17話 親分狐
ダンジョンの各層は5つの地区によって分けられている。それぞれの地区にはエリアボスと呼ばれているモンスターがおり、エリアボスはその名の通りそのエリアで最も強い存在だ。
1層1区のエリアボスは親分狐。その名の通り、舎弟狐の親玉的存在だ。
「いたいた。前にも見たけど、よくもまぁ恥ずかしげもなく群れてますわ」
鈴鹿の視線の先には、総数10匹の舎弟狐に周りを囲まれている親分狐の姿。親分狐は舎弟狐が現れるエリアにいるため、以前も舎弟狐を狩っていた時に遠目で確認はしていた。
舎弟狐同様二足歩行で目つきが悪いが、大きさが違う。舎弟狐の体格が160㎝程度に対し、親分狐はヤスよりも少し大きく180㎝は超えている。緑色の腹巻をしており、手には金棒を握っていた。身体の大きさも武器のリーチも舎弟狐より大幅に広がっている。
「じゃあ作戦通り、最初は親分狐無視して舎弟狐の数を減らしていくぞ」
「オーケー。武器も使い勝手いいし、舎弟狐なら瞬殺だな」
鈴鹿の手には、強奪のスキルで手に入れた『舎弟狐の誇り』が握られている。この武器、見た目は鉄パイプなのだが、実際はパイプではなく中も金属で埋められた鉄の棒だ。軽量化されていない魔鉄を含む金属で構成された武器のため、見た目通りめちゃくちゃ重い。しかし、ステータスの恩恵を受ける鈴鹿にとって、むしろこの重さはちょうど良いくらいだった。鈴鹿は以前までの金属バットのように軽々と素振りをし、ウォーミングアップをしているくらいだ。
「さぁ、生意気なチンピラをシメに行きますか!」
「一方的に因縁付けに行くんだけどな」
ヤスもチャチャを入れつつも獰猛に笑っている。親分狐を倒しレベル10になること。これが鈴鹿とヤスが設けた一つ目の目標であり、ようやくそのゴールが見えているのだ。血が滾るというものだ。
「先手必勝だ! 行くぞヤスッ!」
「おうッ!!」
名乗りあっての戦いなど求めていない。はなから人数的に不利なのだ。相手を万全の状態にさせてやる道理は無し。
敏捷の値が高い鈴鹿が先に接敵する。1層1区は見晴らしの良い草原だ。鈴鹿たちに気づいた舎弟狐たちはワラワラと陣形をくみ出し、親分狐は歯向かってくる敵を威圧するように低い呻り声をあげた。
親分狐は後ろに下がったまま、舎弟狐が前面で待ち構えている。どういう戦術かはわからないが、舎弟狐と悠長に剣を交えている暇はないだろう。
強引だがいける気がする。
そう思った鈴鹿は、舎弟狐の目の前で止まる勢いを力に変え、渾身の振り下ろしを行った。ステータスの高い鈴鹿の全力疾走からの振り下ろしは凄まじい威力と速さを内包していた。舎弟狐も攻撃をはじくように防御を行うが、その防御ごと押しつぶし魔鉄パイプが顔面にめり込んでゆく。
まず一匹。
開戦の火蓋は鈴鹿の一撃で派手に切られた。
負けじと左右から舎弟狐が武器を振り下ろすが、鈴鹿はぬるりと躱し逆に空ぶったことで体勢を崩した舎弟狐に一撃お見舞いする。レベル8の時に覚えた身体操作というスキルは、身体の使い方を向上させるスキルである。
既に覚えていた剣術のスキルと組み合わせることで、攻撃時には体幹を崩すことなく攻撃でき、身体の可動域が向上しているため容易に立て直すことができるのだ。スキルが嚙み合うことでやれることが増えてゆく。
「おらよッ!!」
鈴鹿が一撃入れてふらつかせた舎弟狐に、追いついたヤスがシャベルをぶっ刺して煙へと変えた。鈴鹿の方がステータスが僅かに高いが、ヤスもレベルに比べてステータスが高い。クリティカルに入れば、舎弟狐は1撃だ。
その様子を横目に、鈴鹿は足を止めることなく展開しようとしている舎弟狐に牽制を入れに行く。舎弟狐は数も多いため二匹三匹と集まってくるが、同士討ちを嫌い思うように動けなくなる。突撃してきた舎弟狐の攻撃を躱し、他の舎弟狐へと蹴り飛ばす。そうすれば残った舎弟狐は一匹。1対1なら容易に倒せる。
「がぁッ!!」
3匹目の舎弟狐を煙へと変えたところで、大きな衝撃音とともにヤスの声が響いた。振り返れば巨大な金棒を振り切った姿勢の親分狐と、宙を舞うヤスの姿。数メートルは飛ばされたヤスが地面に転がり、そこに舎弟狐が群がるように動き出していた。
まずい。
鈴鹿は即座にヤスのもとへ迫る舎弟狐へ狙いを定め、横合いから吹き飛ばしヤスのカバーへと入る。後ろからくぐもった声が聞こえるため、気絶はしていないようだ。それならなんとかなる。
「おい! 大丈夫か!?」
「ああ! なんとか防御間に合ったけど、すげー威力だったよ」
なだれ込むように迫る舎弟狐を捌きながらちらりと後ろを見れば、シャベルがほんの僅かに歪んでいるように見える。言葉のとおり、防御は間に合ったのだろう。
「なら早くしろ!! 親分狐も迫ってる!!!」
「わかってる! 【回復魔法】ッ!!」
そう叫ぶと、ヤスはすぐさま立ち上がり鈴鹿の横に並んだ。
そう。ヤスが鈴鹿のように舎弟狐をすぐさま倒せないのは、センスがないからでもシャベルが悪いからでもない。鈴鹿の覚えたスキルが前衛特化に対し、ヤスが覚えたスキルは『回復魔法』と『魔力操作』という後衛のスキルだったからだ。
スキル構成上、本来ならばヤスは後衛職なのだが、二人パーティでそんなうまく配置を分けられることもなく、鈴鹿と肩を並べて前衛で戦ってくれているのだ。
回復魔法を使用したヤスにダメージが残っていないことを確認すると、鈴鹿もホッと息を吐く。
「あんな吹っ飛んでたから、死んだかと思ったぞw」
「一瞬意識飛んでたから危なかったわw」
軽口を叩けるくらいには動揺もしていなそうだ。よかった。戦闘はすでに始まっているのだ。やっぱ止めますでは済まされない。戦いの中恐怖を抱くのはいいが、ビビったら負けだ。気持ちで引いたら勝てるものも勝てなくなる。
「親分狐は俺が受け持つ! 雑魚を頼む!」
ヤスの返事を待たずに、迫ってきた親分狐へ襲い掛かった。鈴鹿の攻撃を親分狐は重そうな金棒を巧みに扱い受け止める。押し込もうと鈴鹿は力を込めるが、金棒はびくともしない。親分狐は舎弟狐とは違い、ステータスに大きな差はなさそうだ。
親分狐とのつばぜり合いを見守ってくれるほど、舎弟狐たちは優しくない。襲ってくる舎弟狐に対処するため、金棒を押し込んでくる力を利用し距離をあけた。ヤスも数を減らそうと舎弟狐たちに攻撃を仕掛けているが、まだ7匹も残っている。その全部をヤスが引き受けることは難しい。
これは耐久だな。気張るぞッ!!
舎弟狐の数を減らすのはヤスに任せることにする。舎弟狐の数が減るまで、鈴鹿は親分狐の攻撃を防ぎながら舎弟狐にも気を付ける必要があるため、厳しい時間が続くだろう。
親分狐は今度はこっちの番だと金棒を振り上げ迫ってきている。気合を入れる時間すら与えてくれないらしい。鈴鹿は『舎弟狐の誇り』を握る手に力を入れ、親分狐を迎え撃った。




