1話 お互いの道
「ごめん鈴鹿!」
朝学校に着くと、頭を下げているヤスがいた。
はて? なんでこいつは頭を下げているんだ?
昨日は親分狐を倒して2人そろってレベル10になった記念すべき日であった。その後焼肉を食べてお疲れ様会をし、これからも頑張っていこうと気合を入れた日でもあった。
焼肉も割り勘で奢ったわけでもないし、酒は飲めないので酔っぱらってダル絡みされたわけではない。何かあったか……ああ、金を貸してほしいのか?
ヤスのシャベルは親分狐の攻撃を受けて少し歪んでいた気がする。壊れているという訳ではないが、新調したいのかもしれない。親分狐からドロップアイテムがあれば余裕で新しいシャベルも買えたのだろうが、残念ながらドロップアイテムは無かった。
唯一のアイテムは親分狐の武器であった金棒がドロップしたが、鈴鹿のスキルの影響を受けていたため売ることができない。なので、実質ドロップ品は無しだ。
あのシャベル3万もしたからな。俺の武器はドロップ品だからお金かかってないし、それくらいなら貸すこともできる。むしろこれからも探索を続けるのだから、必要経費でもある。
二人でやっていくならパーティ資金とか溜めた方がいいなと思いながら、鈴鹿は返事をした。
「お金貸してほしいのか?」
「お金? いや違うけど」
あら、当てが外れたな。
「じゃあなんで謝ってんの?」
「本当にごめん! 俺夏休み入ったら夏期講習行かなくちゃいけないから一緒にダンジョン行けなくなった!!」
「はぁっ!?」
さすがの内容に思わず鈴鹿も声を上げてしまう。
「ガキじゃないんだからそんなの行かなくてもいいだろ!」
「いや、中学生はまだ子供だろ」
「そうだった……。いや、夏期講習なんて受験生じゃあるまいし」
「俺ら中三だぞ? 受験生だろ」
くそぉ、中三の夏なんて夏期講習行くよなそりゃあ! 勉強するななんて言えないし……ああ、これがダンジョンに行くことを止められない感情か。正しいことをしようとしているのだが、止められないわな。
勉強がんばると言っている子供に止めなさいとは言えない。きっとこの世界ではダンジョン探索ってその枠組みなんだろうな。
それはそれとして、鈴鹿はヤスに問う。
「受験勉強してどうすんだ? 探索者になるんじゃなかったのかよ」
受験勉強とは受験をするから必要なのだ。受験しなければ勉強する必要がない。
「それなんだけどさ、昨日帰ってから親に相談したらいろいろ言われてさ。とりあえず高校だけは行きなさいって言われちまって」
「ああー、なるほど。ま、高校は出といた方がいいよな」
そりゃあ、親からしたら高校くらいは卒業してほしいものだよな。俺も探索者高校には通えって言われてるし。通うつもりはないけど。
それに、中学三年生にとって親は大きな存在だ。親の意見一つで心は揺れ動く。ヤスはもともと強く探索者になろうと思っていたわけでもなかったし、冷静になって考えてみての決断だろう。
「受験勉強ってことは探索者高校ってわけじゃないんだろ?」
「ああ、高尾山高校目指そうかなって」
高尾山高校はこのあたりでは一番の進学校だ。それを聞いて、鈴鹿も腑に落ちた。
そうだった。こいつ元々頭よかったんだった。ロボットが好きで、将来はロボット作りたいって言ってほんとにロボットメーカーに勤めてたな。俺と違って、もともと将来やりたいことが決まっていた奴だった。
そりゃあ、ずっと考えてた夢と、たまたま上手くいってる探索者、どっち取るかと言われたら前者を取るだろ。探索者は高校生でも大学生でも成れるが、いい学校には今頑張んないと入れないからな。
「はぁー、そっかそっか。まぁそりゃ仕方ねぇな」
「ほんとにごめん」
「いいっていいって。そんな顔すんなよ。それより、あんな進学校行って将来何すんだ? ロボットでも作るのか?」
「探索者の道もまだ諦めてないんだけどな。将来は探索者用の製品を作ってみたいなと思ってさ」
「探索者用の製品、か」
前の世界とは違い、この世界にはダンジョンがある。そのため、ダンジョン限定の素材やアイテムなんかもあって前の世界とは全然違う製品が普及していた。
最たる例としては、日本の車は魔石をエネルギーとする車がほとんどだ。ガソリン車や電気自動車などは海外ではあるみたいだが、魔石自動車は日本が製品開発の第一人者であった。
戦後からの立ち上がりをダンジョンに依存した日本ならではの発展だろう。
「ちゃんと考えてるなお前は。ま、せっかくやるんなら勉強頑張れよ」
「それはもちろん。ステータスも上がってるから余裕余裕」
知力のステータスがあるため、探索者は記憶力や理解力が上がると言われている。まだレベル10だが、ステータスが高いヤスなら受験失敗することもないだろ。
「それにしても、まじかぁ。またソロに逆戻りだぜ」
俺の発言に、ヤスが怪訝な顔をしてこちらを見てくる。
「鈴鹿。お前まさかとは思うけどソロで探索すんのか?」
「あん? 何言ってんだお前」
「だよな。さすがに―――」
「お前来ないならソロでやるしかないじゃんか」
ヤスは何かを言いかけていた口を開けたまま固まってしまった。
「……お前、馬鹿なのか?」
たっぷり間を開けたと思ったら、出てきた言葉がそれ。大変遺憾である。
「お前知らないのか? 馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ?」
「なんでソロで探索しようって考えになるんだよ!? ダンジョンだぞ!? 死ぬかもしれないんだぞ!?」
こいつはほんとに馬鹿になってしまったかもしれない。ダンジョンで死ぬかもしれないなんて当たり前だろう。受験大丈夫か?
「大人しく探索者高校に行けばいいじゃねぇか」
「ばっかだなぁ、お前。ほんと馬鹿。まじ馬鹿」
鈴鹿は先ほどのお返しとばかりに馬鹿を連呼する。たしか馬鹿と言った方が馬鹿という話であったが、お馬鹿な鈴鹿はそんなこと覚えていない。
「いいか? あんな楽しそうな場所が無料で入れるんだぞ? それどころか金すらもらえるんだぞ? 入るに決まってんだろ」
鈴鹿にとってダンジョンは金を稼ぐ場所でも、秘密を解き明かす場所でもない。命をベットして挑む最高に楽しいギャンブルだ。
結局、全財産を失いタイムリープしたというのに、鈴鹿は何一つ変わっていなかった。大当たりして脳汁が噴き出るあの感覚も、全てを失って血の気が引くようなあの感覚も。あれほどメンタルが身体にまで左右するような体験は、鈴鹿にとって衝撃的な体験だった。
それが、この世界ではダンジョンで味わえる。そんなのが目の前にあるのに、止められるわけがなかった。
「……はぁ。まじで言っても聞かなそうだな」
鈴鹿の爛々と輝く眼をみたヤスは、大きなため息を吐いた。
「わかったよ。俺も受験勉強頑張るし、お前も探索を頑張る」
「ああ、そういうことだ。お互い頑張りましょう!」
「わかったよ。でも、まじで気をつけろよ。怪我したら連絡しろ。回復魔法使ってやるから」
回復魔法を使える人材は貴重だ。身近に使い手がいるのは鈴鹿にとって幸運なことだった。
「じゃ、朝礼始まるし戻るわ。またな鈴鹿姫」
「死ね」
ヤスはクラスが違うため、そう言うと教室を出ていった。
「ん?」
そこで、鈴鹿はようやく周囲の視線に気づく。
中学生はダンジョンに入ってレベルを上げている者はほとんどいない。少なくともこの中学では鈴鹿とヤスだけだ。そして、二人はステータスのおかげで恐ろしいほど容姿が良くなった。鈴鹿は中性的な美形に、ヤスは甘い顔のイケメンになっていた。
つまり何が言いたいかというと、そんな二人が朝から話し合っていたら誰しもが注目するということだ。
「ねぇ、今の聞いた?」
「聞いた! 鈴鹿姫だって!!」
「姫呼びよ!! やっぱりあの二人出来てるんだって!!!」
「鈴ヤス!?……いや、ヤス鈴も捨てがたいわ!!!」
「定禅寺が……姫!?」
「やっぱり定禅寺はチ〇コ取れたんだって!!」
「定禅寺チ〇コ取れたの!?」
そこかしこから俺とヤスがバラ色な関係なのではと邪推する声が聞こえてくる。
なんて釈明したらいいんだよ……。何言っても逆効果になりそうなんだけど。それにチ〇コ取れてねぇよ。ヤスは後で絶対ぶん殴る。今ならレベル差もないし本気でも死なないだろ。
鈴鹿はそう心に誓うと、現実から逃避するために机へと伏せるのであった。




