14話 フル装備
2層の奥地。そこに生息するモンスターは一匹一匹が恐ろしく強く、例え将来の一級探索者や特級探索者であったとしても倒すのに苦労するほどのモンスターたちが闊歩する魔境の地。この場では人間は狩られる側であり、戦う相手を見誤れば即座にモンスターの胃袋に収まることだろう。
今や多くの探索者が足を踏み入れることが無くなった禁足地。そんな2層5区で、鈴鹿はホットサンドを作っていた。
「うめぇ……ホットサンドめっちゃ美味い。やっぱあの店員さんに聞いてみて正解だわ。これ何でも挟めるよ。革命だわ」
美味しそうに頬張るのは、昨夜の残りであるポテトサラダをパンで挟みカリカリに焼いたホットサンドだ。ポテトサラダには燻製したタマゴとベーコンが使われており、スモーキーさも感じられる鈴鹿イチオシの一品だ。
最近では燻製器を買ったことでキャンプ飯のレパートリーも増え、充実したダンジョンライフを送れている。さらにホットサンドメーカーを手に入れた鈴鹿は向かうところ敵無しだ。そのうちダンジョンにBBQグリルを持ち込む日も近いかもしれない。
今回の探索は今日で四日目。初日はヤスたちと一緒にダンジョンへ入り、彼らの成長を見届けた。みんな順調に強くなっていて、きちんと連携された動きは見ていて気持ちの良いものだった。
特に面白かったのが銀杏のハルバード。槍の様に突いたり戦斧の様に振り下ろしたり、変幻自在な槍さばきは見事なものだった。武器が持てるなら巨大な戦斧を持ちたいと思っていた鈴鹿だが、銀杏の戦いを見てハルバードも魅力的だと心揺らいだほどだ。
そんなヤスたちに希凛たちから聞いたアドバイスを伝授したり、鈴鹿渾身のキャンプ飯を振舞ったりした。お昼を食べたら鈴鹿も自分の探索があるためヤスたちと別れ、この三日間全力の状態に身体を慣らさせる特訓に充てていた。
最初はあまりのバフに振り回されることもあったし、聖光衣の魔力消費量にも悩まされたが、今では全力の状態も長時間維持することができるくらいには慣れてきた。鈴鹿の高レベルの魔力操作が漏れ出す魔力を抑えつけ、スキルレベル10の身体強化が強力なバフにも身体を順応させていった。
徐々に使用時間が延びるのは成長を実感できて良い。特に体術のスキルレベルが上がらなくて悩んでいたため、目に見えて成長できることがあるというのは心のゆとりに繋がる。
鈴鹿は美味しく残りのホットサンドを食べ終わると、手早く撮影の準備を進める。一応昨日まで毎日夜ご飯を食べながら配信は行ってた。ちょっと変わったこととしては、一級ギルドニキからもう一度夢遊猫のエリアを撮影してくれないかと打診があったため、快く応じて指示された夢遊猫のいるエリアの撮影を行ったくらいだろうか。
一級ギルドニキはギルドの資産である情報をダンチューブのコメントに書いてまで教えてくれたので、そこまで手間でもない作業なら協力してあげるのがギブ&テイクだろう。それに、夢遊猫の対策が確立されればzooのみんなの攻略にも役立つかもしれないため、鈴鹿が断る理由は無かった。
ぐーすか寝ている夢遊猫を撮影したり、壁画を改めてライトで照らして撮影したりと、ちょっと探検っぽくて面白かったのも良い経験だ。
「おはようございます。今日も配信していきます。狂鬼です」
【わこつです!!】
【おはよ~!】
【エリアボス戦ですね!! 楽しみです!!】
平日の午前中だと言うのに、相変わらずコメントが返ってくる。こいつら暇なのだろうか。
配信しておいて何を言ってるんだという感じだが、コメントがいつも通り流れるのでそれなりの人数が見ているのだろう。スマカメは現在の視聴者数をいちいち画面で確認しないといけないため、鈴鹿は普段どれだけ視聴されているか把握していない。
まぁ、宝箱開封チャレンジした時の様にコメントゼロ(実際はコメントがあったが消音だっただけ)よりも断然いいので、無理のない範囲で見てくれたら嬉しいなと思うことにしよう。
「コメントのとおり、今日は2層5区3番目のエリアボスに挑みたいと思います! この近くだと思うので、早速行ってみましょう!」
5区の渓谷エリアで昨夜は寝たため、エリアボスとの距離も近い。大体最深部にいるのでエリアボスは見つけやすくて助かる。
「そういえば、毎回エリアボスってエリアの奥にいるけど、徘徊型のエリアボスとかいるの?」
【いない】
【エリアボスは出現位置が決まってる】
【ユニークモンスターがそれに当たるんじゃない?】
「ユニークモンスター? 試練って呼ばれてる奴か」
【そうそう】
【エリアボス並みに強いのに徘徊してるから、遭遇したら死】
【逃げれることも多いけど、戦闘中に遭遇したらほぼ詰み】
【常に徘徊してるわけじゃないし、ユニークモンスターの出現が発見されたら協会で情報共有されて、数日そのエリア封鎖されるからそうそう事故は起きないけど】
ユニークモンスターと言えば、鈴鹿にとっては正体不明だ。未だにモンスターなのかどうかもわからない謎めいた存在だったが、おかげで聖神の信条を取得することができた。
あれが鈴鹿にとっての転機であり、ここまで飛躍することができた大きな出来事であった。
そんなユニークモンスターがたまに出現するのなら、ユニークモンスター狩りとかできないだろうか。ユニークモンスターは個体によるが数日間は存在するみたいなので、発見してからすぐに向かえば見つけられそうだ。
協会の人と仲良くなって、『北海道のダンジョンでユニークモンスター出たよ』とか情報貰えれば、速攻で駆けつけてユニークモンスターを狩る。ユニークモンスターは試練の一環と言われてるため、得られるアイテムなども期待できるだろう。うん、悪くないかもしれない。
「ユニークモンスター討伐したりはないの?」
【前は一級ギルドとか特級ギルドで討伐することもあったみたいだけど、滅多に無い】
【ユニークモンスターは情報が無いから、どんな対策していけばいいかわからないからね】
【それこそ、この前の猫みたいに初見殺しのパターンもあるし】
【ここ10年くらいはスルーがスタンダードだね。一応5~6年前に剣神が討伐したけど、剣神だからね】
「はぁー、そんなもんか」
4区5区を避けるくらいだし、エリアボスも詳細がわかっており対策できる相手ではないと避ける傾向があるのだろう。もったいないと思いながら、鈴鹿は視聴者とおすすめの燻製やホットサンドの具について話しながら歩を進めた。
「お、なんだあれ? めっちゃでかい集落だな」
鈴鹿が進む方向には大きな建造物が立ち並んでいた。人が住むための物ではなく、鬼が住むための集落だ。2層4区に現れた戦鬼をはじめ、選び抜かれた訓練を受けた鬼たちが寄り集まっているのが2層5区である。
こういった鬼の集落は5区では度々見られ、5、6軒の大き目な平屋を粗末な木の柵で囲っている程度の集落だ。見張り台が一つ二つあり外敵を監視しており、発見されると続々と集落から鬼が出てきて大勢の鬼との戦いを強いられる。
そんな塀の中では、鬼たちが訓練をしていたり寝ていたりする。小鬼もいるが子供というわけではなく、レベルも2層5区相当なため、普通にモンスターとして存在する。生活するための集落というよりは、戦士の詰め所といった雰囲気のある場所であった。
2層5区を初めて探索していた時、人工物っぽい建物があって滅茶苦茶観察したのだ。住んでるのはただの鬼だし、メスとか子供とか老人とかそういうのは存在せず営みが感じられなかったため残念ではあったが、この家とかどうやって作ったのかとか木材どこから調達してきたんだとか、そういうことをコメントと話し合うのは楽しかった。
そんな鬼の集落だが、鈴鹿の進む先では入口に巨大な木造の門が立ちふさがっていた。高さにして3メートル以上ありそうだ。門の両側には同じ高さの木でできた塀が続いており、他の2層5区の集落とは比べ物にならない規模の建造物となっていた。
【でけぇ】
【かなり本格的な集落だな】
【規模めっちゃでかいじゃん。一体何体の鬼がいるんだよ……】
「それね~。どうやら3体目のエリアボスは複数戦っぽい感じだね」
恐らくエリアボスはこの集落の中にいる。となると、他にもわんさか鬼がいるだろうし、複数戦で戦うタイプのエリアボスなのだろう。親分狐や新緑大狼のように、配下である多くのモンスターと一緒に出現するタイプだ。
【鬼の王とか大鬼とかかな?】
【周りに鬼いっぱいいるだろうし、軍師タイプとか仲間強化タイプとかは?】
【いや、魔法使いタイプとかのパターンもありそうじゃね?】
複数戦なら複数という利点が加味されてしまうため、エリアボス自体の強さは他のエリアボスよりもちょっと弱いくらいじゃないだろうか。しかし、これだけの集落にいる鬼全てが相手となるとかなり厄介なエリアボスと言えるだろう。恐らく2層5区のレベル上限であるレベル130近くの敵がわんさか出てくるのだ。探索者によってはそれだけで詰むかもしれない。
2層5区に出現する鬼たちはどれも歴戦の鬼感があって戦ってみたかったし、ちょうどいい機会かもしれない。盾持ちもいれば弓持ちもいるし、遊撃っぽい鬼から素早いモンスターに騎乗した鬼だっている。多種多様な鬼から全方位に攻撃されれば、さぞいい特訓になりそうだ。
久しぶりの複数戦にワクワクして近づいていくが、何か様子がおかしかった。何だろう?そう思っていると、コメントが教えてくれる。
【見張りいなくない?】
【ほんとだ。見張り台にいないね】
この大集落にも見張り台はあるのだが、そこにいるはずの鬼がいなかった。小さな集落でも基本見張り台には鬼がいたので、こんな大きな集落でいないなんてことは無いだろう。たまたま交代の時間だったとしても、ゼロになることは無いはずだ。
見張りがいれば気配遮断を解いてどれだけあの門から鬼が出現するのか見て見たかったが、いないのならば気配遮断を解く必要もない。
「何か起きてるのかな?」
門に近づくが、開けられた様子はない。気配察知にも引っかからないため、鈴鹿に気が付き門の反対側で隠れていることもなさそうだ。
「……ん?」
無意識だった。収納から『五眼の指輪』を取り出し、指にはめていた。いつもならエリアボスと戦う時は装飾品は着けない。装飾品によって能力が強化されることで、素の能力が強化される幅が小さくなることを嫌ってだ。
だから今朝も『五眼の指輪』や『闇夜の雫』を外して収納にしまったのだ。それなのに、無意識に収納から取り出して指にはめていた。
異常事態。身体が危機感を訴えていた。この先に行くなと。壊れて久しい鈴鹿の本能が、逃げ出せと久方振りに喚いていた。
けたたましく鳴り響く警鐘を当然の様に無視し、即座に鈴鹿は全身フル装備に整える。耳には『闇夜の雫』のカフスを装備し、両足には青天雷鳥からドロップした『青天の霹靂』と夢遊猫からドロップした『鍵尻尾の守護』を、最後に首から『雷鳥の加護』を装備した。
名前:五眼の指輪
等級:秘宝
効果:装備者の魔力、知力を25%上昇させ、『風の理』、『雷の理』、『魔力炉』を授ける。
名前:闇夜の雫
等級:秘宝
効果:装備者の攻撃、敏捷を25%上昇させ、『隠匿の心得』を授ける。
名前:青天の霹靂
等級:遺物
効果:装備者の敏捷を75%上昇させ、『雷の加護』を授ける。
名前:雷鳥の加護
等級:遺物
効果:装備者の魔力、器用、知力を25%上昇させ、『雷耐性』、『魔法耐性』を授ける。
名前:鍵尻尾の守護
等級:遺物
効果:装備者の全ステータスを15%上昇させ、『干渉断絶』を授ける。
エリアボスから得られたアイテムたちだ。2層5区のエリアボスからは遺物級のアイテムがゲットできるため、フル装備した状態だと凄まじいステータスの上昇量となる。
一応スマカメを集落の方に向け、装飾品を装備するところを見せないようにする。指輪やカフスはいいが、足輪の二つはかなり効果が高いため、装備を持っていることは秘匿しておきたい。
【あれ、狂鬼さん今日は装飾品着けるの?】
【なんかのスキルの訓練用?】
【体術はもういいの?】
収納から指輪を取り出してはめていたし、鈴鹿が指輪や耳のカフス、首からは『雷鳥の加護』の一部が見えるため視聴者が気づいたようだ。
「うん。ちょっと余裕ないかも」
【え?】
この扉を押し開けていいのか。それすら躊躇してしまう。
その時、集落の奥の方で衝撃音が聞こえた。
何かいる。ならば躊躇している暇はない。ここで踏み出さず何が探索者なのか。
流れるコメントを無視し、鈴鹿は門を蹴破り集落の内部へ侵入する。
集落にいたであろう鬼たちは一体も残っていなかった。これだけ大規模な集落で、実際は奥にいるエリアボス一匹でしたなんてありえるだろうか。たまたま見張りすら置かずに鬼たちが遠征訓練をしている?あり得ないだろう。
ダンジョンではモンスターを倒しても死体は残らず、全て煙となって倒した者に吸収される。つまり、もぬけの殻ということは何者かに倒されたと考える方が自然だ。
低層ダンジョンである八王子の2層5区で他の探索者? 鳴り響く警鐘といい、もぬけの殻の集落といい、何が起きてるんだ?
一歩進むごとに肌が粟立つ。心臓を鷲掴みにされたようなこの感覚は、初めて狡妖猿猴と遭遇して以来じゃないだろうか。
他の探索者がエリアボスと戦っている可能性も考慮し、鈴鹿は全力で気配遮断をしながら進んでゆく。音は今も断続的に鳴っていた。
【何の音? てか鬼一匹もいないじゃん】
【それより狂鬼さんの様子がおかしいだろ。いつもならこんな集落のんびりと撮影しながら、『食べ物とかどうしてるのかなぁ』なんて話してる頃だろ】
【それな。あの雷鳥だろうと初見殺し猫だろうと終始余裕だったのになんか焦ってない?】
【鬼は一匹もいないし、音はしてるし、もしかして他の探索者が戦ってたりする?】
【え、2層5区で? 狂鬼さんの流行りに乗って他のトップギルドが真似しだしたか?】
コメントが流れているが、それも気にする余裕が無い。鈴鹿は目の前の何かに集中することで手一杯だった。
音が近くなる。明らかな戦闘音。
集落を駆ける鈴鹿の足が速くなる。
通りを抜けた先、そこには大きな屋敷が建っていた。まるで神社の社のような佇まい。その屋敷の前で戦闘が行われていた。
いや、鈴鹿が来たタイミングでちょうど戦闘が終わったようだ。一匹の巨大な鬼。体長は4メートル近くあるのではないだろうか。怒張した筋肉は膨れ上がり、その鬼の怒りを表すかのように肌は赤く染まっていた。エリアボスとしての格を備えた、強力なモンスターだ。
しかし、その大鬼の命は消えゆく直前であった。片足は無くなり、残りの片足も千切れかけプラプラと付いているだけに過ぎなかった。胸からは別の者の手が背中まで生えており、心臓が鷲掴みされている。その心臓が握りつぶされれば、大鬼は巨大な煙へと姿を変えていった。
よく見る光景であった。鈴鹿も何度も経験している。巨大な煙が自分に吸い込まれ、経験値とアイテムをくれるのだ。
しかし、その煙は心臓を握り潰した者へ吸い込まれることはなかった。空中に消えゆくように、さらさらと風に流され霧散していった。
『何が起きておる』
黒い煙が晴れた中から、複数の声が同時に重なり合うような不可思議な声が聞こえた。
『穴蔵よ。また貴様の企てか? 随分我を弱めたようだが、次は何をさせるのだ』
そこには一体の鬼がいた。鈴鹿の記憶に新しい鬼が。
『む? そこに何かおるな。次はそやつを喰らえば良いのか?』
狂天童子:レベル■■■
鈴鹿の前に立ち塞がった者は、存在進化をした際に記憶を覗いた狂鬼であった。




