15話 舎弟狐
1層1区の奥深く。そこに金属バットとシャベルを持った二人の男がいた。
「いい加減出てほしいぜ」
「ドロップ率1%らしいし、そんなもんだろ」
鈴鹿とヤスの目の前には舎弟狐がいた。その数5匹。
舎弟狐はレベルが8~10と、1層1区ではエリアボスの親分狐を除けば最も強いモンスターだ。こいつらは酩酊羊や茶釜狸のようにソロでいることはなく、常に3匹以上で群れている。高レベルに加えて群れているため、倒すのは非常に厄介だ。
名前に狐と付いているが、こいつらは野生の狐とは全く違う。まず2足歩行だ。身体も大きく160cmはあるだろう。チンピラのように目つきが悪く、手には武器となる鉄パイプを握りしめている。その風貌はまさにヤクザの下っ端という言葉がぴったりだ。
このチンピラ、もとい舎弟狐と戦っているのは、レベリング以外にも理由があった。舎弟狐が武器として使用している鉄パイプは、ドロップアイテムとしてゲットすることができるのだ。正式名称は『舎弟の嗜み』。魔鉄という魔力を通しやすい素材でできた武器だ。
鈴鹿はこれを求めて舎弟狐と連戦を重ねていた。
今はヤスとダンジョン探索を初めて行った日から2週間後の土曜日。あれから毎週末ダンジョン探索を行い、鈴鹿はレベル9、ヤスはレベル8となった。ステータスの盛りも上々で、明日はとうとう1層1区のエリアボスである親分狐に挑む予定だ。
恐らく今日の探索でヤスもレベル9まで上がる。そうすればレベル的にもステータス的にも明日がベストタイミングだ。ヤスと当初立てた予定通り、夏休み前の最後の日曜日に親分狐を倒し、レベル10まで上げることができそうだ。
できそう……なのだが、懸念事項が一つあった。それは鈴鹿の武器、金属バットだ。初日からボコボコに歪んではいたのだが、酷使し続けた結果、今では現代アートの様な曲がりくねった棒と化していた。いつ壊れてもおかしくない状態だ。代替品を探そうとも思ったのだが、舎弟狐から稀にドロップする武器がちょうどよさそうな武器だったため、新調せずにドロップ狙いにしたのだ。
明日には親分狐と戦うため、今日ゲットできなければ何かしら武器を購入しなければならない。ここまで来たら意地でもゲットしてみせると、鈴鹿は躍起になっていた。
ちなみにシャベラーことヤスは、家にあったシャベルを新調し、新たなシャベルを握っていた。そのシャベルはダンジョン探索者愛好の一品。なんとシャベルはネタではなく、ダンジョンでも使っている人が多い道具だということを最近知った。
もちろんシャベルで戦おうとする奇特な者は少ない。ダンジョンは広く2層、3層と探索する人はダンジョン内で寝泊まりすることになる。その時に、簡易トイレを作るときに役立つのだ。不意にモンスターが来てもシャベルで応戦できるようにと、頑丈で無骨なシャベルが愛用されているのだとか。
お値段は3万円。高額な理由は、素材に微量だが魔鉄を含んでいるため。魔鉄は魔力の通りをよくする特性を持つダンジョン産の鉱物だ。
中学生にとって3万円など持ち合わせていないのだが、2回目の探索時に鈴鹿たちは茶釜狸のレアドロップ品である『幸福狸の茶釜』をゲットしたことで解決した。
ドロップ率0.5%と言われるそのアイテムの買い取り額は5万円。その日は他のドロップ品も多く手に入り、売却総額は6万3,500円と最高額を達成した。そのおかげで、ヤスは愛用のシャベルを手に入れることができたのだ。
ちなみに幸運は続くことはなく、3回目の売却額は、7,000円。4回目は13,000円であった。
「これがラストチャンスかな。これで出なかったら諦めて買えよ?」
「絶対出る。いや、出す。いい加減出ろ」
舎弟狐は連携して攻撃してくることもあり、戦闘の練習相手としても申し分ない。そのため二人での探索3回目以降では舎弟狐をメインに戦ってきており、合計で50匹は倒している。ドロップ率1%とはいえ、そろそろ出てくれてもいいはずだ。
まるで鈴鹿を煽るように鉄パイプ、もとい魔鉄パイプで手をバシバシ叩いている舎弟狐に、鈴鹿の顔に青筋が走る。金属バット片手に舎弟狐を睨み付けながら、鈴鹿は近づいてゆく。肩を怒らせ風を切って歩く姿は、チンピラの様だ。
もうすでにお互いの射程内に入っている。しかし、そんなことお構いなしに両者睨みあい火花を散らしていた。そんな状態が数秒。ヤスは呆れて見ているが、いつでもフォローに入れるようにシャベルを構えている。
バシッ
魔鉄パイプを己の手のひらに叩いていた舎弟狐の音が、ひと際大きく鳴った。その音に、眉間に寄せた皺が一層深まった鈴鹿の我慢が限界を迎えた。
「寄こせよ、それ」
澱みのない流れるような動作で、先頭の舎弟狐のこめかみめがけてバットで殴りつける。しかし、敵の数は5匹。ヤス同様いつでもフォローに入れる準備をしていた舎弟狐が、こめかみと金属バットの間に魔鉄パイプを挟み込んだ。しかし、そんなもの関係ないとばかりに振り切る鈴鹿。
結果、威力は相当削がれたものの、一匹目の舎弟狐の頭を打ち付けることに成功した。死にはしていないが、頭をやったため当分戦力にはならないだろう。相手は5匹もいるのだ。できるだけ数を減らすことに注力する必要がある。
「させねぇよ!!」
数の有利を活かして回り込んだ舎弟狐の攻撃をヤスがはじき返す。散々こいつらとは戦ったのだ。ヤスとはお互い何も言わずともフォローできるくらいまで連携が仕上がってきた。
ヤスはそのまま舎弟狐に追撃するが、向こうも二匹目が立ちふさがる。ヤスの振り下ろしたシャベルでの攻撃を、器用に魔鉄パイプを横にして舎弟狐は受け止めた。受け止めるということは、動きが止まるということ。
グリンッと音がするような動きで鈴鹿が横に振り返り、前に残っている3匹を無視してヤスの攻撃を受け止めている舎弟狐を捉える。即断即決。足を止めたやつから戦いから離脱していくのだ。
腕を上げてヤスの攻撃を防いだままの舎弟狐の脇腹めがけ、鈴鹿はバットを振り抜いた。
ゴシャッ
肉と骨が砕ける鈍い音がした刹那、舎弟狐は煙となって鈴鹿とヤスに吸収された。
モンスターである舎弟狐も感情はあるのか、仲間が一撃で死んだことに動揺する。目の前で横を向き隙を晒している鈴鹿へ攻撃を仕掛けようとした舎弟狐だが、鈴鹿の想像以上の攻撃力の高さに警戒心から二の足を踏む。
今の鈴鹿のステータスは、同レベル帯の普通の探索者とは比べ物にならないくらい高い。その甲斐もあって、当たり所がよければ舎弟狐をワンパンできるほどの攻撃力となっていた。
その隙を二人が見逃すはずもない。ヤスは先ほど逃した舎弟狐に、鈴鹿は残った3匹に向かった。
「戦いはッ!! ビビった奴から死んでくんだよッ!!!」
攻撃を躊躇した舎弟狐に向かい、鈴鹿は袈裟斬りにバットを振り下ろした。ステータス的に鈴鹿よりも大きく劣る舎弟狐だが、鈴鹿を警戒していたおかげで正面からの攻撃に対応することはできる。
ヤスの攻撃が受け止められた時と同じように、舎弟狐は魔鉄パイプを横にして鈴鹿の攻撃を防いだ。先ほどと同じ展開。しかし、先ほどとは違う結果が起きる。
ボキッ
金属バットが限界を迎えた。鈴鹿の攻撃に耐えられなかったのか、魔鉄パイプと激突した衝撃に耐えられなかったのか。ここまで鈴鹿の武器として頑張ってくれていた金属バットは、中ほどからぽっきりと折れてしまった。
形勢逆転。悪鬼の様だった男の武器が破壊されたのだ。舎弟狐は思わずこれは勝ったとほくそ笑み、嘲笑するかのように鳴き声を上げる。
「鈴鹿!? 大丈夫かッ!?」
ヤスは援護に入られた舎弟狐に挟まれ、抜け出すのに手間取っているようだ。鈴鹿の前にも舎弟狐はまだ二匹いるというのに、鈴鹿は武器を失ってしまったのだ。ヤスは何とかフォローしようと焦るが、焦ると返って上手くいかず舎弟狐に抑え込まれてしまう。
「……しやがれ」
そんな中、鈴鹿は俯きながらぼそりと呟く。
「弁償しやがれ畜生共ッ!!!」
鈴鹿は折れたバットを逆手に持ち、ギザギザの断面をまるでナイフ代わりの様にニヤついていた舎弟狐の顔面めがけて突き刺した。
舎弟狐と縺れ合う様に地面に転がる。頭に刺さった金属バットを振り落とそうと暴れる舎弟狐を無視し、鈴鹿は舎弟狐の右手、正確に言えば魔鉄パイプを握り締めた。
「こいつを寄こせクソ狐ッ!!」
鈴鹿はステータスに任せて舎弟狐から魔鉄パイプを強引に奪い取る。そのまま下敷きにしている舎弟狐を殴りつけようとしたが、もう一匹の舎弟狐が鈴鹿に襲い掛かった。
だが、鈴鹿の手には魔鉄パイプがある。慌てず舎弟狐の攻撃をはじきながら距離を取り、体勢を整えた。
「はい、ざぁ~んねぇ~ん。バット壊れて調子乗ってくれてましたが、逆にお前が武器無くしちまったなぁ! おいッ!!」
完全にキマっている人の目をしている鈴鹿に、舎弟狐どころかヤスまで引いている。
「最初からこうすればよかったんだよ。毎度毎度 毎度毎度 毎度毎度ォ!! せこくドロップ渋りやがって」
握りしめた魔鉄パイプは鈴鹿の手に合うように馴染んでいる。相棒であった金属バットの代わりとしては十二分に活躍してくれるだろう。
「武器は手に入った!! さっさとケリつけるぞヤスゥ!!」
「おうッ!!」
冷静になればヤスも舎弟狐二匹程度相手にするのは容易い。鈴鹿の相手に至っては一匹は武器すら持っておらず、金属バットが刺さった顔からは血が噴出して瀕死だ。そんな相手に、手こずるはずもない。
二人は1分もかからず、残った舎弟狐を煙へと変えるのだった。




