿のおしゃれな若者が履いていそうなカッコいいデザインをしている。
鈴鹿が普段履いているスニーカーが、ダンジョン探索のせいでボロボロになっていたのも都合がいい。市販のただのスニーカーでは鈴鹿の動きに耐えきれなくなっていたため、スニーカーっぽい防具でちょうどよかった。
だが、今履いている靴は収納に入れられず邪魔になってしまうため、新しい靴は明日からだな。
目標であった兎防具一式も揃ったためこの日の探索は終わりにしようと、帰路に就くのであった。




