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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第七章 天をも狂わす鬼

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8話 川崎の乱

実際の川崎とは何も関係ございませんでの、ご注意ください。

横浜ギルドと東京の間にある都市として選ばせていただきました。

川崎に所縁のある方、関西に所縁のある方、ご気分を害されましたら大変申し訳ございません。

 牛久うしく大吉はついている男だった。昔から体格が大きかった牛久は、地元では誰も敵わない存在だった。男はこうべを垂れ、女は媚び擦り寄ってくるのが当然だと思っていた。


 それは探索者高校に入ってからはさらに加速した。周りが尻すぼみして避けるエリアボスの親分狐どんぎつねも倒し、上々のステータスを得られていた。地元に帰れば好き放題できる。ダンジョンがない地域のため、探索者もいなければ派遣されている警察もろくにレベルが上がっている者はいない。


 探索者高校に通いだした牛久はまさに無敵だった。恐喝だろうと半ば強姦めいたことだろうと、誰もが泣き寝入りをする。警察に相談した奴もいたが、相手にされてすらいなかった。どうせ君が悪いんでしょと。


 警察は牛久に対しておよび腰だった。対探索者用の魔力を纏う銃器もあるにはあるが、発砲するにも多くの申請が必要であり、それらの規定を網羅していなければ逆に発砲した側が罰せられてしまう。


 そして、過去には探索者が取り囲んだ警察官を無差別に殺害する事件が起きていたことも、彼らの二の足を踏ませる。犯人は他の探索者によって殺害されたが、応援に駆け付けた探索者が殺害するまでに起きた被害は悲惨の一言。そんな事件の例もあるからこそ、警察でも探索者に強く出れない者もいた。俺以外の警察に相談しろとでも言う様に。


 そんな野放しされていた牛久は3年になる頃には探高で最も強く、故に教師たちもなんとか牛久を卒業させようと隠ぺいに奔走した。だが、探高近くで適当な女をレイプしたのが、牛久にとって失敗だった。3年ということで学校で最も強かった牛久は、調子に乗っていた。だからこそ、レイプという卑劣な行為を軽はずみに行ってしまったのだ。


 探高があるということは、そのダンジョンで活動しているギルドもあるということ。牛久が手を出した女は、そんなギルドに所属する三級探索者の娘だったのだ。牛久はレイプしたとき、いつも女を殴りつける。殴れば静かになるし、恐怖に怯えた顔はひどく股間を刺激する。だからこそ、牛久は徹底的に暴力を振るう。その探索者の娘も、歯も骨も何本も折れ、殴られたことで子宮は破裂し一生子供が産めぬ体になり、どこかのマンションのごみ捨て場に捨てられた状態で発見された。


 それはさすがに探高でも庇えない。即座に退学処分とし、その探索者に探索者法に則って牛久は殺害される予定だった。しかし、牛久はその気配を即座に感じ取るや否や、逃走し隠れ潜んだ。牛久はまだ探高3年ということもあり、レベルは30程度しかなかった。それでも、探索者の強靭な身体は常人とはかけ離れた能力を発揮する。山を越え群馬や長野、山梨へ動き、目立たぬよう田舎の寂れた家で物資を調達して回っていた。


 そんな時、同じような境遇の探索者崩れのチームに拾われ、今は川崎で自由を謳歌していた。今までは探索者崩れのチームでヤクザやクラブのセキュリティをやることが多かった。むかつく奴を殺さないように痛めつけるのが面倒だったが、拾ってもらった手前殺しはしないように抑えた。


 だが、川崎に牛久のような者たちが集められているという情報を受け行ってみれば、そこはパラダイスだった。探索者崩れに支配された地域。それが川崎だった。


 警察が嗅ぎまわればそいつの家族を殺して良く、自分たちにたてつく馬鹿がいればどうなるか丁寧に身体に刻み込んでいった。しかも、上が言うにはここで暴れればいずれ横浜のダンジョンに入れてくれると言うではないか。


 まだ牛久は成長限界も迎えていない。そのせいで、プロの探索者崩れの奴らにはでかい顔をされていたのが常にむかついていた。どうせ牛久よりもステータスが盛れていない雑魚共のくせに、長くダンジョンに入っていたから牛久よりもレベルが高くステータスが盛れているに過ぎないやつらに。


 そのため牛久は川崎で頑張った。当然だ。好きなように暴れていれば褒められるのだ。こんな天職があったのかと牛久は浮かれ切っていた。だから、東京の雑魚共が来るから派手に暴れて川崎が誰のシマかわからせろという命令にも、嬉々として応じていた。


「お! いい女じゃねぇか!!」


 カツカツと川崎の通りを歩く女は、牛久の好みであった。引き締まった腰、出るところは出ている最上級なプロポーション。男好きのするいい女だった。深い青色のロングヘアーをなびかせる姿は、犯してくれと言っているようなものだった。


 あんな上等な女が恐怖で引きつる顔は、さぞかし美しいのだろう。牛久は股間をイキらせながら女を連れて行くために腕を取ろうとしたとき、自分の腕が無いことを知覚した。


「……は?」


 見れば、凍り付いた腕がパラパラと空中に溶けるように消えていった。


「気持ち悪い」


 声をする方を見れば、女がさげすんだ眼で牛久を見下ろしている。その眼に怒りの沸点が超えたのは一瞬。すぐさま、長く変化した耳に気づき、相手が存在進化を経た探索者だと認識した。それを認識したのと、頭に氷柱つららが射られたのはほとんど同時であった。


 牛久は自身に何が起きたのかもよく理解できぬまま、その生涯を終えた。




 ◇




 高崎澄子(すみこ)は苛立っていた。高崎は群馬を中心に探索者崩れが集まったチーム、北関東愚連隊(ぐれんたい)のリーダーである。せっかくここまで大きく育てた組織を、今失おうとしていた。


 それは解散という意味ではない。物理的に全滅させられてだ。


 高崎は宇都宮ダンジョンや埼玉の大宮ダンジョンからドロップアウトした探索者崩れを集め、関東全域の暴力団と繋がりを深めていった。暴力団では探索者に逆らえず、逆に探索者をバックに付けた暴力団が裏の世界を支配している。千葉や神奈川の探索者崩れたちと揉めながらも、高崎は順調に組織を拡大し確かな地位を築いていった。


 雲行きが怪しくなったのは、西の巨悪が神奈川に入りだしてからだ。今まで揉めていた神奈川の探索者崩れ達が西に跪き、千葉も東京も迎合した。高崎達に選択肢は無く、北関東愚連隊も傘下に収められるのにそう時間はかからなかった。


 関東では不撓不屈ふとうふくつをはじめとして探索者ギルドが存在することで、探索者崩れが活動しにくいエリアとなっていた。関東のトップギルドは政府や警察とも結びつきが強く、探索者たちは誠実で清廉潔白であれという統制がとられている。そんなエリアで度が過ぎた犯罪を犯せば、トップギルドたちが持ち回りで掃討戦が実施されるので、お目こぼしを受ける程度でしか動くことはできない。


 一方西は違う。猛虎伏草をはじめとする西のトップギルドたちは、自分たちに被害が及ばなければ干渉することは無い。自分たちは探索者であり、ダンジョンを探索するのが仕事。犯罪者を取り締まるのは警察の仕事だろ?それが彼らのスタンスであり、探索者崩れが幅を利かせやすい土壌ができていた。


 特に、西を中心に全国に下部組織を設ける巨大ヤクザと繋がりのある蜥蜴と呼ばれる探索者崩れの集団は、もはや小国なら滅ぼせるくらいの戦力が整っていた。なぜなら、蜥蜴には一級探索者だけでなく特級探索者までもが所属している組織なのだから。


 そんな組織が関東に来れば、受け入れるしか選択肢は無い。


 高崎達も川崎に集められ、関東一帯の悪党どもと川崎を占拠させられた。派手に動くことに部下たちは喜び、暴力に酔っていたが、高崎は逆だった。派手に動けばギルドが動く。西とは違うのだ。ここは東。不撓不屈のお膝元。


 しかし、意外や意外、警察や横浜のギルドたちは川崎の制圧をしあぐねていた。各探索者崩れの情報を吸い上げ、一般人を殺して脅すだけで相手が護るはずの民間人が自分たちの味方になるではないか。


 これには高崎も拍子抜けし、自身もたのしみながら蜥蜴の指示に従った。特に、九州や四国、中国地方になるが、ある程度暴れたら別の地域で探索者としての人生を用意すると言われれば、否やは無い。自分たちは探索者崩れやモドキと揶揄されるが、根底にあるのは探索者なのだ。あの光差す道に戻れるならば、今だけは束の間の快楽に身を預けよう。そう高崎達は川崎で好き勝手した。


 ついこの間も、高崎の嗜虐心しぎゃくしんを満たすために子供を人質に取り若い夫婦をなぶったばかりだ。あれは傑作だった。家族愛というモノを感じられた。


 だが、そんな浮かれた空気も先ほどもたらされた情報で霧散する。


あねさん。不撓不屈に加え他の特級ギルドも動くみたいですぜ」


「さすがに死体いくつか並べた程度じゃあいつら止まんないっすよ」


 幹部たちの進言に高崎はイラつく。そんなことは百も承知なのだ。だが逃げたところで蜥蜴に見せしめに殺されるだけ。かといってここにいたって大手ギルドが動けば潰される。


 蜥蜴からはギルドが川崎に入ってこようとも、報復措置として見せしめを激化すれば世間体を気にしたギルドは攻めてこれなくなると言われている。事実東のギルドは一般人への被害を嫌う傾向があるため、あながち間違ってはいないのだろう。


 ならば、やるべきことは隠れ潜みつつ、適度に見せしめを用意すること。


「おい、いいかい。まずは夜まで待って―――」


「おっ、ここはにおうな。掃きだめの臭いがするぞ?」


 聞きなれない声。即座に声のするドアの方へ眼を向ければ、一人の男が立っていた。眼のすぐ上からねじれた悪魔の角が生え、レインコートのようなダボついた服を身にまとっている。灰色の髪に真っ赤な瞳。その男の周囲はまるで蜃気楼のように歪んで見えた。


「お前は灰じ―――」


「臭いよ。しゃべらないで」


 直後室内にいた高崎を含む北関東愚連隊のメンバーは等しく発火し燃え上がる。男が火加減を調整したことで探索者という強靭な肉体を手に入れている高崎達は、自身が燃える中耐えがたい痛みを味わい続けた。火を消すことも、男に反撃することもできない高崎達。次第に声はか細くなり、黒く炭化した人間だったものだけがその場に残った。




 ◇




 神奈川県警川崎警察署にて仮設で設置された犯罪探索者対策本部では、数多くの情報がひっきりなしに飛び込んでいた。それを精査しそれぞれの探索者に指示を出してゆく。そうするとすぐさま何人殺害したとの報告が本部へと届く。この繰り返しを何時間も続けられていた。


 藤原はそれを見ながら、情報を精査していた神田かんだに状況を確認する。


「蜥蜴はどうだ?」


「ダメですね。川崎全域にはすでに蜥蜴の影は見られません。捨てられた探索者崩れと協力していた暴力団のみですね」


 情報はかんばしくなかった。迅速果断に行動した藤原達であったが、確実に川崎から犯罪探索者を葬り去るには人手が必要だった。その人手を集めた僅かな時間で蜥蜴たちは逃げ切り、残されたのは陽動のために川崎で暴れるかき集められた探索者崩れ達であった。


「フロントギルドであるランドタイガーも捜索を入れましたが、何も出てこず。代表パーティである虎牙こがは昨日から長期探索に出ており、捕まえることができませんでした。このタイミングは偶然だとは思えません。出てきたところを任意聴取したところで、大した情報は得られないかと」


「そうか」


 西を攻めるとっかかりにするための、蜥蜴の確保。しかしそれは叶いそうにはなかった。


 だが、川崎地区から侵入していた蜥蜴を追い払い、関東一帯に蔓延っていた探索者崩れたちは一掃できる。最良の結果ではないにしろ、最低限の結果は残せそうである。


 民間人からは被害報告や摘発を止めるよう陳情ちんじょうが寄せられているが、そのすべてを黙殺している。ずるずると出血し続けるわけにはいかず、一度患部を切り開き徹底的にうみを出し切る必要があるからだ。


「数人存在進化を経た探索者崩れがおりましたが、特級・一級探索者がすでに鎮圧しております」


「皆には苦労を掛けるな。探索者の本分は探索だというのに」


「いえ、皆必要なことだと理解しております。諸悪の根源は西です。これを皮切りに、徹底的に叩きましょう」


 神田の力強い声に、藤原もうべないで返す。


「ありがとうございます藤原さん。横浜のために特級探索者まで動員してくださって」


 そう言いながら近づいてきたのは、横浜を拠点とするギルド國造こくぞうのギルドマスターである日吉ひよしだ。日吉の後ろには、同じく横浜を拠点とする代表たちがいる。


 本来であれば横浜地区で起きた問題は横浜のギルドで片付けるべきところを、東京の多くのトップギルドが今回の摘発に協力してくれている。それもこれも不屈の会の参加者が先陣を切って協力してくれたからに他ならず、その声掛けをしてくれた藤原に日吉を含む横浜のギルドは深く感謝をしていた。


「いや、横浜の問題は我々の問題でもある。探索者が何のうれいなくダンジョンに向き合えるようにするのがワシらのつとめだ。気にすることはない」


「ありがとうございます」


「しかし、くだんの蜥蜴は取り逃がしてしまったようだ。奴らは何度も現れる。気を抜いてはならんぞ」


「はい。ですが、関東一帯の探索者崩れは一網打尽にできました。奴らが次に来たとしても手駒が足りません。北関東愚連隊やシードラゴンなど、頭痛の種であったやつらを総取りできたのは紛れもない大成果です」


「そうですよ! 藤原様の迅速な展開のおかげで、蜥蜴は逃げるので精いっぱいだったみたいですね。おかげで奴らの東への進出を手助けする崩れ共は駆逐できます」


 日吉たち横浜のギルドの代表たちと、状況の確認や懸念事項について話をしてゆく。横浜のギルドのメンツは、関東の悪童どもを駆逐でき、川崎を取り戻せるため大成功だと色めき立っていた。蜥蜴を潰したい藤原からすれば片手落ちではあるが、横浜の言うことも尤もだ。最低限の成果は挙げられたため、良しとしよう。


 そんな話をしていた時だ。顔面蒼白になった國造こくぞうのギルドメンバーが、対策室に駆け込んできたのは。


 誰もが嫌な予感がした。大声で伝えるのもはばかられる内容なのか、その者は駆け足で日吉に駆け寄ると、日吉に席を外せないか打診する。どれだけの凶報なのか、横浜のギルドの代表たちは顔を見合わせた。


「ギルドのみの内々の話か? この作戦に関わる内容ならばここで話せ。どっちみち情報の共有は必要だ」


「で、ではお伝えいたします。先ほど山手さんからお電話がありました」


「山手から?」


 山手は日吉のパーティメンバーで、國造の幹部の一人だ。今回の作戦ではギルド側の守りを固めると言って、現場には立っていない。もしやギルド本部が襲撃された? 嫌な予感がよぎった日吉だが、もたらされた内容は更なる凶報であった。


「お電話の内容をい、一言一句お伝えします。『今俺は日吉の家にいる。日吉の嫁も、息子も俺が殺した。日吉に伝えろ。俺はこれから責任を取って死ぬ。俺が弱いばかりにすまない。もう、この件から手を引くんだ』い、以上になります。げ、現在事実確認のためにギルドメンバーが日吉さんの自宅へ向かっているところです」


 途中、日吉は何を言われているのか理解できなかった。しかし、高いステータスが言われた内容をきちんと記憶し、脳内で何度も再生される。


 動かなければならないのに動けない。ギルドの代表なのだから、何があっても毅然きぜんとした態度を取るべきなのに、目の前が真っ白になって日吉は動けずにいた。


 日吉はその時、馴染みのギルドの代表を思い出していた。かつての一斉検挙でギルドメンバーが殺されたにも関わらず、手を引くと震えていた彼の顔が。ああ、これか。このことだったのか。日吉が彼の忠告を真に理解したときには、もはや全てが手遅れであった。


「た、大変です!!」


 日吉が固まっていると、別のギルドのメンバーが対策室に入ってきた。全員の視線がその者に向かう。トップギルドの代表たちがひしめく対策室で注目を浴びれば、一介のギルドメンバーは思わずたじろいでしまうのも無理ないだろう。だが、そのギルドメンバーが所属するギルドの代表は気が気ではない。すぐさま詰め寄り、内容を報告させる。


 かすかな希望と多大な恐れを持って問いかければ、告げられた内容は絶望の一言。また一人、この場で動けずフリーズする者が現れた。しかし、それは始まりに過ぎない。外で控えていた者から、中で集計していた者に続々と寄せられる凶報。


「ま、まずい。横浜のギルドは即座に家族の安否を確認するのだ!!」


 藤原が指揮を執るが、こちらが確認するよりも先に彼らに結果が伝えられる。ここに集結していた全ての横浜を拠点とするギルドの代表の身内が、同じギルドメンバーに殺害されたと凶報が渦巻く。一級ギルドだろうと三級ギルドだろうと等しく、彼らに凶報がもたらされた。


 タイミングといい共通した手口といい、言わずとも仕込まれたことだというのは誰しもが理解できた。


「ここまでするのか? ……蜥蜴よ、お前たちはそうまでして血みどろの戦いを望むというのか?」


 感情の整理が追い付かず揺れ動く対策室の真ん中で、藤原はここにはいない蜥蜴の首魁しゅかいにやり場のない怒りを覚えるのであった。




 ◇




 東京、都内某所。子供の登下校が行われる中、気配を殺し標的を待つ者がいた。


(ここの通りを藤原の孫が通るはずだ。そいつを殺せば俺にも幹部の席が用意される。俺の時代ももうすぐそこだ)


 男はギルドを追放され、犯罪組織を転々とした結果、西の巨悪である蜥蜴に流れ着いた。存在進化を経てすぐに成長限界を迎えたが、ならず者では存在進化まで済ませた者は少なく、男は重宝されてきた。しかし、蜥蜴にはさらにその先のレベル150を突破した者たちすら所属しており、代表はレベル200の特級探索者である。男が今まで所属した組織と比べるのがおこがましいほど、スケールが違った。


 男の存在進化は蛙。お世辞にもいい存在進化ではなかったが、授かった力は本物だ。存在進化を開放し気配遮断を全力で発動してその時を待っていた。


 男に課せられた仕事は、不屈の藤原の孫の殺害。今頃東はこぞって川崎で大捕おおとり物 の真っ最中だ。そのため、東京の防御は手薄である。男がこの場にいることが、それの何よりの証拠であった。


(来た! あのガキだ!!)


 あの不屈の藤原の孫を殺害したとなれば、一生不撓不屈から追われる人生になる。しかし、西に戻ればそんなものはどうとでもなる。痛めつける必要もさらう必要もない。ただ殺せばいいだけ。まだダンジョンすら入ったことのないガキ一人など、存在進化を終えた男ならば殺すなど造作もない。


 あと少し、あと少し。そう思い、はやる心臓を落ち着かせようと深く呼吸をしたとき、標的である藤原の孫の声が聞こえた。


「あ! 天童てんどうだ!! どうしてここにいるの??」


(は? 天……ど…………)


 男がその声に反応する頃には、男は縦に切断されていた。


「いやぁ、虫退治をしててね」


「虫? そんなことより将棋やろ! この前もじぃじに負けて悔しいんだよ!!」


「ああ、君もかい? 僕もこの前負けてね。近いうちにリベンジしないとと思ってたんだ。一緒に特訓しようか」


「うん!!」


 そう言って、天童は子供の手を引きながら、将棋を指すために彼の家まで付いて行くのだった。




 ◇




 大黒だいこくは腕時計を見やる。連絡は入っていない。ということは失敗したということだ。


「あれが連絡すら寄こせないとなると、剣神あたりかな。さすが神童。勘が冴えわたる」


 殺せれば儲けもの程度に部下を藤原の孫を殺すために向かわせたのだが、結果は失敗に終わったようだ。存在進化を経た探索者崩れは少ないが、蜥蜴の規模からすれば替えの利く駒でしかない。


「さて、東はこれを受けてどう行動してくるか。理想は日和ひよらず衝動と共に西へお越しいただくことだが、果たしてどう出るか」


 大黒は東のおつむの無さに驚きを禁じ得なかった。大黒をはじめとした蜥蜴は、川崎に侵入していたのだ。川崎へ侵入する(・・)のではない。していた(・・・・)のだ。そんな蜥蜴を除去するのに雁首がんくび揃えて川崎に突っ込んで上手くいくと、本気で思っていたのだろうか。


 当然侵入したならばこうなる時のために仕込みを行っている。今回の場合であれば、横浜を拠点とする各ギルドに裏切り者を用意していた。探索者自身は簡単には寝返らないかもしれないが、探索者も人間なのだ。彼らには家族がいて、そこを突かれれば一級探索者であろうとも素直にお話を聞いてくれる。


 その手の事は彼らの十八番おはこであり、言うことを聞いてくれるメンバーの選定もお手の物だ。その結果、彼らは蜥蜴に情報を横流し、最終的にはギルドに最悪の爆弾を落とす役目を全うしてくれた。


「まぁ、彼らにとってはいい勉強になっただろう。探索者もただの人間なんだと。骨身に染みてくれるといいのだが」


 東は探索者をスーパーマンか何かと勘違いしている節がある。高潔こうけつであれ、強き者は弱き者へ手を貸すのだ。そう真顔で言ってのける。自分たちが一番選民(せんみん)思想が強いということを全く自覚していないのが、東の人間だ。


 だからこそ目がいかない。探索者の周りには丈夫でも強くもない人間が大勢いることに。だからこそ気が回らない。探索者も元はただの人だということに。だからこそ思いつかない。強いはずの身内の探索者が裏切ることを。


 探索者個人を標的にすれば、彼らは裏切らないだろう。暴力でも簡単には支配できず、一人であっても強力で、精神だって高潔なのだろう。そんな探索者をあれだけの数裏切らせるのは、いかに蜥蜴と言えど無理であろう。


 だが、探索者の脆い部分を軽く突いてやれば、いくら本人がレベルを上げていようと関係ないのだ。家族を人質に、逆らえば殺すと言えば喜んで働いてくれる。


 蜥蜴の脅しを脅しだと高をくくれる者はいない。逆らえば簡単に殺されると皆理解しているのだ。


 例えば、ヤクザがいたとして、腹が立った奴を衝動に任せて殺すだろうか。答えはいなだろう。殺せば殺人犯として警察に捕まり、刑務所に入れられるからだ。しかし、探索者、特に一級以上の探索者ならば、簡単に殺せてしまう。理由は捕まらないからだ。


 一級探索者が犯罪を犯したとして、捕まえられるのは同じ強さを持つ一級探索者以上を動員する必要がある。警察も自衛隊もそんな探索者の上澄みは特殊で数はおらず、対応するのは別のギルドの探索者になる。だが、多くの探索者はこの依頼を断るだろう。


 理由は死ぬリスクが高いからだ。探索者は所持しているアイテムやスキルによって、初見殺しができる者もいる。そんなどんな攻撃をするかも読めない探索者と戦わなければならない依頼を受けるだろうか。探索者はダンジョンで命をかけてるが、それはあくまでダンジョン攻略に対してだ。決して他の探索者と戦うために命を懸けているのではない。


 それも一級クラスとなれば、探索者のトップオブトップだ。そんな栄光を手にしているのに、本業と全く関係のない死ぬ可能性が高い依頼を受けたいとは思わないだろう。彼らはモンスターと戦うために強くなったのであって、人間と殺し合うためにダンジョンの探索をしている訳ではない。


 探索者も同じだ。彼らの本分はダンジョン探索。それ以外で死ぬリスクが高いのであれば、当然のように避ける。だからこそ、一級以上の探索者が人を殺したところで、数人程度であれば運がなかったなと切り捨てられて終わりだ。その傾向は存在進化を経た二級探索者から始まり、一級探索者となればほとんど手出しされなくなるのだ。


 だからこそ、蜥蜴の脅しは効く。蜥蜴にとって脅す相手はギルドメンバーの数だけいるのだ。断ればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。


「今回の件で、東は意見が分かれるだろう。だが不撓不屈は進まざるを得ない。それが彼らの責任なのだから」


 西に関わったら碌なことにならないと日和ひよるギルドも大勢出てくるだろう。特に実害を受けた横浜のギルドは多くが手を引くはずだ。逆に、報復を訴え蜥蜴を叩き潰そうとする勢力もまた出てくるはずだ。そうなれば、東は意見が割れ、十二分な勢力を整えられずに西を攻めることになる。


 そして、発起人ほっきにんでもある不撓不屈は、もう降りることはできない。彼らがさいを投げこの状況を作り出したのだ。周囲がどう思おうと、彼らはこの戦いから降りる選択肢ははく奪されたのだ。


 これで、不撓不屈の首は刈り取りやすくなることだろう。大黒は濁った笑みを浮かべながら、荒れる東を去るのであった。

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― 新着の感想 ―
この世界だと、銀行口座が存在しないのかな 銀行口座封鎖すれば反社は一発だし、現実の日本はそうやって反社潰したんだけどね
責任は西にあるけど原因は東にある感じやね 東が誠意ある対応を放棄したのが西が荒れてる理由だし自業自得な面はかなり強い 個人的には西の方が好きだから今後の展開は楽しみだな
いじめの復讐と同じように、同じことをやり返されるって想定をしているように見えないのがやべーですな。 数十年単位で禍根を残して西で一般人相手にテロを起こす反乱分子を生み出していることを意識してない辺りが…
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