18話 親分狐2
どれくらい経っただろうか。数分と言われても1時間と言われても納得できてしまう。
親分狐の攻撃は力こそパワーな攻撃で、一撃でも貰えば一発KOされてしまいそうな威力をしていた。それに合わせて、舎弟狐も親分狐をフォローするように攻撃をしてくるのだ。
鈴鹿は親分狐の攻撃は絶対防ぐように全神経を集中させた。そのせいで何発か舎弟狐の攻撃を受けてしまうが、ステータスの差から致命的なダメージは負っていない。それにヤスから回復魔法が飛んでくるため行動に支障が出るダメージは残っていないが、痣くらいにはなっているだろう。
しかし、やがてそれも終わりを迎える。
鈴鹿に群がっていた舎弟狐が一匹一匹と数を減らしていき、とうとう残り一匹となった。疲れなど知らないのか、親分狐が最初と変わらぬ威力で横なぎに金棒を振るってくる。それを屈んで躱すと、今度はしゃがんでいる鈴鹿に舎弟狐が魔鉄パイプを振り下ろした。
「しゃらくせぇ!!!」
今までなら二匹三匹と攻撃が続いてきたが、今は一匹だけの攻撃。溜まっていたうっぷんを晴らすかのように、起き上がる力を利用し振り下ろされた魔鉄パイプめがけて『舎弟狐の誇り』を打ち付けた。
ガンッという短い音とともに、舎弟狐の武器が空高く吹き飛ぶ。呆気に取られる舎弟狐。その横面目掛け、鈴鹿は魔鉄パイプを力の限り叩きこんだ。
骨と肉が砕ける手応えを感じた後、舎弟狐は煙へと変わる。その様子を忌々し気に睨んでいる親分狐と、煙越しで眼が合った。
「はぁ……。ようやくこれでサシで戦えるなぁ!! 親分狐さんよぉ!!」
「グルルルゥゥ」
低い唸り声をあげながら、親分狐は鈴鹿を警戒してすぐには踏み込んでこない。ヤスはまだ二匹の舎弟狐と戦っているため、すぐには援護に来られないだろう。
思わず顔がにやけてくる。それならば、今だけはこいつと誰にも邪魔されずに戦えるということだ。
「なんだ? 警戒してるのか? それならこっちから行かせてもらおうかッ!!!」
剣術と身体操作のスキルを意識しながら、地面を滑るように親分狐へ接近する。親分狐の武器の金棒は大きく重量があるため、鈴鹿の攻撃はなんなく受け止められてしまった。
しかし、重く大きい武器は取り回しが難しいのが常だ。インファイトに持ち込み大振りを封じ、少しずつ削っていってやる。
接近する鈴鹿を嫌うように、横なぎに掬い上げるような一撃を親分狐が仕掛けてくる。
止まれば回避は余裕。上に飛べば回避と同時に突進の勢いのまま攻撃もできる。
しかし、鈴鹿にそんな選択肢はない。安全に、余裕をもって、リスクを減らして。そんな考えを持っているなら、そもそもダンジョンなんかに潜らず中三という受験生らしく勉強に勤しんでいる。
ダンジョンで戦っていると時折衝動が湧き上がってくるのだ。よりリスクが高く、よりハイリターンを望む渇望の如き衝動が。成功した時の溢れ出る脳汁を感じたいと思考より先に身体が動いてしまう。
地面を踏み込む足に力を籠めた。身体操作のスキルを意識し、十全に機能しろと意思を飛ばす。加速を一段階上げた鈴鹿は、親分狐の攻撃を無視するかのように突き進む。
少しでもビビって速度を落とせば直撃する。逆に加速し続けなくては回避することはできない。一歩踏み込むごとに限界以上に加速してゆく。
結果。
ブォンッ
恐ろしい音を上げながら迫りくる金棒は、鈴鹿の左腕を掠めるだけに留まった。直撃こそしなかったが、鈴鹿の姿勢を崩すことには成功した。全力で駆けている時の横からの攻撃は、姿勢を崩すには十分過ぎる威力であった。
しかし、鈴鹿は姿勢が崩れるのすら利用しようとする。左に身体が回転するような勢いを、さらに加速するように自らひねりを入れて回転する。
突進する力と回転する力。それら全てを籠めて魔鉄パイプを振りぬいた。狙うは脛。膝を狙いたかったが親分狐は身体が大きく今の姿勢では狙えず、甘んじて脛へと狙いを定めたのだ。
後先を考えない攻撃。無理な体勢での無理な攻撃をした鈴鹿は、勢いそのままに地面を激しく転がった。だが、身体操作のスキルのおかげか、勢いを利用しすぐに立ち上がることができた。
三半規管の揺れに苛まれながらも、追撃を警戒し親分狐を見る。だが、警戒した追撃が来ることはなかった。
「ガァッ!! グラァッ!!」
親分狐はこちらを睨みながら吠えているが、その場に片膝を立て動けずにいた。鈴鹿の転びながら放った一撃の威力は十分だったようで、脛から先が千切れかけあらぬ方向を向いている。
「あらあら、まぁまぁ! こんなに早く片が付くなんて! 運がなかったなぁ!! おいッ!!」
鈴鹿は魔鉄パイプを肩に担ぎながら、距離を縮めてゆく。あの足では立ち上がることも無理だろう。勝負は決まったも同然だ。
だが、鈴鹿は爛々と眼を輝かせながら、親分狐に期待する。絶対に最後の一撃を親分狐は繰り出してくる。それもへなちょこな攻撃ではない。下手に受ければこちらがやられかねない一撃を。
確信めいたその直感は、どうやら当たったようだ。
親分狐は座った状態で腰をひねり金棒を後ろへと引く。その様子から近づいたら攻撃をするという意思がありありと伝わってくる。
その様子に、鈴鹿は思わず笑みを深めた。
遠距離からの攻撃手段がない鈴鹿にとって、止めを刺すには親分狐に近づく必要がある。そのため、見え見えの攻撃モーションを取っていようとも、攻撃の射程範囲内に鈴鹿は入らなければならなかった。
しかし、射程内に入る方法はいくらでもある。フェイントを入れて攻撃をスカすことも、回り込んで金棒が届かない位置から近づくことも、親分狐の力が入らない体勢から攻撃することも。死にかけた末の最後のあがきなど、正面から受けてやる必要はない。
鈴鹿もそれはわかっている。いや、わかっていないのだろう。
アドレナリンが大量に分泌され興奮している今の鈴鹿にとって、安全な勝利など求めては無く、完璧な勝利しか望んでいない。それだけを考えていた。
「これで勝てば、足が潰れてる言い訳なんてできねぇよな? なぁッ!?」
鈴鹿は構える親分狐に近づいてゆく。魔鉄パイプを握る手に力が入る。
脳裏には親分狐への初撃のシーンが流れていた。あの時は互角だった。力を込めても押し込めず、かといって親分狐も鈴鹿を押し退けることはできなかった。
そんな状態での勝利などつまらない。
「さぁやるぞ親分狐ェッ!! てめぇの最大火力持って来いやぁああ!!」
大きく踏み込む鈴鹿。その時を待ち望んでいた親分狐は、溜めていた力を解き放ち、全身を使った回転運動のエネルギーを金棒に集中させ袈裟切りに振り下ろす。
鈴鹿に避けるという選択肢はない。そんな無粋な選択するはずがない。魔鉄パイプを引き腰を捻る。親分狐の攻撃のタイミングに合わせ、鈴鹿も力を解放した。
地面から脚へ、脚から腰へ、腰から肩へ、肩から手へ。エネルギーが伝達し、何倍にも増幅されてゆく。
膂力を活かした親分狐の攻撃。
全身を連動させた鈴鹿の攻撃。
その二つが交差した。
けたたましい衝撃音。初撃とは違い、今回の攻撃では拮抗することはなかった。
ドンっと鈍い音が遠くで鳴った。その音は、大きな金棒が地面へと落ちた音だった。
「ふぅ。これで格付け完了だろ」
鈴鹿は再度魔鉄パイプを振りかぶる。親分狐は遠くに飛ばされた自身の武器を見つめた後、静かに眼を閉じた。
まるで最後の瞬間を座して待っているようである。無様に逃げるでもがむしゃらに攻撃を仕掛けてくるわけでもない。その潔い姿は、まるで自決を決めた武士の様であった。
「ハッハッハッ! いいなお前ッ!! 天晴れだッ!!!」
その心意気を買い、鈴鹿も先ほどと同じくらい丁寧に力を加え魔鉄パイプを振り下ろす。
剣術スキルのおかげか、狙いはぶれることなく親分狐の頭へと吸い寄せられた。脳天をかち割ったその攻撃は途中で止まることなく振り下ろされ、親分狐は煙となって鈴鹿とヤスへ吸い込まれていった。




