3話 酔拳
地元の探索者高校生に絡まれるというハプニングがありながらも、無事2層へと続く入り口を発見した鈴鹿。
鈴鹿に無謀にも絡んできた探索者高校の生徒は、鈴鹿の意志を汲んでもう二度と他人に迷惑をかけないと誓ってくれた。鈴鹿が割かし本気で脅したため、物凄い圧がかかったことだろう。鈴鹿が剣神と初めて会ったとき怯えた様に、彼らもまた鈴鹿という絶対に勝てない超越者を前に臨死体験くらいには衝撃的な体験をしたはずだ。
恐怖と後悔と羞恥と驚嘆と憤怒と殺されていないことに対する安堵の感情がぐちゃぐちゃに混じり合い、全裸でダンジョンに這いつくばりながらも何故か恍惚とした表情で鈴鹿の話に耳を傾けていた彼らの表情は、どこか狂信者を彷彿とさせるものだった。そのことに一抹の不安を残しながらも、もう二度とこんなことはしないと濁った泥のような目で誓う彼らを信じ解放してあげた。
まぁ、ここまで締め上げてそれでも続けるのならば、逆に肝が据わっている。あの場で退くのではなく、鈴鹿に立ち向かったのだ。覚悟が決まっている者が好きな鈴鹿は、彼らの行いは唾棄すべき行為であるが、その気合は買っていた。もしまた道を外しても、将来はヤクザの幹部にでもなれるのではないだろうか。他人に迷惑かけまくりかもしれないが、ここまで指導してダメなら鈴鹿にはどうしようもない。仮にヤクザになって鈴鹿に仕返しに来たら、その時は宍道湖に沈めてあげよう。
さて、出雲ダンジョンの地図はないわ探索者高校の生徒に絡まれるわいろいろあったが、遠征一日目はなんとか終わりを迎えそうだ。ドタバタして疲れたので、本当は海鮮を食べる予定だったがガッツリしたものが食べたくなり、地元に親しまれてそうな中華料理屋さんに行くことにした。
中華料理屋さんってどこ入ってもおいしい気がする。インドカレー屋さんも同じく。不思議である。
「はいよ、酸辣湯麵と麻婆豆腐。それからコーラね」
「ありがとうございます! 美味そう~!」
疲れた身体が味の濃いガツンとした食事を求めている。今日は寝台列車での移動もあって、疲れがたまったのだろう。身体は丈夫になったが、精神は疲弊するのだ。と、数日夜通しでエリアボスと戦う鈴鹿が申しているが、それはそれ、これはこれである。
「はぁ~~~疲れた。これで何とか今月は生きていけそうね」
「危うくモンスタートレインになりかけたけどな」
「ほんとだよ。あれはヤバかった」
「そのおかげで収入良かったでしょ。結果オーライよ」
鈴鹿の近くの席に座る6人組が悲壮感たっぷりな空気を醸し出している。話の内容から探索者の様だ。店内のテレビで流れている番組よりも面白そうなので、ご飯を食べながらラジオ代わりに聞き耳を立てる。
「収入はよかったけど、これで怪我でもしたらむしろマイナスだよ八雲」
「まぁそうよね。今回はたまたま。運が良かったわ」
「けど、これでちょっと収入がいいってくらいだもんなぁ。2層3区じゃ限界があるよ」
「もうレベルも上がんないし、このままじゃドロップだってしなくなるんじゃない?」
「それは確かないはずだけど、ステータスに影響しそうだよね」
「あ゙あ゙あ゙~~~。詰んでいる。なんなんだよこの状況」
探索者の様だが、上手く探索が進んでいないのだろうか。2層の話をしているし、探索者高校ではなくギルドに所属しているようだけど、ギルドからいいアドバイスをもらえてないのだろうか。
出雲ダンジョンは3年前にできたばかりだから、ギルドも歴史が浅い新興ギルドが多いのかもしれない。
「もうさ、勝手に行っちゃう? どうせ3層だってそんなにぎゅうぎゅうに人いるわけじゃないでしょ?」
「気持ちはわかるけどさ、それは話し合った結果却下になったでしょ」
「まぁ、そうだよなぁ。ばれたらあいつら何してくるかわかんないし、協会からもペナルティくらいそうだしな」
「協会も協会よ! どこまで腐ってんのよあの組織!! もう東京の本部にでもクレーム入れた方がいいんじゃない!?」
「けど、出雲も広島もやばい組織が裏にいるから東京に文句言っても意味ないって、ネットに書いてあったよ」
「学の情報網は伊達じゃないからなぁ。実際あんなのがまかり通ってるくらいだし、そうなんだろうよ」
出雲ダンジョンの話だろうか? 協会職員もダンジョン外に問題があるみたいなこと言っていたし、関係する話だろうか。鈴鹿が会った協会職員は気の良さそうな人物であったが、上の人間が不祥事をもみ消す系の人間とか?
「……ふぅ。そろそろ本格的に拠点を移すこと考えないとね。早くて来月。遅くても6月には移動しましょ」
「はぁ、こればっかりはな。せっかく出雲にダンジョンができたっていうのに」
「そうだよね。今回の探索で私も諦め付いたよ」
「クソッ!! あいつらさえいなければ普通に3層探索できたはずなのに!!」
「落ち着いてよ佐香。気持ちはわかるけど」
「でもさすがに腹立つぞ。あいつらになんの権利があって3層独占してんだよ。なぁ洋?」
「うん。あいつらがいなくなればいい」
「そうよね。せっかく私たちの地元のダンジョンなのに、なんで私たちが出ていかなくちゃいけないのよ」
荒れておる。どうやら彼らは出雲が地元の探索者たちのようだ。3層を独占なんて聞こえてきたが、どういうことだろうか。
よくわからないが、地元で頑張ろうとしている若者の足を引っ張る輩でもいるのだろうか。それはいただけない。もしそれが探索者協会の人間だとするなら、不撓不屈にでもチクって改善してあげようかしら。
それにしても麻婆豆腐美味いな。山椒が利いていてとても良い。
「お? なんだなんだ? 辛気臭ぇと思ったら負け組共のたまり場だったか?」
麻婆豆腐を味わっていると、新しい客が入ってきた。その客は夜のドンキが似合うような如何にもなチンピラで、荒れていた探索者たちにいきなり喧嘩腰で絡んでいる。
探索者に絡むということは新しい客も探索者なのだろう。鈴鹿から見るとどちらもどんぐりの背比べ程度の力量だが、チンピラの方がレベルが上のようだ。
チンピラたちは4人。片や荒れている探索者は6人。正面から戦えば悪くない勝負になりそうだが、お店では頼むから暴れないでくれ。暴れだしたら手が出そうだ。
「なによあんた達」
「おお? 四級探索者が随分偉そうじゃねぇか。口の利き方には気を付けろよぉ? じゃねぇと、何か不幸が起きちまうかもよ」
2層1区を探索できるようになれば四級探索者になれ、3層1区を探索できるようになれば三級探索者になれる。2層3区でギリギリまでレベル上げているのなら、十分3層1区でも活動できるはずだから彼らも三級の実力はあるのだろう。
しかし、何やら3層が独占されていて探索が出来ていないっぽいので、探索者ランクが四級探索者で止まっているのかもしれない。つまり、チンピラは的確に彼らの不満の種を刺激しているようだ。だが、彼らは歯を食いしばるだけで、食って掛からない。
双方にそこまでの実力差を感じないのだが、大人しくしている。
「あ、あの、お、お客さん……」
「ああ、いいんだいいんだ。飯を食いに来たわけじゃねぇ。すぐ帰るから放っておけ」
何とか接客しようとするプロ根性たくましい店員が声をかけるも、あしらわれる。次は飯も食わないんなら帰れと言えるくらい気合を入れてほしい。普通に雰囲気悪くて飯がまずくなる。
「俺たちは回収しに来てやったんだよ」
「回収ってなんのことだ?」
「決まってんだろ? 出雲ダンジョンの使用料のことだよ!」
チンピラたちがニヤついている。まるで日中絡まれた探索者高校の生徒のようだ。出雲ダンジョンの探索者気合入りすぎだろ。どこもかしこもこんな感じか? 田舎のハートフルダンジョンかと思ってたら、弱肉強食の修羅ダンジョンか?
「な、なんだよそれ?」
「はぁ、察しがわりぃやつらだな。今日お前らが売却した金額96万、その半額を寄こせって言ってんだ」
「は? なんでそんなこと……それよりも、なんでお前らが俺たちの成果を知ってんだよ!」
「っは、んなことお前らの低い知力でも少し考えりゃわかんだろうが」
おお、探索者協会に内通者がいるという自白だろうか。思ったよりも出雲ダンジョンの探索者協会は腐っているかもしれない。あえて売却金高くして、釣れたヤンキーをボコボコにする遊びでもしてみようかしら。出雲ダンジョンのいいミニゲームになるかもしれん。
「ほら早くしろ。ごねんなよ? 俺たちに逆らってこの町でやっていけると思ってるのか?」
「っは! 何が俺たちよ! 広島に尻尾振ってるだけの玉無しがでかい口叩くんじゃないわよ!!」
「あ゙あ゙!? アマが調子こいてんじゃねぇぞ!!」
「お、おい八雲……」
ぶちぎれるチンピラに、女性の探索者が真っ向から睨みつける。さすが出雲、やられる側も気合入ってるのか。
「私たちはもうこの町を出ていくわ。だからそんなふざけたルールに従うつもりは無い」
「おーおー、そうかそうか。どこに行くのかは知らねぇが、荷物まとめて出てくのは自由だぜ?」
地元で頑張りたいと言っていたのに、出ていくのか。あからさまにチンピラ側に非があるみたいだし、少し手助けするか。
「が、それはお前らの勝手だ。今回のダンジョンの使用料は徴収しねぇとならねぇな」
「出さないわよ。これ以上しつこいと探索者協会の本部に苦情入れるわよ」
「アッハッハッハ! やってみろよ!! 東が西に手をだしぇるわちぇねぇえだろが! ばか!」
「……はぁ?」
唐突に、チンピラの呂律が回らなくなる。顔は赤く染まり、上手く立てないのか足元もおぼつかない。まるで酩酊しているかのようだ。
「あぁあん!!?? なんじゃよれ? 世界がまわってゆぞ!?」
「あ、アニキ? 大丈夫っすか?」
「うるせぇぇええぞ!!! 俺に文句でもあるのか!!??」
「い、いや、文句なんてないっしゅよ?」
チンピラに絡まれた舎弟も、同じように呂律が回らなくなる。突然の変化に絡まれてた探索者たちは怪訝な顔を浮かべているが、チンピラたちはそれどころじゃない。
「お前なめた口ききやがってよぉおおおお!! やんのかよ!?」
「なめた口なんて利いてないじゃないっすかあああ!! ばかぁぁあああ!!」
「馬鹿だとコノヤロー!! やってやんじょ!?」
チンピラが掴みかかろうとするが、ふらついているので全然前に進めてない。右にぶつかり左にぶつかり、奇妙なダンスを踊っている。しまいには、机をなぎ倒しながらずっこける始末だ。絡まれた酩酊状態の子分は泣き上戸なのか、大声で泣きだしている。
唐突に二人が酩酊状態に陥ったため、残りの二人はどうしたら良いものかあたふたして何も解決できていない。急に始まった寸劇に、絡まれていた探索者もどうしていいか困り顔だ。
そんなカオスな空間で、一人大爆笑している者がいた。
「アッハッハッハッハッハ!! ひぃいいwww いいぞチンピラ!! 相手はすぐそこだ!!ww 頑張れ頑張れ!!ww」
鈴鹿が手を叩きながら目じりに涙を浮かべ、チンピラを応援する。チンピラは机にしがみ付きながらなんとか立ち上がろうともがいていた。まるで生まれたての小鹿のように、脚が震えている。
「ふ、ふっざちぇんなよ!! おえに逆らいやがって!!」
「ファーーーーwwww いい根性だww ただイキる前にこれからは足腰鍛えろよww」
スケートリンクかよと突っ込みを入れたくなるくらい足元がおぼつかないチンピラ。子分に近づきたいのによろけて後ろに大きく下がっている。そのことに再度鈴鹿は爆笑し、息も絶え絶えだ。
「アニキしっかりしてください!! どうしちまったんですか!?」
「なんらおまえ!! 俺に命令すんな!!」
探索者だからか力が強く、子分が抱き起そうとしても暴れて手が付けられていない。
しかし、鈴鹿もそれどころではない。ツボに入ったのか苦しいくらい笑っており、呼吸がろくにできていない。
「おい! 一旦帰るぞ!! お前も兄貴連れてくの手伝え!!」
「わ、わかった! コイツはどうする?」
「お前も後ついて来い馬鹿が!!」
「俺だって頑張ってんのによぉおお!! なんで馬鹿なんて言うんだよ!!」
唐突に現れたチンピラ軍団は嵐の様に帰っていった。後に残されたのは状況が未だにつかめない探索者たちと、チンピラが暴れてなぎ倒した机たち、チンピラの豹変具合に心底恐怖している店員さん、そして、笑いすぎて死にかけている鈴鹿であった。




