6話 東の動き
不屈の会。それは東京を中心に活動する探索者ギルドの代表や幹部たちが集い、懇親を深める会である。東京で活動する3つの特級探索者ギルドをはじめ、黎明期から探索者の活動を支えてきた一級や準一級探索者ギルドが参加しているその会が、今まさに開催されていた。
普段は世界の探索者を取り巻く情勢の動きから、昨今の探索者の傾向や育成論について議論が行われるのだが、今回は違った。
「横浜ダンジョン周辺では探索者の犯罪が増え、近隣住民からの苦情が増しております」
横浜を拠点とする一級探索者ギルド國造の代表である日吉が、横浜の現状を説明する。プロジェクターには近年の探索者絡みとされる犯罪件数の増加グラフが表示されていた。
「関東近辺で活動していた探索者崩れ達が横浜に集まりつつあり、特に川崎では深刻な被害が出ております」
探索者崩れとは、度重なる悪事や犯罪を犯し、探索者ライセンスをはく奪された者たちだ。探索者ライセンスが無いため二度とダンジョンに入ることはかなわないが、今まで上げたレベルやステータスは維持している。
探索者崩れは探索者高校からのドロップ組もいれば、ギルドから追放されたプロの探索者だった者もいる。そういった者たちが寄せ集まり、犯罪や犯罪組織の用心棒として活動しているのだ。
「大変ショッキングな映像ですが、これが現在の川崎です。朝になれば誰かが路上で死体を晒し、スキルによって家屋が倒壊することは日常茶飯事、そこに住まう人々は探索者に怯える生活を強いられております」
投影される資料には、通りに転がる死体や見せしめかのようにぶら下げられた死体が映る。よく見れば拷問を受けたのか死体に両目は無く、全身の骨が折れている様だ。他にも大地震でも起きたのかと思うような倒壊した建物など悲惨の一言である。
「神奈川県警の要請を受けて我々國造含む一部のギルドが治安維持に動いておりますが、地元の犯罪組織などが手を貸している状況のためうまく隠れひそみ、検挙することができておりません。恐らく県警内部にも情報を横流ししている者がおり、ガセ情報や初動の遅れなど後手に回っていると言わざるを得ません」
巨大な組織になれば、その分末端の管理は難しくなる。ギルドであれば探索者がメインのため裏切り者はいないと思えるが、警察組織ではその限りではない。金のためか、はたまた脅されてか。一般人が探索者相手にできることは限られていた。
「また、我々が動いた結果、見せしめということで二つの民家が襲われ、一家全員が殺害されております。情報提供者に至っては、川崎駅前でショーでもするかのように惨殺されております。この下手人については特定でき、探索者高校ドロップ組の末端でした。すでに情報は吐かせ死刑にしておりますが、大した情報は得られておりません。この見せしめにより、我々は思うように動くことができなくなりました」
どこかの国のギャングのように、報復、見せしめ、力の誇示を行う探索者崩れ達。警察や他の探索者が動けば過剰なまでに民間に被害を出し、民間自体から動かないでほしいと要望を出させるほどだった。
彼らは探索者法に則り、死刑が認められている。先の探索者高校ドロップ組はまだ四級探索者でもないため、刑務所での管理もできたかもしれない。しかし、探索者法では探索者高校所属者や四級以上の探索者が重罪を侵した場合、死刑にすることが定められている。
探索者は個の力が強いために、殺さずに捕えようとすると被害が拡大するための処置だ。無傷で捕えたところで閉じ込めておく檻を用意することも、それを監視できるレベルの高い人間を用意することもできない。結果、探索者は犯罪を犯せば悪即斬が認められていた。
随分乱暴な法律ではあるが、その分税金優遇など探索者を優遇する法律でもあり、犯罪を犯さなかったらいいだけなので真っ当な探索者からしたらありがたい限りであるのだが。
「これらの探索者崩れによる犯罪の増加は、大阪を拠点とする猛虎伏草と関係のある暗部組織、通称蜥蜴が原因であると考えられております。猛虎伏草系列のギルドである『ランドタイガー』が横浜に設立され、蜥蜴とみられる影がちらつき始めました」
関西系列の暴力団と結びつき、全国に根を張る蜥蜴。汚れ仕事を担う彼らは、次なる標的として関東を狙っていた。探索者崩れに端を発する探索者の排斥運動が起きる関東で、邪魔なトップギルドたちの動きを締め上げる。横浜を橋頭堡に、いずれは東京にまで蜥蜴の影は迫るだろう。
「ランドタイガーはフロントギルドでもあり、活動は問題ありません。特に何も知らない近隣の探索者高校の生徒も卒業生が所属しており、襲撃して検挙したところで得られるものは何もありません」
蜥蜴の住処となっているのがランドタイガーだが、検挙したところで大したものは出てこないだろう。むしろ若い探索者たちからは不当な調査を行う警察やトップギルドたちに不満を持ち、蜥蜴の思うつぼになりかねない。
「被害は探索者ギルドにも及んでおります。先の一斉検挙に参加した三級探索者の数名が殺害されました。所属先のギルドでは報復の動きがあるかと思いきや、この件に関しては完全に手を引くとのことです。取り付く島もなく、蜥蜴に脅されたことしかわかっておりません」
日吉も馴染みのあるギルドだったため、様子を伺いに訪問した。しかし、何があったかも何をされたかも一切話すことは無く、最後に『お前も今のうちに手を引くんだ』と忠告されたほどだ。かつては準一級探索者として武勇を誇っていた彼は、小さく縮こまり何かに怯えた姿からは綺麗さっぱり昔の面影は無くなっていた。
「それだけでなく、西の思想が広まりつつあります。これは横浜に限ったことではないと思いますが、探索者ファーストを掲げる彼らの思想は耳心地だけは良く、若い探索者を中心にその思想が波及しております。うちのギルドの若い探索者に意見を聞いたところ、探高の同級生の多くは同じ気持ちであり、本人も昨今の探索者を締め上げる動きに反発するため、探索者の尊厳を取り戻したいと話しておりました」
何を寝ぼけたことをと思うのが上の世代だが、反骨精神のある若い年代は西の思想に流されつつある。昨今の探索者の締め上げは探索者の犯罪に起因しているのだから、犯罪を助長するような活動に手を貸したら逆効果だろと思うのだが、探索者の尊厳などという甘美な響きは彼らの目を曇らすのには十分な効果を発揮していた。
「横浜以外でも探索者の手による不審な死が報告されております。これをきっかけに各地でも同様の事件が起きかねません。川崎の被害をこれ以上広めないためにも、また第二第三の川崎を生み出さないためにも、動く必要があると進言いたします」
そう言って、日吉が報告を締めた。
「日吉君ありがとう。このように年々猛虎伏草を含む西の動きは過激化しており、とうとう我々のもとまで手を伸ばしてきた」
不撓不屈の藤原が日吉から引継ぎ、この場に揃う各ギルドの重鎮たちに語り掛ける。
「時代は移ろいゆくものだ。探索者への尊敬も、時が経てば薄れてしまう。それを歯がゆく思う者がいることも理解できよう」
藤原は自分たちが探索者の最盛期を歩んできた自覚がある。誰からも尊敬され、讃えられ、まるで自分が英雄にでもなったかのような気分を味わってきた。しかし今では探索者は身近な存在になり、探索者高校設立による探索者の職業化を進めたことで、一部のトップ探索者以外は日陰を歩む者も少なくない。
故に、かつての栄光を味わいたいと思うのは当然だろう。それを歩んできた者たちが否定することはできない。
「西の声が大きいのは、それもまた時代。我々は受け入れ、それでも己が正しいと思う道を若者に示す。それが我々ギルドの務めである。異論は?」
藤原が会場を見回すが、異論がある者はいなかった。
「だが、そんなことを掲げるために、主張するために、周りに被害を出すのは違うだろう? それをワシらが寛容に見逃すなど、それこそ若者に示しがつかない。そうであろう?」
藤原の発言に、首を縦に動かす者たちが増える。
「探索者を排斥する声は探索者の犯罪が背景にもある。ならばわからせてやろう。探索者が犯罪を犯せばどうなるのかを。犯罪者共に、探索者たちに、民衆に」
藤原が獰猛な笑みを向ける。その顔を若い世代が見れば、藤原がそんな顔をするのかと驚くだろう。藤原は今ではすっかり好々爺であり、教科書にも載るほどの英雄だ。しかし、昔を知る者からすれば、今の獰猛な顔の藤原こそ馴染みのある顔であった。
藤原は義侠心ある漢である。だからこそ、戦後の日本を護るためにダンジョンへ入り、原爆を落とし日本を占領したアメリカを含む列強諸国で発生したダンジョンブレイクを鎮圧するために名乗りを上げたのだ。
だが、それと同時にダンジョンに魅入られ嬉々として戦いに赴く修羅の面も持っている。何の情報もなく手探りで探索していた黎明期にも関わらず、レベル200を超え特級探索者となった男は伊達ではない。
「ここに宣言する。我々不屈の会は蜥蜴を駆逐する。手始めに横浜に巣くう蜥蜴と犯罪者共を皆殺しだッ!!!」
東で活動する探索者は、西の探索者と比べると大人しいと思われがちだ。世間の声を受け入れるし、探索者には誠実であれと説く。とてもお行儀がよく、大人しく映るだろう。
だが、中身は同じ探索者だ。外面を付けているかどうかの違いでしかない。
彼らの本質は腕っぷしでのし上がる暴力が物をいう世界。同じ探索者が相手であれば、言葉で解決しようなどと砂糖菓子の様な甘い考えは持ち合わせていない。
奴らは喧嘩を売ったのだ。だから教えてやらねばならない。ここが誰のシマなのかを。




