4話 1000万
出雲市駅にほど近い3階建てのビル。そこは出雲ダンジョンで活動する三級探索者ギルドの拠点であった。殺風景な外観は、人の目に止まらない特徴のない雑多な建物の一つである。
そんなビルの中で、ドスン、ドスンと音がする。探索者ギルドは身体づくりのために事務所内にジムスペースを設置しているギルドもあるが、音の出所はジムではない別の部屋からだった。
くぐもった呻き声、継続して響く鈍い音。部屋の中では四人の男たちが蹲り、周囲を別の男たちに囲まれていた。音の正体は、どうやら彼らが殴られている音だったようだ。
その様子をソファに腰かけつまらなそうに見下ろす男がいた。立ち位置的にも、このギルドの幹部かもしれない。
「なぁ、俺はなんて言ったかな」
ぽつりと幹部がこぼせば、ぴたりと折檻が止む。上位者の邪魔をしないように、彼らはきつくきつく叩き込まれていた。
「す、すいません。下手こきました」
「そうだな。落ち目の四級探索者から小銭すら巻き上げられないなんて、俺はお前にこれから何を任せればいいんだろうな」
出雲ダンジョンの2層で活動する探索者から、今回の探索のあがりを徴収して来い。そう命令を受けたチンピラたち。簡単なお使いのはずだった。出雲の地で自分たちに楯突く奴らなどいない。例え探索者協会が出てこようが、奴らは見て見ぬふりをするだけだ。何もできないし、何もさせない。当然警察なんていないのと同義だ。むしろ笑顔で挨拶してくる。出雲は彼らの王国であった。
だからこそ、自分たちに逆らうように未だ2層3区で活動している探索者に圧をかける必要がある。奴らはただの反骨精神でダンジョンに通っているだけで、彼らに歯向かうことはない。金だって渋られはするだろうが、渋った後の被害を考えたら払うしか選択肢はないのだ。
本当に、ただの子供のお使いと一緒。だが、チンピラはそのお使いを達成できなかった。
「また崩れに戻りてぇみたいだな。お前の代わりなんていくらでもいるからなぁ、次は誰にするか」
「すみません!! それだけは勘弁してください!!」
チンピラたちが必死に頭を地べたに擦り付ける。
彼らは元々探索者崩れと呼ばれるドロップアウト組だった。ギルドに所属して早々に一般人相手に問題を起こし、改める態度が見られなかったためギルドから解雇されたのだ。
これで重罪を犯していればギルドが責任を持ってダンジョンの闇に葬るのだが、殺すまではと思えるレベルなら放逐されてしまう。犯罪履歴がありギルドにも所属していない探索者に対しては、協会側は探索者ライセンスを停止することでダンジョンへの活動を禁止させる措置を取る。
別のギルドに所属し彼らの面倒を見るとなればライセンスが復活することもあるが、そんな問題児をわざわざ雇うギルドなど皆無だ。そして、彼らが問題を起こした時に責任を負ってくれるギルドに所属していないのであれば、彼らの探索者ライセンスが復活することはない。
彼らはドロップアウト組の例にもれず、下手なプライドだけが残っているため社会に馴染むこともできず、犯罪組織へと合流を果たす。そこからは元探索者の力を活かして裏社会で生きていたのだが、彼らに転機が訪れた。
それが目の前の男からの勧誘。真っ当なギルドではない。そもそも、チンピラたちのライセンスカードは停止されたままだ。それでも、彼らは出雲ダンジョンにおいては入ることが許され、またレベルを上げることができるようになったのだ。探索者協会の職員すら機能不全に陥っている出雲ダンジョン限定ではあるが。
しかし、そんな奇跡はチンピラたちが有能だと判断されたから訪れたのだ。無能だと烙印を押されれば、またダンジョンへの扉は閉ざされる。
「で、ですが奴らは出雲から出ていくと言ってました! 当初の締め上げは成功しています!」
「お前はお使いの失敗を指摘されて、宿題はやりましたって回答するのか?」
「す、すみません!」
失敗した。幹部の圧が強まり、チンピラたちは脂汗を流しながら謝罪を繰り返す。
「で? 四級探索者にいいようにやられた訳じゃねぇんだろ?」
「は、はい……ただ、自分も何が起きたかよくわからなくて」
幹部が眉根を寄せる。土下座している部下はレベル90はある。回収に行かせた先は2層3区を探索する四級探索者だ。上限のレベルだとしてもレベル70程度。レベル差がある中、一方的に戦闘不能になどさせられるだろうか。
どんなスキルだ? ユニークだと厄介だな。早めに潰すのもありか? いや、アイテムの可能性もあるか。宝箱で何か拾ったか? 協会の連中からもそんな話は聞いてないはずだがな。
幹部が思案するが、それを悪い方に受け取ったチンピラの舎弟がフォローするために声を上げる。
「あ、アニキは酔っぱらったみたいになってました! きっとあいつら毒を盛ったんですよ!!」
「お、おい黙れ!」
「それと変なガキもいました! そいつも怪しいです!!」
チンピラが制止しようとするが、遅かった。幹部から盛大なため息が吐かれる。
「お前の舎弟は馬鹿しかいねぇのか?」
「すいません!! ちゃんと教育しなおします!!」
幹部が呆れたのは当然だ。探索者は身体が丈夫になるため、酒にも耐性ができる。レベル100間近の探索者が酔っぱらうなど、一体何杯飲めばよいのだ。仮に毒魔法だったとしても、何故わざわざ酔わせる必要があるのか。麻痺でも眠らせるでも毒で弱らせるでもいくらでもやりようがある。
それにあの探索者たちに毒魔法が発現しているなど聞いていないし、酔わせられるような毒ならスキルレベルが5は必要になる。うだつも上がらない四級探索者がスキルレベル5の魔法を持っているなど、確率は低いだろう。それとも、酔わせるアイテムでも使ったというのか? 馬鹿馬鹿しい。
それに言うに事欠いて変なガキとは、いったい何が言いたいのやら。ガキに何ができると言うのか。フォローどころかアニキ分の面子を潰しているだけだ。
「はぁ……、まぁ酔っぱらおうがガキがいようが関係ねぇ。お前はウチの看板背負って失敗したんだ。メンツを潰したんだよ。なら責任取らなきゃいけねぇな」
チンピラたちの顔がこわばる。責任。それが意味することを彼らは知っているし、身近に見てきた。
「お前はダンジョンが人を吸収するのを見たことあるか?」
「か、勘弁してください……」
彼らは見たことがある。それこそ出雲ダンジョンで見た。仕事で殺した時、ちゃんと吸収されるのを見届けた。ダンジョンに吸収されれば何も残らない。衣服も、骨も、その者がいた痕跡は一切合切残らず吸収される。あんな何者にもなれなかった末路にはなりたくないと強く思った。
「この時期の日本海よりはダンジョンの方が幾分ましだと思うが、どう思う?」
「チャンスを! チャンスをください!! お願いします!!」
震えながら、チンピラたちは幹部に乞う。幹部にとっては見慣れた光景、見慣れたやりとり。まるで台本でも用意されているのかと思う様に、跪きチャンスをくれと懇願する。
「今日の取り立ていくらだったか」
「あいつらの売却金が100万でしたので、半額の50万です」
「そうか。なら1000万だな」
「え?」
「1000万絞ってこい。1週間待ってやる。絞れなくても、まぁ安心しろ。探索者の身体ってのは金になるもんだからな」
どうやら失敗してもダンジョンに吸収されることは無さそうだ。より最悪な未来が待っていそうではあるが。
「い、いや、あいつらはそんな金はきっと持ってないですよ!!」
「そうか。それは集めるのに苦労しそうだな」
あの探索者たちは2層で活動しているのだ。1回の探索でも多くて100万が関の山。2層でドロップする装備じゃ一攫千金は狙えない。エリアボスと戦いでもするか、宝箱から収納袋を出すかくらいだろう。
例え探索者たちの装備をすべて売却したところで、四級探索者の装備じゃたかが知れている。1000万なんて、いくら叩いても出てこないだろう。
だが、幹部の要求は1000万。それが達成できなければ、殺されなかったとしても再びダンジョンに行くことはできないだろう。
どうする。どうすりゃいいんだ。
チンピラは頭を垂れながら、必死に生き残るための策を練るのであった。




