閑話 日比谷京香
時系列は狂天童子と戦う前です(7章14話の前)。探索初日はヤスたちの様子を見て一緒にお昼を食べ、次の日にこの会をしました。
ケイカたちとはダンジョン内で合流しています。鈴鹿はダンジョン内で通信できる携帯を所持しているので、合流はそこまで難しくありません。また、西と揉めている最中ですが、一級探索者であるケイカがそばにいるため永田は八王子ダンジョンまで来れております。
日比谷京香はとても緊張していた。
「はい。今日はね。なんとコラボ配信です!」
そう言って何故か宙に浮いているスマカメに向かって話しかけているのは、兎が憤怒したような仮面をつけた鈴鹿であった。
ここは2層4区、渓谷が広がるエリアだ。鈴鹿が選定した場所で、時刻は昼間であるが照り付ける日差しをせり出した壁が日除けとなってくれている。まるでグランドキャニオンのように長い年月で侵食されたようなこの場所は、天然の洞窟の様に地形がえぐれており、熱射照り付ける2層であっても日影が多く比較的涼しいエリアである。
【わこつ!! コラボって誰と!?】
【唐突なコラボ】
【まさか茶々子か!?】
【私たちじゃない!! どのダンチューバーとのコラボですか!?】
鈴鹿が事前に『初コラボ企画! ダンジョンでおいしいご飯を食べよう』というタイトルで予告していたため、配信開始後から凄まじいコメントの嵐がスマカメから流れている。
そのことごとくをスルーしながら、鈴鹿が進行を進めていく。
「コラボ先はダンチューバーではありません! さて、誰でしょうか」
コメントは大盛り上がり。片っ端からダンチューバー以外で有名な探索者が挙げられていく。
「はいっ。あまり引っ張ってもあれなんで、こちらへどうぞ!」
その合図と共に、永田とケイカが鈴鹿の横へと並ぶ。
「どもども~こんにちは! 不撓不屈所属の永田です!」
「同じく不撓不屈所属のケイカです。よろしくお願いします」
【不 撓 不 屈】
【くっそ大御所じゃん】
【特級ギルド!!??】
【ケイカ様だ!!!】
【えっ、狂鬼さんって不撓不屈所属なの!!??】
「あ~違う違う。何回か言ってるけど、俺はギルド所属してないよ。永田さんとケイカさんはお茶友達でね。俺が作るご飯が美味しそうってことで、ダンジョンで食べてるご飯を振舞うことになったんだ」
そう。事の発端は鈴鹿と共に不撓不屈のギルドの近くにあるカフェでお茶をしていた時だ。話題が狂鬼チャンネルになり、その時永田がご飯美味しそうですよねとファインプレーな話題を差し込んだのだ。
そこで不撓不屈では遠征の時シチューを作るという話になった。不撓不屈クラスであればエリアボスを何体も討伐しているため、そこそこの収納袋を持っている。
とはいえ、長期でダンジョン探索することも多く、探索する人数も多いため潤沢に食材を持ち込むことは難しい。特に、鈴鹿の様に大きな収納袋は1~3区ではなかなか手に入らない。あれだけの大きさとなると、6層以上でないと1~3区では出現しないのだ。それもエリアボスからのランダムドロップなので、数も少ない。
小さい収納袋に食材や調理器具を詰め込むにも限りがあるため、基本はレーションや缶詰を詰め込んで終わらせることが多い。それでも、持ち運ぶ必要が無いため他のギルドの探索者よりは十分恵まれている。それにダンジョンには仕事で潜っているため、ご飯は食べれればそれでいいという空気が探索者の中では多かった。
火魔法を使える者がいれば宝箱から得られる食材を調理することもできるのだが、いなければ火の調達がめんどうなのでやっぱり缶詰食が多くなってしまう。
そんな中、不撓不屈では度々シチューを作る。特に4層の雪山エリアで食べるシチューは絶品なんだと、永田が語った。
それにはケイカも激しく同意である。あの極寒の中、一日中探索した疲れと寒さで気がおかしくなりそうなときに、火魔法を使って温めたスープがどれだけ美味しいことか。思わず涙を流すギルドメンバーも少なくない。ケイカもその一人だ。
あれが不撓不屈で代々受け継がれている雪中シチューであり、不撓不屈の味である。
そんなことをケイカも交えて鈴鹿に話せば、当然食べてみたいとなる。せっかくなら鈴鹿もご飯を振舞うよとなり、永田が狂鬼チャンネルで放送しましょうと言いだしたのだ。
永田は出ていないが、ケイカは不撓不屈の公式ダンチューブにも出たことがあり、その人気は折り紙付きだ。狂鬼チャンネルとコラボしても格は劣らないだろう。
永田の思惑としては雑多なギルドが鈴鹿に群がることと西へのけん制を兼ねているのだが、そんなことはケイカの知ったことではない。
大事なのはあの狂鬼と一緒にコラボしているということだ。
ケイカは狂鬼のファンであった。中の人である鈴鹿とのファーストコンタクトから、すでにケイカは気になっていた。不撓不屈の探索者として、一級探索者として、相応しい実力を秘めているケイカ。そのケイカの脅しを鈴鹿はいなしたのだ。
この女性の様な美しい少年は、一体どれほどの力を秘めているのか。ケイカは気になっていた。
ケイカは自分より強い者が好きだ。それも生半可な強さではない。自分では届かぬと思わせられる探索者にこそ、ケイカは強く惹かれる。いずれ追いつくと思える探索者には、敬意はあれど憧れは抱かない。
だからこそ、ケイカは不撓不屈に入ったのだ。ダンジョン黎明期を支え自分自身も特級探索者として最前線を走り抜けた不屈の藤原や、日本史上最強とも名高い神童と謳われた剣神天童がいるギルドだから。
けど、彼らは雲の上の存在であり、最初から強い憧れを持っていた。だからこそある程度心の準備をして会うこともできていたし、雲の上の存在ということもあってもはや一周回って緊張もそうしなかった。
だが、鈴鹿は違う。不撓不屈すら効率的ではないと切り捨てている4区5区に一人で探索する異常者。最初からその狂気じみた探索にケイカの興味は惹かれていたが、ケイカの脅しを簡単にあしらうその姿勢に鈴鹿の異常性を感じた。もしかしたらこのレベルも劣る少年は、自分すら凌駕する探索者になるのではと。
しかし現実はそれどころではなかった。
スカウトした日から数日後、永田から確認してほしいと言われ見せられたダンチューブに、ケイカは衝撃を受けた。『恐らく定禅寺君だと思います。ケイカさんの見立てはどうですか?』そんなことを永田に言われたが、映像のインパクトが凄すぎてケイカは何も答えられなかった。
5区というケイカでさえ激戦必至のモンスターを軽々しくあしらう狂鬼。ケイカも依頼を受けて4区や5区で探索をしたことがあるから断言できるが、5区のモンスターはこんなに簡単に倒すことはできない。それも宝箱が出現するということは適正エリアであり、そんな相手にこんな一方的な戦いはケイカの常識とかけ離れ過ぎていた。
極めつけは5区のエリアボスとの戦闘。ケイカも1~3区の数多くのエリアボスと戦ってきたが、ここまで余裕を持って戦ったことなどない。いつも必死で、何度も死にかけ、同じエリアボスと戦い続けても一瞬も油断することはできなかった。もちろん、常に激戦となるように装備やメンバーを最適な調整をして戦わせている不撓不屈の育成マニュアルが素晴らしいために激戦となっているのだが、エリアボスとはそんな存在であり、こんな酩酊羊の倒し方のレクチャー動画みたいなテンションで戦える相手ではない。
そこからケイカは狂鬼のファンとなった。自分よりもレベルが下なのに、自分よりも強い存在。そんな非常識な存在に、ケイカは憧れ、探索者として惹かれていった。
そんな憧れの存在と、今コラボしている。もはやケイカはこの状況についていけなかった。永田がお茶に誘ってくれたあたりから、ケイカの記憶は飛び飛びである。
「さ、じゃあケイカさん私たちはシチューの準備しちゃいましょうか!」
「そうね。タヌちゃんは火の準備お願い。私は肉とか野菜の準備する」
永田の存在進化先がタヌキに似ているため、ギルド内では愛称としてそう呼ばれている。永田に火の準備をお願いしながら、ケイカはシチューの準備を進める。もともと口数も少ない性格のため、鈴鹿相手に緊張しまくりで喋らないが周囲は違和感なく受け止めてくれていた。
【不撓不屈の名物シチューとかめっちゃ食べてみたい!!】
【狂鬼さんさすがだよね。不撓不屈と知り合いってどんなコネだよ】
【不撓不屈は狂鬼さん勧誘したりしないの?】
「しましたよ~。私スカウトですからね。そこからお知り合いになったんですよ~」
【え!? てことは狂鬼さん不撓不屈の勧誘蹴ったってこと!?】
【さすが俺たちの狂鬼さん! 全て俺たちの想定の反対を突き進む男!!】
【不撓不屈の勧誘断るとか……そこまで貫けるからこんなに強いのか?】
ケイカも少し前だったら同じ思いだったろう。不撓不屈の勧誘を蹴るなんて馬鹿な探索者がいるのかと。だが、狂鬼のファンであれば狂鬼さんなら蹴って当たり前だねとも納得できる。
【てか不撓不屈も声かけるの早いな。狂鬼さん身バレしてんのか】
「そもそも俺がダンチューブ始める前にスカウト来たしね」
【はやっ!】
【そんなに早くから狂鬼さんに目を付けた不撓不屈の慧眼も凄いし、あの不撓不屈から有名になる前から勧誘される狂鬼さんもさすが狂鬼さん】
【その時に勧誘断ってるんだから、もうさすがとしか言えない】
そのあたりは日本屈指の探索者ギルドなのだ。入ってくる情報の質も量もその辺のギルドとは一線を画す。永田は若いが、不撓不屈のスカウトを担うだけあってかなり優秀な人物なのだ。
【狂鬼さんは何ご飯なの?】
【燻製?】
「ふっふっふ。今日は初コラボだからね。奮発していい肉のステーキにするつもり」
そう言って鈴鹿が分厚い肉塊を取り出す。肉を常温に戻しがてら、相変わらず個人で所有しているのに衝撃を受けるサイズの収納袋から炭やグリルを取り出し、準備を進めていく。
ちなみにケイカたちはお昼を食べたら帰るので食材だけを収納袋に入れ、大きな荷物に調理器具や焚火台などを詰めて持ってきている。
「え、狂鬼君まさか雷鹿のステーキ作ってくれるの!?」
美味しい物好きの永田が飛びつく。一緒にダンジョンでご飯を作ることになってからも、度々ケイカに鈴鹿が何を作るか楽しみにしていることを話していた。特に雷鹿は5区のモンスターということもあって、普通では食べられない食材なので食べてみたいとよく言っていた。
「甘い甘い永田さん。それじゃいつもと変わらないじゃないですか」
「え、じゃあ何の肉ですか?」
「雷鹿の親玉、風雷帝箆鹿のステーキで~す!」
その発言に、永田もケイカもコメントも一瞬凍り付く。
エリアボスが食材を落とすことはままある。不撓不屈の人間であればエリアボスの食材を食べる機会はそこそこあった。といっても、そういった食材は大変貴重なため、恐ろしい値段が付くこともあるので然るべき場所に売却することが多い。
それでも、記念に食べるときは不撓不屈御用達のレストランで最高級のシェフが調理して食べるのだ。こんなキャンプのようなノリで食べる食材ではない。
それも5区のエリアボスの肉だ。恐らくこのタイミングでなければ永田もケイカも一生食べる機会はないだろう。そんなグラム単価を考えただけで恐ろしい肉が、エアーズロックかよと突っ込みを入れたくなるほど分厚い物が3つも用意されている。
3つだ。つまり一人一つあの肉を食べれるということ。
「……さ、さすがにそれは恐れ多いと言いますか、貴重なお肉だしもったいないんじゃないですか?」
「ん? いいのいいの。こんなタイミングじゃないと食べないし。それに元の肉めっちゃでかいんだよ。この前も友達とキャンプした時食べたけど、これめっちゃ美味いから楽しみにしてて」
認識のずれはかくも恐ろしいものなのか。さすがの美食家永田でさえ、腰が引けてほんとに食べていいのかケイカに目配せしていた。
だが、ケイカもそれどころではない。エリアボスの食材は貴重だが、ケイカが固まっている理由はそこではない。
エリアボスとは死闘が必須である。鈴鹿がどれほど強いかの底はわからないが、それでも鈴鹿がリスクを負って倒したのは事実だ。そんな鈴鹿が命がけで倒した5区という魔境のエリアボスの肉を、鈴鹿手ずから調理してくれる。その事実に、ケイカは興奮し気絶するかと思った。
【さすが狂鬼さんだぜ……。5区のエリアボスの肉だよ? いくらするんだよその肉塊】
【食べてみたいけど怖くて食べれない】
【不撓不屈のメンバーが遠慮するレベルでやばい食材】
「まぁ、なかなか手に入んないよね。これからもコンスタントに美味そうなエリアボス出てくれるといいんだけど」
【エリアボスを食材だと思っているの狂鬼さんくらいだよ】
【今日も狂鬼狂鬼してる】
【相変わらず思考回路おかしい。安心する】
コメントから散々な言われようだが、鈴鹿は気にしない。せっかくのいいお肉なので、美味しく火入れすることに集中しているのだ。
「それにしても、4区で料理ってまだちょっと怖いですね」
永田が火の準備を終え周囲を見回しながら、感想をもらす。
「2層4区は最大でもレベル100までのモンスターですし、存在進化してる永田さんなら大丈夫ですよ」
「それだったらいいんですけどね。私はお二人みたいに強くないしレベルも100超えた程度なので、4区のモンスターが来たら苦戦必至ですよ」
「狂鬼さんがいるから大丈夫」
「あははは、たしかに。狂鬼君って索敵範囲も広いですよね」
「そこそこは。2層4区程度なら不意打ちもされないんで大丈夫ですよ」
この場には鈴鹿もケイカもいるため、不意を突かれることもない。
「永田さんも4層の雪山で野営してるんですよね?」
「はい。『不撓不屈の伝統だ!』って言われて、3層3区じゃなくてわざわざ4層1区で野営したんですよ。大変でした」
4層1区は雪山だが、3層3区は気候も安定したエリアの様で、わざわざ4層1区で泊まる理由は皆無なんだとか。
「でも、あの凍える中で食べたシチューの味は忘れられませんね」
「不撓不屈の伝統の味ってやつですか。いいなぁ、やっぱ寒い場所での焚火とかあったかいご飯は美味いですからね」
ケイカも永田同様4層で野営をしているが、確かにあの極寒の地で食べる温かな料理は何物にも代えがたいものがある。環境が違うだけでかくも味が変わるのかと衝撃を受ける程度には。
「あ、そう言えばケイカさんって氷の魔法使えましたよね? この辺に雪積もらせることってできないですか?」
【いや、狂鬼さんさすがにケイカ様になにお願いしてんの……】
【そんな手洗いたいからちょっと水出してみたいに言うな】
【相手は不撓不屈の一級探索者ですよ】
「はい! もちろんです!!」
【え、いいの!?】
【ほんとに雪積もらせちゃったよ……】
【え、ケイカさんってあのケイカさんだよね? こんな感じだったっけ?】
【狂鬼さん相手にやたらテンション高いよね?】
コメントが何やら言っているが、鈴鹿に話を振られたことに舞い上がっているケイカの耳には入ってこない。
「おお! 凄い! 寒い!」
「あっ、もう少し寒さ弱めますか?」
「いや、ちょうどいいよ! やっぱ寒い中でのキャンプが一番よ!」
【ダンジョンなのに何この好き勝手感……】
【俺らが知るダンジョンじゃなさすぎる】
【狂鬼さんと不撓不屈の一級探索者がタッグを組めば安全にダンジョンでキャンプができると。うん、意味わからん】
鈴鹿が楽しそうに肉を焼いている。それを見れるのならケイカはいくらでも雪を降らせる所存だ。
雪のような繊細な魔法は本来であればむずかしいのだが、不撓不屈に所属する一級探索者であるケイカにかかればお茶の子さいさいである。それを永田がしょうがないなぁと見ているが、永田は風雷帝箆鹿の肉が喰えるなら何だっていいかとシチューづくりに勤しむ。
【狂鬼さん次は私たちとコラボしましょうよ!】
【うちのギルドともどう?】
【弊社の製品とか使ってもらえないかな? 野営にうってつけの道具とかも取り扱ってるよ!】
「気が向いたらねぇ~」
肉の火入れ具合を確認しながら、鈴鹿はコメントからのオファーを流す。探索もソロだしあまり他の探索者と絡むことが得意ではないと思っていたが、こうしてケイカは鈴鹿と一緒にご飯を作ることができている。誰の懐にも入り込める永田のコミュ力があるからこそだ。
永田に感謝しながら、ケイカもシチューの味付けを調整する。
「狂鬼さん! シチューいい感じです」
「お、こっちも良さそう。じゃあ食べますか!」
【不撓不屈伝統のシチューに1層5区のエリアボスの肉だと?】
【それも2層4区の景観が素晴らしい立地に魔法で雪まで降らせる特殊仕様の場所でだと?】
【どんな豪華な飯と環境だよ。こんなの一発目にされたら誰もコラボなんてできないだろ】
【最低でも一級ギルドは欲しいところだな】
【敷居高すぎぃぃいい】
美味しい料理に綺麗な景色。ケイカもここがダンジョンだということを忘れ、コメントと一緒に鈴鹿に聞きたいことを聞きまくる、そんな楽しい時間を過ごすのだった。




