8話 四級探索者戦
月明りが道を灯す中、鈴鹿は一人のんびりと帰路についていた。
「いや~美味かったぁ。やっぱ刺身良いよなぁ。あんなたらふく食えるとかめっちゃ幸せ。ばあちゃん家かよ」
鈴鹿の祖父母は鈴鹿や菅生が遊びに行くと張り切ってご馳走を用意してくれる。その一つに、大量の刺身とか寿司があった。今日食べた刺身はとれたての鮮度抜群な魚なので、身がコリコリしていてとても美味しかった。
他にも煮つけやフライも用意してくれて、鈴鹿のお腹は大満足だ。こんなご馳走をいただいたのだから、出雲にいる間に彼らのために何かしてあげたいと思うほどだ。
「中華料理屋で3層行きたいみたいなこと言ってたよな。多分3層1区が埋まってて探索できないんだと思うから、協会に言ってみようかな」
中華料理屋では協会についても悪態を吐いていたので、協会も対応があまりよくないのかもしれない。鈴鹿に対しても協会職員がダンジョンを変えることをお勧めするくらいだから、出雲支部の探索者協会全体の問題なのかもしれない。
「探索者協会の腐敗とか最悪すぎるだろ。もし本当なら、本部にでも告げ口して大問題に発展させないと改善しないかもな」
腐敗した組織なんて、ただクレーム入れても内部でもみ消されたりなぁなぁで終わらせられそうだ。本部に連絡入れれば動かざるを得ないだろう。
「そもそも、3層探索したけど全然人いなかったしな。枠埋まってるとかあれ絶対嘘だろ」
鈴鹿が探索した時は3層1~3区全ての枠が埋まり探索申請ができない状態になっていたが、実際に活動している人数はそれほど多いとは感じなかった。もちろんゼロではないが、枠が埋まるほどの過密具合とは思えない。八王子ダンジョンの2層3区の方がまだ人がいた気がする。
となると、協会側が手回ししてダンジョンに入る者を選別している可能性がある。しかし、そんなことをして何の得があるのだろうか。ダンジョンを貸し切ったところで得られるうまみなんて、自分の好きなタイミングで好きなモンスターと戦えるくらいだろう。もちろん嬉しいは嬉しいが、そんな不正をする必要があるのだろうか。
「利害関係のあるギルドだけを優先して入れることのメリットか。宝箱がちょっと手に入れやすくなるとか? う~ん、わからんな」
考えてもわからないものはわからない。ならば一度聞いてみて、埒が明かなければ本部にでも言えばよい。
「ん? ホテルの前になんか変なのいるな」
鈴鹿の視線の先、宿泊しているホテルの入り口にたむろしている輩が見える。ホテルの出入り口を塞ぐように居座っており、煙草をふかしポイ捨てをしている。最低である。
「おお。感動するほどコテコテなチンピラだな。ホテルの入り口でたむろなんて邪魔な奴らだ。ついちょっかいかけたくなってしまう」
鈴鹿に絡んできた探索者高校の生徒といい中華料理屋にいたチンピラといい、出雲はヤンキーが多い街なのだろうか。つっぱることは別にいいが、周りに迷惑をかけるのはダサいといい加減気づいてほしい。
「うん。そうだな。ホテルにはお世話になってるし、いっちょ俺が追い払ってやるか」
本来ならホテルのスタッフや警察が対処すべきなのだろうが、見たところ探索者の様だ。探索者かどうかぱっと見で判断できるツラをしていないが、内包している力や魔力量からレベル50にもなってない程度だろう。
八王子ダンジョンでよく見かける一般的な探索者の枠を出ていないレベルだ。つまり鈴鹿にとってはどうとでもできる相手である。
「一般人が探索者に注意するのってめっちゃハードルあるだろうしな。適材適所か。さて、威張り散らしている相手に威張り散らすのは楽しいかしら」
ルンルン気分で近づいていく。気配遮断を使ってスルーすることもできるが、面白そうなのでそんなことはしない。
「ん? おい、あのガキじゃねぇか?」
鈴鹿が近づいていくと、ヤンキーたちが反応した。例のごとく鈴鹿は気配遮断で顔の認識を阻害しているため、見えてるのに見えていない状態だ。旅先で立ち寄ったコンビニの店員くらい認識しても顔を思い出せないような、そんな状態。もちろん相応にレベルが高ければばれるが、この程度の探索者ならばばれはしない。
つまり、彼らは鈴鹿の顔を認識してないのに鈴鹿に反応したということだ。
「ガキって言ったけど、子供を探してるのかな?」
鈴鹿くらいの年齢でホテルに泊まっている者は少ないだろう。だから目立つのはわかる。けど、なぜ鈴鹿がヤンキーに探されているのかわからない。ガキって言葉を使っているところから、友好的ではないことはわかる。
「あれかな。出雲探高の頭って言ってた子の知り合いかな。復讐か? あれだけ脅したのに? どんだけ気合い入ってるんだよ」
心を折ったつもりでいたが、彼の気合いはその程度では収まらないものを秘めていたのだろうか。
鈴鹿が近づくとワラワラと鈴鹿を囲むように5人のヤンキーがやってくる。さて、こいつらはどこまで気合入ってるかな。
「なぁ、おい。俺たちこのホテルに泊まってる定禅寺ってやつ探してるんだけどさ、知ってるか?」
「俺が定禅寺だけどなんか用?」
どうやら鈴鹿に用があったようだ。それにしてもこいつらは声の掛け方が下手すぎる。鈴鹿が年齢通りの15歳なら、こんな声の掛け方をされたらシラを切って猛ダッシュで警察に駆け込むぞ。まずは相手を怖がらせないようにして、鈴鹿が該当の人物なのか情報を抜くべきじゃないか? 何用かはわからないが、後ろ暗いことならそうするべきだろう。
「ああ、よかったよかった。探してたんだよ。お前さ、昨日ダンジョン行ってただろ? 出雲ダンジョン」
「行った行った」
「ああ、だよな? お前出雲が拠点の探索者じゃないだろ? 出雲ダンジョンは特殊なダンジョンでさ、ルールがあるんだよ。ルール。ローカルルールってやつがさ」
鈴鹿を囲む四人がニヤニヤとそこ意地の悪い顔を浮かべている。どうやらよくない話をするようだ。
「出雲ダンジョンを利用する場合は利用料がかかるんだよ。お前の場合はぁ、そうだなぁ」
じろじろと鈴鹿を無遠慮に見下ろすヤンキー。いくら吹っ掛けてくるつもりだろうか。
「380万。切りよく400万にしとくか」
なるほど。協会とグルか。鈴鹿が3層4区と5区の素材を売却して得た金額380万。それを知っているということはそう言うことだろう。
協会での売却所は個室になっており、周りからどんなアイテムをいくらで売却したかが見えないようになっている。例えば目の前のヤンキーたちの様にレベル50前後のペーペーがたまたま宝箱から収納袋が出て売却した時、レベル100の探索者からすれば大金を得たカモに見えることだろう。
もちろんカツアゲするほうが悪いが、金は人を狂わす。そうしにくい環境を提供するのが協会としての役割だ。そういうこともあり、協会で売却したアイテムや金額は秘匿されるのが常である。誰も取引先の相手のことをべらべら話すことはしないだろう。それと同じだ。どうやら出雲ダンジョンの協会職員は腐っているか情報リテラシーを著しく欠いているらしい。
雲太のメンバーも中華料理屋で似たようなことをされていたので、常習してるのではないだろうか。ならば協会を正す前にこいつらも正す必要がある。
「なるほどね、カツアゲか。断ったらどうなるの?」
「それはおススメしねぇなぁ。お前もわざわざ出雲まで来て死にたかねぇだろ?」
そう言うと、5人全員が収納から武器を取り出した。大した武器ではない。宝箱から得られる普通の武器だ。鈴鹿も持っている。
「っは、ビビっちまったか? 俺たちはあの神在會だぜ。下手に逆らってみろ、ダンジョンで吸収される未来が待ってるぞ」
神在會。もちろん知らない。この辺で有名なのだろうか。先ほど出雲が地元じゃないって聞いてきたのに、ローカル自慢話をされてもわかるわけないだろ。馬鹿なのかコイツ。
それにしても、さっきから殺すぞみたいな脅しをしてくるが、こいつらは俺が売却したアイテムについて協会職員から何も聞いてないのだろうか。3層5区のアイテムだぞ? 出現するモンスターの最低レベルが130ある3層5区だぞ? お前らのようなレベル50前後の探索者が勝てるわけないだろ。
圧倒的な余裕を感じるが、バックの組織がでかいからこその余裕なのか、はたまた鈴鹿が売却したアイテムを知らずただ大金を得たガキという情報だけを聞かされたのか、どちらにしろお灸を据えることには変わりないのだが。
「その神在會ってギルド? は知らないんだけど、有名なの?」
「あぁ? そうか、出雲で活動してないからか。俺らは……それはどうでもいいだろ。金払うか払わねぇのか、どうすんだ」
おお、なけなしの情報リテラシーが発揮されたぞ。なかなか大きそうな組織っぽいけど、いかんせん鈴鹿はその辺とても疎い。低層ダンジョンである出雲ダンジョンを拠点にしている以上、三級探索者、強くても二級探索者くらいしかいないと思うんだが、そうじゃないのだろうか。
背景に一級とか特級ギルドでも控えてるのか? こんなちんけな犯罪するような連中のケツ持ちに?
正直考えられない。400万は大金だが、一級や特級からしたらリスク負ってまで欲しい金額ではないだろう。ならば探索者とは別の組織だろうか。ヤクザとか?
この地は出雲なので、中国地方とか関西、四国、九州あたりを縄張りとするヤクザが相手ならば、八王子が拠点の鈴鹿からしたら関係ない。ヤクザが鈴鹿を害せる訳もなく、強面の組員が日本刀や銃をちらつかせてきても漫画みたいと思って逆に楽しめそうだ。
ただ、ヤクザが相手となると嫌だな。何してくるかわからないし、家族とかに迷惑かけられたら滅ぼすだけじゃ飽き足らないぞ。
ううむ、どう動くべきか。俺にだけフォーカスを当ててくれるなら悩む必要はないんだけど。
「おい! とっととしろやガキ!」
「痛い目見て金払うのか、大人しく今すぐ払うのか選べやッ!!」
周囲のヤンキーも鈴鹿を脅しにかかる。これだけ騒いでいるのに警察すら来ない。なんだこの出雲って地は。警察まで屈してる地域なのか?
「わかったわかった。払う払う。けど今そんな大金持ってないよ。お金引き出すからついてきてよ」
「おっ、物わかりのいいガキだな。賢明な判断だ」
さっきからガキガキ言ってるが、ヤンキーたちも十分若い。レベル的にもついこの間探索者高校を卒業したばかりじゃないのか? 普段から組織内でガキガキ言われてるのだろうか。反動か?
鈴鹿が先導して歩くと、逃げ出さないように左右と後ろにヤンキーたちが付いてくる。
お金は払うつもりは無い。当然だ。払う意味がわからない。鈴鹿がどう動くべきか悩んでいたのは、このヤンキーたちをしばくだけで終わらせるか、神在會なる組織を潰しに動くべきか悩んでいたのだ。
ヤンキーだけをしばいたところで、別のヤンキーが送り込まれるだけな気がしてならない。じゃあ出雲を離れれば解決かというと、多分そうなのだろうがそれはしたくない。何故理不尽な要求をしてくる輩に配慮して鈴鹿が移動しなければならないのか。それは断じてしたくない。
鈴鹿が探索者ではないただの一般人だったら、血反吐を吐く思いで離れただろう。だが、鈴鹿には力がある。理不尽にも抗える力が。ならばこの地に踏みとどまろう。当初の予定通り、2~3週間のんびり過ごそう。
そのために、ヤンキーの派遣先を潰すべきかどうか。ここが悩みどころだ。下手にちょっかいをかければ、もう後には戻れなくなる。
鈴鹿一人だけなら何も考えずばかすか暴れられるのだが、暴れた結果ヤクザが本腰入れて鈴鹿に迫りくれば、鈴鹿の周りの人間にも被害が出る恐れがある。
けど、探索者相手に挑んでくるヤクザなんているのかな? ケツ持ちの探索者ギルドがあったとしても、俺に挑んでくるか? 特級ならわからないけど、一級なら問題なく倒せると思うし。つまり一般人のヤクザじゃ俺に挑めないし、ケツ持ちの探索者に依頼しても勝てないし、……案外問題なく叩けそうだな。
その辺の探索者ならいざ知らず、鈴鹿相手に挑むなど割が合わないだろう。ならば向こうも矛先を引っ込めるのではないだろうか。引っ込めないなら叩きおるだけだが。
「神在會って探索者ギルドなの?」
「あん? 当たり前だろうが」
「ヤクザとか繋がってるの?」
「なんだガキ、ビビってんのか? 当たり前だろうが。逆らったらお前のパーティごとダンジョンで消すぞ」
悪の組織の探索者ギルドのようだ。これなら潰しても文句は言われないだろう。多分。
後でちゃんと探索者法について読み込んでおこう。確か悪即斬で探索者は殺してもオッケーみたいな法律だったはずだし、正当防衛で使えそうだ。
「おい、どこ向かってんだよ! コンビニなら向こうにあっただろうが!!」
ヤンキーの一人が気づいて声を上げる。ここは人通りも少ない裏路地。あれだけヤンキーが騒いでいても警察が来なかったのだ。ならば悲鳴が上がっても大丈夫だろう。
「コンビニで400万も下せる訳ないだろ? 馬鹿なお前らにひとつ指導をしてやろうと思ってね」
「何言ってんだお前? なめてんのか?」
「もう取り返し付かねぇぞガキが。腕と脚、どっち斬り落とされたいよ」
凄むヤンキーたち。それを受け、とても緩いなと鈴鹿は感じる。
探索者って武器を出したら殺し合いの合図じゃないのか? ネットだとそう書いてあったんだけど。だからダンジョンでは他の探索者に近づくなって何度も書いてあったし。
一応言い訳できるように気配遮断を使ってスマカメを出し、何枚か撮影はしている。多対一。相手は武器を取り出している。正当防衛は成立するだろう。多分。
「安心しろよ。殺しはしないよ。もんでやるだけだ」
「おいおい。恐怖でおかしくなっちまったのか? ガキが粋がりやがって。今更謝ってもおせぇぞ」
「はぁ、この人数の探索者に囲まれてもこの態度が取れる。このことに疑問も湧かないのか?」
まだ相手は若い。レベル的にも探高卒業したばかりなら18や19そこらだろう。道を誤ってしまったなら大人として正してあげよう。探索者が道を誤ると面倒だからな。
「なんだよガキ。お前が四級探索者っつぅことはわかってんだよ。俺らも四級だが、こっちはパーティだ。俺ら相手に勝てんのかよ」
「情報もずいぶん断片的だな。探索者協会に嫌われてんのか?」
あえて情報が制限されてるのか、ただ馬鹿だから有利になる情報だけをピックアップしたのか。どちらでもいいが、それは命取りだろ。
鈴鹿もFXをしていた時は自分が賭けていた方に有利な情報だけを見ていた。値段が上がると思ったら上がる要因の情報だけが目についた。その結果、財産全てを失った。彼らは今その状況にいる。だから教えてあげよう。先駆者として。
「目の前の相手ではなく、与えられた情報だけで判断する。減点だ」
とたん、鈴鹿の圧が増す。さきほどまでは何も感じさせない一般人程度のオーラだった鈴鹿が、レベル50を超えた程度の力をみせる。そのことに一瞬たじろぐヤンキーたちだが、彼らは意地とプライドで生きている生き物だ。たじろいだ事実を消すかの如く、鈴鹿に詰め寄る。
「おいお前ら! こいつは半殺しだッ!!」
「不用意に近づく。減点だな」
バッチィィィ―――。凄まじい破裂音と共に、彼らは五人全員吹き飛ばされる。音の正体は鈴鹿によるビンタ。等しく全員が左頬を張り手打ちされ、錐もみ状に回転しながら地面を転がる。
探索者の丈夫な身体なら耐えられるが、十二分に痛みを感じる様にビンタした。体術のスキルレベルがカンストしているため、その辺りの微妙なさじ加減も上手くできるようになっている。
「痛ってぇぇえええ!!」
「がぁああああ!!」
大げさに転げまわるヤンキーたち。その様子に鈴鹿はため息を吐き、少し圧を増す。レベル75程度くらいまで。
「敵を前にのんきに転がる。減点だ」
「っひ、ひぃ!! お、お前らた、立て!!」
怯えながらなんとか立ち上がるヤンキーたち。腰は退けており、鈴鹿との間に距離を置きたいように武器を突き出している。
「そんなおもちゃを手に入れたのがそんなに嬉しかったのか? 戦意が無い。減点だ」
そう言うや、彼らが持つ武器が砕け散る。普通の武器等、滅却の力を纏わせた見えざる手で小突けば壊れて当然だ。
戦意がみるみる萎んでいるので、元気を出させるために圧を増す。レベル100程度だ。このレベルになると存在進化を経るため、種としての違いが分からされる。
「お、おおお前、な、なんなんだよ!!」
「おい! こいつ四級じゃなかったのかよ!!」
「ガキから金巻き上げるだけって鰐淵さん言ってたじゃねぇか! 話が違うぞ!!」
ほう。鰐淵という奴が元凶か? ならば挨拶に行かないと行けないな。挨拶は早い方がいいだろう。だから、今すぐ向かって差し上げよう。
「俺は降りるぞ!! こんなのやってらんねぇ!!」
「くっそ!! バケモンがッ!!」
柄だけとなった武器を鈴鹿に投げつけながら、逃走するヤンキーたち。その様子に鈴鹿は幻滅する。探索者高校の生徒は震えながらでも意地を張って鈴鹿に立ち向かった。だと言うのにこれはなんともお粗末ではないだろうか。
「敵前逃亡だと? 減点も減点、赤点だッ!!!」
鈴鹿の圧が増す。それはレベル50程度の探索者たちが到底受け止められないほどのもの。それだけで、彼らは足をもつれさせその場に激しく横転した。
「人様に迷惑をかけ、自分は逃げ出すようなカスみてぇな根性しやがって。お前らの性根を叩きなおしてやる。ついでに指示した奴の情報も吐かせてやる」
その後、人通りの無い裏路地にヤンキーたちの悲鳴がいつまでも響き渡るのであった。




