19話 レベル10
親分狐が煙となって吸い込まれていく様子を見ていた。エリアボスというだけあって、舎弟狐よりも大きな煙が流れてくる。
「お! レベル上がったな。ステータス」
力が湧く感覚を覚えステータスを見れば、レベル10となっていた。ヤスはどうだったかと聞こうと思い振り返れば、まだ舎弟狐と戦っていた。
「やべ、忘れてた。まぁ、もう大丈夫だろ」
残る舎弟狐はあと一匹。ヤスも一匹なら余裕で倒すことができる。それに、親分狐の煙がヤスにも流れていたからレベルアップしているかもしれない。それなら尚更大丈夫だろう。
ヤスの戦闘を見守るが、もう片が付く。ヤスが踏み込むと同時に、舎弟狐の魔鉄パイプを握っている手をシャベルの先端で突いた。シャベルの先は鋭利になっているため、舎弟狐は腕を切られて魔鉄パイプを落としてしまった。
そのまま横に振りぬけば、今度はシャベルの先が舎弟狐の喉を切り裂き血が噴出する。
「よくもまぁ、シャベルを器用に使いこなすもんだよな」
鈴鹿が感想をこぼすと同時に、シャベルが振り下ろされ最後の舎弟狐が煙へと変わっていった。
「お疲れー! しんどかったわ! 回復魔法くれ!」
「鈴鹿! お前ひとりで親分狐倒しちまったのかよ!?」
ヤスも疲れているだろうに、鈴鹿へ回復魔法を使ってくれる。まだ魔力の総量が少ないだろうから、魔法を使うのはかなり疲労するはずだ。それなのに使ってくれたことに感謝感謝。
「なんとかなったわ! 正直、親分狐単体は強いけど、ヤスでも倒せたと思うぞ。周りの雑魚が脅威だったわ」
親分狐は舎弟狐を強化したような存在で、リーチや攻撃力の高さこそ脅威ではあるものの、言ってしまえばそれまでの存在。むしろ、常に舎弟狐に囲まれており、少数対多数を強いられるのが厳しかった。
「それな。舎弟狐も一人であんなに抱えるときつかったわ」
「お疲れさん。リュック拾って休憩しようぜ! というかもう今日は終わりでいいだろ」
「そうだな。ちょっと早いけど、今日は終わるか」
親分狐は1層1区の奥にいるモンスターだ。ここから帰るとなると、歩いて1時間はかかる。
「ん? おい! あれ親分狐のアイテムだろ! お前の……アレじゃないか!?」
ヤスが駆けてく先には、親分狐が握っていた金棒があった。スキルのことは秘密にしているため、ヤスはアレとしか言えなかった。そんなヤスが重そうに持ってきてくれたのは、大きな金棒だ。
名前:狐一家の誉れ
等級:希少
詳細:我ら血は違えど、心は一つなり。魔鉄が豊富に使われている。狐系統のモンスターに対し、ダメージが加算される。
「また希少か」
「凄いなまじで。親分狐の武器は『親分に金棒』のはずなのに」
「凄いんだけど、売れないのがなぁ」
ユニークスキルについては秘匿する方針だ。自衛できるレベルまでは隠し、レベル100を超えたらこういったアイテムを売っても良くなるだろう。
ただ、その頃には金も稼げているだろうし、わざわざこのレベルのアイテムを売ったお金が必要になるだろうか? 序盤の金策はきついので、今こそ売りたいところだが売れない。うーん、残念。
「これはもらっていいか? 収納に死蔵するよ」
「ああ、いいぞ。お前の戦利品だしな」
収納スキルのおかげで持ち歩かなくて済むのが幸いだな。
金棒を収納にしまい、リュックから水筒を取り出し休憩する。草原のため見回せばモンスターがいないことを確認できるため、ダンジョン内でも安心して休憩できた。
「食うか?」
「お! サンキュー!」
ヤスがチョコ菓子であるカズノコの村を開けてくれたので、ありがたくいただく。
しばし無言で食べる。疲弊した身体に糖分が染み渡っていく。今酒飲めたらさぞ美味いんだろうなぁと、のんびりと流れる雲を見ながらひとりごちる。
「あ、そう言えばヤスはレベル上がった? 俺は10になったわ」
「ああ、俺もレベル10になった。お前が倒した親分狐の煙も吸収されて安心したわ」
吸い込まれる煙は、パーティ全員に行きわたる。一発は攻撃を入れなければ煙が分配されないとなると、ヒーラーがいつまで経っても成長しないため当然と言えば当然だ。
また無言が続く。気まずいわけではない。レベル10という一つの目標を達成したことで、お互いこの先のことを考えていたのだ。
「なぁ、俺たちって凄くないか?」
沈黙を破ったのはヤスだった。
「そうだな。二人だけでレベル10達成したしな」
「お前ほんとにその凄さわかってる?」
「わかってるよw 俺も最近はダンジョンについて勉強してんだよ」
学校の関係上平日はダンジョンに行くことはしていない。その代わり、探索者協会で資料を読んだり家に帰って動画を視たりして勉強していた。
「そもそも、ダンジョンで二人ってのがナンセンスだ。パーティは4人から6人。特に1層での探索の場合は、常にモンスターよりも多い人数で挑むことってな」
「探索者高校の鉄則な」
ヤスの言う通り、これは探索者高校の鉄則だ。常に多数でモンスターを囲み、安全に倒してゆく。自分たちよりも数が多ければ諦め、レベル的にモンスターが劣っていれば同数でも戦って良い。
1層の間は常にこれを意識し、モンスターとの戦い方やパーティとしての動きを身体に叩き込むのだそうだ。1層の奥地や2層以上にもなれば、親分狐のように集団のモンスターとも戦うことが多いためこの限りではないが、パーティは6人が推奨されている。
「それなのに俺たちは二人で行動してるし、親分狐だって二人で倒せた。すげーよな」
「ああ、正直馬鹿だとは思うけどな」
「まじかよ? でもやれたぜ?」
確かに舎弟狐の鬱陶しさに加え、親分狐の攻撃力の高さは脅威であった。人数集めて戦った方が安全ではあったろうが、鈴鹿にとって安全というのはどうもちぐはぐ感を覚えるのだ。ダンジョンという危険な場所に来て安全を求めるとは?という気持ちだ。
「はぁ。鈴鹿は馬鹿だからわからないだろうが、普通はこんなの死んでてもおかしくないんだぞ?」
「ええ、でもお前も参加してるじゃん。馬鹿じゃん」
「前も言ったけど、俺は結構怖がりでさ。今回も一応遺書とか書いてきてんだわ」
その言葉に衝撃を受ける。普通はそんな覚悟で!? と思うのかもしれないが、馬鹿な鈴鹿は『死ぬ気でいたのか!? 気持ちで負けたら勝てないぞ!?』と見当違いな衝撃を受けていた。
「俺が挑むと判断したのは、俺たちのステータスの高さだ」
少数でモンスターを倒しているからか知らないが、鈴鹿たちのステータスは一般的な平均よりもかなり高くなっていた。レベル10の今となっては、同じレベルの探索者よりも1.5倍くらいのステータス差ができている。
「親分狐に関わらず、エリアボスは普通は戦うべきモンスターじゃないんだよ」
「ああ、探索者高校も生徒に戦わせないって聞くしな」
「そうだ。レベルマージンを設けると出現もしなくなるようなモンスターだから、普通は無視する。それこそ上位の探索者でもなければな」
エリアボスは強いが、親分狐がレベル100の探索者といい勝負ができるなんてことはない。そのため、レベルを上げてからエリアボスに挑めば楽してアイテムを得ることができてしまう。
だが、そううまくいかないのがダンジョンだ。
エリアボスは一定以上レベルが離れると出現しなくなってしまう特性があった。レベル差は個人によるものが多く、そのレベルが1かもしれないし10かもしれないが、いつしか出現しなくなるという。
だからこそ、先に2区に進んでレベル上げをしてから親分狐に挑むような方法が取れないのだ。上手くいけば戦うことはできるが、下手したら一生戦えない。そんな存在がエリアボスなのだ。
探索者の中では、『余裕をもって倒せるようになると出現しなくなる』と言われていた。ダンジョンは一方的な戦いを求めていないということだ。
「親分狐とまともに戦うならレベル20まで上げる必要があるって言われてる。当然そこまでレベル上げたら親分狐とエンカウントすることもなくなるけどな」
探索者高校ではエリアボスとの戦闘を推奨していない。しかし、中には戦う者たちも稀にだがいる。エリアボスの中でも親分狐だけは1層1区のエリアボスということもあって、探索者高校の成績優秀者なら戦っても勝てるケースが多いからだ。
「探索者高校の親分狐討伐者たちの多くはレベル15以上。つまりレベル15もあれば無謀な戦いじゃなくなるんだ。それなら、俺たちのかなり高いステータスなら行けるって思ったんだよ」
「はぁ、まじかよ。よく考えてんな」
「何も考えず挑んでるのお前だけだぞ」
「いや、俺も考えてるぞ? 舎弟狐を余裕で倒せるくらいになったんだ。なら1層1区のエリアボスとだって渡り合えるってことだろ」
「勘じゃねぇか」
ヤスにため息をつかれてしまった。心外である。
「まぁ、鈴鹿はその勘があったからそんな成長してるのかもな」
「なんだよ急に。褒めるなこそばゆい」
再度ヤスにため息をつかれてしまった。心外である。
「それにしても俺たち変わったよな。レベルアップじゃなくて見た目な? お前なんてもともと男らしい顔はしてなかったとはいえ……鈴鹿ちゃんって呼んだ方がいいか?w」
ヤスがからかうようにいじってくる。
「ああ、鈴鹿姫と呼べ」
「鈴鹿姫wwwちょwwヤバすぎるwwwww」
自分で姫と名乗ったが、鈴鹿は姫といわれても納得できるくらいの美貌になっていた。
もともと肌も白く小柄で男らしい顔つきではなかったが、まさか容姿の変化が中性的な顔へ進んでいくとは思わなかった。男というより男の娘だ。ボーイッシュな服を着た絶世の美女といわれても納得できる。
もはや鈴鹿の顔は女とか男とかそういう枠組みではなく、“美”という顔をしていた。顔が整いすぎていて、逆に怖くなるくらいだ。
「彼女より先に彼氏ができるんじゃないか?w」
「やめてくれよまじで……」
鈴鹿はノンケである。しかし、鈴鹿ほど綺麗な男であれば、鈴鹿も抱けるなと確かに思う。だが、あくまで抱く方だ。抱かれたくはない。
「お前はいいよな。普通にイケメンになりやがって」
「な! 毎朝鏡見るのが楽しいわw」
ヤスは高身長だし、顔も男らしさを残しつつ清潔感のあるイケメンになっていた。演技が下手であろうとも、顔だけでドラマや映画に出演できるレベルだ。
ちなみに髪の色も変わっており、ヤスの髪は薄く赤みがかっている。魔力による影響と言われているが、レベル10の育成所卒業生も髪色が変わる者も多く、街を歩けば多いわけではないがいろいろな髪色の人がいる。ちなみに鈴鹿は変わらず黒髪だった。
「いやー、実はいろんな女の子から言い寄られててさ! 困っちゃうよ全く!」
全然困っていなそうに嬉しそうに話すヤス。ヤスは前の世界でも高身長と優し気な顔も相まって、彼女も定期的にいたし結婚もしていた。
この世界のヤスは爆盛のイケメンだし、レベルが上がりイケメンになればなるほど群がってくる女子も増えていた。
一方鈴鹿の顔は整いすぎているためか、レベルが上がるにつれ声を掛けられるどころか女子たちは離れていき、遠くで拝まれているだけになってしまった。なまじ中身が30歳ということもあり、クラスメイトと付き合おうという気持ちが無かったので、これはこれで悩みの種が減ってよかったかもしれない。
しかし、別の問題が出てきてしまった。
中学を卒業したら連絡も取らなくなってしまったが、学校ではよく話していた友人もいる。鈴鹿は昔から漫画が好きだったため、今週のシャンフの話やアニメの話などをよくするオタク寄りの友人が多かった。
鈴鹿を始め、オタクと言われる人間は女性に対し免疫を持っている人間は少ない。そんな友人たちに今の鈴鹿が近づいた結果……
『あああああ、ああ、じょじょ、定禅寺……さん。お、おはようごいま、す』
と会話にならない感じになってしまった。話し方も敬語になっているし、挙動もおかしい。別に中学を卒業したら連絡も途絶えるような関係だったし、尻を狙われる心配もあるので話さないことは別に良かった。しかし、女子は離れ男子ともろくに会話ができない鈴鹿は、ヤスと違ってクラスで孤立していた。
探索者高校志望の池崎も鈴鹿に絡んでくることもなく、この前目が合ったら顔を染めて目を逸らされたので、怖気が走ったため二度と見ないと誓った。
「あんまり調子に乗ると痛い目見るぞ」
「わかってるって!」
ヤスがあまり調子に乗りすぎないようにクギを刺しておく。ヤスは否定をするものの、にやけ面は変わらない。近いうち痛い目を見ればいい。それも人生経験だ。と、たいして女性経験のない鈴鹿は思った。
「それよりさ、どうするよ。レベル10になったぜ、俺たち」
「そうだよな。こんな早く成れるとは思ってなかったわ」
鈴鹿はダンジョンについてはわからないことの方が多い。もともとこの世界にいた鈴鹿も、ダンジョンに多少興味はあったが探索者にはなろうとしていなかった。そのため全然詳しくなく、朧げな記憶では何もわからない。
一方、ヤスはダンジョンに興味があったようで、よくダンチューブなどを視て知識だけはあった。だからこそ、今の自分たちが異常なのだと良く理解できていた。
「普通じゃねぇよ俺たち。ステータスもくそ高いし、レベル10になる前にエリアボスだって倒せた」
「そうだな」
後から調べた鈴鹿でも、これが快進撃だということはわかった。けれど、初めからこういうものだと思って実践できたため、他所はそうでもうちはこう、と分けて考えているため、探索の仕方を変えるつもりはない。
「なぁ、ヤス」
「なんだよ」
「俺たちならさ、いけるんじゃねぇか? 探索者の頂点、特級探索者ってやつにさ!」
鈴鹿はテンションを上げて言う。何かの分野でトップを目指すなど、前の世界ではそんなこと微塵も考えたことはなかった。
だが、今ならできるかもしれない。ダンジョン探索なら頂点を目指せるかもしれない。そんな確かな手ごたえがあった。
「気が合うじゃん。俺もそう思ってたぜ」
「さっすがヤス! やってやろうぜ!!」
「ああ! 目指せ頂点! 目指せ特級だッ!!」
俺たちの次の目標が決まった。その目標はまだまだ遠く険しい道のりではあるが、二人ならば乗り越えられる。そう確信めいた自信を二人は持っていた。
「うし! ならさっそく今日の打ち上げだ! 肉食い行くぞッ!!」
「よっしゃああああ!!!」
二人は急いで立ち上がると、『レベル10達成&エリアボス撃破祝い』のために焼肉屋を目指すのであった。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:10
体力:86
魔力:88
攻撃:93
防御:86
敏捷:94
器用:92
知力:87
収納:37
能力:剣術(1)、身体操作(2)、強奪




