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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第七章 天をも狂わす鬼

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閑話 日吉宗平

 横浜市の閑静な住宅街に佇む、一軒の立派な家。かつては小さな息子の元気の良い声が響いていたが、最近では大きくなって落ち着いたために騒ぐ声は聞こえなくなった。それでも屈託なく笑う顔は昔と変わらず、その顔を見るのが日吉はとても好きであった。


 しかし、その息子はもういない。愛する妻と共に、命の危険が付きまとう探索者である日吉よりも先に逝ってしまった。


 夜更けだというのに電気もつけず、開きっぱなしのカーテンから漏れる外の明かりが、僅かに部屋を照らしていた。


 立派なソファに崩れる様に腰かけているのは、横浜を拠点とする一級探索者ギルド國造こくぞうの代表である、日吉ひよし宗平(しゅうへい)であった。いつもはキッチリと整えられた髪は乱れ、あごひげすら残さず剃っていたはずが今では無精ひげに覆われ、眼の下には大きなクマができ頬はこけていた。その姿は誰が見ても憔悴しょうすいした人間のそれであった。


 何本目かもわからぬ煙草に火をつける。子供が生まれると知り、断腸の思いで辞めた煙草。昔はあれだけ美味いと感じていたのに、今では何も味がしなかった。


「すぅう……はぁぁ……」


 ため息とともに吐き出される煙草の煙。綺麗好きな妻が今の日吉の行いを見れば、壁紙が汚れるでしょとツノを生やして叱りつけることだろう。そうであればどれほど嬉しいことか。そうなってくれと切実に望みながら、日吉は煙草を吸い続ける。


 大学に通う息子が、将来は父さんの探索を支援するために探索者用の製品開発をする会社に入りたい、なんて生意気なこと言っていたというのに、その息子は大学すらも卒業できずに死んでしまった。学生時代はお世辞にも頭の良くなかった日吉では大学なんて行けなかっただろう。それなのに妻に似たのか賢く育った息子は、これから世界に羽ばたくところだったというのに。


「すぅう……はぁぁ……」


 煙草から揺れる紫煙を眺めながら、日吉はどうするべきなのかゴールのない思考にふける。


 始まりは西の雄、猛虎伏草もうこふくそうの下部ギルドが横浜に立ち上げられたときだろうか。東と西は昔から仲が悪く、お互いのトップ同士が揉めた背景があることからたびたび揉め事が起こっていた。剣神天童を不撓不屈が獲得したときなんか、国が割れかねないほど険悪になったほどだ。それなのに横浜に拠点を置くなんて、何かしますよという合図でしかない。


 もちろん正規の手順を踏み、内部の探索者にも問題が見られないのであればとやかく言うことはできない。それでも、監視の目は光らせていた。その甲斐あって、猛虎伏草もうこふくそうの暗部を担う蜥蜴と呼ばれる組織の者たちの影も掴めていた。


 その蜥蜴が誘引となり、横浜が徐々に荒れだした。関東近辺の探索者崩れ達が、川崎に集まりだしたのだ。年中揉めてるような連中が仲良く川崎で暴れているなど、上に誰かいますと教えているようなものだ。


 警察では手に負えなくなり、國造こくぞうをはじめとしたギルドに声がかかった。横浜の拠点近くである川崎で暴れているのだ。探索者同士の争いを避ける傾向にある各ギルドも、さすがに重い腰を上げた。特に、横浜を拠点とする一級探索者ギルドたちが協力することがわかっているため、多くのギルドも参戦した。


 たかが探索者崩れなど、一級探索者が相手であれば勝負にもならない。多くの存在進化を遂げた二級探索者や準一級探索者が川崎の鎮圧に乗り出したことで、すぐに治まると誰もが思った。


 しかし、結果は違った。いざ作戦を実行すれば、探索者崩れ共は忽然と姿を消していた。不意を突いたはずの作戦も、内通者がいた様で探索者崩れ共に隠れ潜まれてしまった。それどころか、國造こくぞうたちが引き上げるや否や報復だとして多くの住民に被害を出し始めたのだ。


 さらにこの時何人かの探索者も犠牲となり、所属するギルドが手を引いたことできな臭さが一気に増した。これを機に手を引いたギルドも少なくない。


 しかし、依然として川崎は荒れたままだ。それを放置するわけにはいかない。そこで、國造こくぞうをはじめとした一級探索者ギルドたちが、東京最強の探索者ギルドである不撓不屈ふとうふくつに陳情を上げたのだ。


 不屈の藤原がわざわざ陣頭指揮を執ってくださることになり、東京から特級ギルドがこの件に協力してくれることとなった。凄まじい戦力を引き連れ、例え隠れ潜もうとも炙りだして駆逐される。下手したら川崎が地図からなくなるんじゃないか。そう誰もが思ったし、実際川崎に巣くう探索者崩れ達は一掃された。


 それだけならばよかった。どれほどよかったことか。


 その後の記憶を、日吉は断片しか覚えていなかった。


 ただ、この家で背中を預け合った友が自身の首を斬り落として絶命していて、その横には愛する妻と息子の死体が横たわっていた映像だけは、どれほど忘れたくても脳裏に焼き付いて消えてくれなかった。


 その後の調査結果でも、結局幹部であり同じパーティーメンバーだった山手が蜥蜴に脅されていたような証拠は見つけることができなかった。他の川崎掃討戦に参加した横浜のギルドでも同様の手口が行われており、脅迫なのか洗脳なのかはわからないが、何かを受けて凶行に及んだことはわかっている。


 それだけわかれば十分だろう。十分だ。十分すぎる。


 絶望に打ちひしがれ、それでも一級探索者ギルドという日本有数の誇るべきギルドの代表として、日吉はギルドへと戻った。護るべき者を失い、魂の無い抜け殻に矜持と責務だけを詰め込んで、日吉はギルドへと戻ったのだ。


 当然のようにギルドは荒れていた。報復するべきだという日吉のパーティーメンバーに、相手は特級探索者を擁する蜥蜴なのだから周りと歩調を合わすべきだと宥める他の一級探索者パーティ。議論は平行線である。どこのギルドも同じだ。報復するべきだし、このような悲劇を繰り返さないためにも下手人や組織は裁きを受けさせるべきだ。だが、証拠も出てこなければ相手は特級探索者。そううまく進めることはできない。


 例え一級探索者ギルドであろうとも、國造こくぞうだけでは戦力が足らない。相手が蜥蜴だけとは限らないのだ。蜥蜴を叩くなら西に行かなければいけない。ぞろぞろと探索者が固まって西へ行けば、西の他のギルドたちが邪魔をしてくるのは容易に想像できる。それに一級レベルが集まって向かえば、戦争しに来たのかと判断され、下手したら西の一級や特級ギルドが真っ向から妨害してくる可能性すらある。


 ただでさえそんな厄介な場所に行く必要があるというのに、同じ被害に遭ったギルドもこの件から手を引く者たちが出始めていた。時間が経てばそれも増えるだろう。


『日吉ッ!! 俺たちだけでもいける!! 舐め腐った西の連中に報いを受けさせてやる必要があるだろッ!!』


 同じパーティメンバーの青葉が日吉を焚きつける。青葉は人一倍仲間意識が強い。山手を脅迫し、あまつさえその手で日吉の家族の命を奪わせたことに、青葉は日吉以上に怒りに染まっていた。だからこそ日吉は言った。


『俺たちだけで行っても食いつぶされるだけだ。いずれ不撓不屈を筆頭に西へ制裁をかけるはずだ。それまで待つしかない』


『それは何時だよ!? 明日か? 来年か? それとも100年後か!? なぁ日吉!! 痛みを受けてない東京の連中がいつ重い腰を上げるんだよ!? 知らねぇのか? 政府が不撓不屈へ停戦命令を出したんだ。東京がそれでも動きますっていうのに賭けろってのか!? お前だって今すぐ……』


 そこで青葉の言葉は止まった。日吉の顔を見て、言葉が出なくなったのだ。日吉自身、どんな顔をしていたかも思い出せない。怒りに染まっていたのか、悲しみに歪んでいたのか、はたまた何も感じさせない能面のような顔だったのか。


 日吉だってそうしたいさ。家族を奪った者を、大事な仲間の手を汚させた者を、この手でくびり殺したいと思っているさ。はらわたが煮えくり返り、怒りで何度も目の前がブラックアウトして気絶するほど日吉だって感情が爆発しているさ。


 俺だって青葉と同じ気持ちだ。裁きを受けさせるべきだと思っている。だが、青葉よ。鏡を見て見ろ。俺たちは歳をとった。もうあの頃よりも衰えてるんだよ。代わりに多くの責任を背負ってるんだよ。若い衆にギルドを託し、何もかも投げ捨てて俺だって目にもの見せてやりてぇよ。けどそうじゃねぇだろ。そうじゃねぇんだよ。


『俺たちがしたいのはなんだ? しなきゃなんねぇのはなんだ? 下手人をぶっ殺す事か? 見境なく西の探索者を殺す事か? 蜥蜴の末端を殺す事か? ……ちげぇだろ。蜥蜴そのものを殺すことだろうが。それには人数がいる。戦力がいる。だから待つ。今できることは、いつでも行けるよう早急に横浜の連中を立て直す。それをす。いいな』


 ここに来るまでに、日吉は不撓不屈の藤原の下へ訪れていた。政府の意見を聞き入れこれで手打ちだとぬかしたら、東京へ絶縁を叩きつけるためにだ。しかし、藤原はそうはしなかった。たかが一級探索者相手に、特級探索者である藤原がもうしばらくだけ耐えてくれと頭を下げたのだ。


 今蜥蜴の息の根を確実に止めるために手を尽くしていると。下手にちょっかいをかけてしまえばより深く潜り手を出せなくなるから、そうさせないためにも手を尽くしていると。藤原は日吉に懇切丁寧に現状と考えを共有してくれた。猛虎伏草もうこふくそうが出てきたとしても、東京にある三つの特級ギルド総戦力で挑むと約束してくれた。


 ここまで格上のギルドが腹を割って話してくれたのだ。藤原が今回の件で当事者並みに頭に来ていることも理解し、日吉はこの件を藤原に託すことにした。


 詳細は控えつつ、青葉に準備だけは進めるよう指示を出す。青葉も何かを察したのかそれ以上は駄々をこねることは無く、動き出してくれた。


 ここ数日は被害に合ったギルドがカチコミに行こうと日吉の下に何度も訪れてきた。それを宥め、時が来るまで待とうとさとし、横浜の準備を整えられるよう根回しまでした。


 だが、こうやって一人自宅にいると、何がしたいのかわからなくなる。今まで日吉を支えていた太い柱がなくなってしまったように、心が揺らぐ。


 待つのが賢明なのだろう。東京と足並みを揃えるのが正しいのだろう。それでも、日吉は一秒でも早く蜥蜴を殺したかった。


 でなければ死ねない。


 日に日に失われる生きる気力はとうに底をついており、蜥蜴を殺すことを目的に何とか生きながらえている状態だ。


 ギルドの代表としての使命感と、家族を失った絶望と、戦友を失った怒りで日吉の感情はぐちゃぐちゃだ。正義感と憎しみと倫理観の狭間で日吉は揺れ動く。


 藤原が指揮を執り動いてくれているが、政府の意向もあるためすぐに蜥蜴襲撃とはいかないだろう。地盤を固め、蜥蜴の情報を集め、西へも手を回し、そうしてようやく成就する。早くても1年はかかるだろう。


「一級まで上り詰めたっていうのに、なんのための力なんだろうな」


 家族も護れず、仲間も護れず、復讐すら満足にできない。一級探索者だというのに、なんと無力なことか。


「……誰でもいい。誰でもいいから、蜥蜴を殺してくれないだろうか。そのためなら、俺は全てをささげよう」


 まるで悪魔へ祈るように呟くと、日吉は新しい煙草に火をつけるのであった。

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― 新着の感想 ―
「蜥蜴を殺す」って目的は分かったけど、蜥蜴が家族と一緒だったら纏めて殺すんだろうか? そしたらお前等と蜥蜴の何が違う?って言ってやりたくなるが
こんな世の中で証拠って必要なのかね 証拠がもしあったとしてもいったい何が変わるっていうんだろう、大義名分ってだけならでっちあげでもいいような
そういえば鈴鹿は人を殺せるんだろうか。 …うん、やる時はやりそう。
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