4話 全力の練習
猛虎伏草のスカウトである西成と別れた翌日、鈴鹿は2層5区へと訪れていた。
ダンジョン入り口から2層5区まではかなりの距離があるが、ステータスが上がっている鈴鹿であれば走れば2~3時間でたどり着ける。昼食をチャチャッと済ませれば準備万端だ。
今日も配信をする予定なので、配信予約をしてきている。配信時間にアラームをかけているため、時間になったら配信するだけだ。だが、それは今ではない。配信するのは夜。夕飯を作りながら雑談配信をする予定だ。
では日中何をするのか。それは特訓である。
最近鈴鹿に永田や西成といった大手ギルドのスカウトが接触するようになった。みんな紳士的に接してくれ、ご飯もおごってくれるので鈴鹿としては今のところ不満は無い。いや、昨日食べた定食は美味しくなかったので次西成が来ても断るかもしれないが、それはそれだ。
彼らは特級探索者ギルドであり、いわば余裕があるギルドだ。一方で、余裕のないギルドだって世の中にはいくらでもある。鈴鹿はレベル156のエリアボスを倒して見せた。つまり、レベル150は超えることができると世界に知らしめたことになる。
レベル150を超える探索者は、一級探索者だ。いくつかステップは必要だが、鈴鹿をギルドに入れた時点で一級探索者ギルドに昇格できるということになる。さらに、前回の配信から鈴鹿ならばその先、特級探索者にも手が届くと判断したギルドも多いはずだ。それを狙って接触してくる者もいるだろう。
紳士的に来てくれたならば、鈴鹿も紳士的に対応する。しかし、悪意を持ってこられたら、鈴鹿も特大の悪意を持って接してしまうだろう。母数が増えれば必然的におかしい者がまぎれる確率は上がるもの。ならば、それに備える必要がある。
そこで何を特訓するのかというと、全力で戦う練習だ。鈴鹿は基本的に能力をセーブして戦っているきらいがあるため、いざ本気で戦ったらどんな動きになるのかいまいち読めないところもある。特に、前回の雷鳥戦で雷魔法が強化されたことで、身体強化に準ずる魔法を手に入れたことが大きい。
雷魔法はスキルレベル3になると、自分の動きを強化する魔法が使えるようになる。他の火や水であれば防御系の魔法を覚えるのだが、雷魔法はレア魔法ということもあってか他とは違い取得したのは自身の強化魔法であった。
「いやぁ、前回の雷鳥戦は最高だったな。あんなどんぴしゃなエリアボス来たら、配信なんてしてらんないよ」
あまりにも青天雷鳥というエリアボスが魅力的過ぎて、配信よりも断然優先して戦ってしまった。でもあれはしょうがなかった。1層5区の風雷帝箆鹿の宝珠から雷魔法が発現したので、前回のエリアボス戦で雷魔法のスキルレベルを上げようと画策していた矢先に、おあつらえ向きのエリアボスが現れたのだ。テンション上がって雷魔法のスキルレベル上げに勤しんでしまったのも致し方ないだろう。
そのおかげもあって、雷鳥を倒した後の鈴鹿のステータスはこうなった。
名前:定禅寺鈴鹿
存在進化:鬼種(幼)
レベル:103⇒116
体力:778⇒843
魔力:892⇒990
攻撃:981⇒1102
防御:860⇒944
敏捷:972⇒1094
器用:819⇒894
知力:732⇒784
収納:409⇒461
能力:剣術(5)、体術(9)、身体操作(8)、身体強化(10)、魔力操作(9)、見切り(8)、金剛、怪力、強奪、聖神の信条、雷魔法(1⇒8)、毒魔法(8)、見えざる手(8)、雷装、思考加速(7)、魔力感知(9)、気配察知(7)、気配遮断(9)、魔法耐性(4⇒7)、状態異常耐性(8)、精神耐性(7)、自己再生(8)、痛覚鈍化、暗視、マップ
ステータスは順当に上がっている。聖神の信条による不死というリスクをゼロにするような特級のスキルが発現しているが、それでもこれだけレベル差があるためか、一人で挑んでいるためか、はたまた鈴鹿の戦い方によるものか。どれかはわからないが、リスクありと判定されているようだ。
スキルレベルを上げる目的だった雷魔法は、一気にレベル8まで上昇することができた。雷魔法だけで倒しきったのだからレベル9までいけたかと思ったが、まだ足りなかったようだ。それ以外では魔法耐性が上がっている。途中から雷鳥の攻撃が効きにくくなったのは、このスキルによるものだろう。
雷装は雷魔法の身体強化をさらに高めるスキルで、加えてプラスアルファで攻撃時に雷撃を追加できるスキルだ。例えば、雷装を纏って殴りつければ、打撃+雷撃が相手に与えられる。これにより相手の神経系を狂わせたり、毒手のように蓄積されるダメージを与えることができる汎用性に優れたスキルである。
結果、雷魔法も十分スキルレベルが上がり、宝珠からは万能なスキルを得られた雷鳥戦は、大成功と言えた。
アイテムのドロップも多く、武器が一つ、一式防具が一つ、装飾品が二つに、各種素材も入手できた。素材の中には肉も入っており、今晩は雷鳥のから揚げを配信で作る予定である。
そんなホクホクな雷鳥戦を終えたことで、鈴鹿はさらに強くなった。だからこそ思ったのだ。今全力で戦ったらどんな動きになるんだろうと。
ただ、全力で戦ってもエリアボスが相手だと焔熊羆の二の舞になることは推して知るべし。結局呆気なく倒してしまい、スキルも成長しないし自分が強くなったなとしか感じることは無いだろう。
鈴鹿はあくまで客観的に見てそう判断しているが、言っていることは無茶苦茶である。鈴鹿と同じくらいステータスを盛っているパーティが、レベルをしっかり上げ装備を整えて死闘を演じるのがエリアボスなのだ。それなのに、ソロで挑みかつレベルが大きく劣る鈴鹿がどうしてここまでエリアボスを圧倒できるのか。それは高レベルのスキルがあるからに他ならない。
レベル150前後くらいになればレベル8程度のスキルを持つ探索者も現れる。蠱毒の翁のように長い年月をかけて研鑽してレベル8に届く者もいれば、エリアボスと死闘することで成長を促しそこまでたどり着く者もいる。
しかし、それはあくまでメインで使用している本命のスキルがその領域に辿り着けるかどうかというレベルだ。鈴鹿のように多種多様なスキルが軒並み高水準な探索者は異端である。多くのスキルが高レベルのため、通常のパーティではお互いでまかない合う部分を全て一人でこなすことができるのだ。
近距離での高火力も、魔法による遠距離攻撃も、怪我や状態異常の回復も、敵の攻撃は見切りで避け、どう詰めれば良いかは思考加速ではじき出し、敵の攻撃は魔力感知で察知し、気配遮断を使用して死角から最大火力を打ち込む。
これがたった一人でなせるからこそ、鈴鹿はソロであってもエリアボスと戦え、圧倒することができるのだ。一人だからこそ隙が無く、一人だからこそ連携の遅れも一切ない。ワンマンアーミーあらためワンマンパーティが鈴鹿なのだ。
そんな鈴鹿は、全力でエリアボスには挑まない。それはただレベルが上がるだけであり、スキルの成長に繋がらないからだ。ではどうするか。簡単だ。一人で鍛錬すればよい。
全力の状態の動きを体感し、身体に叩き込む。その力強さ、速さを素の状態でも再現できるよう強化を切って鍛錬する。それを繰り返せば、いずれは体術のスキルレベルを10にできるのではないか。そう鈴鹿は考えていた。
「次のエリアボスで1個くらいスキルレベル10に上げたいしね。そのために今日明日は鍛錬だ」
やることを整理した鈴鹿は、全力を出すために自身に強化を施してゆく。身体強化に魔力を充填し、雷魔法を発動する。バチバチと身体から漏れ出た魔力が白き雷となって身体を暴れ回る。しかし、それも魔力操作によってすぐに制御され抑え込まれてゆく。
次に雷装を纏った。攻撃にも使えるスキルだが、雷魔法の強化を強めてくれる効果もある。
「うぉおお……すごい。スーパーノヴァだ……」
鈴鹿の夜天の毒手が輝いていた。今までは魔力を十全に込めると、闇夜で星々が煌めくように輝く程度であった。しかし、今は腕の中を雷が弾け超新星爆発みたいになっていた。まるで夜を遠ざけた白夜のように、鈴鹿の毒手は姿を変えていた。
「大丈夫かこれ? 我が腕ながら怖いぞ。爆発したりしないよな?」
腕が耐え切れず爆発しても治るのだが、あまりに力が内包されているため恐ろしくもあった。
しばらく観察した後に、存在進化を解放する。黄金の瞳は瞳孔が爬虫類のように縦長になり、額から一本の角が生えてくる。それと同時に、凄まじい力の奔流が鈴鹿に流れ込んでくる。
溢れ出る全能感。猛烈な破壊衝動。普段押さえつけている鈴鹿の凶暴性が胎動し出す。
目の前がちかちかと火花が飛び散り、世界が歪んで見えるのにいつも以上に周囲を認識できる。ふわふわと浮いている様な、されど地に足が着いたような、気持ちが悪く気持ちの良い感覚を感じながら、鈴鹿はさらに力を解放する。
「聖光衣」
鈴鹿の背に魔法陣が浮かび上がる。すぐさま砕け散れば、黄金の雪のように鈴鹿にそれらが降りかかり、気づけば透き通る黄金の祭服を羽織っていた。
その瞬間、鈴鹿の姿が掻き消えた。右で光ったかと思えば、後ろで爆発が起こる。何かが左へ通り過ぎたかと思えば、はるか前方の渓谷が大きくえぐれるほどの衝撃が起きる。
それだけ大規模に動きながらも、鈴鹿はただの一体も5区のモンスターを倒しはしない。倒せばレベルが上がってしまう。そうすれば成長のチャンスが無くなってしまう。感情の奔流で発散する思考の中、それだけは正しく理解し、鈴鹿は今持てる全力で以て暴れ続けた。
この状態を身体に刻み込むために。素の状態でこの状態に近づくために。どんな動きをすればどんな風に身体が動いてくれるのか。丁寧に丁寧に、5区のエリアを破壊しながら、鈴鹿は全力の状態を身体に馴染ませてゆく。
その破壊活動は3時間にも及び、鈴鹿の魔力が切れたことで終わりを迎えた。




