3話 勧誘
鈴鹿は八王子駅前で買い物をしていた。明日からまたダンジョンで寝泊まりするので、そのための買い出しだ。
もう何度もダンジョンで寝泊まりしてるため、買い物のルーティンも出来ている。シーカーズショップにて薪やら炭やら足らなくなった消耗品を補充し、その後に食材を買い足す。ルーティンに従い、鈴鹿はシーカーズショップでキャンプ道具のチェックをしていた。ダンジョンで寝泊まりする度にあれがあったら便利かもとか、これあったらオシャレだなぁとか、ついつい欲しい物が増えてしまうのだ。
しかし、通常のキャンプで使用する分にはそれでも問題ないが、鈴鹿はダンジョンで使うため持ち込める物には限りがある。今も買うべきかやめるべきかを実際に手に取りながら真剣に悩んでいた。
「何かお悩みですか?」
声をかけられ振り返れば、綺麗な店員さんが立っていた。どことなく身のこなしがしっかりしてるから、元探索者かもしれない。店員さんは鈴鹿の顔を見ると一瞬目を見開いたが、それも僅かですぐに営業スマイルへと戻った。
その様子に鈴鹿はプロを感じる。鈴鹿は美の化身のような可憐で中性的な顔をしているため、基本3度見くらいされる。多いときは5度見くらいされることもあるくらいだ。それなのに目の前の店員はわずかに眼を開いただけ。この店員、出来る。と勝手に鈴鹿の中で株が上がった。
「そうなんです。これを買うかどうか迷ってまして」
「それは……アウトドアでご使用になられるんですか?」
「いえ、ダンジョンで使おうかと」
「えぇっと。どういったことに使われるのですか?」
「そこなんですよ! 使い道がなくて困ってたんです。何かダンジョンで使えそうなことないですかね?」
鈴鹿が握っているのはテントを張る時に使うペグ用のハンマーだ。デザインがカッコよく、鮮やかなオレンジ色が差し色に入っている目を引く一品だった。デザインが素敵なので買いたいのだが、いかんせんダンジョンで使う用途が見いだせず買うかどうか迷っていたのだ。
「こちらはテントを立てる際にペグを打ち付ける目的のハンマーですが、ダンジョンでテントやタープなどお使いになります……か?」
絶対使わんだろという顔を浮かべながら問いかける店員。その通り。使わない。
「他の使い道となりますと、クライミング用のハンマーでもないですし……」
悩む店員と鈴鹿。しばらく悩んだが、思いつかなかったのでとりあえず買うことにした。
「一応キャンプもするので買います」
「ありがとうございます。キャンプでしたらテント作業で活躍できますので、ぜひお使いください」
普段店員さんと会話することがないので、いいタイミングかと追加でおすすめなキャンプ道具があるか聞いてみる。
「ダンジョンではなく、アウトドアでご使用されるのでしたら……そうですね、こちらなんてどうでしょうか」
とことこ店員さんの後を付いて行けば、BBQグリルが並ぶコーナーに案内された。グリルはいらないなぁと思っていたら、その脇に設置されたコーナーを紹介される。
「燻製器などいかがでしょうか。燻製は意外にお手軽に楽しめますし、普段とは趣の異なるアウトドア料理を楽しめるかと思いますよ」
「お姉さん天才ですか。どれがおすすめですか? できるだけコンパクトな奴がいいんですけど」
「それでしたらこちらですね。折り畳めるBOX型の燻製機で、底面にスモークチップやスモークウッドを置くだけで簡単に燻製ができます」
「買います。これください。ついでにスモークチップとかもおススメあれば教えてください」
このサイズなら収納袋に入るし、燻製なんてなんともおいしそうな料理を作ることができるアイテムなら買わない選択肢は無い。最高のアイテムを紹介してもらった。チップなどないのだろうか。店員さんに感謝の気持ちでいっぱいだ。
燻製チップが楽だということで、多くの中から良さそうなのを選び購入することにした。それに加え前回の探索で消費していた薪や炭、それから減ってきた着火剤なども購入する。思いがけないところで素晴らしいアイテムを購入した鈴鹿は、邪魔になる荷物を収納袋に詰めてゆく。
あまりの大きさの収納袋を二つも取り出したことで、その時ばかりは店員さんもポカンと口を開けていたのは面白かった。素晴らしい店員さんを見つけたので、次来た時もいたら声をかけてまた何か紹介してもらおう。
シーカーズショップを後にした鈴鹿は、食材の買い出しの前に昼食をとることにした。鈴鹿は麺が好きなためいつもラーメンやそばうどんにすることが多いのだが、今日はどうしようか。
昼食選びは鈴鹿にとって重要項目なため、真剣に悩む。しかし、その悩みを邪魔する輩がいた。
後ろを振り返れば、少し離れたところに一人の女がいた。古ぼけたジャージにニット帽、帽子から出ている焦げ茶色の髪はくせっ毛なのかはねていた。パッと見はガラの悪い女。元ヤンか、格好だけで言えば昼間から飲んだくれてるおっさんのようにも見える。顔は整っているのだが、先に格好に目が行くためにわかりにくく、ギャップが凄そうな女だ。
そんな普段は気にも留めない女に何故鈴鹿が反応したのか。それは気配遮断を使用して後を付いてきたからだ。
鈴鹿も普段は気配遮断を使っている。容姿が整いすぎたあまり道行く人々に何度も顔を見られるため、鬱陶しくて気配を消しているのだ。といってもダンジョンで使っているようなガチガチの気配遮断ではなく、一般人には気づかれにくくなる程度の僅かなものだ。顔に認識が行きにくいというだけで、さっきの店員さんのようにそこに鈴鹿がいることは認識できるレベルである。だからこそ話しかけたら気配遮断が解除され、至近距離に超絶美形の鈴鹿が現れたから店員さんも驚いたのだ。
このように、普段から気配遮断を使う者もいる。だから、最初は鈴鹿もその女が気配遮断を使っていても気にしていなかった。随分本気で気配遮断してるなぁ程度だ。だが、シーカーズショップを出てきた辺りから鈴鹿の後ろを付いてくるのはいただけない。あんまり人がいなそうな路地に曲がっても付いてきたため、何用だろうかと振り返った。
「はっは、さすがやなぁ。これでも隠れるんは自信ある方やねんけどな」
そう言って降参だとでも言うように両手を上げてひらひらする女。どうやら本当に鈴鹿に用があったみたいだ。
関西弁。それもこのタイミング。昨日会った永田が言っていた西のギルドの関係者だろうか。
「なんです?」
「用件くらい察しついてるやろ? アンタを勧誘しに来たんや」
鈴鹿の予想は当たったようで、ギルドへの勧誘のようだ。ならば話は簡単だ。鈴鹿の答えは決まっている。
「あ~すみませんが、もう所属するギルドは決まってるのでお話は受けかねます」
「まーまーまー! そない冷たいこと言わんと、話だけでも聞いてや!」
「いや、話聞いても気持ちは変わらないんですが……」
「そない言わんといてや! ウチかてアンタと話さんことには帰られへんねん。どや? うまい飯でも食いながら、話だけでもしよや~」
困った困ったと笑いながら、ご飯に誘う女。その言葉に、鈴鹿の心は揺れ動く。
永田が連れて行ってくれたカフェは、八王子に住んでいる鈴鹿でも知らなかった美味しいお店だった。イケオジこと不屈の藤原が連れて行ってくれたお店は、八王子で有名な高級レストランだった。
では、このスカウトらしき人物が連れて行ってくれるご飯屋さんは?
「しょうがないですね。ご飯だけですよ? 話聞いてもギルド入らないと思いますけど、いいですね?」
「かまへんかまへん! よっしゃ、行こか! アンタ探してるときにな、めっちゃうまそうな飯屋見つけてん!」
そう言って付いて来いと歩き出す女。だが、何かを思い出したようにすぐに振り返ると、鈴鹿に告げた。
「自己紹介まだやったな。ウチは猛虎伏草の西成や。よろしゅうな、鈴鹿くん」
そう言って、西成は鈴鹿を先導するように歩き出した。
◇
ボロい。それが鈴鹿の感想だった。
「こういうとこがうまいんや! ついてき〜や、鈴鹿くん!」
絶対に鈴鹿であれば選ばない店。そんなお店に西成は入っていった。
本当か? 本当に美味いんか? そう疑問に思いながらも、西成がお店に入ってしまった手前、渋々鈴鹿も入店する。
「はぁ、趣あるなぁ。おっちゃん二人や。ここ座るわ」
物は言いようだ。鈴鹿にとってこれは趣ではない。不衛生だ。狭い店内にはよくわからないホコリが被った置物や、何時のだよという日焼けした新聞や雑誌などが積まれている。床もペタペタと油っぽいし、正直鈴鹿は帰りたかった。
「ウチはミックスフライ定食と瓶ビールで! 鈴鹿くんは何にすん?」
「じゃあ僕もミックスフライで」
「あいよ」
店主が厨房から注文を受け取る。客が鈴鹿達以外誰もいないため、早く提供されそうだ。お昼時にもかかわらず鈴鹿たちしかいないというのも、鈴鹿の不安を煽る一因にもつながっているのだが。
「ほんなら、用件やけど、直球で行くわ。鈴鹿くん、猛虎伏草入らへん?」
「遠慮しておきます」
「かぁー! そこは景気よく打ってもろてや! 見逃したらあかんで!」
何が言いたいのかよくわからないが、鈴鹿の答えは変わらない。
「猛虎伏草っちゅうたら大阪の最大手ギルドやで? 入りたいっちゅう希望者で溢れかえってるギルドやねんで?」
「有名ですもんね。けど所属するギルドはもう決まってるので、無理ですよ」
「それ、不撓不屈かいな?」
随分と直球で聞いてくる。まぁ、西と東で仲悪いみたいなことも聞いてるし、気になるのだろう。カマをかけられている気もしないでもないが、別に気にしない。
「違いますよ。探索者高校に通ってる友人が作るギルドです。なのでまだ影も形もありません」
「ああ、そやそや、配信でそない言うてたな。仲ええんやな」
「はいよ、瓶ビール」
おじさんが持ってきたビールをちょっと薄汚れてそうなグラスに注ぎ、西成はすぐに飲み干す。
「かぁーっ、うまいわ! 昼間に呑むビールが一番うまいな。鈴鹿くんも呑むか?」
「いえ、大丈夫です」
どう見ても未成年の鈴鹿に酒を進める西成。こんな大人にはなりたくない。
「鈴鹿君はまだ若いからなぁ。東が窮屈やって感じたこと、あらへんやろ?」
「窮屈? 特にないですね」
「せやろな。東京しか知らんからな。いっぺん大阪来てみぃや。大阪は探索者の国やで。こんな探索者を締め付けようとする東京やったら考えられへんパラダイスや!」
「はぁ」
その後も、西成は西と東について語っていた。鈴鹿も知らないことが多かったので、社会情勢を知るいいきっかけになった。
昨今の世間に対する探索者の地位は下がりつつある。探索者が戦後の日本を立て直したのは事実であり、その功績は大きい。しかし、時が経つに連れその時代を生きる者たちは減ってゆき、長い年月は感謝の念を薄めるには十分すぎる効果を発揮した。
何時しか日本を支える根幹であった探索者は一つの職業へと成り替わり、若い世代からすれば就職先の一つでしかなくなっていった。
「ダンチューブなんてけったくそ悪いコンテンツも、それを助長しとるわ。あ、鈴鹿くんは気にせんでええで。あんたの狂鬼チャンネルはむしろ逆、探索者の尊厳を取り戻すええ動画や。ぜひ続けてほしいわ」
西成いわく、ダンチューブは探索者が舐められることを助長しているという。鈴鹿の様な圧倒的な強さを配信したり、蠱毒の翁のように探索者向けのコンテンツはたしかに有意義である。しかし、視聴者に媚びを売るようなダンチューバーもまた、その数を増している。
結局、探索者向けの動画を配信したって視聴率はあまり伸びない。大多数の人間は探索者ではないから当たり前である。ダンチューブで成功するためには、多くの一般人を呼び込む必要があるのだ。つまり、一般人を楽しませる動画配信が増え、視聴者はそれを受けて増長しだす。
視聴者の言いなりとまではいかないまでも、視聴者の意見を無下にはできない。特にスパチャのようなお金が絡むと余計難しくなる。配信者である探索者も、お金を貰っているからできるだけ対応しようとするし、視聴者はスパチャをすれば探索者が言うことを聞くという潜在意識が生まれてしまう。
「なるほど。確かに。お金貰ったらできるだけやってあげたいと思うけど、その関係だと視聴者が増長するかも。結局お金を出せる奴が偉いって」
「せやろ? 特に媚びへつらってるやつらは、存在進化もできへん落ちこぼれや。そんなやつらは、せせこましくダンジョンでアイテム持って帰っとけばええのに、ちやほやされたり、ちょっと小遣いもろただけで、バカ犬みたいに何でも言うこと聞いて、探索者の足引っ張っとるんや。腹立つやろ?」
西成の言い分もわからなくもない。探索者として今まで築いてきた地位があり、それに見合うよう頑張っている者たちもいる。それなのに、存在進化もできないイコールリスクを捨てた安全な探索をしてきた者たちが、頑張ってる探索者の足を引っ張りかねない行為をしているとなれば、怒りも湧くだろう。
探索者を大衆向けのコンテンツに落とし込もうとしているのだ。探索者に誇りを持っている者からすれば、受け入れがたいものかもしれない。
ダンチューブのおかげで探索者が身近に感じれる一方で、舐められる要因にもつながっている。最初は視聴者も探索者に配慮の気持ちがあるだろうが、時間も立てば慣れてくる。特に西成の言う三級探索者などはダンジョンでの稼ぎが多いわけではないため、ダンチューブの収益も重要だろう。そうなれば視聴者からも足元を見られるケースが出てきかねない。
さらに、ここに来て探索者起因の犯罪なども増えている。探索者が身近になったことで文句も言いやすくなり、結果探索者に対する締め上げを強く訴える声が世論に出始めているのだ。
その流れは実に自然で、迷惑を被っているから声をあげているのでなんら問題はないと思うが、西成は不服らしい。
「それもこれも、東がええ顔しいなんが悪いんや。探索者に高潔さ持てとか矜持持てとか、世間に言われたまま探索者に文句言うて。ありえへんやろ? 探索者守るんがお前らの仕事やろがい!」
西成は二本目の瓶ビールを飲みながら、提供されたミックスフライ定食をつまむ。
それを言われたら鈴鹿もそうかもと思えてしまう。確かに探索者の犯罪者ならば痛烈批判してもしょうがないが、探索者全体に言うのは違う。むしろ、多くの探索者は命がけで頑張っており、こちらも迷惑していると発信するべきだ。でなければ、トップギルドが探索者のことを悪いと認めたと捉えられかねない。
元々この世界の鈴鹿も探索者にあまりいいイメージを持っていなかった。良く世間に迷惑をかける連中という認識で、そこにリスペクトは感じられなかった。そう言った世代が増えつつあるというのが、現状の問題点なのだろう。
「鈴鹿くんも思うところあるやろ?」
「う~ん。今のところ何もないですけど、話聞いてたらいずれ出てきそうな気はするかなぁ」
「ほんまか? 鈴鹿くんの配信、見させてもろたけど、コメントにもひどいのおったで? あんなコメントするやつ、10年前やったら考えられへんわ」
配信していると確かにアンチコメントも多く流れてくる。だが、鈴鹿はいちいちそんなもの気にしない。10人いれば10人の意見があるのだ。批判することが好きな奴も中にはいる。鈴鹿の中にどうしようもない地雷ができてそれを踏み抜いたらわからないが、今のところは無視できるレベルだ。
「まぁ、本人がええ言うならええわ。言いたいんは、ここ最近の探索者の舐められっぷりや。その裏には、探索者を縛ろう思とる連中がおって、東はそれに迎合しとるんや。そこが許せへんわ」
自分で調べてないから何とも言えないが、ここは認識ずれが起きてそうな気もする。話は聞きますよ、を迎合していると捉えているかもしれない。その辺りは一度自分で調べてみる必要があるだろう。
「探索者は自由や。それを縛ろうとするもんをうちらは絶対許さへん。鈴鹿くんも、そこまで強いんやったら分かるやろ? うちらは強くなるために泥水すすってでも命投げ出して戦ってきたんや。それを、恩恵だけ受けといて枷はめようなんて、あんまりやろ? うちらは国の奴隷ちゃう。自由を信奉する探索者やで」
熱くなっているからか西成の魔力が微かに動いた。鈴鹿もたまに興が乗ると圧が強くなるため、探索者特有の症状かもしれない。
それにしても犯罪者という極端な例をやり玉に挙げて全体を縛ろうとするのは、確かにいただけない。探索者が犯罪者ばかりみたいにみられるのも癪だと思う気持ちもわかる。犯罪者には厳罰化、これだけでいいだろう。
だが、それでは気が済まない連中もいるのだ。鈴鹿は政治家を目指しているわけでもないため、そんな連中は知らんと話を聞くつもりはないが、大手ギルドともなると批判を受けることも多いのだろう。
「どうや、鈴鹿くん。ウチに入る気あらへん? 猛虎伏草はアンタを歓迎するで。きっと鈴鹿くんも大阪気に入る思うわ」
「う~~~ん、確かに興味は多少なり出ましたが、それでも入る気はないですね」
「そかそか。まぁ、しゃーないな。今日は挨拶が目的やし。無理に誘うて嫌われてもアカンから、この辺で止めとこか」
諦めるつもりはないが、無理強いするつもりもないらしい。まぁ、無理強いしても突っぱねるのだが。
「おっちゃん、お会計な。あ、領収書お願いや。猛虎伏草で頼むわ」
「あいよ。毛根一掃ね」
「しばくでじじい」
耳の遠い店主のせいで西成から魔力が噴き出しあわや大惨事になりそうであったが、西成が鈴鹿の手前何とか抑えたため事なきを得た。やはり探索者は気分が高揚すると魔力が噴き出るのだろう。
こんなん大阪やったらありえへんわ。猛虎伏草は、戦後を支えたあの雨道さんが作ったギルドやで? こういう敬意のかけらもないとこが、東の実態や。鈴鹿くんも、早よ大阪来いや。としこたま文句を言っていた。
「ほなまたな。名刺渡しとくから、すぐ連絡ちょうだいな」
「なんかあれば」
「東だけには付かんといてな。うちらも鈴鹿くんと争いたないから」
そう言って、ひらひらと手を振りながら去ってゆく西成。
その後ろ姿を見ながら、鈴鹿は思った。あの定食屋、ボロいうえに不味かったな、と。




