14話 初日の成果
レベルが自分たちよりも高い土瓶亀を倒した鈴鹿たちは、本日の探索を終了することにした。
「ゲートってあっちの方だよな?」
「あってるよ。これも気をつけろよ。マップのスキル覚えるために、常に自分の位置がわかるようにしておけよ」
「マップのスキル?」
なんでも、ヤスが言うにはマップというスキルがあるそうだ。そのスキルを覚えられれば、ダンジョンの入り口がどこの方角にあるのか、自分が今どの地区にいるのかわかるようになるらしい。そして、このスキルを覚えられるのは1層探索までなんだとか。
覚える方法はほぼ確立しており、ダンジョン探索中の自分の位置を常に把握することと言われている。方向感覚が絶望的な者は厳しいが、努力すれば覚えられるスキルだ。
だが、パーティで活動しているとどうしても得意な者がナビ役となってしまう。そうなると覚えられるのは一人か二人で、パーティ全員が覚えられることは滅多にないらしい。
パーティメンバーにマップが使える者がいればよいが、有用なスキルのため覚えておくに越したことはないだろう。
「ありがとうヤスペディア君」
「ヤスペディアは皆さまの寄付によって成り立っております。ご協力お願いします」
ヤスペディアに後でジュースを奢ることを約束し、二人は出口に向かって進んでいった。
◇
「探索お疲れー!」
「イェーイ!」
鈴鹿とヤスは公園のベンチで祝杯をあげていた。当然お酒ではなく、二人が飲んでいるのは紙パックに入ったミルクティーだ。ヤスが手に取っているのを見て、鈴鹿も久しぶりに飲みたくなり同じものにした。
美味いなこれ。学生の頃は良く飲んでたけど、紙パックが不便で飲まなくなったんだよなぁ。
「いやー、それにしてもいいのか? から〇げ君まで買ってもらって」
ヤスにはいろいろダンジョンについて教えてもらったお礼に、ジュースとホットスナックを奢ったのだ。特にマップのスキルは序盤でしか覚えられないということもあり、手遅れになる前に教えてもらえて助かった。
「全然いいよ。魔石分ってことで」
今日はレベルが上がっていたこととヤスと二人ということもあって、酩酊羊を22匹も倒すことができた。おかげで、二人合わせて酩酊羊の毛が3個、酩酊羊のマトン肉が2個、極小魔石が1個ドロップした。茶釜狸と土瓶亀からはアイテムがドロップしなかったが、倒した数も少ないしドロップがないのもしょうがない。
酩酊羊の毛は単価2,000円なので売価6,000円。極小魔石は500円だ。前回食べたマトン肉がめちゃくちゃおいしかったので、マトン肉はお土産ということで売らずに俺とヤスで1個ずつ持って帰ることにした。
二人で一日中探索した成果が6,500円。極小魔石は鈴鹿の収納に入っていたので鈴鹿の取り分ということになったため、今回の成果は3,500円だ。やはり1層1区の様な誰でも探索できるエリアでの報酬は少ないな。
「3,000円も稼げるとは思わなかったよ。臨時収入だぜ!」
「喜ぶのはいいけど、シャベル壊れるかもしれないし無駄遣いするなよ」
ヤスがもってきたシャベルは立派なものだったためか、形も歪まずまだまだ使い続けられそうだ。一方鈴鹿の金属バットはぼこぼこで、そのうち買い替える必要があるだろう。
「そういや明日も行くのか?」
「行くつもり。ヤスも来るか?」
「もちろん! 金も稼げるしな!」
今回は茶釜狸がいたら戦闘を避けていた。そのため、スルーしたモンスターも多い。しかし、茶釜狸も土瓶亀も戦えることが分かったので、明日の探索ではより多くのモンスターを討伐できるだろう。
「そういや、鈴鹿ってドローンどうすんの?」
「ドローン?」
急にドローンの話をされても困る。鈴鹿が首をかしげると、ヤスが察して教えてくれた。
「ダンジョンの中って何が起きてるかわかりにくいだろ? 実際トラブルも多いってニュースでもよくやってるし」
「それは聞いたな。探索者同士は助け合いではなく関わらないこと! とかよく書いてあるし」
昔は探索者同士助け合っていたそうだが、近年では探索者同士の小競り合いや犯罪なども増えておりお互い不可侵というのが今の探索者の在り方だ。
実際ダンジョン内で人を殺しても、それがモンスターによるものか人によるものか判断できず、死体も放置すればダンジョンの自浄作用によって消えてしまうらしい。警察も基本探索者には関わりたがらず、特にダンジョン内での出来事は無視されるのがほとんどだと言われている。
「だから、何かあった時用に探索者って常にドローン飛ばしてるんだよ。記録のために」
「はぁー、なるほど。ドラレコみたいなもんか」
「ドラレコ?」
「あ、そっか。こっちの話。気にすんな」
ドラレコって2009年だとまだ普及していなかったっけ。危ない危ない。
というか、ドローンこそ出てきたのはもっと後だったはずだけどな。需要と供給といったところだろうか。ドラレコも煽り運転が話題になって普及が爆発的に広まったしな。需要が多ければその分予算取って開発できるし、この世界ではダンジョンのおかげで早めにドローンが作られたんだな。
「ダンチューブもドローンで撮影した映像の生配信とかだし」
「あ~、そっか。戦いの様子とかドローンで撮ってるのか」
「そそ。配信はしなくても何かあった時の証拠にもなるし、後で見返して戦闘の振り返りとかできるし、探索者にとっての必須アイテムだぜ。ま、その分高いからすぐには買えないだろうけど」
ドローンか。一度手乗りサイズの小さいドローンを買ったことがあったが、あれは面白かった。
ドラレコと同じ役割なら買って損はないだろう。ドラレコは煽り運転防止にも繋がるしな。ドローンがあるのが当たり前なら、逆にいえばドローンが無い探索者は犯罪者からすれば格好の的になるわけだし、早めに買った方がいいかもな。
「なぁ、鈴鹿。当面の目標として、レベル10目指さないか?」
ヤスが真剣な顔でそう言った。探索者として頑張ろうとは思っているが、明確な目標など持っていなかった。当面の目標としてレベル10は妥当な目標だし、賛成だ。だが、それだけでは足りない。
「おいおいヤスさんよ。そこは親分狐の討伐じゃないんかい」
思ったよりも低い目標だったために、思わず突っ込んでしまう。
1層1区に出現するモンスターは全部で5種類いる。酩酊羊、茶釜狸、土瓶亀は今日倒すことができた。残りは舎弟狐と親分狐の2種類。
舎弟狐はレベル8~10と、1層1区では上位の存在だ。そして親分狐はレベル12。1層1区のエリアボスという存在だ。エリアボスは各区に存在し、1区なら1匹、2区なら2匹、最外層の5区では5匹のエリアボスがいる。文字通り、そのエリアに存在するボスだ。
「はぁ!? まじで言ってんのかよお前」
「当り前だろ? せっかくダンジョン探索してるんだぜ? エリアボスなんて存在いるなら倒しておきたいだろ」
別にエリアボスを倒さなければ先に行けない訳ではないのだが、ボスがいるのなら倒すのが探索者というものだろう。
「はぁ。これだから金属バット片手に一人でダンジョンに突っ込む馬鹿は」
「なんだよ。まじで親分狐スルーするつもりかよ」
やれやれと肩をすくめるヤスに、思わず苦言を呈す。
「……お前まじで親分狐倒すつもり? エリアボスだぞ?」
「当然だろ。お前が行かないなら一人で行くぞ」
ダンジョン探索を頑張ろうと決めたばかりなのだ。1層1区という初っ端も初っ端なエリアのボスを避けて通るなんて考えられない。鈴鹿はエリアごとに設定されているミッションは、全てクリアしてから次に進みたいタイプなのだ。
再度ヤスは真剣な顔で鈴鹿を見てくるが、鈴鹿も譲るつもりはない。無理強いするつもりはないが、来ないなら一人で行くつもりだ。数秒間視線が交差する。先に折れたのはヤスであった。
「わかった! わかったわかったよ! いいよ。俺も行くよ」
「無理しなくてもいいぞ。危ないし」
「お前より危ないことくらいわかっとるわ! ほっといたら一人で突っ込んでお前が死にそうだから一緒に行ってやるって言ってんの!」
「なんだなんだ? ツンデレか?w」
「お前ぶっ飛ばすぞまじで」
口調の悪いヤスだが、覚悟は決めたようだ。ヤスは昔から約束を違えるような男ではない。やると言ったからには、一緒に来てくれるだろう。
「もうこうなったら親分狐倒して1層1区完全攻略しようぜ!」
「おお! いいな、それ! なんか燃えてきたわ!」
目標ができるとやる気も出てくるものだ。いずれ倒そうとは思っていたが、ヤスと二人で攻略するとなると燃えてくる。
「なら明日はレベル上げだな! 舎弟狐は武器を使うし、常に複数で行動してるから明日は戦わないようにしよう」
「オーケー。レベル上がっても明日は舎弟狐に挑まないようにしような」
レベルが上がってステータスが上昇すると、余裕が生まれてしまう。余裕があるのはいいことだが、余裕は油断を生み、慢心する。今はヤスもいるのだから安全策は必須だ。
「うし! やることも決まったし帰るか」
「いやー、みんな俺の顔見てなんて言うかなぁ」
「ヤスせっかくのいい顔がにやけてると台無しだぞ」
ヤスもステータスの恩恵を受け、見た目が変化していた。元々目が細かったのはそのままに、顔が引き締まり思春期特有の肌荒れもなくなっている。細目のイケメンが爆誕していた。こいつは身長も大きいため、きっとクラスをざわつかせる存在になるだろう。
「いやー、学校行くの楽しみだなぁ」
「その顔なら彼女作れるんじゃね」
「お前もな! ……いや、お前の場合男か?」
不穏なことをヤスが言う。
そうなのだ。今回鈴鹿もレベルが上がった。その恩恵を受けてさらに顔に変化が表れた。その結果、イケメンはイケメンなのだがベクトルが違うというかなんというか。端的にいえばどんどん中性的な顔立ちになりつつあった。線の細さといい、色白な肌といい、女と言えば女で通るような顔立ちになっていた。
「笑えない冗談言うなよ……頼むから」
「俺はそういう生き方も否定しないぞ、うん」
多様性という言葉が多用される時代ではないというのに、ヤスは寛容的だった。
「はぁ……。もう少し筋肉でも付かないかなぁ」
金属バットでモンスター殴り殺しているとは思えないほど細い腕を、恨めし気に見る鈴鹿であった。




