7話 西の動き
人に対する残酷な暴力表現がございます。
苦手な方はご注意ください。
ダンジョンが現れた周辺は発展する。ダンジョンはいわば鉱山だ。アイテムという名の資源が得られる鉱山。当然そこにはアイテムを持ち帰る探索者が集い、探索者を育成する学校が建ち、ステータスを上げる育成所ができる。そして、それらの恩恵にあずかろうと多くの企業やお店が集まりだす。
元々ダンジョンは人口の多い場所に出現することもあって、発展の仕方は加速度的な速さを持つ。ここ八王子も、鈴鹿の過去の記憶よりも何倍も発展していた。
しかし、全てがすべて発展しているわけではない。以前鈴鹿が西の勧誘を受けた食堂もまた、時代に取り残されたように、古ぼけた店構えのままであった。
「かぁー、相変わらずきったない店やのぉ!」
もう店を閉めるか。そう思った時、それは入ってきた。勢いよくドアをあけてズカズカ入ってくるその様子は、面倒ごとの気配がする。こんなボロ店に何の用だと店主は客に断りを入れる。
「あ~、もう閉めるんだ。すまないがまたにしてくれ」
「安心しいやじじい。ここのクッソまずい飯なんか食いたないわ」
「あんたは……」
追い出そうと厨房から出てみれば、そいつは昼間に来た客だった。ニット帽に古ぼけたジャージを着た姿は、妙にこの店に馴染んで見えた。
だが、入ってきたのはニット帽の女―――西成だけではなかった。
「西成さん。こいつっすか?」
「おう、いったれや。髪の毛は一本残らず毟れや。他は好きにせぇ」
三人の大柄な男が入ってきたと思ったら、店主へ近づいてゆく。
「な、なんだおま―――」
店主は誰何の声も言い終わらぬうちに、男の一人にぶん殴られた。盛大な音を立てて壁にぶつかるが、それで止まる男たちではない。
「おい、そんなんじゃすぐ死んじまうぞ」
「まずは死ぬ前に髪毟るか」
「ぶふぉっ……な、なんなんだ」
髪の毛を掴み上げそのまま力の限り引き抜く。店主の絶叫と共に、髪の毛が頭皮ごと毟り取られた。飛び散る鮮血、宙を舞う髪、響き渡る絶叫。
「うるさいんじゃボケ。ちゃんと口ふさいどけやコラ」
そう言って西成が椅子に腰かけ煙草を取り出す。すぐさま男の一人がライターを取り出し、西成の煙草に火をつけた。
「おっちゃん、昼間言うてたやろ? 毛根一掃してほしいって。せやから叶えに来たったで。感謝はのぉ、せいぜい苦しんどる顔見せてくれたらそれでええわ。優しいやろ? 金も取らんと夢叶えたるんやからなぁ」
紫煙をくゆらせ、ケタケタと嗤う西成。ただのボケなら関西人らしく笑って流そう。だが、猛虎伏草という看板に対するネタはいただけない。譲れない一線というモノがあるのだ。そこを踏み越えた者に、容赦することは無い。
その間も、男たちは髪の毛を毟ってゆく。一本も髪が無くなった店主の頭は、出血により真っ赤に染まっていた。
「アッハッハッハ!! ダルマやんけコイツ! 赤ダルマや! どや、めっちゃ縁起ええやろ? お前ら何ボサッとしとんねん。ダルマに手足なんかいらんやろがい! はよ片付けぇ」
西成は嗤いながら、辞めてくれと顔を振る主人を見る。その時、西成の携帯が鳴った。
「どしたん? ああ、東がか? 不屈の会を臨時開催? それ今から動きますよってサインやな」
西成が携帯で通話する間も、男たちは店主の四肢を取り除くべく動いている。すでに左腕は千切られていた。探索者である彼らが手足を取り除くのに刃物はいらない。店主を押さえつけ腕をぐるぐると回していけば、ぶつんっとねじ切れてゆく。生きたまま虫のように手足を引き千切られる痛みはどれほどのものか。眼玉が飛び出るほど見開いている店主の顔が、その痛みを教えてくれる。
「ほな、ウチは帰らせてもろうわ。目的の狂鬼にも接触してきたけど、あれはやばいわ。うちの呪言も効かん。出力上げたら感づかれそうな雰囲気がビシバシ来とったんで控えたのも原因やけど、それにしてもや。なんでレベル100ちょい程度で防がれんねん。化け物やで、あれは」
西成は狂鬼こと鈴鹿と対話していた時、ユニークスキルを発動していた。しかし、鈴鹿に一切その効果は表れず、気配遮断を見破られたこともあり西成は鈴鹿相手に下手をすれば自分が危ういと感じた。たったレベル100ちょっとの15歳の子供にだ。
しかし、この前の雷鳥戦を見た西成は鈴鹿がどんなエグいスキルを所持していても不思議ではないと考え、勧誘も無理強いはせず、時間をかけて攻略する方針へと変えていた。
そもそも、西成は猛虎伏草の人間ではあるが、スカウトでも何でもない。呪言があるからこそ、なんとしてでも狂鬼を連れて来いと指示を受けてきただけだ。その辺の引き際やスカウトのノウハウなど何もありはしなかった。
「ああ、そや。まぁ、コンタクトは取れたんや。向こうも東に付くわけでもなさそうやし、とりあえず様子見やな」
探索者高校の友人のギルドというのは、探らせたネズミから裏は取れている。新興ギルドであればいかようにでもできるし、今すぐ設立するわけでもないから焦る必要もない。
「ほいで? 東が動きます。で? お前らは何すんねん?」
西成が電話越しで圧をかける。
「……は? 逃げるんか? ……ああ、藤原が動くんかいな」
東が動くのと不屈の藤原が動くのでは意味が全く異なる。東が動く場合はあくまで横浜の暴動を抑える程度で、無茶な動きはなにもできないだろう。動けば報復として一般人に被害が及び、そうなれば一般人は止めてくれと叫びだす。東が一般人を護るために動くのに、その一般人から行動を阻害されるのだ。
しかし藤原が動くとなるとそうはいかない。今でこそ教科書にも載る英雄であり、探索者のために尽力した多大な功績がある。だが、それは探索者を護るために動いた結果だ。一般人を保護するためではない。藤原が動けば、民間がどれだけ叫ぼうとも徹底的に叩いてくるだろう。
それに、藤原が動くのならば、その手は横浜だけでは済まないはずだ。とうとう重い腰を持ち上げて藤原が動くのだ。その手は西に伸び、蜥蜴を、そして雨道へと伸ばしてくるだろう。
「いよいよ戦争やな。で? おお、おお、おお!! そりゃええな、頑張りや~」
電話を切り煙草を吸い終わる頃には、西成の前には真っ赤に染まった達磨が出来ていた。まだピクピクと動いているのは、店主の生命力が強いのか、はたまた彼らが壊すことに手慣れているためか。
「よっしゃ。終わりやな。よかったなじじい。随分さびれた店やから、ウチからの贈り物や。縁起物の赤ダルマ。気に入ってくれたら嬉しいわ」
残りのタバコを吸いこみ、店主の目に押しつける。ダルマは片目やからなと言いながら。
「ほな、ワシ大阪帰ることになったわ」
「承知です。新横まででよろしいですか?」
「頼むわ」
虫の息の店主をそのままに、西成たちは八王子を去っていった。
◇
みなとみらいランドマークタワーのすぐ近くのビルに、一級探索者ギルド『ランドタイガー』の事務所があった。
猛虎伏草系列のランドタイガーは所属している探索者も多く、一級探索者ギルドではあるが二級や三級の探索者も多く所属している。多くの探索者を有することで手広くダンジョンのアイテムを持ち帰ることができるのだ。その分一人一人の探索スケジュールや育成プランの管理は雑になるのだが、自主性を促すのがうちのやり方だと説明していた。
ランドタイガーは東で猛虎伏草が活動しやすくするための拠点に過ぎない。東の目を紛らわすために、慈善活動のように探索者高校の生徒を受け入れてあげているのだ。彼らの才能が花開けば儲けもの。腐ったところでコストもろくにかけていないから失うものは無い。
そんなランドタイガーは、一級ギルドなので一級探索者が所属している。それが彼がリーダーを務めるパーティ、虎牙である。
「悠希さんお疲れ様です!!」
「おう、お疲れ~」
「悠希さん今度指導お願いします」
「ええで~今度な~」
所属するギルド員からの挨拶を流しながら、堺悠希は幹部以外立ち入り禁止のエリアへと入室する。
「鬱陶しいなあいつら。ぶんぶん飛び回りやがって、コバエかいな」
荒々しくソファに腰掛ける堺。先ほどまで浮かべていた優男はなりを潜め、目つきの鋭い厳つい男がいた。
「遅いじゃない。遊び過ぎじゃないかしら?」
「堺のせいちゃうか? 東が動き出したんは」
同じパーティメンバーのイジリも、鬱陶しいと手を動かし黙らせる。お楽しみのところを急遽呼ばれて来たのだ。堺は何とか苛立ちを抑えながらこの場に座っている。
もともと堺は苛立ちを隠せるような気質ではなかった。探索者高校時代もそれが原因でよくもめ事を起こしていたくらいだ。しかし、猛虎伏草という化け物の巣窟を体験したことで、分を弁えられる程度には成長していた。先ほども階下の何も知らない探索者たちに当たり散らしていない。堺に与えられた命令はこの地で猛虎伏草の活動を容易にするためのフロントギルドの運営であり、何も知らないぼんくらの探索者たちはホワイトなギルド運営には必要不可欠な人材だ。
ギルドの顔でもある堺が当たり散らせばぼんくら達から悪評が広まり、ひいてはギルド運営に支障をきたす。そうなれば猛虎伏草が行うのは首の挿げ替えだ。物理的に堺の首は飛び、新しく別の探索者がこの地に着くだろう。
それを理解している堺は自分を取り繕い、苛立ちをある程度コントロールできるようになった。最も、その苛立ちはお楽しみで発散され、幾人もの犠牲者が出ているのだが。
「それでや、大黒さん。なんで俺ら呼ばれたんや?」
堺の向かいに座る黒づくめの男が、読んでいた資料を止め堺へ向き直る。
「東が動き出した。俺たちは一度去る。お前たちはダンジョン探索でもして大人しくしていろ」
簡潔に用件を伝える大黒。もう話は終わったとばかりに、再び資料を読み進める。
「おいおい、ちょっと待ってくれや。東をどうにかするんがあんたらの仕事ちゃうんか?」
「今回は藤原が動いているからな。俺たちがやれることは限られる」
「あの老害が?」
藤原の名前は伊達ではない。当然だ。藤原はあの猛虎伏草を創設した雨道の元パーティメンバー。舐めれるわけがない。
「一度横浜は東にくれてやる。モドキ共は一掃されるだろうが、使えそうなのは潜伏させておくから安心しろ」
モドキとは存在進化を経ていない探索者崩れの蔑称だ。探索者ライセンスを取り上げられ二度とダンジョンに入ることもできないため、存在進化を経ることもできない探索者擬き。大黒含む蜥蜴のような人間もライセンスカードは停止されているが、探索者協会内部の協力者がいるためダンジョンに入ることは簡単にできる。そもそもある程度の成長限界を迎えているため、今更ダンジョンに入る必要もないのだが。
「なんやねん。ほな、しばらくは大人しくしとけっちゅうんか?」
「そういうことだ。だが、それも直に終わる。藤原が動いたということは、我々の首を取りに来ているも同義。東は政府との結びつきも強いからろくに動けず、逆に伸びきった首を我々が斬り落とすだけだ」
「とうとうか。ほな、俺らが潜むんも、後わずかやな。久しぶりにダンジョン入って、天満さんへの貢物でも取りに行こかいな」
蜥蜴は丁寧に丁寧にモドキ達を使い、東が動き出せるよう餌を与えて待っていた。今回藤原が動いたのは、その餌に食いついたに過ぎない。蜥蜴にとってこの動きは予期していたものであり、ここまで初動から情報が抜かれていることは東も想定外だろう。
「全く。探索者もただの人間だということを、あいつらが何よりもわかっていないということが滑稽でならないな」
東の連中は、西が探索者を特権階級にしようとしていると認識している。それに対し、東は探索者は強大な力を持つからこそ紳士たれと能書きを垂れている。
一体全体現実が見えていないのはどちらだというのか。自分たちが一番探索者は特別だと思い込んでいるという事実すら気づけぬ東の動きは、大黒からしたら噴飯ものであった。
「それで、あの老害が出張るからって、ただ引くだけちゃうやろ? 何すんねん?」
「賽は投げられたのだ。ならば後戻りできぬよう、我々は奴らの背中を押すまでさ」
そう言って大黒は濁り切った泥濘のような笑みを浮かべるのであった。




