18話 狂天童子4
ここに来て、鈴鹿はとうとう向き合わねばならない時が来た。
身体強化、雷魔法、雷装、聖光鬼、存在進化。5つの強化を自身に付与し、聖光鬼は鈴鹿専用に改良され、雷魔法での強化では脳や眼球の筋肉など本来であれば禁じられているであろう廃人まっしぐらの強化まで手を出している。見切りのスキルはレベル10へと至り、格上たる狂鬼の攻撃であろうとも掠らせることもなく完璧に避けきっている。それだけでなく、気配遮断により認識を歪ませる手法は、あの狂鬼であっても未だに鈴鹿を完全に認識することができていない。
だというのに、鈴鹿は狂鬼に追いつけないでいた。
速さではない。
力の強さではない。
ましてや手数でも、思考が追い付かないわけでもない。
巨漢の大男が合気道の達人に何も抵抗できず地面に叩きつけられるように、鈴鹿と狂鬼の間には隔絶した差があった。純然たる技量の差。それが鈴鹿と狂鬼の間には存在していた。
鈴鹿は体術というスキルが発現している。スキルレベルは9と高く、体術のスキルに頼り、動きを補正してもらい、知識を補完してもらい、達人並みの技量を得られている。だがスキルがなくなったら、素の鈴鹿はどうだろうか。スキルレベル9相当の技量を鈴鹿は持ち合わせているだろうか。
答えは否。断じて否だ。
鈴鹿はダンジョンでしか戦ってきていない。ダンジョンではスキルがあるのが当たり前で、スキルの恩恵を受けるのがダンジョンというシステムだった。摩訶不思議な現象でありながら、鈴鹿はそれを当たり前として享受してしまった。
格上のエリアボスと挑みレベル差を埋めるためのスキルの成長を促す方法により、鈴鹿は簡単に高レベルのスキルを所持することができるようになっていた。いや、なってしまった。だからこそ、技量と共にスキルを成長させることができておらず、持ち合わせる技量以上のスキルレベルが鈴鹿には備わっていた。
その結果、狂鬼の技量について行けず、鈴鹿はいいように追い詰められている。
ここをひっくり返せなければ、神気すら纏いだした狂鬼を倒すことはできないだろう。
だが、現実問題鈴鹿と狂鬼の間には埋めがたい技量の差が横たわっている。何十年と戦い続け、天性の戦闘センスも持ち合わせ、その上で能力を縛りながらも強敵を喰らい続けた狂鬼。片や武術など習ったこともなく、ダンジョンに潜りだしたのも1年足らず。強くなったのはダンジョンで得られるステータスとスキルによる補助の恩恵であり、肝心の技量が追いついていない鈴鹿。その差はあまりにも大きく、一朝一夕で埋まる程狂鬼の技量は付け焼刃ではない。
同じレベルで同じスキルならば、技量がある方が勝つ。新兵と歴戦の猛者では比べるのもおこがましいだろう。
ここでは鈴鹿が新兵なのだ。認めたくないが、狂鬼の積み上げられた技術を目の当たりにすれば否が応でも認めざるを得ない。
この一年弱、鈴鹿はダンジョンで何度も死闘を演じてきた。猿猴との戦いでは実際何度も死に、濃密すぎるほどの時間で身体に体術を叩き込んできた。しかし、それは猿猴まで。その後は他のスキルを強化するばかりで、体術の技を磨く時間は多くは無かった。それこそ、体術のスキルレベルで補正される範囲内でしか、体術を活用していない。
ここ最近になって全力での練習を通して体術に向き合うようになったが、それまではスキルレベル9という高レベルのスキルにあぐらをかいた状態であった。何もせずともスキルが補正してくれるのだ。最適な体運びも、打撃の補正も、攻撃の組み立て方さえも、スキルによる補正によって高水準なものが実現できる。
今までの敵ならばそれで十分だった。自分自身で技を磨かなくとも、攻撃手順を構築せずとも、行き当たりばったりで、目の前のモンスターにすぐに順応でき、殴れば怯み、たたみかければ煙に変わった。
高すぎる各種スキルが鈴鹿をアシストし、張りぼての強さを鈴鹿に与えていた。そのツケが、目の前の狂鬼によって回収されようとしている。
認識できていないはずなのに、鈴鹿を正確に捉えられていないはずなのに、狂鬼は鈴鹿を追い詰める。見切りで避けるが、避ける度に動きは制限され、いずれ避けることすらできなくなるだろう。
それはまるで狂鬼と魔王の戦いの再現のようである。ただ違うのは、狂鬼はあの頃とは比べようもないほど技術が磨かれており、鈴鹿は耐え凌いだところで狂鬼の綻びを期待することはできないということだ。
認めたくはなかった。
鈴鹿は狂鬼に追い詰められながらも、独白する。
簡単に認められるわけないだろう。あれだけ『1~3区周回勢は効率厨』だとか、『強くなりたいなら4区5区探索だ』とか、『効率厨は脆い』とか、どんな上から目線だよという考えを電波に乗せて発信していたと思うのだ。
蓋を開ければ鈴鹿自身がスキルという安易に強くなれる力に依存し、スキルレベルを効率よく上げられる方法がわかったら、馬鹿みたいに喜んで跳び付いて見栄えだけのスキルレベルを積み重ねてきたのだ。
何が『効率厨は脆い』だ。自分自身が効率厨じゃないか。中身の伴わないスキルレベルに舞い上がり、鼻高々にスキルの上げ方をご高説していたのはどこのどいつだ。
厚顔無恥にも程がある。よくもまぁ自分自身を棚に放り投げ恥ずかしげもなく能書きを垂れられたものだ。
認めよう。認めようじゃないか。
俺自身が効率厨であり、実力も伴わず与えられたスキルを自慢して回る大馬鹿者だ。『聖神の信条』というチートスキルがたまたま手に入ったからといって、中身は大したこともないのに視聴者に対して嘯いていたよ。聖神の信条の恩恵をふんだんに受けてスキルを強化しただけで、スキルを無くした素の実力は成長していない頭でっかちな探索者になっていたよ。スキルを強化することが目的になっていて、自身を高めて強くすることを怠っていたよ。
ああ、認めよう。俺は驕っていた。驕り散らかしていたよ。
それでも、恥の上塗りなのは承知の上で、実力以上の力だと理解した上で、スキルの強化を求めよう。
狂鬼の様に研鑽した結果の実力は鈴鹿には無い。スキルによって補正されただけの張りぼての空虚な強さ。だからこそ、これだけ強化を重ねて、気配遮断も機能していて、体術のスキルレベルが9もあるのに狂鬼に追い込まれているのだ。
『もう手はないかッ!? 打つ手は無しかッ!!?? ならばこのまま壊してやろう鈴鹿ぁああああああ!!!』
狂鬼の神気が膨れ上がる。ここにきて、更に狂鬼は先に進む。確固たる実力に裏打ちされた狂鬼の歩みは、スキルに頼る鈴鹿では止められない。
それでも、鈴鹿はスキルの強化を求める。
実力不足を認めよう。スキルに頼る張りぼての強さであると認めよう。
だが、張りぼてだろうが強さは強さだ。今すぐ狂鬼を超える技量を身に着けるのは不可能だ。ならば即席の強さだろうがスキルの強化を鈴鹿は求める。
勝てば官軍、負ければ賊軍。どんなに泥臭くとも、中身が伴っていなくとも、勝てばいいのだ。反省はその後しこたますればいい。
だからこそ、スキルよ。体術のスキルよ。俺はお前に頼り切っている。依存していると言ってもいい。
俺を通して魅せてくれよ。スキルの強さを。
俺を通して体感させてくれよ。スキルの恩恵を。
俺を通して思い知らせてくれよ。スキルの可能性を。
さぁ、行こう。目の前の狂鬼は強い。スキルレベルが9もあるというのに、翻弄されるくらい狂鬼は技術もある。覆そう。スキルによって狂鬼が積み重ねたものを一足飛びに。いずれスキルに恥じぬ実力を兼ね備える。だから今は頼らせてくれ。
「……お前は強いなぁ、狂鬼」
『どうした鈴鹿ッ!? それが遺言かッ!!』
「認めるよ。お前は俺より強い」
『当然だ!! 我は狩る側!! 狂天童子であるぞッ!!』
「けど、勝つのは俺だ」
狂鬼の鋭い攻撃を、見切りで避けるのではなく側面を殴りつけて弾いて防ぐ。
『ヌゥッ!?』
「感謝するよ狂鬼。お前のおかげで自分の弱さに気づけたよ」
鈴鹿が弱さを認めたことで、スキルが重い腰を上げてその思いに応える。
慢心するな。
自惚れるな。
驕り高ぶるな。
お前は弱い。弱いからこそスキルが必要で、弱いからこそスキルの補正がなければ戦えぬのだ。
それを決して忘れるな。
仮初の力であることを、努努忘れるでないぞ。
そうスキルに言われた気がした。
『さすがだぞ鈴鹿ッ!! ここまで迫りくるかッ!!』
「ああ、待たせたな狂鬼」
『見事だッ!! さぁ戦おう鈴鹿ッ!! 燃え尽きるまで!! どちらかが塵芥と成り果てるまで戦おうじゃないかッ!!!』
狂鬼のテンションが上がってゆき、それと同じく狂鬼の力も増してゆく。
その様子を、鈴鹿は一歩引いて眺めていた。
ああ、こんな景色を狂鬼は見ていたのか。それはさぞ楽しいだろう。それと同時に、さぞ虚しかったことだろう。こんな景色を共有できる者などそういない。満足できるような戦いなど数えるほどもなかったことだろう。それでは飽いてしまうのも無理もない。
狂鬼が鈴鹿を追い詰めるために緻密に構築している攻撃を、時には見切りで避け、時には狂鬼の策を破壊するように拳で防ぐ。
狂鬼の滅却の拳は直撃すれば危険だが、側面を弾く分には危険は伴わない。
鈴鹿は的確に狂鬼の攻撃の芽を潰し、逆に鈴鹿が決定打を入れられるよう、攻撃を構築してゆく。
『フハハハハハッ!! 愉快!! 愉快だぞ鈴鹿ッ!! 我を追い詰めるか!?』
「ああ、もう終わりだ」
『戯けがッ!! 言うたであろう!! まだ我は塵芥とはなっておらぬぞッ!!』
狂鬼の攻撃に鋭さが増すが、鈴鹿は変わらず捌いてゆく。
体術スキル、レベル10。それが鈴鹿に見せる光景は、今までとは全く別物の光景であった。
狂鬼の攻撃の意図が正確に読み取れる。狂鬼に決定打を与えるにはどうすればよいのかまで手に取るようにわかる。身体の隅々まで、筋繊維一本一本、細胞の一つ一つまで明確に感じ取ることができる。全ての攻撃が線として繋がり、全ての動きに意味が含まれている。
狂鬼の圧倒的な戦闘センスと蓄積された技術の粋が、スキルレベル10へと至った体術のスキルによって同等の物が鈴鹿に与えられる。
常軌を逸した強化のせいで、脳は焼ききれ血は沸騰し、眼球は動きについてゆけず筋繊維が千切れ血が流れ、眼からも鼻からも耳からも血を流し続ける鈴鹿は、ここにきてひどく冷静になっていた。脳への過剰な強化で乱高下していたテンションも、凪の様に落ち着いている。
鈴鹿は嫉妬していた。スキルレベル10へと至った体術によって、狂鬼が見ている世界を垣間見たことで、鈴鹿は嫉妬していた。
なんと高みにいるのだろうかと。鈴鹿の様に降って湧いたようにスキルによって得られた恩恵ではなく、自分自身の手で掴み取り積み上げた天然物の狂鬼の力に、鈴鹿は激しく嫉妬した。
今までならば馬鹿みたいにスキルが上がったことを純粋に喜び、俺は強いんだと素直に受け入れられただろう。だが、正真正銘の逸脱した才能と、それにかまけることなく積み重ねた狂鬼の修練が結実した強さを目の当たりにした今では、素直に喜べない。
強くなったというのに、自身の弱さが浮き彫りとなる。眩いばかりの狂鬼の強さに、ただただ嫉妬する。
奪え。
その時、奥底から声がした。鈴鹿の思いに応える様に、声がした。
狂鬼の様に圧倒的な力が欲しい。狂鬼が見ているこの世界を、自分自身の実力だと胸を張って見てみたい。この領域に、自分の力で辿り着きたい。
だが、それが無理なことは鈴鹿自身理解していた。鈴鹿が強いのはステータスによる能力の向上と、スキルによる補正があるからこそだ。少し緩い脳みそをしているからたまたまステータスやスキルが盛れているだけで、中身はただの凡人。戦闘のセンスなんて人並みあればいい方だ。いや、引き際を見誤りFXで全財産溶かしたのだからそれすら怪しいだろう。
鈴鹿は狂鬼の領域へは辿り着けない。隔絶した才能の差が、両者の間にはある。鈴鹿が狂鬼と肩を並べるためには、スキルによる恩恵を受けなければ決して並ぶことはできない。
体術のスキルの恩恵を受け、鈴鹿は狂鬼を追い詰める。狂気的な身体強化によってステータスの差は埋まり、体術のスキルによって技量の差が同等になったのならば、気配遮断が効果を発揮する分鈴鹿の方が優勢になるのは自明の理。狂鬼の滅却の拳も、見切りによって回避されてしまえば意味が無い。
鈴鹿は狂鬼を確実に追い詰めながらも、悔しさで憤死しそうであった。
惜しい。口惜しい。なんと残酷なことか。これほどの強敵を鈴鹿にあてがいながら、鈴鹿では決して届かぬ頂を夢見させる。
嗚呼、力が欲しい。狂鬼の様な力が欲しい。万物を平伏させる絶対的な力が欲しい。
奪え。
鈴鹿の希う思いに応える様に、身体の奥底から声がする。
奪え。
そうだ。持ち合わせていないモノを嘆いていたって始まらない。
奪え。
無いならば有る者から奪えば良いではないか。
奪え。
ちょうど目の前に極上の獲物がいるのだ。ならば、全てを奪いつくし自身の血肉に変えればよいだけだッ!!
奪えッ!!!
身体から湧き上がる衝動に鈴鹿の意思を乗せ、狂鬼の全てを奪うために全神経を注ぐ。倒すから奪うにシフトチェンジした鈴鹿の動きは、明確で強烈な目的意識によって恐ろしいほどに狂鬼の動きを制限し追い詰めてゆく。
『動きが変わったな鈴鹿ッ!! 終わらせるつもりかッ!? 我はこの程度ではまだまだ死なぬぞッ!!』
「寄こせ」
狂鬼が鈴鹿に抗うように攻撃を仕掛けるが、その全てを鈴鹿は無効化する。
抗いはさせない。
防がせもしない。
確実に狂鬼から力を奪う。
鈴鹿の攻撃が狂鬼を追い詰める。狂鬼の滅却の拳を鈴鹿の極夜の毒手が弾き、狂鬼の動きを見えざる手と絶界が阻害する。今までの狂鬼の動きを阻害するだけだったそれらが、体術のスキルに引っ張られるように的確に狂鬼を追い込むために機能する。
狂鬼も鈴鹿の包囲を喰い破ろうとするが、気配遮断により実体を捉え切れていない狂鬼ではどうしても鈴鹿の後手に回る。第三の眼により鈴鹿を壊すために殴る場所はわかるが、そこから鈴鹿の輪郭を生み出すには一拍の遅れが生じるのだ。
あと、三手。
狂鬼の攻撃を避け、気配遮断による虚実入り混じる攻撃で狂鬼の脇腹を殴打する。
あと、二手。
鈴鹿が攻撃した直後に、狂鬼が殴られることを無視して放つカウンターを鈴鹿は極夜の毒手によって側面を弾いて躱し、一歩距離を詰める。
最後。
片手を鈴鹿によって弾かれた狂鬼は、残る右手で苦し紛れに攻撃する。苦し紛れだろうとも、滅却の力が込められた拳は鈴鹿に無視できないダメージを与えるだろう。だが、そんな攻撃も鈴鹿が見切りのスキルで避けて終わる。その後は、がら空きとなった胴体に止めを刺すだけであった。
『言うたであろう!! 我はこの程度では死なぬぞッ!!』
狂鬼の軌道が見切りのスキルを凌駕する。狂鬼の拳の軌道が見切りによってもたらされた軌跡から内側にずれ込んだ。素の実力が高ければ対応できたかもしれないが、スキルに身を委ねる鈴鹿では狂鬼の攻撃を避けきれない。
結果、滅却の力が込められた拳が鈴鹿の左肩に直撃し、毟られるように左の肩周りごと持っていかれる。
滅却の力は鈴鹿の左腕を千切るだけに留まらず、鈴鹿の命に差し迫る。狂鬼の滅却の権能と、鈴鹿の不死の権能がせめぎ合う。左肩を起点に、鈴鹿を崩壊せんと滅却の力が広まろうとしていた。
しかし、鈴鹿はそんなことを気にしない。見向きもしないし意識もしない。鈴鹿にあるのはただ一点。狂鬼の力を奪うことのみ。死ぬこと以外は全てかすり傷とでも言う様に、朽ちつつある半身を無視して鈴鹿は狂鬼の心臓に向かって抜き手を放つ。
『ぬぅううう!? 止まらぬかッ!! だが貴様に我が心臓が取れるものかッッ!!!』
狂鬼の肌が硬質化する。恐ろしいほどの密度を備えた筋肉に神気すら纏う魔力が充填されれば、例え刃物だろうと薄皮一枚傷つけることは不可能だろう。殴打であれば多少のダメージも通るかもしれない。だが鈴鹿の攻撃は抜き手。狂鬼の心の臓を抜き取るための攻撃。
この状態の狂鬼から、はたして抜き手を突き入れることはできるのか。弾かれるか拮抗すれば、狂鬼によるカウンターを喰らうことになるだろう。それはすなわち死を意味する。
『硬い相手なら、相手を腐食させるってのも手だよ』
ああ、そうだよな。俺は弱いんだから、使えるもん全て使わねぇとな。
鈴鹿の脳裏に猫屋敷の言葉が蘇る。毒魔法レベル9による相手を脆くするための腐食させる猛毒。そこに聖魔法による弱体化のデバフが乗せられる。狂鬼のすべてを弱らせることは無理であろう。だが、たった一点、攻撃の瞬間、それだけであれば高レベルのスキルたちが猛威を奮う。
「その力ぁぁああ!! 寄こせ狂鬼ィィイイイ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!!!!」
放たれた抜き手が狂鬼の体内へとめり込んでゆく。そして、鈴鹿の手のひらが狂鬼の力の根源を掴み取った。激しく抵抗するようにのたうつそれを、鈴鹿は無理やり押さえつける。凄まじい力の本流が荒れ狂い、掴む鈴鹿の腕を破壊する。それでも鈴鹿は離さない。狂鬼に感じた憧憬をこの手で掴み取るために。
鈴鹿は弱い。結局スキルがなければ平々凡々のモブキャラAだ。ダンジョンがなければ普通に進学し、周りに合わせる様に就職し、社会に揉まれながらも『こんな人生も悪くないか』と自分を納得させて生きるだけのどこにでもいる凡人だ。
だが、この世界にはダンジョンがある。ステータスという概念があり、スキルという超次元的能力まであるのだ。ならばそれを十全に使おう。凡人でつまらぬ鈴鹿が、特別な何かに成れる道があるのであれば、それに縋り付いて何が悪い。スキルに頼り、スキルで強くなって何が悪い。力に焦がれて何が悪いというのだッ!!
「うぉォォオオオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!!!!」
鈴鹿の雄叫びが響き渡る。
どんなにカッコ悪くとも、泥に塗れ血に染まる醜い姿であろうとも、この手だけは離さない。意地もプライドもかなぐり捨て、眩い世界に住む狂鬼と肩を並べるために、鈴鹿は決して手を離さない。
『離さぬかァアアアア!!!』
狂鬼が鈴鹿の顔面を殴打する。
凄まじい衝撃音と共に、鈴鹿は狂鬼から強制的に離された。吹き飛ばされ、地面をバウンドする鈴鹿。
先ほどは無理やりな体勢での攻撃であったが、鈴鹿は左肩から先を持っていかれた。それが顔面に直撃したとなれば、どうなるか。
顔面の崩壊。誰もが予見するそれは、誰もが予見しない結果となった。
起き上がる鈴鹿。顔面は血に染まり、殴られただろう箇所は陥没しているが、それでも原形は留め徐々に回復すらしていた。
『ぬうぅゔゔゔゔ!!!』
起き上がる鈴鹿とは対照に、狂鬼は膝をつく。ぽっかり空いた狂鬼の胸から、止めどなく狂鬼の生命が零れ落ちていた。
生命の放出は止まらない。漏れ出た狂鬼の源は、元ある場所に戻ろうと鈴鹿の手のひらに吸い込まれてゆく。
『我の力を奪うというのかッ!!』
「ああ、大事に使わせてもらうよ、狂鬼」
鈴鹿の手に握られているのは狂鬼の心の臓。狂鬼を構成する力の根源が、鈴鹿の手に握られている。狂鬼を破壊の権化たらしめる滅却の力は、狂鬼から奪われ鈴鹿の手中に収められていた。
狂鬼から抜け落ちる生命エネルギーが、鈴鹿の手に集まりだす。
『ふッ、ハッハッ、フハハハハハハハハッ!!! 見事だ! 見事だぞ鈴鹿ッ!! 我を倒し、我を喰らうというのだな!!!』
「そうだ。お前の力は余すことなく俺が受け継ぐ」
狂鬼から抜け落ちる生命エネルギーが加速し、狂鬼の命が削られる。その奔流はもはや止めることはできず、勢いは増すばかりであった。
『そうか……。鈴鹿よ。我を喰らいし者よ! 貴様と戦えてよかった。感謝する』
「こちらこそだ。あんたに恥じないよう、この力に見合う器になって見せるよ」
狂鬼の複数の声が同時に重なり合ったような不可思議な声が、鈴鹿の返答に満足げに応えを返す。
『嗚呼、穴蔵よ! 我は満たされたッ!! 大儀であるッッッ!!!』
最後に狂鬼はそう叫ぶと、辺り一帯を埋め尽くすほどの巨大な煙へと、その姿を変えるのであった。




