4話 今の実力
「う~ん。なんだかピリつくなぁ」
ダンジョンへと入った鈴鹿は、伸びをしながら感想をもらした。
初めてのダンジョン探索以来のソロでの活動。ヤスといた時には感じなかったピリつくような空気を感じていた。
そういえば、俺って一人でどの程度できるんだろう。
今日は前回の探索の続きとして、2区の方へ足を運ぼうと思っていた。しかし、それはヤスと一緒にいた場合だ。
今の鈴鹿はソロ。ソロの状態でどこまでやれるのかは、いまいちわかっていなかった。
う~ん。土瓶亀プラス雑魚程度なら一人でも問題ないと思うんだよな。舎弟狐あたりしばいてみるか。
2区に行くには1区を進んでいくため道中の舎弟狐で確認すればよいだろうと、気楽に歩き出す。
ダンジョンの中は広く2区に行くには1時間は歩く必要があるので、ついでに酩酊羊を見つけたら狩るようにした。酩酊羊のマトン肉はおいしいため、確保しておきたいからだ。
しかし、舎弟狐を見つけるまでに酩酊羊を5体は倒したが何もドロップすることはなかった。上手くいかないものである。
「どうもどうもこんにちは~」
鈴鹿は3匹の舎弟狐へ近づいて行く。向こうは警戒しながら武器を構えるが、何の恐怖も感じない。エリアボスである親分狐と戦ったからだろうか。親分狐戦では脅威であった舎弟狐も、親分狐がいなければただの雑魚だ。
「いい武器持ってますねぇ。それ寄こせ」
巷のチンピラもびっくりのカツアゲムーブをかます鈴鹿。
三方向からの攻撃を警戒し回り込むように右側の舎弟狐へと近づくと、腕を狙うように魔鉄パイプを振り下ろした。ステータスの差からか、急接近する鈴鹿に舎弟狐はうまく対処できず、咄嗟に自身の魔鉄パイプを合わせることしかできなかった。
必然。ステータス差のある鈴鹿の攻撃を受けきることはできず、舎弟狐の手から魔鉄パイプは吹っ飛んでいった。
「まずは一本ッ!!」
武器を取り落とした舎弟狐を蹴飛ばし、鈴鹿へ迫ろうとしていた一匹の動きを阻害する。浮いた一匹は構わず迫ってくるが、鈴鹿も距離を詰めるべく駆け寄った。
鈴鹿が近づいたため慌てて攻撃しようと舎弟狐が魔鉄パイプで攻撃してくるが、腰も入っていないただ振り回しただけの攻撃が通じるわけもない。
振り下ろされるパイプを、左の手のひらで受け止め掴む。舎弟狐は引き抜こうとするが、鈴鹿が掴んだ魔鉄パイプはびくともしない。
「二本目ェ!!!」
鈴鹿が振り下ろした魔鉄パイプは舎弟狐の顔面をとらえ、一撃で煙へと変えた。強奪のスキル効果によって残った『舎弟狐の誇り』を収納へと仕舞う。
振り返れば、無手となった舎弟狐が吹き飛んだ魔鉄パイプへ向かっていたため、がら空きの背中を殴打し二匹目も煙へと変えた。
「悪いようにはしねぇよ! 武器を寄こせば楽に死なせてやるからなァア!?」
残った舎弟狐はすでに腰も引けていたが、他の二匹同様握りしめている魔鉄パイプを強引に奪われ煙へと姿を変えていった。
「これで三本!! 予備としては十分な数だろ」
吹っ飛んだ魔鉄パイプも拾い、収納へと仕舞う。強奪のスキルはまだ秘匿しているため売ることはできないが、今回は武器の予備を確保することが目的だ。ソロで活動していくなら、金属バットのように武器が壊れてしまったらどうしようもないからな。
予備として三本もあれば備えとしては十分だ。
やっぱ舎弟狐程度じゃ話になんないな。地味に身体操作のレベルも2に上がってるし、舎弟狐じゃ物足りないな。とっとと2区に行くか。
そう思い歩き出そうとした鈴鹿の視界に、何かが映った。それを知覚した時には、鈴鹿はすでに走り始めていた。
「ソロでやってくならお前もソロで殺っとかねぇとなァァアアア!!!!」
鈴鹿が進む先。そこには10匹の舎弟狐を従えている親分狐の姿があった。
◇
「ヤス君! さっきの問題の解き方教えてほしいんだけど、いい?」
「私も私も! 一緒に教えて?」
「いいよ~、ここはねぇ」
冷房の効いた涼しい部屋では、学生たちが一生懸命勉学に励んでいた。授業も休憩中となったのか、伸びをしてコリをほぐす者や携帯で連絡を取りあう者、友人たちと集まり談笑する者など様々だ。
だが、その中で明らかに目立っている者がいた。
「ここでこの公式使えばあとは解くだけだよ」
「ほんとだ! そういうことだったのね! ありがとうヤス君!」
「ほんと、ヤス君って頭もいいんだね!」
女子が群がっているその輪の中には、モデルも裸足で逃げ出すようなイケメンがいた。高身長に引き締まった体型。整った顔立ちに細い切れ長の目をした人物。安藤泰則ことヤスであった。
「ねぇねぇヤス君。帰り一緒に帰ろ?」
「私も方角一緒だし途中まで一緒にいたいな」
「ええ! 方角一緒とかずるい! いいなぁ」
「まーまー。今度ミキちゃん家の方にある本屋行く予定あるから、その時は一緒に帰ろ」
「え! いいの!? やったー!!!」
喜ぶミキちゃんとは対象に、周囲の男子たちから飛んでくるのは舌打ちと憎悪の眼。夏期講習だぞ?勉強しろという至極真っ当な悪態も、ヤスの耳には入ってこない。
(いやー、夏期講習って素晴らしいな! こんな楽しいものだったんだ)
ヤスはにやけそうになる顔を精一杯微笑みに変え、女の子たちと談笑する。
(これなら鈴鹿も夏期講習誘ってあげればよかったなぁ)
自身が大変身するきっかけをくれた親友を思い出す。一緒に探索者になろうと盛り上がったのに夏期講習に行くからと一方的にパーティの解散を告げたと言うのに、怒るどころか応援までしてくれた友人だ。
(あいつ、根はいい奴なのにな。モンスターと戦ってる時は頭のねじが1本……いや、10本くらい外れるから心配なんだよな)
まだ中三なのに一人でダンジョンに行ったり、全然ダンジョンについて調べてもいないのにどんどんモンスターと戦いに行くし、全体的にふわっとした考えで行動している。ヤスがいた時は止めることもできたが、そうでない今はどうしてるだろうか。
(ま、さすがにソロで探索してるんだから無茶はしないだろ。今頃マトン肉目当てに酩酊羊と戦ってるかもな)
差し入れに俺にもマトン肉持ってきてくれないかなぁと、ヤスはハーレム夏期講習に勤しむのであった。
◇
「ハッハッハッハッハッ!!! 雑魚も群れりゃあ面倒くせぇなぁ! おいッ!!」
鈴鹿は単身で舎弟狐の群れの中へと突っ込んだ。外側からちまちま数を削るでも、連れ出した少数と戦うこともしない。そんなことをしたいなら端から親分狐になんて挑みはしない。
「アハハハハハハハハハ!!! これだこれだこれだ!!! 脳が冴えわたってきたわッ!!!」
舎弟狐の攻撃は正面からだけではない。横からも背後からも跳びあがって上からだって攻撃してくる。
正面だけを護ればいいぬるい戦いではない。全方位からの攻撃。一瞬も気を抜けない。今は回復魔法が使えるヤスもいないのだ。
どんどんどんどんどんどんどんどん思考が加速していく。バチバチと視界に光が弾けているが、驚くほど思考はクリアであった。
「そんな見え透いた攻撃当たらねぇぞ親分狐ぇええ!!!」
舎弟狐で隠れた死角から振り下ろされた金棒は、しかし鈴鹿に回避されてしまう。身体操作がレベル2に上がったことで、以前よりも滑らかに避けることができていた。
避ける動作がスムーズになれば、攻撃へもスムーズに繋がる。
「3匹めぇえ!!!」
舎弟狐の隙間を縫うように動き回る鈴鹿に翻弄された一匹の後頭部へ、魔鉄パイプを叩き込む。
ソロで大勢を相手にする時は、足を止めた瞬間死ぬ。ステータスが上がったことでスタミナも増えた鈴鹿は、とめどなく流れるように動き続けた。
まだ動ける。もっと速く。もっと強く。加速する思考。脳みそが焼けきれる寸前まで動かす。
3匹4匹5匹と数を減らしていく鈴鹿であったが、そこで鈴鹿の動きが止まった。
「あん?」
動こうとしても身体が付いてこない。良く見れば、一匹の舎弟狐がタックルのように腰にしがみ付いていた。
ゾワリッ
鈴鹿の背中に悪寒が走った。
『足を止めた瞬間死ぬ』。そう言ったのは他でもない自分であった。まずいと思いステータスに任せて振りほどこうとするが、もう一匹、もう一匹と舎弟狐は跳び付いてきて腕すら満足に動かせなくなった。
がんじがらめになった鈴鹿を前に、大人しく見ている敵などこの場にはいない。親分狐は舎弟狐がしがみ付いていることも気にせずに、渾身の力を込めて金棒をフルスイングした。
「グッハァッ!!!!」
一匹の舎弟狐が煙に変わる中、鈴鹿は凄まじい勢いで横殴りに吹き飛ばされていった。視界が真っ白になり、肺の空気は強制的に吐き出され変な声が出た。
自分が空を舞っているのかどうかもわからず、受け身も取れぬまま3度地面をバウンドし、ようやく止まることができた。
「―――ッハ!?」
意識が飛んでいた。くそ痛む身体が動くなと悲鳴を上げるが無視し、慌てて立ち上がる。目の前には親分狐。大きな金棒を振り上げていた。
「くそっ!!」
横へ転がることで、振り下ろされた金棒を回避する。すぐさま体勢を整えようとするが、ここが正念場とわかっているのか舎弟狐たちも追撃を仕掛けてきた。
それらの攻撃をやり過ごしながら、自身の状態を確認していく。
攻撃をもろに受けた左腕は使い物にならない。変な方向を向いているわけでもないから折れていないとは思うが、動かそうとしてもうまく動いてくれない。まるで正座して痺れた足のような感覚だ。
舎弟狐に抱き着かれていたことで、攻撃の瞬間に跳んで衝撃を受け流すこともできなかった。唯一できたのはインパクトの瞬間少しでも身体をねじることで、攻撃の芯を外すことが精一杯だった。
親分狐も避けられるリスクを減らすために、致命傷になりづらいが上半身を横殴りで攻撃してきたのだろう。
だからこそのこの追撃。1撃で仕留められたとは思っていなかったことで、群がるように攻撃してくる。
まさか舎弟狐が自分の命を犠牲にあんな行動に出るなんて、鈴鹿には予想できなかった。実際親分狐の攻撃で一匹は煙になったし、他の二匹もダメージを受けているだろう。自分が死んでも相手を巻き添えにする。そんな特攻のような行動に……
ああ、そうか。こいつらにとってこの戦いは戦争みたいなものなのか。ただ自分が死ぬか生きるかじゃない。探索者を殺せるか自分たちが全滅するかなんだ。
ただ突っ込んでくるだけの酩酊羊とは違う。考え、自分が取れる最善の行動をとろうと思考しているのだ。鈴鹿を殺すために。全力で取り組んでいる。
今鈴鹿が身を投じている戦場は、一方的な狩りではなく、食うか食われるかの戦いの場であった。
「素晴らしい」
突きこまれた魔鉄パイプを当たる擦れ擦れで回避すると同時に、腹を蹴り飛ばして舎弟狐を吹き飛ばす。蹴った後の不安定な姿勢を狙った親分狐の攻撃が飛んでくるが、鈴鹿は持っていた魔鉄パイプで受け止めた。
左腕は使っていない。鈴鹿は親分狐が両手で全力で攻撃してきた金棒を、右手一本で受け止めていた。良く見てみれば、鈴鹿が握りしめている魔鉄パイプが鈍く深緑色に光っている。
「一方的な戦いなんて望んでいなかったんだよッ!!」
「グワアアアアア!!!」
親分狐が何度も何度も金棒を打ち付けるが、ことごとく防がれる。
「いいねいいねいいねいいねェエ゙エ゙!! 最高だよッ!! ダンジョンで戦うってのはこうじゃないとなぁ!? おいッ!!」
左腕を強打されてろくに動かせないというのに、鈴鹿の顔にはべったりと笑みが張り付いていた。
親分狐を加勢しようと再度タックルをしてくる舎弟狐。しかし、二度も同じ手が通用することはない。
親分狐の攻撃を強く弾き返し、鈍く輝る魔鉄パイプを振りぬけば二匹まとめて舎弟狐は煙へと変わった。
「もっともっともっと!! 無い頭振り絞れよ!!!! じゃねぇと死んじまうぞ畜生どもがッ!!!!」
親分狐は舎弟狐へ目配せし、跳びこむ合図を見計らう。しかし、動けない。動いたら死ぬ。彼らの直感が警報を鳴らし踏み出せないでいた。
「来ねぇのか? しょうがねぇ。楽しかったぞお前らぁあ!!」
親分狐が攻撃するよりも、舎弟狐が動き出すよりも疾く、鈴鹿が駆け抜けた後には煙しか残っていなかった。




