閑話 能代つかさ②
仙台ダンジョン。低層ダンジョンであるが、東北唯一のダンジョンということもあって賑わいを見せるダンジョンだ。
特に、仙台ダンジョンはかの有名な二代目剣神が誕生したダンジョンでもある。そのため、その恩恵にあやかろうと仙台ダンジョンでダンジョンの祝福を受けるために、全国から15歳が訪れる人気スポットともなっていた。
そんな仙台ダンジョンの1層2区で、一人の少女が吠えていた。
「もーーーーー!!! 何で勝手に倒しちゃうんだよ!! 私がやるって言ったでしょ!!」
ぷんすこ怒っているのは、能代つかさ。狂鬼という頭のおかしいダンチューバーに憧れてしまった哀れな視聴者の一人。秋田から一人で仙台まで訪れ、一人でダンジョンを探索している。彼女もまた、頭がおかしい探索者の一人となっていた。
『鈍いつかさが悪いんですねぇ。もう少し早くなるといいですねぇ』
そんなつかさに抑揚なく告げているのは、不思議な生き物。モンスターの様であるが、モンスターではない。それはつかさのスキルによって召喚された召喚獣であった。
「おめめ!! 勝手に出てくるし!! 言うこと聞いてよ!!」
『それは無理なんですねぇ。悔しかったら僕に言うこと聞かせてみるんですねぇ』
つかさによって『おめめ』と名付けられた召喚獣は、奇妙な召喚獣だった。黒い羊か猪のようにも見えるおめめは、首周りがたてがみの様にもっふもふな毛に覆われている。尻尾とたてがみが鮮やかな紅葉色で、濃い赤の臙脂色や、彩り豊かな山吹色に染まっている。頭の両側からはねじれた角が出ていて、サイズは大型犬くらいだろうか。
もっとも特徴的なのが顔。口も鼻もなく、でっかい目が縦長に一つあるだけ。その瞳は何重にも同心円状に瞳孔が重なっており、見た者を吸い込むような力があった。
そんなおめめに、つかさはぶちギレていた。出てくるなと言ってるのに勝手に出てくるし、私がモンスターと戦うと言ってるのに気まぐれで勝手に倒すし、止めろと言ってもこの態度。やり場のない怒りをつかさは地団駄踏むことでしか消費できない。
「……次は兎。疾風兎ね。連れてって」
『しょうがないですねぇ』
つかさがおめめにまたがれば、とっとことっとこおめめが闊歩する。小さい蹄を動かす様は可愛らしいが、速さがおかしい。動きと実際の速さがあっていないほど、速かった。物理法則が通じてないような動きである。そんな訳の分からない移動をすれば、すぐさま疾風兎……ではなく兎鬼鉄皮のもとへとたどり着いた。
『そろそろこいつと戦うんですねぇ』
そう言うや、兎鬼鉄皮がつかさたちに気付くと同時におめめは姿を消した。
「もーーーー!! また!!?? 私のタイミングで戦わせてよ!!!」
叫び過ぎて声がかれてきた。午前中もそんなこと言って新緑大狼の前に放り出されたばかりである。
そんなつかさに兎鬼が襲い掛かるが、ちゃんと攻撃に気付きつかさも避ける。
「狂鬼様とお揃いの仮面がドロップするように祈る予定だったのに!! お前ちゃんと仮面落としてよ!! 狂鬼様とお揃いにするんだからッ!!!」
そう言うと、つかさは金属バットを握り締める。恐ろしいほどスムーズに魔力を通し、兎鬼へと殴りかかった。
まるで壁でも殴りつけた様な感触。その硬さに渋面をつくるが、おめめへの憂さ晴らしだと思って避けては殴り避けては殴りを繰り返す。
探索者のつかさが思い切り攻撃しているというのに、金属バットは折れるどころか歪みすらしていない。なぜか。それはつかさに発現した『魔武器』というスキルによるものだ。手に持つ武器をスキルレベルに応じて強化するスキルである。金属バットだろうと、ただの鉄パイプだろうと、はたまたその辺に転がる石だろうと、つかさが握ればダンジョン産の武器と同程度の武器となる。
このスキルが発現した経緯は、つかさが狂鬼とお揃いの金属バットを手放したくないと願ったからだ。金属バットを奪うなら手を硬くするスキルを寄こせとダンジョンで吠え続けた。結果、魔武器というスキルが発現したのである。言ってみるもんだなとつかさは思った。
魔武器によって強化された金属バットが、兎鬼の尻を叩く。だが、攻撃はかけらも効いていないように感じられた。
それでもかまわずつかさは攻撃をし続ける。狂鬼に少しでも近づくために。お揃いの仮面を手に入れるために。無理とかきついとか無駄とか。そんな一切合切を切り捨てて挑み続ける。
『頑張るんですねぇ』
そんな様子を、離れたところで優雅にくつろぎながらおめめが見ていた。おめめとつかさの邂逅は、つかさが仙台ダンジョンで活動を始めてから割とすぐであった。
おっかなびっくり、そう表現するのがぴったりな様子でつかさは仙台ダンジョンに入っていった。これからモンスターと戦うということに恐れを抱きながら、それでも金属バットを握り締めると勇気が湧いてきてつかさの足を前へと進めてくれた。
初めて挑んだ酩酊羊との戦いは、辛勝であった。息も絶え絶え。近距離で振り上げられた頭が腹に当たってしまい、ぶつけられた箇所がじんじんと痛む。それ以上に、呼吸すらままならないほどへばっており、つかさはその場を動けずにいた。
当然である。1年以上も引きこもり生活を送っていたつかさが、いきなりダンジョンでモンスターと戦うのだ。身体が付いてくる方がおかしい。むしろ勝てた方が奇跡とも言える。
普通なら酩酊羊の攻撃が被弾した瞬間終わっていた。痛みと恐怖と最悪な事態を想像してしまい、パニックになる。良くて逃げのびる、普通は酩酊羊に攻撃され続け重傷、誰も通りがからず発見されなければ最悪そのまま死亡もありえた。
だからこそ、いじめられっ子はダンジョンに行っても大したレベル上げもできずに終わるのだ。ダンジョンのために身体づくりをする気力も、攻撃されてもやり返そうという気概も、満身創痍になろうとも絶対倒すという意思も持っていない。ただただ復讐する事だけを目的にダンジョンを利用する。苦しくなれば、なんでいじめてきたあいつらのためにこんな思いしないといけないんだ。そう他責思考になってしまう。
確固たる復讐の覚悟でもなければ、ダンジョンでレベル上げをして成長することなど難しいのだ。
そんな中、何故つかさは勝てたのか。それは覚悟の差であった。つかさはすでに復讐を目的としていない。つかさにあるのは狂鬼へと近づくこと。ただそれだけである。だからこそ、酩酊羊の攻撃が当たった時も『怖い!痛い!』なんて可愛い感想は浮かばなかった。代わりに、『狂鬼様に近づくための華々しい初戦にケチつけるなんて許せない!!』という見当違いの怒りが湧いていた。
だからこそ、つかさは踏ん張れた。痛む腹をアドレナリンで誤魔化し、乱れる呼吸を意思の力でねじ伏せ、泣きそうになるのを必死に堪え、酩酊羊を殴ったことで痺れだした手に力を込めて必死に何度も何度も金属バットを振り下ろし続けた。
つかさは死にかけているが、それでも勝てた。ならば次も勝てる。休んではいられない。狂鬼様に追いつくためにはもっともっと先へ進まなきゃ!!
そう思って疲労困憊の中立ち上がった時だった。
『とってもとっても、驚くほど弱いですねぇ』
声の方を振り返れば、黒いモンスターがいた。一つ目のモンスター。つかさは1層1区に出てくるモンスターにこんなのはいなかったはずだと記憶しているが、ポケ〇ンのせいで酩酊羊の色違いが出現したと即座に金属バットを握り締め襲い掛かる。
『落ち着くですねぇ。敵じゃないですねぇ』
つかさの凄まじい連撃(自己評価)を回避し続ける黒いモンスター。全然当たらない攻撃に、つかさもしびれを切らす。
「もぉーーーー!! 止まれよ!!!」
『あっ。命令されたんですねぇ』
つかさの感情の高ぶりが、黒いモンスターの動きを止めた。しめた!チャンス!!とばかりにつかさは金属バットを黒いモンスターに振り下ろし続ける。
『ああ、いい感じですねぇ。そこ、もうちょっと右お願いするですねぇ』
だが、攻撃が効かない。酩酊羊すら倒したはずのつかさの攻撃は、この色違いモンスターには通用しなかった。
もともと疲労困憊だったつかさ。なけなしの連撃もすぐに尻すぼみとなってゆく。
『もう終わりですねぇ。お金あげるから追加でお願いしたいですねぇ』
「ぜぇーーーヒュッ! ハァーーハァーー」
何もされていないと言うのに、つかさはその場で崩れ落ちる様にひざまずく。もはやバットを振り上げるどころか立ち上がることもできなかった。
『気合は入ってるんですねぇ。ステータス見てみるといいですねぇ』
攻撃してこない色違い酩酊羊。これはゲットのチャンスなのか?疲労困憊の脳みそがそんなバカな感想を抱きながら、言われるがままにステータスを開いた。
「ステー、タスが、はぁはぁ。何よ」
『スキルを見るですねぇ。僕は君の召喚獣ですねぇ』
たしかに、そんな名前のスキルがある。ということは本当に目の前の色違い酩酊羊はつかさの召喚獣と言うことだろうか。つかさの全力の攻撃すらマッサージ代わりにする召喚獣。それを見て、つかさは思ったことをそのまま吐き出した。
「え、いらない」
『とっても酷いですねぇ。動物愛護の精神が無いですねぇ』
「狂鬼様は、こんなのいないもん」
つかさは狂鬼に強い強い憧れを抱いている。それはもはや憧れを通り越し執着であり、狂信者のそれであった。盲目的に全肯定する。つかさにとって神の如き存在が狂鬼であり、その神に奉仕したいと思うからこそ強さを求めているのだ。
そこに、中学生という多感な精神状態がトッピングされる。強い憧れを抱く存在に、近づいてみたい、なってみたい。そう思うのもこの時期にはよく見られる。そう、なりきりと同じである。
だからこそつかさは武器に金属バットを選び、発現するスキルは腕を黒くて硬くするスキルを所望する。少しでも神に近づくために。
『今の様子を録画して10年後に見せたいですねぇ』
色違い酩酊羊はそんなつかさに憐れみの視線を向けながら、話を進める。
『スキルは発現してるんだから諦めるんですねぇ。僕に名前を付けるんですねぇ』
「名前?」
まぁ、色違い酩酊羊の言う通り、発現したのならしょうがない。まだまだつかさの探索者生活は始まったばかりなのだ。これから腕を黒くするスキルを覚えていけばいい。
「そうだねぇ、う~~~ん。じゃあ、おめめで!」
『センスですねぇ』
色違い酩酊羊あらためおめめは、顔に大きな一つ目がある。縦に伸びるその目は特徴的で、つかさはとても綺麗だと思った。だからおめめと命名した。
そこから、つかさとおめめの奇妙な二人組の探索が続いた。おめめが勝手にモンスターを倒したり、おめめが勝手にモンスターを連れてきたり、おめめが勝手にエリアボスと戦わせたりと、おめめがひっちゃかめっちゃかにつかさの探索スケジュールを乱してくるが、その全てにつかさは文句を言いながらくらい付いて行った。
狂鬼様に近づくならば全てのモンスターを倒せる必要がある。だからおめめがいくら連れてこようが、どうせその内倒す予定だからまぁいいか。それくらいの軽い考えで、狂信者つかさはダンジョンで暴れ続けた。
真っ暗になるまでダンジョン探索し、帰りはおめめに乗って真っ暗の中地上に戻る。探索者協会備え付けのお風呂で身を清め、コンビニで買ったご飯を食べて協会の簡易休憩所で休む。朝日が昇ったらまたダンジョンで探索する。つかさは鈴鹿もびっくりの超過密スケジュールでダンジョン探索を行っていた。
そして今日。つかさがダンジョン探索を始めて10日目。1層2区の二匹目のエリアボスとつかさは死闘を繰り広げていた。
魔武器化された金属バットを握り締め、つかさはバットで殴り続ける。手応えもなく効いているかも怪しいが、そんなことつかさは関係ない。効け。それだけを念じてひたすら叩き続ける。
兎鬼は序盤無理ゲーと呼ばれて嫌われているエリアボスである。非常に硬い鉄のような毛や皮膚に覆われ、それに加え全身を身体強化によって硬質化している。殴っても殴っても1ダメージしか出ないようなものだ。それでいて、有名なはぐれた金属と違って体力も豊富にあると来た。たまたま渾身の一撃が入ろうとも死ぬことは無い、まさに難攻不落のエリアボスである。
そんな兎鬼を倒すために数多の探索者が挑み続け、今では兎鬼に有効とされるスキルが公表されている。ただ、1層2区でスキルが揃っている探索者などそうはいない。だからこそ、後の一級や特級探索者であろうとも、1層2区探索当時は兎鬼を避けて進むことも少なくない。そして、挑んでもあまりの硬さに撤退する事もまた、珍しいことではなかった。
そんな兎鬼に、つかさは攻撃し続ける。これだけ攻撃をしても兎鬼を倒せないということは、兎鬼に有効なスキルが発現していないということだ。それなのに、つかさはそんなこと知らないと殴り続ける。
「狂鬼様狂鬼様狂鬼様狂鬼様狂鬼様狂鬼様狂鬼様狂鬼様」
狂信者とは盲目的な存在だ。普通に考えて、常識的に、当たり前に。そんな言葉が抜け落ちた存在。ただただ信じたことだけを信じぬく力。良くも悪くもその力に突出している存在ともいえる。その信じ込む力の強さが、狂信者のランク付けにもつながる。どれほど狂った存在なのかという指標に。
つかさはまごうことなき狂信者である。狂鬼という頭のおかしい探索者を信奉する哀れな信者。信仰する対象が狂っているのだから、その狂信者ともなれば目も当てられない。イジメによる人間不信、成長期に1年以上も引きこもりネットの知識を蓄え続けたことによる歪な精神構造の構築、若さゆえの盲目さと情動。それらがない交ぜになったつかさは、狂信者格付けがあればトップに躍り出るほどに盲目的に突き進むことができた。
「痛ぅうう!!」
ただ、盲目的に突き進めば勝てるほど、ダンジョンも甘くは無い。決めきれない戦いが続き、積み重なった疲労がつかさの足を重くする。そうなれば、動きも散漫となりエリアボスの攻撃を受けるのもまた必然であった。
何とか間に金属バットを挟み込むが、兎鬼の尖った爪が左の二の腕に食い込みジャージごと切り裂く。宙を舞う鮮血。勢いを殺しきれずつかさは派手に飛ばされた。だが、それが功をそうした。
軽いつかさが大きく飛ばされたことで、兎鬼の追撃もその分伸びる。勢いよく飛びかかろうとする兎鬼が辿り着く前に何とか起き上がり、恐ろしい兎鬼の懐を潜るようにしてなんとか離脱に成功する。
『もう駄目ですねぇ。手を貸すですねぇ』
「うるさい!! おめめは待機!!!」
左腕の傷は思ったよりも深かった。アホみたいな力で薙ぎ払われたことで、傷は骨まで達していた。そのせいでろくに左腕が動かせない。アドレナリンが出まくっていて痛みが鈍いのだけが救いである。
『強がると死ぬですねぇ』
「死ぬわけないでしょ!! 私が!! 狂鬼様に会う前に!! 死ぬわけがないだろ!!!」
おめめという召喚獣がいるというのに、つかさは彼に頼らない。煽り文句を言いつつも、お願いすればおめめは兎鬼と戦ってくれるだろう。そして、おめめならば兎鬼程度倒すことも訳ないはずだ。
その事実がまたつかさをイラつかせる。狂鬼様は一人で兎鬼と戦って、一人で兎鬼を倒しているはず。狂鬼様に追いつこうとしている自分が、よくわかんないいつも小ばかにしてくる召喚獣に頼るなどあってはならない。あってはならないのだ。あっていいはずがない。
「グォォォオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!」
追撃に失敗したことに苛立たし気に、兎鬼が怒りの声を上げる。
おめめによる煽りを普段されているからだろうか。モンスターの唸り声すらつかさには自分を馬鹿にしているように聞こえた。『お前では俺を殺せましぇーん!』。末期のつかさにはそう聞こえた。
その幻聴に、つかさの怒りが爆発する。
「どいつもこいつも、どいつもこいつも!! 私の邪魔ばかりしくさって!! お前は!! とっとと!! 私に倒されて狂鬼様とお揃いのお面を寄こせばいいんだよッ!!!」
握り締める金属バットに新たな力が宿る。つかさの爆発した怒りを表すような、そんな力が。
「お前は硬すぎ!! もういいもん!! 外が硬くてダメなら、中から攻撃すればいいんだよ!!」
左腕が機能していないと言うのに、つかさに引くという二文字も、おめめにお願いするという選択肢もない。あるのはとっとと狂鬼様と同じお面を寄こせと言う、カツアゲじみた強い強い、強すぎる思いだけ。
襲い来る兎鬼の攻撃を回避し、つかさが片手一本で金属バットを兎鬼へと叩きつける。両手に比べて威力は大きく劣るだろう。今までの様にただただ弾かれるだけに終わるはずの攻撃。しかし、今回はそれでは終わらない。
ドォゥン―――
くぐもった爆発音が聞こえた。同時に絶叫を上げる兎鬼。
「アッハッハッハ!! 中はやっぱり脆いんだ!! ダメだよ兎さん!! 狂鬼様ならきっと中身も鍛えてるよ!!」
がんぎまった眼をかっぴらきながら、つかさが哄笑する。
どれだけ攻撃してもこちらの攻撃は通らない。一撃でもモロに喰らえばそれだけで終了しそうな兎鬼の攻撃を掻い潜り続ける精神的疲労。避けて動き続ける肉体的疲労。その中で綻びから喰らわされた兎鬼の攻撃。それによる片手の機能不全。
絶体絶命。そんな窮地に追い込まれても、前へと進み続けるイカレた行動。その行動にダンジョンが微笑む。
つかさに発現した新たなスキル、『爆破魔法』。その魔法が、兎鬼の内部を破壊する。
堪らず兎鬼がつかさを遠ざける様に攻撃するが、嫌なことは率先してしろとイジメっ子に習ったつかさはむしろ肉薄し、金属バットで殴りつけ内部を破壊してゆく。
追い込まれ、それでもあがき続ける者にスキルは発現する。これこそが兎鬼攻略の正攻法。
1層2区という序盤も序盤で、強敵に抗い続けることでスキルが発現するという成功体験を積ませるためのエリアボス。それが兎鬼であり、兎鬼に与えられた役割である。
鈴鹿が兎鬼との戦いで魔力感知が発現したように。もっと言えば猿猴という強敵相手にあがき続けた結果様々なスキルが開花したように。スキルがどうすれば得られて、どうすれば成長するのかを教える役目。序盤でスキルの重要性と会得方法を身に付ける戦いが、兎鬼鉄皮戦である。
何が序盤無理ゲーのエリアボスか。何が必須スキルか。何が兎鬼攻略のスキルTier表か。何が避けるべきエリアボスか。
人間が勝手に決めつけたレッテルに踊らされ、兎鬼をスルーする探索者たち。その者たちがその先で、強力なモンスターに抗い続けることなどできるのだろうか。抗い続けた先でスキルが花開くことなど信じられるだろうか。
つかさも兎鬼については知っていた。序盤無理ゲーだと言われていることも。だが、つかさには狂鬼がいた。彼女が心底尊敬し、崇め奉っている存在は、そんな細かなことなど一切調べずにダンジョンに突っ込むおつむの足りない探索者。だからこそ、常識に囚われずにこれだ!と思ったことに突き進むことができる。
そんな狂人を信奉する信者であれば、有象無象が考えた常識などに囚われることは無い。己が信ずる神が為したというのなら、信者の自分が続かぬわけにはいかないと、つかさは進み続けることができるのだ。
「まじで!! 仮面落としてよね!!」
内部が破壊される痛みに耐えかね下げた頭に、つかさのバットが直撃する。直後に起こるは脳みそを弾き飛ばす爆破。鉄皮に覆われた兎鬼といえどこれには耐えられない。結果、その姿を黒い煙へと変えつかさへと吸い込まれていった。
「つ、疲れた……。腕も痛いし……」
戦いが終わり狂信者モードが解除されるや、襲い掛かるは左腕の激痛。疲労困憊で動くのも億劫だ。
「おめめ、水頂戴」
そう言うや、全身が水に覆われた。
「おぼぼぼぼぼ!!! 馬鹿なの!? 何で全身―――」
水の膜で包まれ溺れかけたつかさが自分の召喚獣を叱りつけようとしたが、すぐに左腕が完治していることに気付く。きっと傷跡一つも残っていないだろう。
「……ありがとう。喉渇いたから水頂戴」
『世話が焼けるんですねぇ』
おめめが自分の影からつかさのリュックを取り出し、つかさへと渡す。収納袋でもなんでもないリュックだが、おめめはしまえるようだ。
長時間におよぶ戦いで脱水気味だった身体に、水が染み渡る。しっかりと塩分補給も兼ねて梅干しのお菓子も食べながら、一息つくつかさ。
「はっ。 そうだ! お面!!」
急いで収納を見てみれば、彼女が渇望した『兎の鬼面』があった。
「やった!! 見ておめめ!! 狂鬼様とお揃いのお面!!」
収納から取り出し、早速顔に貼り付けるつかさ。兎鬼の様に憤怒した兎のお面は、彼女が敬愛する狂鬼と同じお面であった。
『あの化け……げふんげふん。狂鬼とお揃いで良かったですねぇ』
思わず化け物と口を滑らしそうになったおめめに、空気が歪むほどの殺気がつかさから放たれる。あれはシャレでは済まない。おめめですら素直に従う凄みがあった。
狂鬼。つかさが寝る前にいつも見てる動画に出ている探索者。あれを化け物と呼ばず何を化け物というのか。人の身にしておめめ側に片足どころか半身くらい踏み入れている正真正銘の化け物。だが、召喚主であるつかさはその化け物を信仰している。困ったものである。
『そういえば新しいスキルが発現したんですねぇ。確認するですねぇ』
「えっ……爆破魔法?」
仮面をつけて狂鬼様とお揃いだとトリップするつかさに、おめめが教えてあげる。つかさはエリアボスを倒したというのにレベルアップ時のステータス上昇量を確認したり、新しいスキルが発現したか確認したりもしない。そんなものは些事である。重要なのはいかに狂鬼に近づけるか。その一点のみ。
「ま、また……?」
プルプルと肩を震わせるつかさ。
「また違うスキルが発現した!! なんで!? 魔法なら雷魔法一択でしょ!!! ムキィーーーー!!!」
狂鬼のスキル一覧(予想)はネットに出回っている。信者ならば当然獲得するスキルは狂鬼とお揃いの物を願う。しかし、新たに発現した魔法は狂鬼が所持している魔法とは異なる魔法。そのことに落ち込むのではなくぷんすか怒り狂うつかさ。
1年以上も引きこもり、ネットの波に漂い続け、辿り着いた先が笑いながら死地へと飛び込む狂鬼。そんな彼女が真っ当な性格な訳がなかった。
他人と話さない期間が長すぎ、ダンジョンという正常ではいられない環境に身を置いてしまったことで、つかさはすぐに怒りだすようになった。たぶんおめめという存在が常に煽り続けているからかもしれないが、やり場のない怒りを今日もつかさは地面へとぶつける。
狂信者と不思議な召喚獣。一人と一匹の探索は、まだ始まったばかりであった。
名前:能代つかさ
レベル:22
体力:203
魔力:204
攻撃:204
防御:202
敏捷:205
器用:201
知力:199
収納:86
能力:剣術(2)、身体操作(3)、身体強化(2)、魔力操作(3)、召喚士【神獣】、爆破魔法(1)、魔武器(2)




