16話 狂天童子2
狂鬼の攻撃は、鈴鹿の不死の権能すら喰い破りかねない凶悪な攻撃であることが分かった。
今まで散々不死の力に助けられここまで成長してきた鈴鹿にとって、久方ぶりとなる心臓を握られたような命がけの戦い。その緊張を全身で楽しむように、鈴鹿は四つの見えざる手を使い、狂鬼を攻めたてる。
『この程度では足りぬぞ、小僧』
四つの腕で360度攻撃を繰り出しているというのに、狂鬼はその悉くを防いでゆく。しかし、鈴鹿も見えざる手だけで狂鬼を倒せるとは思っていない。壊された両腕が治るまでの間、見えざる手で時間を稼ぐ。
それをわかっている狂鬼は、そうはさせまいと見えざる手を弾きながらも鈴鹿へと迫りゆく。見えざる手の強みは、縦横無尽に繰り出せる点だ。鈴鹿から追加で四本の腕が生えていれば、攻撃を繰り出すのは鈴鹿を起点にせざるを得ない。一方で、見えざる手は空中に出現し好きなように攻撃を加えることができる。
このわずかな違いが狂鬼の対応を手間取らせ、既所で鈴鹿本体へ迫りくる拳を防いでゆく。その間、鈴鹿は聖魔法による回復魔法も併用し、両腕の修復へ多くのリソースを割く。
見えざる手の操作と両腕の修復。狂鬼という怪物の攻撃を防ぎながら行うその作業は困難を極め、常に首元に刀が置かれているような状況だ。鈴鹿の前髪を掠るほどの近さを通過する拳。少しでも掠れば、一気に雪崩れ込むように拳を撃ち込まれ、不死の能力があろうとも粉微塵に滅却されることだろう。
そんな薄氷を踏むような状況が、思考加速を一段階押し上げることに成功する。
『どうした小僧ッ!? もう後がないぞ!!』
縦横無尽の見えざる手に慣れた狂鬼が、一手ごとに鈴鹿を的確に追い詰めてゆく。背後に迫る見えざる手を見もせずに裏拳で弾くと、狂鬼の拳がその反動を利用するように鈴鹿の顔面へと繰り出される。
「絶界」
しかし、その攻撃が鈴鹿を捉えることは無かった。
狂鬼すら破壊できぬ絶対の防御が展開され、狂鬼の拳を既に防ぐ。
「次は俺の番だ狂鬼ッ!!!」
思考加速の向上により急速に修復された腕が強く強く握り締められる。見えざる手同様、凄まじい強化が施された拳は全ての魔力光を閉じ込めるかのような極夜の毒手。更に更に強化するために、金剛も重ね掛けして硬度を追加し、怪力によって力を増幅させる。
まだ多少痛むが、骨は繋がった。ならば殴れる。殴れるなら鈴鹿の手数は更に増える。見えざる手と組み合わせれば、きっとこの怪物にだって拳は届くはず。いや届かせる。
『はっはっは!! もう治したか!!』
歓喜する狂鬼。鈴鹿の万全な状態をまるで祝福するかのように、狂鬼は鈴鹿へ攻撃を繰り出してゆく。
だが、それが通用するような鈴鹿ではない。
先ほどまでは両腕の回復に思考加速のリソースを割かれていた。しかし、今は全てのリソースを攻撃へつぎ込むことができる。
迫る狂鬼の拳を極夜の毒手で跳ね除け、縦横無尽に見えざる手を繰り出してゆく。狂鬼に攻撃の糸口を掴ませず、逆に鈴鹿が攻め立てる。
狂鬼の一撃が自身の命に届くと知っていて、それでもなお鈴鹿は前へ前へ踏み出し続ける。
鈴鹿に加え四本の見えざる手が互いに相乗効果を生み、全てが布石であり、全てが本命である連撃へと昇華させる。
『猪口才なッ!!』
狂鬼が鬱陶し気に鈴鹿へ下段を狙った蹴りを打ち込んでくる。一拍の猶予を得るための狂鬼の攻撃。足を刈り取るような鋭い蹴りに対し、鈴鹿は狂鬼の狙い通り後ろへ跳び回避を選択した。
しかし、鈴鹿はそこで終わらない。見えざる手を背後に出現させるとそれを足場にし、即座に反転して狂鬼へと殴りかかってみせた。
予想外の軌道。さすがというべきか、体勢が整っていない狂鬼であるが、反応してみせた。蹴りをした直後の体勢から裏拳を繰り出す。が、その拳が振られることは無かった。
振るおうとした裏拳は、動き出す直前で見えざる手によって防がれる。結果、狂鬼は鈴鹿に無防備な姿を晒すこととなった。
絶対に一撃で殺す。その信念を込めた拳が狂鬼の顔面へとめり込み、巨大な屋敷を倒壊させる勢いで狂鬼を屋敷へ叩きこんだ。
確かな手ごたえ。だが、命に届いた一手ではない。
そう理解した鈴鹿は、さらに次の段階へ自らを押し上げる。
身に纏う聖光衣。その改良を決断する。
鈴鹿の魔力はまだある。しかし、先ほどの一撃で殺しきれないのであれば、狂鬼はさらにギアを上げて有効打を与えにくくなるだろう。そうなれば、戦闘が長引く。長引けば、不利になるのは鈴鹿の方である。
先ほども絶界を乱発したことで、魔力がゴリゴリ削られてしまった。今も聖光衣をはじめ多くの魔力を消費して強化を施している。有限な魔力を最大限効率よく運用しなければ、すぐにガス欠を迎え鈴鹿の死が確定する。
滅却の権能を持つ狂鬼相手に、魔力が回復するまで殴らせるなんて悠長なことはできない。そうなれば待っているのは確実な死だ。だからこそ、魔力消費の大きい聖魔法に手を加える。
聖光衣でのバフは魔力操作が難しく、今まではロスが多かった。それもこれまで行っていた全力の状態での練習によって大分改善されたが、それでもまだ魔力の消費は多い。
この聖光衣、聖神ルノアが使用していたのは味方へ付与するばかりであった。自分自身は攻撃を行わないため絶界で防御を固め、攻撃を担う味方に聖光衣を付与するのだ。
だが、鈴鹿の場合は自分に聖光衣を付与している。他人相手であれば困難な魔力操作であっても、自分自身への付与であれば魔力を繊細に操作することもできる。であれば、無駄な損失を抑えることだってできるはずだ。
例えば、同じ強化スキルである身体強化は、体内で魔力を循環させて爆発的な力を得ることができるスキルである。体内で完結しているため魔力の損耗も少なく、非常に魔力効率の良いスキルだ。同じ強化という能力ならば、聖光衣も同じようにできるのではと思い至った。いや、できなければ詰むのだ。ならばやるしかない。
身体強化は体内からの強化、一方聖光衣はパワードスーツの様な体外からの強化。その違いはあるものの、得られる効果は同じ身体能力の強化。この二つには通ずるものがあり、身体強化レベル10によるスキルへの理解度の深さと、聖神の信条によって受け継いだ聖神ルノアの知識が、かの超越者が編みだした魔法を自分の物へと造り替えた。
より深く、体内で作用するように、鈴鹿は聖光衣を練り上げる。複雑怪奇な聖魔法の幾重にもなるバフの重ね掛けが、お前にはまだ早いと魔力の制御を狂わせる。ならば鈴鹿の実力が適正になればいいだけであった。
魔力操作レベル9という凄まじい高さのスキルが、鈴鹿によって強制的に上へと押し上げられる。ここで出来ないのであれば、目の前の狂鬼に殺されるだけ。鈴鹿は命というリスクを手に入れたことで、そのリスクの搾りかすまで活用するべくスキルを成長させてゆく。
その結果、魔力操作がレベル10の頂へと至る。
レベル10へと至った魔力操作が鈴鹿に魔力の真髄を叩き込み、卓越した魔力への知識がロスとして鈴鹿から消費されてゆく魔力を限りなくゼロへと変えてゆく。ここに来て、鈴鹿は聖光衣を完全に自身のものへと作り変えることに成功する。それは魔力消費を抑えるだけでなく、鈴鹿に適した形へと変えられていた。
もともと超越的な力を授ける聖光衣。それが自分専用にカスタマイズされたことで、聖神ルノアですら成しえなかった力を鈴鹿へともたらす。聖光鬼。鈴鹿専用となった聖なる加護が、鈴鹿に天井知らずの力を与える。
『良い攻撃だ。策をめぐらした素晴らしいものだったぞ、小僧』
倒壊しかかる屋敷の中、土埃が舞う奥から狂鬼の声がする。だが、狂鬼は知ることとなるだろう。自分がこれから戦う相手は、先ほど殴りつけた男ではない。超越者の魔法を自分のモノへと昇華させた、一人の修羅だということを。
『ぬっ』
狂鬼が動き出すよりも早く、鈴鹿が攻め立てる。先ほどよりも迅く、柔軟に、予測不能な軌道を描きながら、狂鬼へと襲い掛かってゆく。
「アハッハッハアッハッハアアア!! どうした狂鬼ッ!!! この程度な訳ないよなぁ!? 策巡らせねぇとぉおお!! これで終わっちまうぞクソ鬼がぁあああああ!!!」
『良い! 実に良いぞ小僧ッ!!』
加速した鈴鹿が見えざる手を足場に三次元的に駆け回る。見えざる手が狂鬼を殴り、動きを阻害し、鈴鹿の動きをアシストする。
更に絶界が狂鬼の攻撃を封じてゆく。攻撃を防ぐだけでなく、狂鬼が動こうとした先で絶界を展開し動きを阻害し、狂鬼に身動きを取らせない。
鈴鹿の笑い声と狂鬼の笑い声が響き合う。一方的な状況だというのに、狂鬼は追い詰められた状況を楽しんでおり、鈴鹿は次に狂鬼が何をするのか楽しみで自然と笑みが浮かび上がる。
鈴鹿が狂鬼を嬲る。その一方的な状況も、次なる狂鬼の一手で形勢は振出しへと戻った。
『貴様は強い。素晴らしいほどにな。なればこそ、この破壊の鬼、狂鬼が貴様に応えぬ訳にはいかぬだろう。我に本気を出させたのだ。すぐに死んではつまらぬぞッ!!!』
空気が一変した。
辺り一帯に呼吸すら満足に出来ぬほどの重圧が降りかかる。狂鬼が纏う気配が、別次元の領域へと飛躍する。
『開眼せよ、滅却の魔眼』
狂鬼の額にある第三の目。それが今、封印から解放されようとしていた。
まずい。これは洒落にならない。狂鬼が動き出すよりも前に殺しきれッ!!
鈴鹿が狂鬼に攻撃を打ち込むが、狂鬼の命を刈り取るよりも先にタイムリミットが訪れてしまった。
狂鬼の動きの洗練さが数段上がる。見えざる手や絶界によって優位に立ちまわっていた鈴鹿と狂鬼が拮抗する。圧倒的に手数で上回っているはずの鈴鹿が、狂鬼の動きに翻弄されてしまう。
「絶界!!」
打ち込まれる拳に絶界で対処する。しかし、強烈な悪寒が鈴鹿を襲い、即座に見えざる手を目の前に展開した。
パリンッッ――――――
ガラスが砕けたような音と共に、絶界が狂鬼の拳によって破壊される。その拳は止まることは無く、見えざる手を次々に破壊していった。
「なんっだよ、それ」
息を上げながら、鈴鹿はなんとか後退することに成功した。見えざる手を展開できていなければ、粉砕されていたのは鈴鹿の頭であっただろう。『聖神の信条』による不死の能力がある鈴鹿であっても、今の狂鬼の攻撃をまともに喰らえば死に至ると確信できる。
『まさか我の手でこの封印を解くとは思いもせんかった。小僧、貴様は何者だ? 名を名乗れ』
「なんだクソ鬼。相手に名前を聞くときはまず自分から名乗れって習わなかったのか? 育ちが出てるぞ」
『はっはっは。愉快な奴よ。我に育ちを問うか』
狂鬼の額の第三の目が開かれていた。封印の影響か瞳から血が流れているが、何も影響は無さそうだ。血に濡れたような真紅の瞳が、鈴鹿を捉えている。鈴鹿の全てを暴き出すような、見透かされた気分にさせられた。
『よかろう。今は気分が良いからな。我が名は狂天童子。貴様が初めから呼んでおるように、狂鬼である』
「随分礼儀正しいじゃねぇか。俺は鈴鹿。覚えとけ。お前を喰らう者の名だ」
『ハッハッハッハッハッハッ!! そうかそうか、それは実に興味深いことだ。ぜひ、叶えてみてほしいとこであるな』
「その尊大な態度。お前が路傍の石ころだってことを教えてやるよ」
口では大言壮語を吐くが、あの眼のやばさが異常であることを鈴鹿は認識していた。鈴鹿では推し量ることはできないが、おそらく狂鬼の力の源があの瞳である。
それを封印していた狂鬼。その行為に鈴鹿は親近感を覚えていた。
自身の力を高めるために。もしくは好敵手との戦いのために。強すぎる力を縛り、戦いに身を投じる。
狂鬼は言っていたではないか。『もう飽いてしまいそうだ』と。あれだけの強さだ。狂鬼を満足させる相手など現れることはあったのだろうか。
恐らくいなかったのだろう。だからこその力の封印。それでもなお足りぬ周りの敵。
さぞや虚しかったことだろう。
仕方ない。狂鬼という名前を拝借させてもらった借りがある。その借りを返すために、鈴鹿がその飢えを満たしてあげようではないか。
鈴鹿と狂鬼が再び衝突する。しかし、先ほどと同様、狂鬼の拳は絶界を容易に砕いてしまう。狂鬼の威力も上がっているが、それだけではない。絶界という技そのものの機能を破壊しているような攻撃。恐らく鈴鹿の不死すら凌駕しうる力が、絶界の防御を貫通しているのだろう。
であれば、狂鬼の攻撃は容易に受けることはできない。極夜の毒手となった見えざる手であっても、狂鬼は簡単に破壊してしまう。下手に鈴鹿が受ければ、極夜の毒手ごと頭部を破壊されて死んでしまうだろう。
だからこそ、鈴鹿は狂鬼の攻撃を躱してゆく。絶対の破壊の力であろうとも、当たらなければ意味がないのだ。戦闘巧者な狂鬼相手では、後手に後手に追い詰められ、知らず知らずのうちに鈴鹿は追い込まれてしまう。だが、見えざる手や絶界を駆使し、何とか攻撃を逸らし躱してゆく。
絶体絶命の崖っぷち。攻撃が掠っただけでも鈴鹿の命は脅かされるだろう。背水の陣で挑むギリギリの攻防戦。だからこそ、脳が冴えわたりいつも以上に多くの事が知覚できる。
狂鬼の筋肉の動き、呼吸、眼の動き、気配、匂い、魔力の脈動。一つ一つが重要な情報であり、狂鬼の動きのヒントとなる。それを見極めるのは至難の業で、何度も何度も見えざる手が破壊される。しかし、それを繰り返す度に、鈴鹿は狂鬼という頂点に君臨する鬼に順応してゆく。
『いいぞいいぞいいぞ鈴鹿ッ!! 避けてみせろッ!! あがいてみせろッ!! この狂鬼を楽しませろッッ!!!』
洗練された狂鬼の動きに呼応するように、鈴鹿の動きもまた流れる水が如く滑らかなものへと移り変わる。宙を舞う桜の花びらのように、ぬぅるりと狂鬼の攻撃を躱してゆく。拳一つ分の距離で避けていた動きが避けるたびに近まり、とうとう肌と肌が触れるようなギリギリの距離で躱してゆく。
今まで鈴鹿は圧倒的な格上のエリアボス相手に、不死というスキルを持って挑んでいた。しかし今は違う。圧倒的な格上に、死という明確なリスクを天秤に乗せて戦っている。スレスレで避ける拳は掠っただけでも体勢を崩される決定打になりかねないし、少しミスって拳を喰らえば簡単に死にかねない。
極限の状況。命というかけがえのない、これ以上ないほどのリスクを捧げた状況。
一手ごとに鈴鹿を追い込もうとする狂鬼に抗うために、スキルが応える。
見切りのスキルがレベル10へと至り、狂鬼の攻撃の全ての軌道が手に取るようにわかる。狂鬼がもたらす鈴鹿を追い詰める的確な攻撃が、鈴鹿を捉えられず空を切る。
薄皮一枚で滅却の拳を避け続ける。ギアが上がり続ける狂鬼に呼応するように、見切りのスキルがその精度を増していった。
躱す動作が少なく済めば、次に攻撃の一手を繰り出すことができる。
鈴鹿の成長を喜ぶような狂鬼に引っ張られ、鈴鹿はどこまでもどこまでも高みへと昇ってゆく。
しかし、鈴鹿の成長に身体が追い付いてこない。鈴鹿の思考をトレースできず、緩慢な身体に憤りを感じた。脳みそもそうだ。思考加速で得られるよりももっと早く、狂鬼の全てを吸収するために全身全霊で向き合わねば、この黄金よりも価値のある時間を取りこぼしてしまう。
いくら思考加速をしようとも、元の脳みそのキャパを超えることはできない。知力のステータスは同水準のレベル帯の中では高いが、魔法職の知力と比較すれば大きく劣る。それに加え鈴鹿は未だレベル128。レベル150で訪れる存在進化の強化も、レベル200で訪れる二回目の存在進化もまだの状態だ。知力のステータス不足は隠しようがない。
ならば脳みそを強化すればよいのではないだろうか。脳は電気信号でやりとりをするとかなんとか聞いた覚えがある。ならば、雷魔法が発現している今ならば脳の強化だって成しえるはずだ。いや成しえるだろう。そうに決まっている。だってそう思うのだから。
そうだ。電気信号で筋肉だって動いているのだ。だから雷魔法はレベル3で身体強化ができるようになるのではないだろうか。脳内や筋肉へ送る電気信号の最適化と強化。もしくは脳のリミッターの解除。それが行えるのではないか。
全然見当違いの事を言っているかもしれない。電気信号だってそんな簡単な話ではないだろう。だが、思い込みというモノは時として凄まじい効果を発揮する。そう。今の鈴鹿のように。
雷魔法に意識し、全身に施している強化を更に更に強くする。脳を強化し思考加速の恩恵をより強化しよう。そうだ。ついでに眼球の筋肉も強化して狂鬼の一手一手見逃すことの無い様にしよう。そうすれば、きっともっと狂鬼の力を奪えるはずだから。
『また何かしたな鈴鹿ッ!! 良いぞ! 我の下まで這い上がってみせるがいい!!』
狂鬼の攻撃も加速するが、鈴鹿もその動きについてゆく。脳が過負荷で沸騰し、いくつもの血管が切れて耳や鼻から血が流れる。眼球も恐ろしい速度で狂鬼の攻撃を追うことで、毛細血管がいくつも千切れて黄金の瞳が充血し、眼からも出血する始末。
だが鈴鹿は気にしない。何故なら鈴鹿は不死だから。放っておいても回復するはずだから。だからこそ、脳みそに棒を突っ込みグチャグチャかき回されているような痛みを超えた痛みと恐ろしいほどの不快感を感じようとも、更に更にと強化をし続ける。
狂鬼の攻撃を受ければ鈴鹿の命は滅却されてしまうだろう。狂鬼の滅却の権能は、鈴鹿の不死の権能すらも脅かすのだから。だが、強化による無茶をいくらしようとも、聖神の信条が壊れるたびに何度も何度も修復してくれる。
何故気づかなかったのだろうか。鈴鹿は不死なのだ。ならばいくらでも無茶が利くというのに。
鈴鹿は今まで自身にストッパーを掛けていた。身体が壊れないように、脳が壊れないように、身体を労わる強化ばかりをしていた。恥ずかしい限りだ。強くなりたいといっちょ前に吠えながら、自分可愛さに限界すら絞り出せていなかった。
不死という特性を活かすために何度も敵の攻撃を受け、死にながらもスキルを強化してきた。あえて身体を犠牲に攻撃へ転じる起点にしたこともあった。でもそれは外的要因に対して不死の特性を活かしただけであった。
自ら身体を壊すような負荷をかけたっていいんだよ。だって死なないんだから。
その瞬間、鈴鹿は天啓を得たかのように衝撃が走る。即座に、リミッターを易々とぶち破るほどの強化を自身へと施してゆく。
普通なら成しえない。言うは易く行うは難しの典型例。自傷よりもなおひどく、頭を弄りまわすイカレた行い。だが、鈴鹿はしてしまう。だってやった方が強いんだもん。そんな可愛げすら見せながら、全力でアクセルを踏み抜いてみせる。
脳が擦り切れたっていいんだよ。眼球が反転してしまうほど動かしたっていいんだよ! 筋肉が断裂したっていいんだよッ!!
狂鬼の攻撃が当たりさえしなければ死なないんだからッッ!!!
「アハッハッハッハッハッハァアア!! 狂鬼ッッ!! オ前と出会えテ俺は幸せ者ダよ本当にぃィイいイイ!!」
鈴鹿が生物というくびきから解き放たれる。
また一段階、鈴鹿は強くなる。それは人としての強さの到達点ではなく、人という道から逸れた、人外としての到達点であった。




