16話 ユニークスキル
「お! レベル上がったぞ!! これでレベル9になった!」
舎弟狐の煙を取り込んだヤスが、嬉しそうに報告してくる。これで明日は満を持して親分狐に挑めるな。
「おお、おめでとう。ドロップアイテムは? 『舎弟の嗜み』ドロップした?」
舎弟狐と戦っていたのはレベル上げも兼ねてだが、鈴鹿の新しい武器となる『舎弟の嗜み』を求めてでもあった。ドロップ率は1%と渋く、既に50匹以上倒しているが未だにドロップしてくれない。
「あーはいはい。収納収納ッと。……ダメだわ。今回お揚げすら落としてない」
舎弟狐のドロップアイテムは全部で3つ。『狐印のお揚げさん』、『舎弟狐の毛』、そして『舎弟の嗜み』だ。『狐印のお揚げさん』は甘じょっぱいタレにひたひたに漬かったお揚げさんで、絶品だ。しかし、所詮はお揚げなので売価は500円と安い。ドロップしてもお互いの家へのお土産行きとなる。
「クソッ! 俺も何もドロップしてない。かぁーー! 結局買わなきゃいけないのかよ!」
鈴鹿も収納を確認するが、お目当ての物は見つけられなかった。
「ん? ちょっと待てよ鈴鹿。お前手に持ってるそれ、なんで消えてないんだ?」
「あん?」
ヤスに指差された先を見れば、手には先ほど舎弟狐から奪った武器、『舎弟の嗜み』を握っていた。あまりに違和感がなかったのでいつも通り金属バットを握っているのかと思っていたが、金属バットは折れてしまい地面に転がっている。
「うわっ! ほんとだ! 何これ?」
思わず手を離してしまうが、手から離れても魔鉄パイプは煙にならず、ボトッと地面に落っこちて草の中に沈んでいる。
「え? これドロップしたってこと? 貰っていいやつ?」
「そうなる……のか? 『舎弟の嗜み』なら詳細視れるはずだし、見てみるか」
ダンジョン産のアイテムはモンスター同様、注視すれば名前や詳細を視ることができる。装備されている場合は見れないが、落っこちている魔鉄パイプなら問題ない。
さすがヤス。頭が切れる。鈴鹿もヤスに倣い落ちた魔鉄パイプを見てみた。
名前:舎弟狐の誇り
等級:希少
詳細:舎弟狐の誇りが具現化した武器。魔鉄が豊富に使われている。この武器を装備すると舎弟狐から一目置かれる。
「『舎弟狐の誇り』? 『舎弟の嗜み』じゃないのか?」
「これ等級希少だぞ! 『舎弟の嗜み』とは別アイテムだよ!」
ヤスが興奮したようにそう言った。
よくよく落ちている魔鉄パイプを見てみれば、長さは金属バットと変わらない程度でサイズは共通しているが、舎弟狐が握っている魔鉄パイプとは少し色が違っていた。『舎弟の嗜み』は鼠色をした鉄パイプに、握りの部分が白い包帯で巻かれている武器だ。一方『舎弟狐の誇り』はより濁ったような鈍い鉛のような色をしており、包帯は血を吸ったような深紅色だ。
「1層1区で希少なんて未情報じゃないか!?」
「希少って1層だとエリアボスか4区以上じゃないと出ない等級だったよな。超低確率ドロップ品とかか?」
舎弟狐のドロップアイテムは3種類と言われている。だが、本当は確率が極僅かなだけで4種類あったのだろうか?
「そんなことありえるか? 1層1区の舎弟狐だぞ? 育成所の連中も倒すモンスターだ。年に何万匹って討伐されているのに、ドロップしないなんてことあるのか?」
ヤスの疑問に鈴鹿も納得する。鈴鹿自身、自分は運がいいと思っているが、そんな確率のアイテムを引き当てるほど運がいいとは思ってない。1%の『舎弟の嗜み』すら50匹倒してドロップしていないのだ。それ以下の極低確率のアイテムが出てくるとは思えない。仮に運が良かったにしても、宝くじに当たるような運をこんなところで使いたくもない。
「ほんとに低確率引いたのか? それならマジですごいぞ」
ヤスはそう言うが、どうなんだろうか。このアイテムについて調べるにしても、ダンジョンを出なければできない。今やれることと言ったらステータスを確認するくらいだろうか。
とりあえず確認できそうなものはしておこうと、ステータスを表示してみた。無音で出てくるウィンドウ。しかし、答えはそこにあった。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:9
体力:77
魔力:78
攻撃:83
防御:76
敏捷:84
器用:82
知力:78
収納:33
能力:剣術(1)、身体操作(1)、強奪
「強奪? なんだこれ」
そこには知らないスキルが記載されていた。身体操作はレベル8に上がった時に覚えた新たなスキルだが、レベル9になった時にこんなスキルは覚えていない。
「なんだ? 新しいスキル覚えたのか?」
「ああ、そうみたい。強奪ってスキルなんだけど知ってる?」
「強奪? なんだそれ。聞いたことないな」
ヤスが記憶を手繰るように考え込む。ヤスでも知らないスキルなら、帰って調べてみるしかないか。そう思っていると、ヤスに心当たりがあったようだ。
「……なぁ、鈴鹿。そのスキル。もしかして数字書いてないんじゃないか?」
「数字?」
「ああ。剣術とかだと後ろに1とか数字書いてあるだろ」
言われてみればたしかに。剣術や身体操作は(1)と記載があるが、強奪にはなかった。
「ほんとだ。強奪には数字書いてないぞ」
「おいおい、まじかよ! それ多分ユニークスキルだぞ!?」
ヤスが興奮しながら教えてくれた。
スキルには成長スキルと固定スキルの2種類が存在する。成長スキルは剣術の様に後ろに括弧があり、習熟度に応じて数字が増え成長していく。一方固定スキルは代表的なマップの様に、成長することは無く最初から効果が決まっているスキルだ。
そして、スキルには3種類の等級が存在していた。それが、コモンとレアとユニークである。この等級はダンジョン産アイテムにあるようなダンジョンがつけた等級ではなく、人類が勝手につけた等級分けだ。そのため、厳密に全てのスキルに等級が振り分けられているわけではないが、ある程度はデータベースを見ればそのスキルの等級がわかるようになっている。
剣術や身体操作などのスキルは広く知られており、多くの探索者が発現するためコモンスキル。魔法スキルや発現する数が僅かなスキルをレアスキル。そして、データベースに登録されていないスキルや、発現した者が一人か二人しかいないユニークスキル。
スキルはどのスキルも有用であり、多ければ多いほど戦い方の幅が広がり強く成れる。それでも、希少なスキルであるほどより強力なスキルであることが一般的だ。
スキルの数は非常に多く、多種多様である。しかし、ほとんどの探索者は特別なスキルは得られず、コモンスキルしか発現することは無い。それでも、習熟度を上げていけば下手なレアスキルよりも強くなることは可能で、探索者として中堅を担うこともできる。
だが、レアスキルを発現できれば上位の探索者を目指すことができる。それだけスキルの差は大きく、どれだけ有用なスキルを持っているかで探索者としての位も決まってくるのだ。
そして、最前線で活躍している探索者の多くはユニークスキルを保持しており、ユニークスキルが発現するかしないかがトップ探索者となれるかどうかの線引きだとも言われていた。
「すげーぞ鈴鹿!! どんな効果なんだよ! 教えてくれよ!」
「おいおいまじか! これそんなすげースキルなのかよ! ちょっと待てよ。スキルの詳細は……」
名前:強奪
詳細:モンスターから直接奪い取ったアイテムはモンスターが消滅しても消失することは無く、強奪者の手に残り続ける。このスキルによって得られたアイテムは通常のアイテムと異なり強化されたアイテムとなる。
「つまり、『舎弟狐の誇り』は『舎弟の嗜み』が強化された武器ってことか?」
「このスキルやばくないか? 『舎弟の嗜み』自体魔鉄を含んでいるから買い取り額1万円なんだぞ? それが強化された挙句、舎弟狐程度ならいくらでも奪い取れるし、いくらでも稼げるんじゃね?」
このスキル、相手から奪い取る必要があるため、酩酊羊の様なモンスターからアイテムを得るのは難しい。しかし、舎弟狐のように武器を奪い取れる相手が対象なら奪い取り放題だ。1%のドロップ率のアイテムが100%なのだ。今日だけで舎弟狐とは20匹と戦っているため、その全てから奪えれば20万以上の収益になるということだ。
1層1区のモンスターでこれだ。さらに奥へ進めば、一体いくら稼げるのか。
「おいおいおいおい! どうするよヤス! 今日は焼肉でも食いに行くか!?」
金策ばかりするつもりはないが、このスキルのおかげでお金の心配をしなくても済むようになった。探索者は装備を整えるのにお金がかかるため、序盤にお金について悩まなくて済むのはとても大きい。
「鈴鹿。ストップ。これ、浮かれる場合じゃないわ」
狂喜乱舞する鈴鹿に、しかしヤスは何かに気づいたように浮かれた顔を引き締め鈴鹿に注意した。
「なんだよヤス。肉食いたくねぇの?」
「いや、肉は食う。だが、先に話しておくことがある。いいか鈴鹿、真剣に聞け」
いつもふざけ合っているヤスが真剣に話しかけてくる。何事だ、とさすがに鈴鹿もヤスに向き直り話を聞く姿勢を取った。
「今回覚えた強奪のスキル。俺もテンション上がって聞いちゃったけど、当分スキルの名前も詳細も誰にも話すな」
「言い周るつもりはないけど、なんで?」
「ユニークスキルってのは持ち主が死なないと他に発現しないって言われているんだよ。眉唾だけどな。それに、スキル保有者を殺せばスキルが移動するなんて都市伝説もある。そんな馬鹿げたことを本気で信じてるやつもいる。海外のニュースだったとは思うけど、そのせいで殺されたっていうニュースを見たことがあるし」
実際にはただ一つのスキルということは無く、二人以上が同じスキルを発現することもある。だが、スキルの数は膨大で、その中で希少なスキルだからこそ被りにくいというものだ。
「日本で起きてるかわからないけど、ユニークスキル持ちを殺せばそのスキルを奪えるって言うのは割とメジャーな都市伝説だ。ユニークスキル持ちに喧嘩売るなんて自殺行為だからあんまり聞かないけど、調べれば結構出てくるしな」
ユニークスキルは取り扱いがシビアで、そのスキル一つで戦争が起きる可能性すらある存在だ。現に、日本ダンジョン黎明期に活躍した偉人のユニークスキルの継承先のせいで、東西の大型ギルドが一触即発になった例もある。
「それに俺たちは同レベル帯では強いけど、探索者としてはひよっこもひよっこ。探索者高校の2・3年生にすら勝てないだろう。そんな金の卵を産むようなスキル、ヤクザみたいなやつらに目をつけられたらどうしようもない」
ステータスの差は絶対だ。どんなに技量が優れていても、技量の差をステータスで強引に埋めることができるのだ。いくら敵の攻撃をさばけようとも、知覚できない速度の攻撃には無力なのだから。
日本の探索者は過去の英傑たちのおかげで治安が守られているが、完全にクリーンなわけではない。クソみたいなやつはどこにでも湧いて出てくる。
「嫌だよ俺。ヤクザの下っ端みたいな仕事させられんの」
嫌な話だが、ヤクザに加担している探索者もいる。いくらでもスキルでアイテムをぶん捕ってこれる鈴鹿なんて、ヤクザからしたらいい資金源だ。探索者たちに押さえつけられたら、鈴鹿なんて言うことを聞くか死ぬかの二択しかない。
「だろ? だから言うな。『剣神』みたいな即戦力上昇って感じのスキルでもないしな」
剣神は日本で最も有名なユニークスキルだ。先ほど触れたダンジョン黎明期に活躍した偉人のスキルである。このスキルは発現した者に剣の神髄を授けるスキルと言われており、対人戦最強格のスキルと言われていた。
一方、鈴鹿が発現したスキルは、相手から奪ったアイテムを自分の物にできるスキルだ。有用ではあるが突出したスキルではなく、戦闘力が上がることもない。『剣神』と比べると小悪党の小銭稼ぎに良さそうな何とも言えないスキルだ。
「アイテムをスキルで奪えても、強化されたら売ることはできないな。売ればそのアイテムは何だって騒ぎになるし」
「まじかよ……じゃあこの武器は捨てるしかないのか……」
「いや、それくらいなら使っててもバレないだろ。見た目は『舎弟の嗜み』だし、持ち手が赤いのも個人で改造できる範囲内だしな。そもそも『舎弟の嗜み』なんて武器使ってるやつ全然いないし」
ヤスの言う通り、ドロップ率の低いこの『舎弟の嗜み』は、武器としての需要よりも材料である魔鉄が目的とされている武器だ。武器を溶かし魔鉄を抽出し、剣や槍に姿を変えるのだ。そのまま魔鉄パイプとして使う者は滅多にいない。
「はぁ……まじかよ。せっかく良さそうなスキルだったのに」
「探索者ギルドに入るなら優遇されるとは思うけどな。その気がないなら、とりあえず中堅探索者の壁って言われるレベル100までは黙っていた方がいいと思うぞ」
「そうするよ。ヤスも他言無用で頼むな」
「しょうがねぇな」
せっかく得られたスキルは、厄ネタの匂いがする悲しいスキルであった。




