23話 西成の選択
西成は西の雄である猛虎伏草に所属している。主に蜥蜴との連携を担っており、彼女に発現した呪言というスキルも合わさって工作活動なども行っていた。
そんな彼女のもとに一本の電話がかかってきた。
「ああ、ウチや。どないなったん?」
電話の主は灰ヶ峰という蜥蜴の次期代表だ。直感という優れたスキルをはじめ、探索者としても、裏の人間としても申し分ない多くのスキルに恵まれた男だ。その実力は折り紙付き。まだ特級にこそ至っていないが、それはパーティメンバーがいないからに過ぎない。過去の探索でパーティーが壊滅してしまったため、レベルがそこで止まってしまったのだ。
灰ヶ峰自身が高レベル帯であり、それに釣り合うパーティは滅多にいないので長いこと止まってしまっている。ただ、蜥蜴の代表になるならばレベル200は超えていてほしいため、そろそろ猛虎伏草のメンバーを動員しレベル200まで上げてしまう計画も出てきていた。
そんな灰ヶ峰からの電話だが、その内容に西成は心当たりがあった。いや、依頼していた側なのだから当然と言えば当然か。
「そうか。自殺選んだんか。はぁ、もったいない。やっぱウチには付かんって道を選んだんやな」
それは狂鬼と呼ばれる一人の探索者をめぐる依頼であった。
何をどう思ったのか、西の、それも蜥蜴が仕切るエリアである出雲ダンジョンに狂鬼が現れた。あえて出雲ダンジョンを選んだのか、偶然出雲ダンジョンに来たのか、それは定かではない。しかし、これは千載一遇のチャンスであった。
この狂鬼という探索者。それが猛虎伏草の、特に西成の悩みの種でもあった。
狂鬼はたった一人でダンジョンを探索するダンチューバーである。何らかの企画やモンスターとの立ち回り講座など、ソロで活動するダンチューバーは他にもいる。だが、彼らは十二分に安全マージンを取ったエリアでのみソロで活動している。
しかし狂鬼は違う。パーティでも探索が困難と言われている4区5区を散歩感覚で探索し、腕試しがてらにエリアボスと戦う正真正銘のイカレ野郎だ。探索者ならば狂鬼の異常性が嫌でも理解できる。特に優秀であればあるほど、狂鬼の強さの意味を理解できるのだ。
ダンジョンは捧げたリスクに応じて探索者に能力を授ける。ステータス然り、アイテム然り、スキル然りだ。つまり探索者の強さとはどれだけ危険を冒してきたかということでもある。特級探索者などその最たる例であり、自分の命よりも強くなることの方が優先順位が高い、生物として不完全な生き物と呼んでも差し支えない化け物たちだ。
それは狂鬼も同じであるが、狂鬼が絶対的に彼らと異なる点がある。それはソロかパーティかという違いだ。
人間やれることには限りがある。前衛が得意な者もいれば、後衛が得意な者もいる。攻撃が得意な者もいれば全体を俯瞰して指揮を執れる者もいるし、どんな攻撃だって防いで見せる壁のようなタンクや凄まじい威力の魔法を放つ火力枠の魔法使いだっている。多くの探索者が各々の役割を十全にこなし、初めてエリアボスと呼ばれる難敵を倒すことができるのだ。
だが狂鬼は違う。たった一人でその全てをこなす。いや、それもまた語弊があるのかもしれない。先に述べた多くの探索者の役割を担っているのではない。さらに上。パーティで活動する探索者たちを超える、圧倒的な格上として、エリアボスと戦っているのだ。
今までの狂鬼の動画で雷魔法が使えることはわかっているが、雷鳥戦以降雷魔法を使っている様子はない。雷魔法はかなり優秀なスキルだ。魔法系の中でもレアスキルと呼ばれる部類に属し、応用性は少ないが威力と速度が限りなく高い使い勝手の良い魔法である。
にもかかわらず、狂鬼は使わない。まるでそんなものは必要ないとばかりに、拳を黒く染め上げひたすら殴り続けている。
もちろん低層階である3層までのエリアボス相手だからこそ成り立っている部分もあるだろう。中層から出現するエリアボスは高い物理耐性や魔法耐性、エリア自体が罠であったり様々な障壁が待ち受けている。しかしエリアボス相手に能力を出し渋り、それでいて終始圧倒するその強さは、日本のダンジョン史を紐解いても類を見ないだろう。
恐らく強力なスキルと強力なアイテムを保持しての強さではあるのだろう。あの黒い腕もスキルではなくアイテムである可能性が高い。一式防具のように拳に展開できる特殊装備なのだろう。だからこそのあのバカげた威力であり、3層5区の練鱗淵の番という強力なエリアボスの剣戟も腕で防げたのだ。
言いようによっては、狂鬼は強力なスキルとアイテムを所持しているからこそあそこまで強いということだ。それはつまり、強力なスキルとアイテムさえあれば、ああ成れるということのようにも聞こえてしまう。
だが、一級以上の探索者ならばそうは思わない。狂鬼に対して抱く感想はこうだ。
なんでお前は生きているんだ? これに尽きる。
あそこまでの強さを得るために一体どれだけのリスクを冒し、どうやってその修羅場を生き抜いてきたのか。エリアボスを圧倒できるほどの力を得るには、ただ探索をしていれば手に入れられるものではない。宝珠によって強力なスキルを手に入れた可能性もあるが、そもそも一人で5区のエリアボスを倒せる時点で並大抵の強さではないのだ。
一級以上の探索者ならば自分たちの探索に自信を持っている。自分たちは十二分に危険を冒し、リスクを捧げ、幾多の死線を潜り抜けてきたと。
だが、狂鬼の強さを見たらその自信も揺らぐ。自分たちとはベクトルの違う強さを持つ狂鬼は、いったいどれほどの死線を潜り抜けてきたのかと。そして、何で生きているのか疑問に思うのだ。
それはコインを投げて表を出し続けるようなもの。それも天秤にかけられているのは自身の心臓。理想を言えばできるのかもしれない。『僕が考えた超危険探索スケジュール』を達成すれば辿り着けるかもしれない境地。一度ならば運が良ければいけるかもしれない。二度、三度ならば偶然が重なりできるかもしれない。しかし、それを何度も何度も達成し続けるなど、まさに狂気の沙汰だ。
レベル100超えた程度であそこまでの強さを手に入れられる探索を生き抜いた狂鬼に、探索者ならば恐れと尊敬を抱かずにはいられないのだ。
そんな剣神を想起させるほどの探索者に対し、各ギルドはけん制し合っていた。狂鬼がギルドに加入すれば、恩恵は計り知れない。4区5区を平気で探索できる探索者だ。そこで得られる情報やアイテムだけで、破格の代物である。
だが、西の思惑は違う。そんな陳腐なことに狂鬼を使うつもりなどなかった。猛虎伏草の創始者であり初代剣神、雨道。その人と共にパーティを組んでもらうこと。そのためだけに、猛虎伏草は狂鬼を欲した。スカウトでも何でもない西成をわざわざ勧誘のために派遣するレベルで、本気で獲りにいった探索者だった。
西成が発現している呪言のスキル。これは格下であれば洗脳に近いことができるが、狂鬼クラスとなると洗脳など期待できない。しかし、深層心理に働きかけ、まるでステルスマーケティングのように西へと思考を誘導することはできる。まるで詐欺師の様に。それを期待されて、西成が派遣された。
だが、結果は芳しくなかった。狂鬼自身ギルドに興味を持っておらず、すげなく断られてしまった。その時、西成はミスを犯した。呪言すら効かなかったため早期獲得は厳しいと判断し、引いてしまったのだ。あの気質ならマニュアル大好きな東のギルドとはそりが合わないだろうし、すぐに獲られることもないだろうと判断した。それに川崎での一件が進められていたため東にいづらくなることがわかっていたのも、引いた理由である。
それがいけなかった。いや、狂鬼の成長速度と気質を見誤ったのが失敗の最大の要因である。
普通探索スケジュールを立てる際には、かなりの時間がかかる。2層3層の1~3区であれば情報も装備も飽和しているため、マニュアル化されたスケジュールで探索できるだろう。ギルドに所属する他の探索者と調整しながら、定期的に探索しているはずだ。
だが、トップ層は違う。現状のステータスやスキル構成から、都度最適な探索スケジュールをギルド内で議論して決めてゆくものだ。なぜならステータスは戻すことはできないから。
レベル100未満ならば確立もされていてそこまで時間は要しないかもしれない。だが、レベル100を超えたらそれこそかなりシビアに決められてゆく。ギルドが蓄積してきたノウハウによって導かれる最適な探索スケジュール。それは死が常に隣り合わせのような探索である。大切なギルド員を殺さないために、かといって成長は最大限得られるように、何人もの人間が探索者たちにヒアリングしながらスケジュールを決めていくのだ。
レベル100ともなるとダンジョンでの寝泊まりも多く、死闘の連続によって精神は深く摩耗する。身体的にも精神的にも一度の探索を終えれば十分な休息期間が設けられるものだ。
そんな前提が、西成にはあった。自分もそうであったし、それが常識でもあったから。まして、西成が狂鬼に接触したのは雷鳥戦の直後である。24時間以上ぶっ続けてエリアボスと戦う狂気の沙汰を終えたばかりのタイミングだ。誰がたった数日休んだだけでダンジョンに行くことを想定できるというのだ。これは西成を責めることはできないだろう。むしろ頭のおかしいダンジョンフリークの狂鬼が責められてしかるべきだ。
そして、狂鬼の気質も想定通りとはいかなかった。あれだけとち狂った探索をしている探索者だ。人間として一部、いや大半が欠如していると西成たちは判断していた。特に一人だろうともダンジョンに潜り続け、命など紙よりも軽いとばかりの戦い方をしているのだ。あれだけ強さに貪欲な探索者ならば、絶対に『強さこそ至高』という西の思想をもっているだろうと。
しかし、蜥蜴が分析した結果はそうではなかった。まるでサイコパスが人であると必死に振る舞う様に、義理に対しては篤いと判断された。義理というのは非常に厄介である。特に、義理人情を捨ててでも強い探索者を求む西にしたら最悪な結果でもある。
東を潰すためならば川崎を地獄にすることも厭わず、大阪を頂点とした探索者の国を作るために蜥蜴という暗部を動かすことも躊躇わない。それが西であり、目的に対して手段を選ばない考え方が根底にある。
一方義理を重視されるのならば、それは東の考えである。道理を通し、義理人情を重んじる。キレイごとを吐けば自分たちもキレイになれると思っている哀れな連中であるが、そこに合致してしまうと狂鬼は東に付くことになる。
あれこそが西が求めていた探索者であり、雨道に捧げるべき探索者だった。それが東に付くというのは大変よろしくない。あちらには天童がいるのだ。それは西にとって最悪を意味するだけでなく、西成としても狂鬼には西についてもらう必要があった。しかし、日に日に最悪な形は現実化していき、ついこの前には不撓不屈の人気探索者とコラボ配信までする始末であった。あれはある種のアピールである。俺は東に付くという証明だ。
二代目剣神である天童に続き、狂鬼もまた東にとられようとしている。狂鬼のスカウトを任されていた西成からしたら最悪な結末だった。しかし言い訳をさせてほしい。狂鬼が出てきたタイミングが最悪だったのだ。すでに動いていた川崎陥落の作戦とぶち当たってしまい、一度会って以降狂鬼に接触することもできなかった。これでは呪言の重ね掛けもできやしない。
猛虎伏草は表向き川崎の件には関わっていないことになっているが、よく知る者たちならば深く関わっていることを理解しているだろう。証拠は出なくとも確信しているはずだ。そんな状況で東京に踏み込めば、横浜の一級たちが徒党を組んで襲い掛かってくる恐れもあった。
ただただ将来の障壁となるであろう探索者の配信を指を咥えて見続けなくてはならないことに、ひどくヤキモキしたものだ。しかし、それは灰ヶ峰からの一本の連絡で光明が差した。
『狂鬼が出雲にいる』。そう聞いたとき、何の冗談かと笑った。それか東の罠だろうと本気で勘ぐった。しかし、灰ヶ峰はそんな冗談を言う人間ではない。詳しく話を聞けば、まるで誘われてるのかと思いたくなるほど狂鬼を仕留めるには絶好のシチュエーションが揃っていた。
灰ヶ峰が、家族や友人を狙えば狂鬼は自殺すると断言した。その手管は探索者に対して絶対の効力を発揮し、何度となく蜥蜴で使われてきた使い古された手でもある。家族や友人よりも義を通そうとする者とそうでない者の見分けを誤るほど、灰ヶ峰を始めとした蜥蜴の構成員は甘くない。その灰ヶ峰が断言するのだ。ならば狂鬼は蜥蜴の要求を呑むのだろう。身内の安全と天秤にかけ、己の命を捨てる選択を。
もちろん、最大限の譲歩をするから西に来てほしいと改めてスカウトしろとも伝えてある。これが罠の可能性もあるため、西成は出雲の地へは行けない。あそこは蜥蜴の管轄であり、猛虎伏草のメンバーが行ってしまえば蜥蜴との関係といういらぬ証拠を与えることになりかねないからだ。
そして今、灰ヶ峰から狂鬼の死がもたらされた。
「狂鬼の死体は使われへんのか? ええ素体やろ。ああ、念には念入れてダンジョンで処理するんか。自己再生も何も、死んだら終いやろ。まぁ、ええわ。それは任せる。あれはまだ研究段階やしな」
直感のスキルを持つ灰ヶ峰がわざわざ出向いたのだ。戦闘になることは無いと理解していた。西側に付くことも無いわけではなかったが、狂鬼は結局西にはつかず死を選んだようだ。
「ん? なんて? 横浜の連中、集めるんか? なんでやねん。注目集めたいやて? 裏で何やらかすつもりや。狂鬼の死を上手いこと利用すんのか? まあええけど、今横浜が動いたら面倒やないか?」
灰ヶ峰からの提案。それは横浜のランドタイガーを起点に、裏の人間を動かして東の注目を集めさせるとのこと。今横浜のランドタイガーは常に見張られている状況だ。そこで動きを見せれば、さぞ東の連中は警戒して注目することだろう。
下手したらランドタイガーの拠点を失いかねないが、そんなヘマをすることもないだろう。狂鬼の死を使う。うまくはまれば一気に東を落とせるかもしれないと言われれば、好きにやらせるべきである。
そもそも、今は待ちのフェーズでもあった。横浜と東京の間を裂くための期間でもあったが、灰ヶ峰の行動が止めに繋がる可能性もある。西に残された時間はそう多くない。それ故、西成もあと一押ししておきたいと考えていたので、特に考えずに許可を出した。
それが何を意味するのかも分からずに。
その夜。灰ヶ峰の言葉通り横浜の舞台が動いた結果、かなりの注目がランドタイガーに注がれていた。それはダミーであるとも知らずに、東の連中は馬鹿の一つ覚えのように何も起きないランドタイガーに注力していて、滑稽だと笑ったものだ。
灰ヶ峰が何をするかはわからないが、あいつの考えることだ。えげつないことを東に行うのだろう。そうなれば、ようやく西の目的が成就するかもしれない。もしかしたら西成が抱える別の目的すら達成できてしまうかもしれない。そう思い西成は眠りについた。




