5話 1層2区
親分狐の煙が吸い込まれると、レベルが上がった感覚があった。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:11
体力:96
魔力:97
攻撃:103
防御:96
敏捷:104
器用:101
知力:96
収納:41
能力:剣術(1)、身体操作(2)、魔力操作(1)、強奪、思考加速(1)
「とうとうステータスで3桁を超える項目が出てきたか。やっぱリスク負った戦闘はステータスの伸びがいいよなぁ」
レベル1の頃のステータスとは比べ物にならないくらい成長している。ステータスは誰もが一律に同じ量が加算されるわけではなく、加算される数値は人それぞれだ。
一般的にリスクを負った状態でのレベルアップはステータスの伸びが良くなるとは言われているが、多くの探索者はそんなリスクを取らない。
当たり前だ。リスクを取るのは一度だけではない。レベルを上げ続けるのならば、常にリスクを負い続ける必要があるからだ。
FXで今より高くなるか安くなるかの二択に、片方へ有り金全部ベットするようなものだ。
一回は上手くいくかもしれない。数回なら運が良ければ続くかもしれない。だが、それを何十回、何百回と繰り返し続ける必要がある。それを勝ち続ける自信など、普通の感性をしていれば持ち合わせていないだろう。
そうして、並みのステータスしか盛れていない探索者は、大概レベル100程度で限界を迎える。
レベル100にもなると、同じレベルでもステータス的にモンスターの方が高くなってしまい、倒すのが困難になってしまうのだ。同じレベルなのに適性から外れてしまう。探索者たちの中では成長限界と呼ばれている現象だ。
探索者ランク一級や特級のように最前線で活躍したいと思うのならば、鈴鹿のようにステータスを盛る必要がある。常に命を賭けたギャンブルに勝ち続けた者が、最前線へと立てるのだ。
「やっぱ、ソロだとかなり美味いな。このスキルだって追い込まれたから発現した感じがするし、安全に戦ってたら手に入らなそうなんだよなぁ」
今回のレベルアップで魔力操作(1)と、思考加速(1)を覚えることができた。
多数の敵に囲まれながら戦っていた時は、頭が沸騰するくらい考えながら戦っていた。一瞬視た敵の位置や構え、動きから次の行動を視ないで予想する。それを常に思考しながら、敵の攻撃を防ぎ、合間を縫うように避け、攻撃し、退く。
さっきの戦いはそんな戦いだった。それだけ頭を使ったから、思考加速を覚えたのではないだろうか。
魔力操作は恐らくスキルの効果を実現したから覚えたのだろう。最後の親分狐の攻撃を受け止めていた時、魔鉄パイプが鈍く光っていたのは魔力によるものだ。魔鉄を含んでいる魔鉄パイプは魔力を流しやすい特性がある。
鈴鹿は手に握る魔鉄パイプに力を籠めるように魔力を流してみると、深緑色の鈍い光が灯った。スキルを覚えたおかげか、いつの間にか魔力なんて未知なる力が知覚できるようになっている。
魔力は魔法だけでなく、このように武器に流せば強化することだってできるし、身体強化だって行うことができる。探索者をやるうえで必要不可欠なスキルだ。
「ただ、一番欲しかったスキルは簡単には手に入んないよなぁ。残念」
鈴鹿は慎重に親分狐に殴られた左腕を動かしながら、落胆した。
鈴鹿が一番欲しかったスキル。それは回復魔法だ。一人で探索をしていく以上、今回のようにモンスターの攻撃を受けることもある。その時、回復魔法が有るのと無いのでは継戦能力に天と地の差があるからだ。
「うぅ、痛いっぴ……」
思わず痛さに顔をしかめてしまう。少し動かすと鈍い痛みが鈴鹿を襲った。だが、腕は問題なく動く。服を捲って見てみると、二の腕に大きく青あざができているが、骨が折れた時のようにぱんぱんに腫れている様なこともない。
もしかしたらひびくらい入っているかもしれないが、動くなら良し。
「はぁ、泥だらけだよ……。防具とか買った方がいいのかなぁ」
服についた土をはたき、リュックからウエットティッシュを取り出して顔についた土を拭う。そのままチョコを取り出して小休憩をはさむことにした。
甘いものを食べたことで少し気も落ち着いてきた。改めて自分の恰好を見てみたが、学校指定のジャージはこびりついて取れない土汚れで小汚い。
動きやすいし汚れてもどうでもいいからジャージを着ていたが、そろそろ替え時かもしれない。
鈴鹿はヤスと違って新しい武器を購入してはいないため、ダンジョンで稼いだ4万円ちょっとは貯金がある。一度どんな防具があるかダンジョン用の装備を売っているお店に行くのも悪くないか。
「ま、探索に一区切りついてからだけど」
休憩は終わりだとチョコと水筒をリュックへ仕舞うと、鈴鹿はダンジョンの入り口とは別の方向へ進みだす。
左腕を負傷したというのに、鈴鹿は探索を止めたりはしない。それだけで引き返すなど、考えすらしていなかった。
◇
親分狐と戦った場所から10分も歩けば、1層2区へたどり着いた。2区も1区と変わらず草原が続いているため視覚的には変化が乏しいが、それでも鈴鹿が気づけたのには理由があった。
「お、なんだこれ。きも」
鈴鹿が行ったり戻ったりしているのは、区をまたぐ境界。
各区には境界と呼ばれる膜のようなものが張っており、目視はできないが通ったことは理解できる不思議な境界があるのだ。慣れない感覚に出たり入ったりを繰り返すが、すぐに飽きて先に進む。
相変わらず草原が続いているため見晴らしがよい。周囲を視れば索敵は容易だ。
「ん? あれは他のパーティが戦ってるな。ダンジョン内では基本近づかないことが鉄則みたいだし、反対行くか」
1層1区では他のパーティは全然見なかったのだが、2区では早速他のパーティがいた。恐らく探索者高校の生徒だろう。夏休み期間だから探索している時間が被ったようだ。
他のパーティを避けて進んだ先でも、すぐにモンスターと遭遇した。
木製小鬼:レベル9
木製小鬼:レベル11
木製小鬼:レベル10
木製小鬼:レベル9
薄緑色をした肌で、額には小さな角が一本生えた小柄な鬼がいた。木製と名前にあるが、身体が木でできているわけではない。手には木刀やこん棒など、木製の武器を持っているから木製小鬼という名前なのだ。
「あれが、このダンジョンの外れ枠って言われてる小鬼だな」
鈴鹿はいつもはリュックを降ろして戦うのだが、今回は担いだ状態で魔鉄パイプを握りしめ近づいて行く。
この小鬼というモンスター。種類が多く割とダンジョンではメジャーな魔物なのだが、非常に厄介な性質を持っていた。
厄介な性質とは、鈴鹿のスキルである強奪のように、こいつらは探索者のアイテムを盗むことがあるのだ。収納の中身まで盗むことはできないのだが、その辺に荷物を置いておけばすぐに盗まれてしまう。武器に跳び付いて強奪することもあり、油断できない相手だ。
中堅探索者にもなれば、収納に入れることができるリュックなども購入することはできるが、1層で活動している探索者のお財布事情では無理だ。初心者にとって気を抜くことができない嫌な相手だ。
ただ、1層2区のような浅いエリアであれば泊りがけで探索することもないため、荷物も多くないのがせめてもの救いだろう。
そんなダンジョンの厄介者に鈴鹿は正面から近づいて行く。初めて戦うため、不意打ちなどはせずどんな戦い方をするのか確認するためだ。
小鬼は残虐で狡猾な性格と聞く。鈴鹿も油断せず、小鬼から視線を逸らさない。
親分狐との戦闘で思い知ったのだ。モンスターも死に物狂いで戦ってくる。格下だなんだと油断すれば足を掬われ、ソロで活動している鈴鹿なんて一つのミスで簡単に死んでしまう。
ちょっと戦ってみようなんて緩い考えは許されない。やるからには徹底的に。確実に殺し、奪えるものは奪うのみ。
木製小鬼も鈴鹿に気づき、醜悪な顔を邪悪に歪めて下卑た笑みを浮かべている。
グギガ、ギガガと不快な声で仲間と話していた。大方、『カモが来たぞ』『それも一人だ!』とでも話しているのだろう。
物を盗まれるのは厄介な性質だが、それだけだ。
小鬼というだけあって、小柄な鈴鹿よりもなお小さい。身長150センチもなさそうだ。そんな木製小鬼はわらわらと鈴鹿へ集まってくるが、特筆することもなく煙へと姿を変えていった。
「厄介な特性ってだけで、大したことはないな」
小鬼よりも大きな木製鬼も2区にはいるため、そいつなら少しはましかもしれない。
ステータスを表示するも、レベルも上がってなければスキルも覚えていない。
そのまま収納を開けば、極小魔石1つと二つのアイテムがドロップしていた。
「木製の槍と木製の棍棒か。これも嫌われる原因だよな」
木製小鬼は木製の武器を50%の高確率でドロップする。高確率で落としてくれるのだが、木製の武器に需要はない。
魔鉄のように魔力を通しやすい木材もあるが、それはもっと深い階層の敵が落とすアイテムだ。木材小鬼はただの木材の武器しか落とさない。
売値も100円と買い取ってくれるだけましというレベルの金額だし、ぽんぽんドロップするため収納を圧迫する嫌がらせのようなアイテムだ。
収納がいっぱいの状態で他のアイテムがドロップした場合、無くなることは無く、周辺にランダムでポップする。木製の武器のようなものだったらそれでもいい。しかし、酩酊羊のマトン肉のようなアイテムだとそれでは困る。
そのため、木製小鬼と戦闘する際は収納をこまめにチェックすることが重要になるのだ。
「ま、100円で売れるなら帰りにジュース買えるし悪くないだろ」
まだまだ収納に空きがあることを確認し、次なる獲物を探して鈴鹿は歩き出した。




