1話 お茶友達
八王子の隠れ家的カフェ、そこで鈴鹿はお茶をしていた。
「ここはですね。はむっ。パンケーキが絶品なんですよ」
「ほんとだ。うっま」
鈴鹿の向かいに座っているのは不撓不屈のスカウトである永田。お茶しよと誘われたため、奢りというのでノコノコ付いてきたのだ。お勧めのカフェがあると言われて付いてきたが、お勧めするだけある美味しいお店であった。
「実はプリンもおすすめなんですよ」
「そうなの? 永田さん詳しいですね」
「スカウトですからね。全国津々浦々の美味しい物は知っていないとやっていけません!」
スカウトとどう紐づくのかわからないが、まんまと鈴鹿は連れ出されているのであながちやり方は間違っていないのかもしれない。
永田と鈴鹿は一通りパンケーキを食べ終わると、先ほどまでしていた会話に戻った。
「それにしても、定禅寺君があそこまで強いなんて思いませんでしたよ」
「前回の配信だとずっとボコボコにされてたと思うんですけど」
「雷鳥戦ですか? あれもヤバかったですけど、その前からですよ! 4区や5区のモンスターも簡単に倒しちゃいますし、1層5区のエリアボスに至っては何ですかあれ? 日本最古参を名乗っている不撓不屈ですら、あんなエリアボスレクチャー動画持ってませんよ!」
1層5区のエリアボスを紹介するとき、鈴鹿は1体1体どんなモンスターか簡単にレクチャーしていた。気配遮断で隠れて配信するだけよりも、動いてるところも見れた方が盛り上がるかなと思っての鈴鹿なりのサービスでもあった。
永田に言われて思い返してみれば、確かにやり過ぎだったかもしれない。エリアボスとは探索者の適正エリアでしか出現せず、レベルが上昇してしまうと出現しなくなってしまう。そんな死闘必至のはずのエリアボス相手に、鈴鹿はまるで癇癪を起すペットをあやすかのように戦って見せた。スキルレベルが軒並み高い鈴鹿だからこそできるはなれ業であり、他の探索者が見たらさぞ驚愕映像だったことだろう。
今更失敗したかもと思っても仕方がない。それにこの前の雷鳥戦では思わずテンション上がって深く考えず色々やってしまった感が否めない。もうここまできたら隠すことに意味は薄く、むしろ積極的に開示していくことで手を出したらやばいと思わせるしかない。これは失敗ではないのだ。成功への布石。そう、布石なのだ。
この前レベル1から今に至るまでの話をしたため、中学の同級生や八王子ダンジョンで探索している者は狂鬼が鈴鹿だってことは容易に結びつけられただろう。そうなると、リアルで凸してくる者が出てくるかもしれない。
ダンチューバーは拠点となるダンジョンに現れるのだ。待てば会えるのがダンチューバーである。節度を持って声掛けしてくるならいいが、変なことしてきたら反射的に手が出ちゃいそうだ。自衛のためにも被害を出さないためにも、そろそろ拠点を八王子ダンジョンから移してもいいかもしれない。
鈴鹿は生配信中のコメントを読み返したり、ダンチューブのまとめ動画や掲示板を見ないので知らないが、もはや引き返せないレベルで鈴鹿の存在は日本中、いや世界中に広まりつつあった。エリアボス相手を軽々しくあしらう程度であればまだよかったが、この前の雷鳥戦では実際にスキルが恐ろしいスピードで強化されている様子を配信していた。
多くの人間は動画を見ても、本当は雷魔法のスキルレベルは元々5くらいはあって、徐々に使える技を上げてゆきスキルレベルが上がった演出をするのかと思っていた。しかし、40時間近くもエリアボスと戦い続け、ゆっくりと、しかし確実にやれる幅が広がっていったあの動画を見せられれば、誰もがスキルが強化された結果だと理解させられた。その方法と結果は凄まじい衝撃を世界に与え、各ギルドに各国が狂鬼の配信を見て考察を深めていた。
当然あの配信を見た人間には疑問が生じる。今回はたまたま雷魔法を成長させただけだと。つまり、今までに一体どれだけのスキルをこの方法で成長させたんだ?と思うだろう。
探索者にとって他の探索者が何より脅威なのは、スキルとアイテムだ。事ここに至っては、狂鬼が所持しているスキルレベルの高さが伺え、まだレベル100前半だとなめてかかれば確実にこちら側が痛い目を見ると知らしめるには十分すぎる内容であった。
それに大多数の人間は狂鬼に恐怖している。雷鳥戦までは、ただすごく強い探索者というのが世間での狂鬼に対する評価だった。行動はおかしいし、常識では考えられないような探索をしてるけど、変わり者の凄い奴くらいの認識だ。
だが、雷鳥戦を見た後の狂鬼に対する世間の印象は大きく塗り替えられた。怖い。ただただ怖い。普段普通なふりをしているサイコパス。狂人。修羅の国の鬼人。動画という圧倒的な隔たりの有るデバイスで見るからこそなんとか見れるのであって、雷鳥戦を終えた後に狂鬼に会ってみたいなどと思う者は皆無である。
危険な場所や人物には好奇心として見てみたくなることはあるが、実際にその場に行きたい、会ってみたいと思える者は少ないだろう。鈴鹿も世界のスラム街を周るクレイジーな旅番組を見たことがあったが、どんな場所だと興味は湧いたが自分は絶対に行きたくないと思ったものだ。そういうことだ。世間は狂鬼に会いたいとは思わない。
「というか、ナチュラルに狂鬼が私って断定してますけど、そんなわかるもんですか?」
「タイミングがタイミングでしたしね。ちょうど定禅寺君をスカウトするために私たちも調べてましたから。1層5区を一人で探索できる若者が、日本に二人も同時には出てきませんよ」
「あ~、それもそうですね」
ソロ探索というだけでも珍しいのに、4区5区を探索しているとなると紐づけられるのも当然と言えば当然だ。
「それに、定禅寺君が使ってるあの大きな葛籠。側面に『鈴鹿』って書かれてますから、身バレしたくないのでしたら気を付けた方がいいですよ」
「あっ!! たしかに……」
関取の明荷の側面には朱色の墨で鈴鹿と書かれている。見れば名前が即バレだ。ただ、あれから鈴鹿が名前って繋がるかも微妙なラインではあるが。気を付けよう。
「ですが、狂鬼を定禅寺君と認識できているギルドはまだ僅かじゃないですかね? あんな武神みたいな強さの仮面の中身がこんな綺麗な男の子ってみんな知ったら、腰ぬかしますよ!」
私も驚きましたし~とコロコロ笑う永田。鈴鹿自身も、そうだろうなと思う。結構パワータイプな戦闘をしているはずなのに一向に筋肉は付く気配が無く、白くて線の細い身体のままだ。顔云々は置いといても、こんな華奢な鈴鹿が自分の何倍もあるエリアボスをぶん殴っている姿は、自分でも結びつかない。ステータスの神秘だ。
「まだってことは、みんな狂鬼の中身は誰だって探ってるんですか?」
「そうですね。ご存じかもしれませんが、狂鬼チャンネルは凄い反響ですよ。うちも含め、特級探索者ギルドや一級探索者ギルドがこぞって何者だ!って調べてますね」
「うわっ……来ないでほしい」
「あっはっはっは! それは難しいんじゃないですか? あ! 動画の冒頭でギルドには入らないから来ないでね!って説明した方がいいですね! それだけでもかなりの効果があると思いますよ!」
「そんなもんですか?」
言ったら止めてくれるなんて、そんな優しい世界だと嬉しい。
「当然ですよ。正直一級探索者では定禅寺君止められないですからね。特級探索者ギルドも東京ダンジョンを拠点にしているギルドであれば変なことはしないですよ」
暗に大阪にある深層ダンジョンで活動している特級探索者ギルドはその限りではないと言っているようなものだ。前にもイケオジこと不屈の藤原とご飯食べた時も、西には気を付けろ的なことを言われた。
「正直、各ギルドも定禅寺君の扱いはどうするか迷ってると思いますよ」
「そうなんです?」
「当然です。ギルドと探索者はギブアンドテイクの関係です。ギルドは探索者の成長を助け、探索者は得られたアイテムをギルドに持ち帰る。基本がこの形です。ですが、定禅寺君の場合ギルド側が定禅寺君に提供できるものは全然ありません。以前も私とお会いした時ギルドは必要ないとおっしゃっていたでしょ? あの時は不撓不屈ならばそんなことないと思ってましたが、今は強く勧誘することはできないですし」
残念ですぅ~といいながら、紅茶を飲む永田。レベル100は凄いとはいえ、そこまでたどり着ける探索者は割といる。そこから先が恐ろしく大変なのだ。だからこそ、永田はその先を手助けするためにも鈴鹿に不撓不屈は必要だと思っていた。しかし、雷鳥戦を見た後には永田の意見は変わった。
未知のエリアボスに、対策装備もろくに整えず、あまつさえ低レベルであろうスキルだけを使ってエリアボスを倒す。そんな規格外という言葉が陳腐に感じられるような探索者に、一体何を提供できるというのか。
永田はスカウトが仕事であり、強い探索者を勧誘することが仕事だ。だからといって、勧誘した探索者にメリットが無い状態で無理やり勧誘しようとは思えない。それが永田の流儀であり、ギルドもその方針を否定することは無いと自信を持って言える。
「だから今日は勧誘の話は無いんですね」
「ですです~。あ、もちろん定禅寺君が入りたいと思ったら大歓迎なので、その時はぜひぜひ!! ウェルカムです!!」
にっこりといい笑顔を鈴鹿に向ける永田。彼女も存在進化を経たくらいには強い探索者のため、容姿が整っている。そんな彼女に微笑まれれば、探索者高校の生徒など一撃だろう。
とはいえ、鈴鹿には大した効果は無い。正直な話、鈴鹿は自身の顔が整いすぎているため、毎日この顔を見ていると相手の容姿にいちいちどぎまぎすることが無くなっていた。男にも女にも見える中性的な顔立ちは、女性に対する高すぎる免疫を鈴鹿の中に作り上げていた。だからこそ、アイドルもかくやな永田や、以前いたグラマラスな美女の日比谷京香と会ってもどぎまぎすることもなかった。
「じゃあ今日は何をしに?」
「ん~? 言ったじゃないですか。お茶しましょ~って」
「え、それだけですか?」
「そうですよ? お茶しながらこうやってお互いの情報交換をすることが目的です!」
お茶して会話するのが目的か。鈴鹿からしたら不撓不屈からある程度情報は抜かれているだろうし、今更気にすることもない。逆に他のギルドの様子など教えてもらえるので鈴鹿からしたらありがたい限りだ。
永田は永田で注視すべき探索者である鈴鹿の情報を仕入れ、仲を深めることは有意義なことである。これにより、鈴鹿が不撓不屈に入らずとも周りからは不撓不屈の関係者であると認識されるのだ。
これは何も不撓不屈に利益があるわけではない。むしろ、不撓不屈に紐づいていることで鈴鹿を勧誘しようと思うギルドや、ちょっかいをかける者を遠ざける効果がある。うちが目をかけた探索者に不義理働くなんてできるんですか?という感じだ。不撓不屈は注目の探索者と繋がりを持て、鈴鹿は他の煩わしいことから護られる。Win-Winの関係であった。
「ギルドからも定禅寺君とは仲良くしましょうって決定したみたいですし、不撓不屈は定禅寺君の邪魔はしないですよ」
「はぁ~、そうなんですか。ありがとうございます」
「本当ですよ? この前一緒にいたケイカさんなんて定禅寺君のファンになってましたし」
鈴鹿からしたら、大手ギルドが一個人にわざわざそこまで構う訳ないからおべんちゃらだろと受け取ったが、事実不撓不屈では藤原の命により狂鬼とは不干渉を言い渡されている。
不干渉とはいえ、こうやって交流を持つことは別に問題ないし、鈴鹿もいやいやでなければこの程度は現場判断でどうとでもなる領域だ。
「なので、気楽にこれからも美味しいカフェでも行きましょう!」
「それはいいですね! 永田さんのおススメならおいしそうだ」
「もちろん! 大船に乗ったつもりで来てください!」
鈴鹿は探索者の知り合いは少ない。永田はスカウトをしている関係か、はたまた大手ギルドに所属しているからか、各ギルドの動きや狂鬼チャンネルに対する一般的なコメントをしてくれる。貴重な情報源だ。
その分、鈴鹿も貰ってばかりでは申し訳ないので、開示できる範囲で永田の質問には回答するようにした。といっても、自己再生のスキルってどんなですか?とか、次の配信もエリアボスですか?とか、コメントで流れてくるような内容のものばかりであったが。
こうして、鈴鹿は永田と今後の狂鬼チャンネルの方針や大手ギルドの動向についてお話をするのであった。




