13話 土瓶亀
「じゃ、早めに片づけてくれよ」
「任せろ。瞬殺だよ」
遠くに見えるのは茶釜狸2匹と、土瓶亀1匹。今日最後の相手として土瓶亀の複数相手を選択した。
茶釜狸:レベル3
茶釜狸:レベル2
土瓶亀:レベル6
二人での探索になったことでモンスターの攻撃の狙いが分散され、かなり楽にモンスターと戦えるようになった。その結果、戦えるモンスターが茶釜狸だけでなく土瓶亀まで増えたのだ。
茶釜狸はまんまるとした狸で、胴体部分が茶釜となっている。大きさは柴犬程度だろうか。酩酊羊同様に突進攻撃がメインだが、牙も生えており嚙みつき攻撃もしてくる。だが、こちらはそこまでスピードが無いので、冷静に対処すれば酩酊羊よりも簡単に倒すことができるモンスターだ。
茶釜狸は稀に土瓶亀に化けることがあるため避けていたのだが、その土瓶亀と戦えるレベルになったので、ようやく茶釜狸と戦うことができるようになった。
土瓶亀は土瓶を甲羅にした亀だ。こちらは茶釜狸よりも大きく、甲羅の高さが鈴鹿の腰くらいまである大型の亀だ。ゾウガメを2周りくらい大きくした程度だろうか。
亀ということもあり動きは緩慢だが、こいつは水魔法を撃ってくる。水球を作り出し打ち出してくるのだが、威力は酩酊羊の突進並みと馬鹿にできない。水魔法で弾幕を張れるくらい連射はできないが、常に2~3個は周囲に水球を浮かべており結構な頻度で攻撃してくる。何とか水球を回避して近づいても、今度は長い首を振り回して捨て身の攻撃をしてきたり、怯めば噛みつき攻撃をしてくるなど厄介な相手だ。
そんな相手に鈴鹿たちが立てた作戦はいたってシンプル。ヤスが土瓶亀のヘイトを買い、その間に鈴鹿が茶釜狸を倒す。
鈴鹿のレベルは一つ上がって4。ヤスはレベル3まで上がった。二人のステータス上昇量は9か10とかなり高いため、レベル的に格上の土瓶亀相手でも問題なく倒せると判断した。
土瓶亀のタゲ取りはレベルの高い鈴鹿の方がよさそうに見えるが、土瓶亀は離れていれば水魔法しか使ってこなく、その水魔法も回避に専念すれば避けられない攻撃ではない。むしろ、茶釜狸に時間をかける方が不利になると判断しての、この作戦だ。
二人が一定の距離まで近づくと、先に動いたのは茶釜狸ではなく土瓶亀であった。長い首を持ち上げてこちらを睨むと、小さな水滴が周囲に集まりだし水球を形作っていった。
「行くぞッ!!」
二人は駆け出しモンスターとの距離を詰めてゆく。茶釜狸も二人に反応し駆け出した。その様子を確認したヤスは少しスピードを緩めると横に展開する。そうすると突出している鈴鹿に茶釜狸のヘイトは向くが、土瓶亀は展開しているヤスを警戒し生み出した水球をヤスめがけ撃ってきた。
ヤスが上手くやってくれたのを視界の端で確認し、鈴鹿は走ってくる茶釜狸に集中し、金属バットを強く握りしめる。
「オラッ!!!」
急停止とともにフルスイング。一匹目の茶釜狸が横に吹き飛び煙となって消えてゆく。
フルスイング後の隙だらけの側面に、もう一匹の茶釜狸が飛び込んできた。だが、鈴鹿にとってそれはもう隙とはなりえなかった。剣術のスキルを得てから、バットの取り回しが格段に向上していた。振りぬいた勢いを反動に、逆方向に振りぬくことも容易に行える。
ガインッと金属同士の音が響くと、茶釜狸は地面へと叩きつけられ転がってゆく。だが、慣れない姿勢での攻撃のためか十分に力が乗らず、煙になることはなかった。
鈴鹿も手応えから倒せていないと踏んでいたため、即座に態勢を整え止めを刺しに行く。茶釜狸は煙にはならなかったものの瀕死の様子で、何とか立ち上がろうと手足をばたつかせていた。心の中で南無と念じながら、走り抜き様にバットで殴りつけ煙へと変えた。
「終わったぞ!!」
「早いな! なら畳みかけるぞ!!」
茶釜狸は宣言通りほとんど時間をかけずに倒すことができた。おかげでヤスは土瓶亀の攻撃を被弾することもなく、2発の水球を避けるだけで済んでいた。
鈴鹿が加わったことで水魔法の狙いが分散された。二人は油断せず彼我の距離を詰めていく。
お互いの距離が10mもなくなれば、水魔法の速度も油断できない。しかし、この距離なら一度躱せれば一息で詰められる距離だ。
ふよふよと浮いている水球が動き出すと同時に、鈴鹿も前へ出る。眼前に迫る水球。しかし鈴鹿は前のめりに姿勢を倒すことで、避けると同時に詰める動作を行った。
ブォンッという鈍い音を立てた水球をやり過ごせば、土瓶亀は鈴鹿の攻撃範囲に入っていた。
「くらえッ!!」
金属バットを土瓶亀の長い首めがけて振りぬいたが、首は俊敏に動きその攻撃は躱されてしまう。お返しとばかりに首を振り回した捨て身攻撃を仕掛けてくるが、それは鈴鹿のバットではじき返した。
「こいつくそ硬いぞ!!」
ガンッガンッとヤスが土瓶の甲羅を叩いているが、割れるどころかヒビすら入っていない。レベル3とは言えヤスの攻撃力なら十分通じるステータスなのだが、土瓶亀の甲羅はそれだけ硬いのだろう。
「焦んなヤス! 甲羅は捨てろ! 脚だ脚! 俺が顔を引きつけるから、お前は脚を攻撃しろ!」
「わかった!!」
鞭のようにしならせて襲い掛かる首を、金属バットを使ってうまくいなしていく。時折金属バットを奪うためかバットめがけて噛みつき攻撃をしてくるが、正面から打ち合わず首側面を叩くことで回避する。
数度にわたる攻防。土瓶亀の攻撃は重く、たった数回受けるだけで鈴鹿の手は痺れてきた。レベルは劣っていてもステータスでは釣り合っているはずだが、剣術(1)ではまだ技量不足なのだろう。
早くしてくれ!という鈴鹿の思いが通じたのか、土瓶亀がぐらつき姿勢が傾く。
「よっしゃッ! 片足潰したぞ!!」
ヤスが報告をすると同時に、鈴鹿はバットを振り上げた。
土瓶亀が見せた隙を逃しはしない。狙うは首。筋肉質で硬そうだが関係ない。土瓶亀の防御を貫通するだけの威力を籠めればよいだけだ。
強く強くバットを握りしめ、渾身の力を持って土瓶亀の首に向かってバットを振り下ろした。
ドゴンッ
鈍い衝撃音と共に、鈴鹿の手に確かな手応えが返ってくる。折った。確実に。倒した。
「ふぅ」
ステータス的に余裕かと思ったけど、きつかったな。のんきに戦いを振り返っていた無防備な鈴鹿だが、横から飛んできた何かに吹き飛ばされた。
「うお!?」
何事だと振り向いた視線の先では、ヤスが横からタックルを仕掛けてきたようだった。勢いが強かったため2人そろって転がるように吹き飛んだ。直後、バシャンッとバケツをひっくり返したような音が聞こえた。
縺れるように転がった姿勢から慌てて起き上がれば、先ほどまで鈴鹿がいた場所は凹んでおり水が滴っていた。そのまま視線をスライドさせ土瓶亀を見れば、くの字に折れ曲がった首を持ち上げ鈴鹿を睨んでいたが、ゆっくりとその首も下がってゆき煙へと姿を変えていった。
「危ねぇな鈴鹿。まだ死んでなかったぞ」
「危ねぇ。悪い悪い、助かったわ。ありがとう」
「残心ってやつだよ。残心。油断すんなよ」
ぱんぱんっと土を払いながらヤスが立ち上がった。土瓶亀に致命傷を与えたと思っていたが、致命傷なだけで即死ではなかったようだ。奴は最後の最後に水魔法で鈴鹿を攻撃しようとしていた。脳天直撃コースだったし、無防備な状態でくらっていたら危なかったな。
「それにしてもダンジョンの加護ってのはすごいな。あんな威力のタックルになるとは思わなかったよ」
「めっちゃ痛かったぞ。タックルの勢い強すぎてそっちで死ぬかと思ったわ」
不意のタックルだったため、三半規管が揺さぶられてまだふらつくくらいだ。
「それよりもレベル上がったか? さっきので俺もうレベル4になったぞ!」
「俺もレベル上がった気がするわ。確認してみる」
鈴鹿がステータスを念じると、透明なウィンドウが表示された。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:5
体力:43
魔力:41
攻撃:47
防御:40
敏捷:48
器用:45
知力:42
収納:18
能力:剣術(1)
「俺もレベル上がってるわ。5になった。ステータス全部40超えてる」
「めちゃくちゃ伸びてんな。俺はレベル4で平均30ってとこだな。それでもかなり強いぞ。兄ちゃんより強いんじゃないかこれ?」
どうやらヤスもステータスの伸び具合がいいようで、育成所卒業生の兄よりもステータスが上になったようだ。
「なんで育成所なんて行くんだろうな。自分でレベル上げした方がステータスも上がるしお金もかからないし良くね?」
「これだから金属バット君は」
呆れたようにヤスが首を振る。
「そもそも、モンスターを倒すって行為に躊躇する人が多いんだよ。お前が見てるからやせ我慢したけど、正直朝倒した酩酊羊も相当きつかったぞ。足ぶるってたしw」
「え、そうなの?」
知らなかった。ヤスは穴掘りトラップを仕掛けて酩酊羊を軽く倒していたから、気づかなかった。そういえば連戦は避けて俺が戦っている様子を見たいとも言っていたし、本当は休憩も兼ねていたのかもしれないな。
思い返してみれば、鈴鹿も最初はモンスターを攻撃できるかどうか不安があった。しかし戦闘が始まってしまうとそれどころではなかったため、攻撃できたのだ。その辺の牧場にいる無害な羊であれば、バットを振り下ろすのを躊躇していただろう。
この世界もダンジョンがあるとはいえ、普通に過ごす分には生き物の死から遠ざかって生活している。鶏を絞めることはおろか、魚にすら包丁を入れることに躊躇する人も多いことだろう。そんな人間がダンジョンに入り、生き物を殺して回る。……う~ん、確かにハードルが高い。特に深く考えずにダンジョンに入ったのは正解だったかもしれん。いろいろ考えてたら一生行けなかったかもしれないな。
「それに、俺たちはソロでも酩酊羊倒せたけど、運動神経なかったらそれも無理だろ」
「たしかに。でも、それなら育成所の教官が盾で押さえつけとけばいいんじゃないか?」
「それだと得られるステータスは銃で倒した時と変わらないっぽいぞ。過度なアシストはステータスの伸びに影響するんだって。それなら最初から銃使った方が楽でいいだろ」
ヤスはもともと育成所に行く予定だったためか、結構詳しかった。昔は剣を使ってステータスの伸びを良くする育成所もあったみたいだが、アシストの制限のせいで大けがを負う事故が多発した。
探索者高校のように探索者になるためにダンジョンに潜っているなら、怪我を負っても自己責任で済む。だが、ステータスを上げるためにお金を払ってダンジョンに入っている者が大怪我を負った、というのは世間的によろしくなかった。
バンジージャンプで全国的に紐が切れるような事故が起きてしまったら、誰がバンジージャンプを利用するというのだろうか。それと同じで、育成所利用者も激減してしまった。
だが、国としては国民に育成所でレベルを上げてほしいという思いがあった。レベルが上がればステータスが増強し、国民の身体能力が底上げされる。それは有事の際に動ける者たちが増えることを意味していた。それだけでなく、レベルが上がれば病気やケガも減り医療費の負担も減る。
そんな良い事づくめなレベル上げを、自分たちでお金を出して育成所に通ってくれるのだ。国からしたら育成所は廃れてほしくない事業だということがわかる。
そこで、国から相談を受けた探索者協会が、今の銃を使ったレベル上げ方法のガイドラインを作成したのだ。より安全に確実なレベル上げを目的として。
最低限のステータスアップで良い者は育成所、より良いステータスを望む者は自分の意志でダンジョンに入ること、というのが時代を経て昨今の常識となったのだ。
「はぁ、勉強になるわ」
「お前探索者目指すならマジで勉強した方がいいぞ。とりあえずミリマニさんは見とけよ」
朝と同じく布教活動を行うヤスの話を聞き流しながらも、鈴鹿も真剣にダンジョンについて調べてみるかと思うのであった。




