7話 釣り
まだ日も昇らないほど朝早く、鈴鹿はホテルの前にいた。まだ少し眠い目をこすり数分その場にいれば、一台の車が目の前に止まる。
「おはよう定禅寺君」
「おはようございます、佐香さん。今日はよろしくお願いします」
「おはよう~定禅寺君」
「おはよ」
そういって車に乗り込めば、後部座席には佐香のパーティメンバーである長浜と鹿島がいた。
「さて、じゃあ行きますか! あ、途中でコンビニに寄っていくね」
佐香の運転のもと、車は動き出す。目指すは日御碕。出雲大社の近くにある日御碕は灯台が有名だが、今日の目的はその周辺。灯台近くにある漁港や磯で釣りをする予定なのだ。
なぜこうなったのか、話は中華料理屋でのチンピラ酩酊事件までさかのぼる。
◇
酩酊したチンピラを抱えた舎弟たちが店から逃げる様に出て行った。出て行った後も叫び続けるチンピラの声が少しずつ遠ざかっていくことに、またもや腹を抱えて爆笑している鈴鹿。静まり返る店で、ただただ鈴鹿の笑い声だけが響きわたる。
「ひぃ~~……苦しぃ。あいつヤバいな。俺をここまで追い詰めるなんて……」
「あの、大丈夫?」
今にも倒れそうなほど息も絶え絶えな鈴鹿を心配し、残された探索者の一人が声をかけてくれた。
「え? あ、ああ。大丈夫、大丈夫です」
「え、嘘、めっちゃキレイ」
「美、美少年……」
鈴鹿を認識したことで気配遮断が解除されたようだ。まぁ別に潜んでいるわけではないので隠す必要もない。
「君って出雲の探索者高校の生徒!?」
「いや、違いますよ」
「え!? じゃあ素でその顔!?」
「いやいや、まさか。ダンジョンでレベル上げした結果ですよ」
「そうだよね。そこからレベル上げしてさらにとかちょっと怖くて想像できないよ」
鈴鹿もそう思う。無制限に容姿が整うような仕様じゃなくてよかった。
「眼はどうしたの? 黄金色の眼。ハーフ?」
「あ、これはカラコンです。流行ってるんですよ」
「へぇ~今そんなの流行ってるんだ。凄いリアル。存在進化みたい」
ええそうですとは言えないので、にこやかに微笑むだけ。こういう時は下手に取り繕う必要はないのだ。
「なんで出雲にいるの?」
鈴鹿に興味を持ったのか、ぐいぐい話しかけてくる。さっきまで会話を盗み聞きしていた手前、突っぱねることもしづらい。
「ちょっと気分を変えて別のダンジョンでも入ってみようかと思いまして」
その言葉に、質問してきた女性はやっちゃったという顔をした。他のメンバーも気まずそうな表情を浮かべている。
探索者が拠点を変えるほど気分転換をしたい理由なんて、大方察しが付く。パーティメンバーが亡くなったのだろう。少年の顔を見れば、どれほどリスクを積み重ねた探索をしているかは容易に判断が付く。一つのミスで命を失う、そんな探索をしているからこそのこの容姿であり、だからこそパーティメンバーが亡くなる可能性も高いはずだ。
そう彼らは勘違いをし、人の良い彼らは探索者の先輩として、この傷心中(推測)の少年を元気づけようと思いを一つにする。
「俺たちも探索者だ。ダンジョンに入ってたらいろいろあるよな」
「そうですね。良いことも悪いこともいろいろ起きます」
レベル上げをしていろんなスキルが使え超人的な力を身に付けられることもできれば、2層3区の泥濘地帯のような不快な地で活動しなきゃいけない悪いこともある。うんうんと頷く鈴鹿。随分悪いことのレベルが低い気がするが、鈴鹿はダンジョンで自由に活動しているので不幸が降りかかることが今のところない。何度も死んでいるが、それは鈴鹿にとって悪いこととはみなされないようだ。
「私は八雲。出雲ダンジョンで活動している探索者ギルド雲太のリーダーよ」
「定禅寺です」
「定禅寺君か! 俺は佐香。よろしくな!」
雲太のメンバーと自己紹介を済ます。気づけば一緒に食事をする流れになっていた。
「定禅寺君はここにはどれくらいいる予定なの?」
「特に決めてないですけど、2~3週間はいる予定です」
「おお! ぜひぜひゆっくりしていってね!」
「出雲大社は行った?」
「行きました! しめ縄がめっちゃ迫力ありました!」
「お、いいね! その先の日御碕灯台は見に行った?」
「あ~ちょっと遠くてそこは諦めました」
「車必要だよね。あそこはいい釣り場なんだよ」
「釣りですか。結構釣れるんですか?」
鈴鹿の発言に、寡黙そうな長浜の眼が光った。
「釣れるよ。メジロやブリとか。磯釣りも楽しい。イカも釣れるよ。それから」
「洋落ち着けって。どうだ定禅寺君。長い間出雲にいるなら、今度一緒に釣りでもどうだ? 道具はあるから手ぶらでできるよ」
「おお! 釣り! ぜひやってみたいです!」
と盛り上がり、釣りに行くことになったのだ。
これには鈴鹿も大喜びだ。出雲ダンジョンに来たのはいいものの、特にすることがなかったのだ。のんびり散歩しようとは思っていたが、それくらい。サンライズ出雲に乗るのが目的なところもあったので、その後のことは全然考えていなかった。
釣りなんてしたこともなかったので、道具まで貸してくれるとあればぜひやってみたい。そういうことで、今日がその釣りの日というわけだ。
出雲大社から車で20分ほどにある日御碕灯台。どうやらその周辺が釣り場の様だ。駐車場に車を止め、釣り場へと向かう。まだ薄暗いが鈴鹿は暗視のスキルがあるので問題ない。
「この辺でいっか。はい、定禅寺君。まずはライフジャケット着けようか」
そうして、佐香達にいろいろと道具を与えられながら、鈴鹿の初めての釣り体験が始まった。
「定禅寺君はさぁ、なんで出雲を選んだの?」
「サンライズ出雲で来れるからですね」
「あ、あの電車の奴? 乗ったことないなぁ。どうだった?」
「めっちゃ良かったですよ! ぼぉっと外見ながら落ち着くことができました」
そのセリフに、やっぱりメンバーが……と勘違いを深める探索者ギルド雲太の皆さん。
「ま、うまい魚大量に釣って、今日はご馳走食べようぜ!」
「結構釣れるんですか?」
「うちには洋がいるからな! あいつに任せとけば大丈夫だ!」
一人黙々と釣りを始めている長浜洋は、プロフェッショナルな雰囲気がある。確かに彼なら釣ってくれそうだ。坊主にならないなら雰囲気も暗くならずに済むだろう。
こうして、鈴鹿は雲太のメンバーにお世話になりながら、釣りを楽しんだ。みんなの言う通り長浜はポイントを変えながらコンスタントに魚を釣り上げていた。鈴鹿もよくわからないなりに見よう見まねで投げ込んでいたら、二匹釣り上げることに成功。のんびりと会話しながら海風を感じて釣りに興じるのは、思いのほか楽しかった。
特に釣れたのが大きい。釣り竿にしっかりとした重みを感じ、水面に顔を出す立派な魚を視たときは純粋に喜んだ。釣りなんて暇な時間多すぎてつまらんだろと思っていたが、全然そんなことは無かった。百聞は一見に如かずとはまさにこのことである。
さらに、みんなで釣った大量の魚は、雲太の女性陣がおいしく調理してくれた。雲太の拠点である昭和の雰囲気漂う一軒家に招待され、それはもう豪勢な魚パーティが開催された。釣りに一緒に行かなかった稲田学は宍道湖のシジミを買ってきてくれていた。
何故か鈴鹿に優しいチーム雲太。彼らは鈴鹿がパーティメンバーが亡くなり傷心旅行中だと思っているため、探索者の先輩として鈴鹿をもてなしていた。しかし、そんな理由はさっぱり伝わっていないため、鈴鹿は出雲の人たちは優しいなぁと雲太の厚意をありがたく受け取るのだった。
◇
鈴鹿がチンピラと称し毒魔法によって酩酊状態にさせた男、鰐淵は頭を抱えていた。
「1000万を1週間でなんて無理だろうが……そんなんできたら端からやってるだろ」
悪態を吐くがそれで事態が改善されることは無い。鰐淵はギルドの幹部から雲太から売却金を徴収してこいと命令されたにもかかわらず、何故か意識が朦朧とし一円も徴収できずに撤退していた。
裏の社会で生きる彼らにとって、メンツは何よりも重要だ。舐められたらおしまいなのだ。表の企業が信用第一でやっているように、裏の人間はメンツが第一なのだ。だからこそ、何も奪えず尻尾を巻いて逃げ帰った鰐淵に、けじめとして無茶な仕事が振られたのだ。
それは1000万円用意すること。当然弱小ギルドの雲太を締め上げたところでそんな大金は出てこないだろう。ギルドの活動資金を含めたって、そんな余裕はないはずだ。
ではどうすればいいか。簡単だ。別のところから持ってくるしかない。それも含めて、用意して上納しろというのが今回のけじめなのだ。
達成できなかったらどうなるか。当然待ち受けるのは死だ。鰐淵はステータスもそこそこあるため、このままいけば存在進化を経ることができるだろう。しかし、鰐淵のような境遇の探索者崩れは他にもたくさんいる。つまり、鰐淵の代わりはいくらでもいるのだ。
今のギルドに所属して裏の世界の一端を垣間見てしまっているために、このまま1000万徴収できなかったから、ギルドをクビになりダンジョンに入るの禁止なんて甘い処置で終わることはありえないだろう。
つまり、身銭を切ろうが周囲に頭を下げようが、何が何でも1000万用意する必要がある。それが鰐淵の命の値段だった。
「だが、そうは言ってもだ。あいつらから絞れて300万が関の山だろ。残り700万。いや、200万くらいならかき集められる。残り500万。キツイな」
残された選択肢など、他の出雲ダンジョンで活動するギルドを締め上げるか、鳥取や山口に遠征して恐喝して周るかしか手はないか。
自分が生き残るために、一度は捨てた存在進化という憧れを手にするために、鰐淵は考える。だが、妙案は浮かばない。探索者は高給取りと言われているが、存在進化できず3層で生涯を終える探索者はその限りではない。もちろん普通のサラリーマンと比較したら月収はいいだろうが、大金を稼ぐにはそのレベルでは足りない。
雲太のように2層で活動していればなおさらだ。彼らは前回5日間の探索を行って、売却金額が100万円に届かない程度。そこから各メンバーの配分、探索に必要な消耗品類、ギルドの拠点の家賃や雑費、各種税金、ギルド活動費用の蓄えなどを捻出しなければならない。もちろん月に5日しか活動しないわけではないため、月の売却金は100万円よりも多い、しかしこれらが引かれてしまうとそれぞれの手元に残るのは20万程度だろう。3層に行ければ収入も増えるが、レアなアイテムをゲットでもしない限りは高額な報酬は見込めない。
そんな背景もあり、鰐淵が自分でダンジョンに入って稼ぐというのも難しい。稼げても100万、200万。これじゃ到底足らない。
「くっそ! どうしたら……」
悩む鰐淵。しかし悩んだところで解決はしない。しょうがない。まずは雲太を絞れるだけ絞る。武器や防具も全て売っぱらえばまとまった金額にはなるだろう。足りない分はその時考えればいい。
とりあえず動くか。時刻は夜。動くにはいい時間だ。やつらのギルドハウスは割れているのだ。襲撃し、金目の物を根こそぎ奪うぞ。そう思い腰を持ち上げたとき、ドタバタと耳障りな音が聞こえてきた。
「アニキ!」
「うるせぇぞ。今から襲撃だ。準備しろ」
「アニキ! それよりもいいカモ見つけたんですよ!!」
「なんだ? 話してみろ」
正直期待できないが、今は藁にも縋る必要がある。息を切らせた部下が報告する。
「協会の人間に聞いたんすよ! 売却金で多い金額払った探索者を教えろって!」
「まぁ俺が聞いて来いって言ったから当然だな。で、いたのか?」
正直期待薄だ。この様子なら、いたのだろう。だが、出雲地域で活動している探索者は少ない。鰐淵達が所属するギルドが締め出しを行っているのだから自分たちのせいであるのだが。
だからこそ、鰐淵達と同じサイドのギルドを言われても強襲することはできない。それ以外となると探索者高校クラスの駆け出ししか残っておらず、雲太が一番有力なギルドだ。しかし、部下は予想外の朗報を持ってきた。
「昨日売却金額で380万もゲットした奴がいました!」
「多いな。だが、俺らと同じ側のギルドなら意味ないぞ。わかってんだろうな」
「は、はい、大丈夫です! 大金をゲットしたのはガキだそうです!」
「ガキ?」
「一応四級探索者みたいですが、協会員の話だとガキらしいです。恐らくこの前卒業したばかりの駆け出しじゃないでしょうか」
四級でガキとなるとそりゃあ駆け出しだろうな。鰐淵の頭で出雲ダンジョンで活動している駆け出しがいるギルドを見繕う。しかし、部下は更なる朗報を告げる。
「それもこの地域の探索者じゃないんですよ。見慣れないガキで、今は気分転換に出雲ダンジョンに来てるって話です!」
「あぁ!? マジか!?」
つまり襲っても問題ないガキってことだ。カモがネギ背負っているとはこのことだ。
「待てよ。四級が380万だと? 何売ったんだそいつ」
「あっ、すんません。そこまでは」
「っち。まぁいい。どうせ収納袋でも出たんだろ。運のいい奴だが、運のない奴だ」
収納袋は2層1区の宝箱からだって出る。そんな幸運も鰐淵達に目を付けられたのが運の尽きだ。まぁ、殺しはしない。棚ぼたでゲットした金が消えるだけだ。そのガキには社会勉強として支払ってもらおう。
「よし。ガキはギルドの若い連中に回収させる。余計なもんに金出させる前に回収するぞ! 俺たちは雲太をたたく! 行くぞお前ら!!」
ガキから380万。雲太から300万。残り320万。これならまだ希望はある。
鰐淵は自分の未来を照らすかのように湧いた金づるに感謝しながら、部下を引き連れて部屋を出ていくのであった。




