2話 明日は我が身
ヤスの離脱により、鈴鹿の今後の予定が大幅に変更することになってしまった。
まさか、受験勉強が邪魔をしてくるとは……。あんだけ盛り上がってたのにな。バンドマンが解散するときってこんな気持ちなのか?
ヤスの離脱は痛いが、だからと言って鈴鹿がダンジョン探索を止めることはない。明日からはいよいよ夏休み。どこまでやれるか目標を決めて探索するべく、鈴鹿は部屋で計画を練っていた。
「鈴鹿ぁ! 話があるから下に降りてきなさい!」
そんな時に、母さんからの呼び出しがあった。
なんだなんだと下に降りれば、テーブルには母さんと父さんが座っている。その光景は、初めてダンジョンを探索した日と重なって見えた。
嫌な予感がする。そう思いながら、鈴鹿は素直に席に着いた。
「鈴鹿。ヤス君のお母さんから聞いたわよ。ヤス君夏期講習行くそうじゃない」
そう言うと、母さんはいくつかのパンフレットを取り出してきた。どれも夏期講習について書かれた塾や家庭教師についてのチラシだ。嫌な予感が確信に変わる。
「あんたも成績悪くないんだからヤス君と一緒に夏期講習通いなさいよ。ヤス君はこの塾に行くそうよ」
そう言うと、講師がどうとか去年の進学先の高校がどうとか、聞いてもいないのに説明が続く。その様子に、いたたまれない気持ちになった。
本当の中学三年生だったなら、母さんのこの行動もただただ鬱陶しいで片づけられただろう。俺はダンジョン探索って褒められるべきことをしているのに邪魔するなって。
だが、30歳のおっさんになればわかる。母さんも父さんもただただ心配してくれているんだ。死ぬリスクのあることなんて止めて、普通の人生を送ってほしいと願っているのだ。
そんな母さんと父さんに感謝している。だからこそ、鈴鹿は言わなければならない。自分の人生のことは自分で決めなければならないのだから。
「俺は夏期講習に行くつもりはない。夏休みの間はダンジョン探索を進めるつもりだよ」
「何馬鹿なこと言ってるの。探索者高校だって受験はあるのよ」
「そうだぞ鈴鹿。今の一級ギルドの人だって、探索者高校を卒業してるんだ。今ダンジョンに焦って入る必要はないんだぞ」
父さんも母さんの援護をする。だが、そうじゃない。そうじゃないんだよ二人とも。
探索者高校に入るのも一つの手かもしれない。だけど、今ダンジョンを探索したいというこの衝動を大事にしたいんだ。俺の直感が全力で取り組めと叫んでるんだよ。
ステータスが上がったからかレベルが上がったからか知らないが、鈴鹿の直感はどんどん冴えている。直感というのは言語化できない複雑な情報から、最善な選択を指し示すものだ。今その直感に従わないのは一生後悔するということだけは確信できていた。
だが、二人の心配もわかる。おっさんだったからこそ、その気持ちを無下にはできない。
「俺は今すぐ強くならなくちゃいけないとか、そんなことは一切思ってないし、焦ってもいない。だけど、ダンジョンの探索はしたいんだ。今しなければ一生後悔する。それだけは確信できるし、そんな後悔を背負いたくはない」
二人は俺の言葉を遮るわけでもなく、静かに聞いてくれていた。
「だから、夏期講習には行かない。けど、受験勉強はするよ。二人の言うように、まだ受験まではあるしこの先何があるかわからない。だからまずは受験勉強して、勉強が問題なくなったらダンジョン探索を頑張る。これならいい?」
そもそもダンジョンに行ってほしくないという根本的な解決にはならないが、俺も折れるわけにはいかない。こちとら大学受験も乗り越えてきたおっさんなのだ。高校受験程度、知力も上がっている今の俺ならそう手間取らないだろ。
母さんと父さんは顔を見合わせると、諦めたように顔をしかめた。
「はぁ、あんたダンジョン行くようになってから急に大人びたわね」
「そうだな母さん。鈴鹿も大人になったってことだな」
ギクリとするが、ダンジョンのおかげということになってくれている。ダンジョン様様である。
「わかったわ。もう止めない。けど、ちゃんと勉強はするのよ」
「わかってるよ。どっちも頑張るよ」
そう言って、鈴鹿は部屋へと戻っていった。




