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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第六章 映し出される狂人

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閑話 藤原軍造

 皇居外苑近くに構える不撓不屈ふとうふくつの本部。その巨大なビルの一室には、不撓不屈を代表する者たちが勢ぞろいしていた。所属する特級探索者パーティのリーダー、古参の一級探索者、各種部門の部長に代表である天童、そして一線を退いたため普段は会議に出席することもなくなった顧問の藤原。


 参加者には事前に根回しがされているため藤原が参加している理由を知っている。そのためか、幾人かは緊張した面持ちをしていた。


 会議はつつがなく進んでゆく。所属する探索者パーティの成長の様子や、企業・国から依頼を受けた内容と達成率、ギルド運営に関わる収支の話など概ね定例化している内容がほとんどだ。些細な問題や細かな内容は実務側ですり合わせをしているため、ギルド運用に携わるトップ会議でわざわざ議論されることは無い。


 一通り報告が済むと、議題は次へと移る。藤原が出席している理由でもある議題だ。


「それでは藤原様、よろしくお願いいたします」


「うむ。老いぼれがいつまでも出張って申し訳ないが、力を貸してほしい」


 不撓不屈は藤原が創設したギルドだ。このギルドで藤原をやっかむ者など存在しない。藤原の功績はあまりにも大きく、その意思を引き継いでいる者がこの場に集まっているのだ。皆真剣に藤原に向き合う。


「皆も狂鬼きょうきというダンチューバーを知っているな? まずは狂鬼について少し説明しよう。霞関かすみぜき君、頼めるかな?」


「はい。数日前に配信を開始した狂鬼きょうきですが、本名は定禅寺じょうぜんじ鈴鹿という四級探索者です。八王子ダンジョンを中心に活動している探索者で、1層4区、5区を探索しているという情報があったため、もともと不撓不屈にスカウトするために接触を試みておりました」


 不撓不屈のスカウトである永田ながたの上司に当たる霞関が、鈴鹿の活動の様子や背後関係、狂鬼として配信した動画の内容などをかいつまんで説明した。


「―――このように定禅寺氏はクリーンであり、単純に恐ろしく強い探索者であるという結論となっております。不撓不屈への加入は断られておりますが、彼が所属を希望しているギルドは判明しております。一級探索者ギルド『気炎万丈きえんばんじょう』に所属する陸前りくぜん氏の娘が現在八王子探索者高校に通われているのですが、彼女が将来ギルドを創設するとのことで、そこに所属するそうです」


「気炎万丈のか」


「ならば問題は無いか」


「はい。陸前氏の娘は探索者の自律を求めているそうですが、西ほど思考は固くありません。ですが、彼女の目的は探索者の自律を促すことであり、ギルドというかせを外そうとする行為です。行き過ぎないように注意は必要かと」


 誰もが自分を律して正道を歩めるものではない。心が弱き者は、ギルドという枠が無ければ西のように身勝手な行動を起こしてしまう。それを防ぐために藤原をはじめとした過去の偉人たちはギルドを創設し、探索者を管理する枠組みを用意したのだ。個人だけでなく、組織としても探索者を律せるように。


 希凛の思想はそれらと相反するものであるが、その辺りは当然希凛も理解している。希凛はあくまで探索者の可能性を閉ざす現行制度に疑義ぎぎていしたいのであり、多くの探索者を独立させたいわけではないのだ。


「失礼。話が逸れました。定禅寺氏については以上です」


「ありがとう。私も先日定禅寺君と食事をしたのだが、霞関かすみぜき君の説明のとおり定禅寺君はどこまでも探索者であった。なので、我々としては彼とは良き隣人であり続ける道を選ぶ。それが彼のためであり、ひいては我々のためであると判断した」


 恐ろしく強い野良の探索者など、ただの脅威でしかない。同業他社ということではなく、物理的な脅威でだ。


 例えば核を保有している国がある。他国へのけん制、抑止力として強大な力を持っているというわかりやすい例だ。国という大勢の人間が所属する組織であれば、例え核を持っていようとも下手なことには使われないだろうという一定の信頼がある。しかし、個人で核を保有していたらどうだろうか。ただ持っているだけかもしれないし、脅しの道具として使っているかもしれないし、道で肩がぶつかっただけで癇癪で使用するかもしれない。その個人を深く理解している者でなければ、恐ろしくて核なんて取り上げたくなるだろう。


 それと一緒だ。鈴鹿という強大な力を持つ探索者が個人でいることなど、国家としてはリスクでしかない。誰にも縛られず首輪も付いていない狂犬と一緒だ。


 しかし、藤原は放置することを選んだ。それが最善だと他ならぬ藤原が判断したのだ。であれば、不撓不屈としてはその判断を尊重する。少なくとも犯罪組織に加担しているような探索者ではないため、その判断は素直に受け入れられる。


「藤原さん。彼がレベル200を超えた時は声をかけるつもりだけど、いいですよね?」


「問題ない。定禅寺君が話に乗るならば、これ以上ない八駒やごまの力となるだろう。が、受け入れるかどうかは定禅寺君次第だ」


「そこはわきまえてますよ」


 現代表である天童が、藤原に鈴鹿に接触する断りを入れておく。天童もあくまでお願いをするだけで、強制するつもりが無いことを知っているため藤原は止めはしない。


「それで、その定禅寺君に西は接触しようとしている。ただ接触するだけならわしらが口を出すことではないが、奴らがそうでないことは知っておろう?」


「すでに蜥蜴が動いているそうです。猛虎伏草もうこふくそうからは西成にしなりが動いているとも情報がありました」


 国内の探索者の動向を調査する部隊の長が、西が鈴鹿に接触するのは時間の問題だと指摘する。


「せっかくの才気溢れる若者がむざむざ害されるのを黙って見ていられるほど、わしらは温厚ではない。そうだな?」


 藤原の気配が膨れ上がる。これから告げられる内容を理解しているこの場にいる者たちは、緊張、期待、あるいは歓喜を浮かべ藤原の続きを待った。


雨道うどうとケリをつける。まずは蜥蜴狩りだ」


 賽は投げられた。その目がどう出るかは、神のみぞ知る。




 ◇




 不撓不屈のギルドマスターにあつらえられた部屋に、藤原と天童はいた。ソファに腰かけ、将棋を指しながら近況報告をしている。


八駒やごまは定禅寺君と以前会ったと聞いたが、どうであった?」


「去年の年末ですね。その時はただ強い探索者という印象でしたよ。それでも声をかけるくらいには強かったですが」


 天童が声をかけるとなると、その時点で優秀なことがわかる。ただ、鈴鹿が相手であればそれも当然だろう。弱冠15歳にして1層4区や5区を探索しているのだ。それもたった一人で。優秀という言葉では足らず、異常と言った方が正しい評価だとすら感じられるほど異質であった。


 まるで1950年。初めてダンジョンが現れた時を思い出す。あの時は右も左もわからず、ただガムシャラにモンスターと戦っていた。当時は一人で活動していた者もいたが、そういった者は気づけば姿を消していき、パーティで挑むことが常識へとすぐに変わっていった。


「ただ、狂鬼チャンネルを見ましたがあれはタガが外れた強さですね。身のこなしを見た限りだと、武神でも発現しているんじゃないかな?」


 天童が持つユニークスキル剣神と同格のスキルは、世界でいくつか確認されている。武神や弓神などがそうだ。発現しただけでその道を究められる圧倒的なスキル。スキルが強力すぎる故に、エリアボス相手にもあれだけ余裕を持った戦いができるのだろう。そう天童は考えたようだ。


「それはわしも同感だ。直接会ったがあれはレベル100程度の力ではない。武神あたりは持っているだろうな」


 殺気を込めていないとはいえ、藤原がすごんでも鈴鹿はビビりもしなかった。存在進化を経たばかりの探索者がだ。レベル以外に支柱となる強力なスキルが発現でもしていなければ、あそこまで平然とはしていられないだろう。


「それと、自己再生のスキル。あれ藤原さんも発現してましたよね?」


「ああ、だがあんな異常な回復力ではないぞ」


 藤原は幾度いくども傷だらけになりながらモンスターと戦い続けたことで、自己再生のスキルが発現している。しかし、スキルレベルは4であり、精々同じレベルの回復魔法と同程度の効果だ。それでも時間はかかるが致命傷も修復されるのだから有能なスキルである。


 ダンジョン黎明れいめい期を生き、攻略方法の確立どころか不確かな情報が錯綜さくそうする混迷を極めた時代。武器も防具も整っていない状態での探索、見たこともない化け物たちとしのぎを削り、世界各地で起きたダンジョンブレイクの鎮圧まで行った。命が紙のように軽い時代で無茶をして得られたのが藤原の自己再生だ。パーティに優秀な回復魔法使いがいたからこそ無茶ができ、傷ついては治され傷ついては治され、それを繰り返すことで発現した不屈の代名詞ともいえるスキルであった。


 それでも、藤原のスキルレベルは4だ。しかし、鈴鹿の自己再生のスキルはそれよりも圧倒的にレベルが高いだろう。それこそ、スキルレベル6の壁を越えているのではないかと思えるほどに。


 パーティメンバーに回復魔法を使ってもらえる訳でもないソロ探索の鈴鹿がそれだけ自己再生のスキルレベルが高いのは、異様だ。そこになにか鈴鹿の強さの秘密が隠れているのではと、藤原は予想していた。


「ほれ、この手はどうだ?」


「むむっ」


 藤原の一手に悩む天童。その間に、藤原は後ろに控える部下に指示を出す。


「月島君。蜥蜴についてはどうなっているかな?」


「はっ。蜥蜴ですが、ご存じのとおり横浜を橋頭保きょうとうほにしております。フロントギルドとして一級探索者ギルドを立ち上げており、周囲の探索者に働きかけを行っていますね」


 月島は筋肉でパツパツになったシャツにサスペンダーをした巨体の男だ。第一の標的である蜥蜴について藤原に説明してゆく。


 蜥蜴とは西のゆうである猛虎伏草の暗部組織だ。組織としては切り離されており独立しているが、見る者が見ればその紐づきはすぐに確認できる。現代のヤクザと探索者を結び付けた悪しき先駆けでもあり、探索者の治安悪化の一手を担っている日本のうじでもある。


 それでも未だに生きながらえているのは、猛虎伏草がいることに加え、蜥蜴の頭が二回存在進化を終えた特級探索者であるからだ。潰すにも戦力的に難しく、戦えば甚大な被害が及ぶことが容易に想像できる。特級探索者を仕留めるとなれば国の損失でもあり、生き残った特級探索者も手傷を負ってしまえば他国に付け入る隙ができてしまう。


 そのため、今まで不撓不屈を始めとする東のギルドは眼を瞑っていた。国のためと。探索者のためにと。


 だが、その静観ももう終わる。きっかけは鈴鹿であるが、遅かれ早かれ藤原は動くつもりであった。ここまで東と西で割れる原因となったのは、他ならぬ藤原も要因の一つであったからだ。


 元々は同じパーティであった藤原と雨道うどうが道を違えた結果、東の不撓不屈、西の猛虎伏草となり、たもとわかった者同士でのいざこざが勃発したのだ。ギルドも下の代へ引き継がれたが、こじれた関係はより複雑怪奇となり、引き返せないものへと悪化してしまった。


 藤原ももういい歳だ。このまま下の代に問題を残したまま退場することはできない。自身の身辺整理の一環として、このタイミングで蜥蜴もろとも東西の対立を終わらせようと考えていた。


「横浜のフロントギルドを潰せるほど証拠は握れてはいませんが、少なくとも進行は止められるかと」


「奴らもそう簡単に尻尾を掴ませてはくれんだろう。例え掴んでもその尻尾はとうに切れておる。やるなら頭を潰さんとな」


「承知しました。西は押さえつけつつ、本命は蜥蜴の首を取れるよう動きます」


「この手はどうですか?」


 ちょうど月島との会話が切れるタイミングで、天童が次なる手を指してきた。しかし藤原は読んでいたのか、少し思案すると次の手を返す。


「すまんな天童。わしらの代のツケを払わせる形になってしまって」


「大丈夫ですよ。僕も鬱陶しいと思ってたので、ちょうどいいです」


 天童は鈴鹿同様ダンジョン探索をしたい思いが一番強い。しかし、東やら西やらがわちゃわちゃ動くことでダンジョン外に目を向ける探索者が増えてしまい、強い探索者が出てこなくなっているのではと危惧していた。


 探索者は探索者らしくダンジョンだけ見てろという気持ちがあるため、探索者の目を逸らさせるこれらのいさかいを、天童はわずらわしく思っていた。


「頼もしい限りだな。ほれ、この手はどうだ?」


「ふっふっふ。見せてあげますよ藤原さん。これが僕の天童システムです!!」


 藤原の一手に自信満々に打ち返す天童。その後も室内にはパチパチと駒を打つ音と西の動きや蜥蜴の対応、横浜の動きなどの話し合いが続き、悔しさに打ち震えた天童の負けましたと言う言葉でこの会はお開きとなった。

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― 新着の感想 ―
 それでも時間はかかるが致命傷も修復されるのだから有能なスキルである。  ちょっと気になったのが、「致命傷」なのですが致命傷とは「さほど時を置かず死す傷」「命を奪った原因になる傷」だと思いますので……
ヤクザの常套手段である身内への脅しや人質に対する対策がされてなさそう。 鬼ちゃん、早く御守りを作らないと!!
天童システム死す!wwwww 最後に静かに全部持って逝った天童システムに敬礼!(長々と擦る気満々の外道
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