13話 近況報告
桜が散ってゆき葉桜になる頃、鈴鹿はヤスたちとカフェに来ていた。場所は以前永田に教えてもらったパンケーキが美味しいお店。そこに高尾山高校へ入学したヤス、銀杏、斎藤、そして陣馬が勢ぞろいしていた。
「みんな制服似合ってるね。というより、別人みたい。最初誰かわかんなかったよ」
鈴鹿は向かいに座る銀杏、斎藤、陣馬をそれぞれ見やる。ヤスからはメールで状況は聞いていたのでレベル10を迎えたことは知っていたが、改めて見ると見た目の変化が凄まじかった。
銀杏は魔力の影響を受けて桃色の髪色になっているし、顔は千年に一度の美少女かと思えるほど可愛らしい顔になっていた。斎藤は気品溢れる美女になっている。長い黒髪に眼鏡姿は変わらないのだが、紅茶を飲む様子はまるで深窓のご令嬢だ。
そして一番鈴鹿が衝撃を受けたのが陣馬だ。陣馬は元々前の世界で友人だったこともあり、その変化は他の2人よりも大きく感じられた。灰色の長髪は雑に後ろでまとめられているのだが、それがまた様になっていた。ラガーマンのようだった体型は絞られ、ガタイの良さは変わらずだが密度の高い硬質な筋肉に覆われた様な体型へと変貌を遂げている。顔もごつかったはずだが、今は誰もが好青年と認めるほど整った顔をしており、鈴鹿は思わずお前誰だよとツッコミを入れてしまったくらいだ。
「凄いよな。俺も近くで見てたけど日に日に変わってくからな」
「妹たちが私も自分で探索するって騒いじゃって大変だよぉ~」
銀杏は妹が二人いる三姉妹の長女なのだが、お姉ちゃんみたいになるって騒いで大変らしい。まぁ、銀杏は元々可愛かったが、ここまで可愛くなったら妹たちも後に続きたいと思うだろう。
「高校とか凄いんじゃない? 四人揃ってるとオーラ出てるもん」
待ち合わせ場所にいた四人は芸能人か何かかと思えるほど圧倒的なオーラが出ており、少女漫画か何かか?と鈴鹿も声をかけるのを躊躇したくらいだ。あんなのが高校入学してクラスメイトにいたらテンション爆上がりだろ。
「俺は中学や予備校で慣れたけど、三人は大変そうだよね」
「最初の三日間くらいは凄かったけど、今は落ち着いてきたよ」
「俺は部活の勧誘が凄まじいな! ダンジョン行くからって言ってるんだが、試合だけでもとしつこいな」
「陣馬が試合出たら余裕で全国行けるじゃん」
「だから俺は部活に所属しないんだよ。俺が出たらフェアじゃないからな」
高校生は探索者高校でもなければ基本ダンジョンでレベル上げを行うことは無い。だからこそ、高校の部活に陣馬が参加するのはレギュレーション違反みたいなものだ。陣馬はフェアでないことを嫌うので、部活には参戦しないだろう。
「私はそこまでではなかったですね」
「穂香ちゃん話しかけるなオーラ凄いからね」
「あの状態の斎藤に声をかけれるレベル1はいないな!」
斎藤はどうやら学校で鈴鹿状態になりつつあるようだが、本人は何も気にしていなさそうだ。レベルを上げた相手に下手なことはできないし、斎藤がイジメられることは無いだろう。
「じゃあ高校はみんな問題なさそうだね」
「うん! 友達もできたしね!」
「クラスメイトもみんないい奴で、高尾山高校にしてよかったよ」
お揃いの制服を着て楽しんでいるみんなを見ると、俺も高校行けばよかったかもと少し後悔する。こういうものは通ってたら通ってたで煩わしいと思うものだし、いざ行かなかったら行けばよかったと思うものだ。青春したかったという思いはあるが、行かなかったからこそ新しいことにチャレンジしようと思えてダンチューバーなんて始められたのだ。きっと学校に通ってたら面倒くさいと思ってやらなかっただろう。
どっちの選択もきっと失敗ではなかっただろうが、選ばなかった方を羨むよりも、選んだ選択を十分楽しんだ方が有意義というものである。
「ダンジョンの方は?」
「そっちも順調、順調! 鈴鹿に追いつくのはちょっと厳しいけど、今2区探索してるし俺もようやくみんなと一緒に戦えるようになったぜ!」
ヤスはすでにレベル10だったため、みんながレベル10になるまでは荷物持ち要員だった。だがそれも春休み中に3人がレベル10まで上がったことで終わりを告げた。今では4人で1層2区の探索が始まったようだ。
「鈴鹿君もまた一緒にダンジョン行こうよ! 私のハルバードの扱い見てほしい!!」
「いいアイデアかえでちゃん。私も鈴鹿様にアドバイスいただきたいです」
「俺も金棒の扱い慣れてきたぞ! 定禅寺に言われた通り、一撃入魂を意識しての立ち回りが上手くはまってる!!」
「俺もシャベルからロングソードに変わっていい感じだぜ。まだ剣術のスキル発現してないけど、このままいけばスキル覚えそうだし」
「いいね! 見たい見たい! 今週末もダンジョン行くの? 俺もそれに合わせてダンジョン行くから、最初みんなの戦闘見せてよ!」
「おお! 行く行く!! 鈴鹿も一緒に行こうぜ!」
本当は明日の金曜日からダンジョンに行く予定だったが、探索を一日ずらすだけだし全然かまわない。何時に集合するかとか、お昼は俺に任せろと鈴鹿が買って出たり、予定を詰めてゆく。
鈴鹿も4人のことはずっと気になっていたため、ステータスに影響が出ない僅かな時間だけでも一緒に探索させてもらおう。
四人も話したいことがたくさんあったようで、鈴鹿にダンジョンであったことを共有してくれる。親分狐にも3人で挑んで勝てたとか、2区の鬼も陣馬の金棒には敵わなかったとか、小鬼に荷物盗まれそうになって焦ったとか、ヤスが入ったことで厚みがまして安定感が出たけど、逆にリスクを取るにはどうするか悩んでいるとか。
パーティメンバーが増えたことでやれる幅が広がり、戦闘に余裕ができる。しかし、その余裕は成長を阻害しかねなく、かと言ってリスクを取りすぎるのも命にかかわる。その塩梅が難しいのだ。
鈴鹿も一人でやってきたためパーティーについてはアドバイスも難しいため、その辺は慣れてくしかないという、あまりにもあれなアドバイスとなってしまった。
「あ、そうだ。俺探高に知り合いいるから、明日聞いてみるよ。そいつも四人パーティだし、どんな風にリスク取ってるかとか」
「希凛さんたち?」
「そうそう。希凛たちってステータス順調に伸ばしてるし、きっと参考になるよ」
4区探索をしているくらいなので、十分ステータスが盛れているのだろう。ちょうど人数も同じなので、参考になりそうだし。
「あ! あのカッコいいお姉さまたち!?」
「あれ? 銀杏知ってるの?」
「うん! この前協会のロビーでzooの皆さんと会ったんだよ! めっちゃ素敵な人たちだった!!」
「安藤君のお知り合いということで声をかけていただきました」
「さすが探高という人たちだったな。俺たちじゃ全然歯が立たない強さだった」
ヤスたちもステータスが盛れているとはいえ、それはzooのメンバーも一緒だ。レベルも高いzooにヤスたちが適う訳がない。
「そうなんだ。探索者高校の生徒と揉めたりしたら希凛たちに言えば解決してくれると思うから、会ったら挨拶するようにしたらいいよ」
八王子探高の生徒の中では、zooが一番強いだろう。探索者高校の生徒が何かやらかしたとしても、トップであるzooが動けばスピード解決待ったなしだ。
「じゃ、zooたちに立ち回りとかのアドバイス聞いとくから、土曜探索行こうね」
「やったー!!」
「楽しみです」
「ようやくレベル上がった成果をみせれるな」
「俺もシャベル以外もいけるってところをみせとかないとな」
その後も週末の予定を話し合ったり、希凛達についてカッコいいとか素敵とかの話をしていた。その中で鈴鹿のダンチューブの話になり、ダンチューブ大好きなヤスが『コラボとかしないのか!? 俺も出るぜ!! お前も顔出せよ!!』と延々しゃべっていて鬱陶しかったのは、また別の話。
◇
ヤスたちと会った次の日、鈴鹿は希凛たちと会っていた。
「へぇ、いいお店だね。知らなかった」
「鈴鹿ちゃんおしゃれなお店知ってるねぇ」
「俺も教えてもらったんだ。パンケーキとプリンがおすすめだって」
お店は昨日と同じ永田が紹介してくれたお店。鈴鹿は自分がいいと思ったモノは周りに広めたくなるタイプなのだ。昨日もパンケーキを食べたので、今日は永田にお勧めされていたプリンを頼むことにした。
「ん? なんかまたみんな硬くなってる気がする」
鈴鹿の横に座っている希凛はいつも通りだが、対面に座る猫屋敷、犬落瀬、小鳥はどこかぎこちない。
「もしかしてギルド作りませんとかそんな話ある?」
「いや、そんなことないよ。ギルドは予定通り作るさ。珍しく小鳥まで硬くなってるのは、鈴鹿ちゃんのダンチューブのせいだね」
希凛が説明してくれたが、zooのみんなは鈴鹿のダンチューブを見てくれているそうだ。そこで、エリアボス相手に戦っている鈴鹿の強さを目の当たりにして恐れ慄いているのだとか。怯えているというわけではなく、こんなすごい人だったのかという衝撃を受けたという感じだ。気楽に接してた近所のおじいさんが、実は大企業の会長だったとかそんな衝撃を受けた様である。
「いやいや。あんなの見せられたらしょうがないって」
「そうだよ。希凛だって雷鳥戦の時は『こんなに長時間戦えるものなのか?』って引いてたじゃん」
「で、ですです。す、鈴鹿ちゃんがあそこまでイカレポンチだったなんて、し、衝撃でしたよ!」
1層5区のエリアボス紹介の時からコイツの強さおかしくねとはなっていたそうだが、雷鳥戦に至っては一同ドン引き。あれだけレベル差のあるエリアボスに挑む行為も、スキル成長のためとはいえ近接攻撃を縛る戦い方も、どれだけ攻撃受けても倒れないゾンビ性も、1日以上戦い続ける行為も、全てが全てzooのメンバーの常識を悉く破壊しつくした。
「まさに狂鬼って配信だったね、あれは」
「ん? 希凛は狂鬼のこと知ってるの?」
「どういうことだい? 狂鬼ってモデルが存在したのかな?」
「そうなのよ。なんか存在進化したときに変な鬼の記憶が流れて来てさ、そいつが自分の事狂鬼って呼んだんだよね。で、その後俺の存在進化が鬼だったから、モデルがその狂鬼なのかなぁって思ってチャンネル名にしたんだ」
このことは誰にも話していなかったが、希凛たちにはいいだろう。別に隠すことでもないのだが、不用意に情報が独り歩きされても困るため広めるつもりもないが。
「へぇ知らなかった。ネットでは鈴鹿の存在進化先が鬼だから、狂人じゃなくて狂鬼になるから自分が狂人ってことを自己紹介してるんだって盛り上がってたけど」
「そんな馬鹿な。俺が自分で狂人って名乗ってると思われてるのか? そんなやつイカレポンチだろ」
「い、イカレポンチじゃないんですか?」
「小鳥とは一度しっかり話さないといけないかもしれないな」
まさか自分が知らないところでそんな風評被害が起きているとは。ネットの世界はやはり恐ろしい。
「雷鳥戦みたいに長時間戦うことって結構あるの?」
「ん~~、1層5区ではそういう時もあった。スキル成長させるときは夜通し戦う時が多いかな」
「お腹って空かないの? 水とかも飲んでないみたいだし」
「そういう時はテンション上がってるからね。その辺は全部アドレナリンが解決してくれる」
「あ、アドレナリンですか! べ、勉強になります」
「そこは学ぶところじゃなくてツッコむところだよ小鳥」
鈴鹿の言葉一つ一つに感銘を受ける小鳥。なんだかんだ希凛も狂鬼チャンネルについて聞きたいことはたくさんあったようで、四人から質問攻めを受けた。
「あ、そういえば、この前戦った夢遊猫っていうエリアボスはガチ初見殺しっぽいから、挑むの止めた方がいいかも」
「ああ、それは私も注意を受けたよ。私の親は一級探索者でね。狂鬼の真似をして挑まないようにといろいろ小言をいただいたよ」
「でも鈴鹿ちゃんが撮影した壁画とか石像とか解析されてて、対策の糸口がわかるんじゃないかって言われてるんでしょ?」
「私たちが挑むころにはもしかしたら対策が出てるかもね。まぁ、今のギルドは5区に見向きもしてないから望み薄だがね」
「へぇ、そんなことになってるんだ。たしかに、いろいろ撮影頼まれたけど、役に立つといいね」
鈴鹿では雰囲気しか撮影できないので、ここ撮ってほしいとか指示された方が楽でいい。せっかくの機会なので、ぜひ詳しい人はコメントをくれると助かる。
「それにしても鈴鹿の自己再生チートすぎない? 雷鳥戦の時とか何回か死んだんじゃないかって思う攻撃喰らってるのに、ピンピンしてて引いたよ僕は」
「自己再生めっちゃ便利よ。ソロだから回復手段あるのとないのとじゃ、天と地の差があるしね」
「鈴鹿ちゃんの強さの一端だよね。もしかしたら夢遊猫の攻撃も自己再生で治してたのかもしれないね」
「ア゙~~~、去年の夏も鈴鹿と差があると思ってたのに、差が広がる一方なのが悔しい~~」
「まぁ俺は運が良かったところが大いにあるしな。ほら、プリンあげるから元気出せ」
猫屋敷が項垂れているので、鈴鹿のプリンをおすそ分けしてあげよう。甘いものは人を幸せにするからな。
「ああ、そうだ。鈴鹿ちゃんに伝えとくことがあったんだ」
「何々?」
「父曰く、関東の上位ギルドの中では鈴鹿ちゃんが狂鬼ってことがばれてるみたいだよ」
仮面の意味無し。いや、一般人にまで広く知られるのを防ぐ目的も大きいから、意味はあるか。
「それで、ニュースにもなっていたけど、この前川崎で探索者の騒動があったのは知ってるかな?」
「うん。探索者崩れ一網打尽にしたってやつでしょ?」
「それそれ。ただ、大勝利とはいかなかったみたいでね。横浜のギルドが結構痛手を負ったみたいなんだ」
その辺は永田から教えてもらったので知っている。横浜の上位ギルドの幹部や代表の身内が同じ仲間に殺害されて、殺害した探索者も自殺したってやつ。身内が殺された心労もさることながら、上位ギルドに所属する探索者が欠けたってのもギルド的には痛手だろう。
「東京のギルドは無理に鈴鹿ちゃんを勧誘しに来ることは無いかもしれないけど、即戦力が欲しい横浜辺りは鈴鹿ちゃんに接触してくるかもしれないから注意した方がいいかも」
「そうなの? まぁ、来ても追い返すけど。俺はみんなのギルド入るつもりだし」
「それはとても嬉しいね。ありがとう。ただ、追い詰められた者は何をするかわからないからね。横浜のギルドの中でも相当頭に来てるギルドがいくつかあるんだよ。彼らはすぐにでも犯人を叩きたいけど、戦力的に自分たちだけじゃ動けない。けど、あの圧倒的な力を持つ狂鬼が味方に付けばあるいは。そう考えるかもしれないから、気を付けてね」
頭に血が上ってしまえば、視野が狭くなるのは常だ。普段は理性で紳士に振舞えても、追い詰められた状態でもそう振舞える人間は僅かだろう。
希凛の忠告はきちんと考慮した方がいいかもしれないな。
「そっかぁ。落ち着くまで別のダンジョンでも行こうかなぁ」
「え、鈴鹿八王子離れるの?」
「ど、どこの、ダ、ダンジョン行くんですか?」
「やっぱ東京ダンジョン?」
「東京ダンジョンなら不撓不屈のお膝元だし、下手なことはされないんじゃない?」
「いや、東京は行ったことあるから、次は行ったことない遠くのダンジョンでのんびり探索しようかなって。全然行先決まってないけど、決まったら連絡するよ」
元々いろんなダンジョンもとい日本全国津々浦々を周ってみたいと思っていたのだ。目的が無いとなかなか重い腰が持ち上がらないので、ダンジョン探索の名目で全然知らない土地に行こうと思っている。
狂鬼チャンネルのせいで目立っているのならいい機会だ。2層5区の残りのエリアボスを倒した後にでも、拠点を変えてみようかな。
「あ、そうだそうだ。忘れないうちに。俺の友達が最近ダンジョン探索始めたんだけど、4人パーティでどうやったらステータス盛れるのか悩んでるんだよね。みんなはどうしてた?」
「あ! それってヤス君たちでしょ! この前協会で見かけて声かけたんだよね」
「そうそう、ワン子の言う通りヤスたち。みんなに声かけてもらったって喜んでたよ」
「鈴鹿が最初面倒見たんでしょ? あの子達めっちゃ恵まれてるよね」
「で、でもですよニャアちゃん? 『ダンジョンなんて金属バット一本で十分だ! 酩酊羊に揉まれて来い雑魚共!!』とか、い、言われるかもしれませんよ!」
「おいおい小鳥、それは一体誰の真似だ? 隣においで。お話しようか」
「え! せ、戦闘での立ち回りとか教えてくれるんですか!? そ、そちらに行きます!」
何か勘違いした小鳥がとてとてと席を移動している。その間zooのメンバーを見るが、みんな苦笑いをしていた。小鳥が天然というかズレているのは平常運転らしい。教えて教えてと期待する様子が可愛らしかったので、どうでもいいかと小鳥が聞きたいことを教えることになった。
その後もヤスたちのために戦い方や考えるべき点を聞いたり、狂鬼チャンネルで撮影した1層5区のエリアボスに付いて解説したり、鈴鹿のスキルについてもちょっと開示したりと、おしゃべりに花を咲かせるのであった。




