21話 2層での配信
八王子ダンジョン2層1区。鈴鹿は四級探索者試験ぶりにこの地へと来ていた。
見渡す限りのカラッと乾いた荒野。回転草が転がっている様はなんともらしく見える。進むべき道も指標もない。ただただ砂っぽい荒野が続いていた。
「1層とはまた全然違うなぁ。うし。気配遮断発動して、のんびり探索しながら行くか」
今日の予定は2層の3区と4区の境界まで進むことだ。走ればその先にも進むことはできるが、それはしない。2層はほとんど探索したことがないため、観光がてらゆっくりと景色を楽しんで進むつもりだ。
鈴鹿はあたりをきょろきょろと見回しながら、2層の探索を開始した。
◇
翌日、鈴鹿は2層4区にいた。
「カメラよし。お面よし。装備よし」
指差し確認で漏れがないことを確認し、鈴鹿はスマカメの配信ボタンを押した。
【やっと始まった!】
【わこつ】
【待ってました!】
今回は事前に予約配信をしていた。そのおかげもあってか、配信開始と同時に多くのコメントが寄せられる。
チャンネル登録者数は順調に伸びているが、数が多くなるとアンチも湧いてくる。今もコメントにちょこちょこアンチっぽい書き込みが見られるが、何も気にならない。むしろ、アンチが湧くことで自分が有名になったんだと思えるくらいだ。
「はい。皆さんお久しぶりです。狂鬼です。今日も配信来てくれてありがとうございます」
カタコトの日本語のような挨拶をする鈴鹿。まだカメラの前で話すのは慣れていないのだ。
「さて、今日は何をするかというとですね、今日は2層4区と5区の探索をしたいと思います!」
【おお! 2層の5区も見れるのか!!】
【1層5区のエリアボス圧倒するくらいだし、適正的には2層5区なのか?】
【えぇ……。もう1層探索しないの? もっと見たかった】
「いやぁ、思ったより反響あったからさ、変なの湧いて出る前にレベルアップしとかないとと思ってね」
鈴鹿はまだこの世界の常識に疎い。探索者である鈴鹿に対して大多数の一般人は声をかけることすら躊躇する。危害を加えようなんて発想にも至らない。
当然である。どうせ相手は何もできないだろうと高を括るからこそ、迷惑行為というものはされるのだ。有名人だから勝手に写真撮っても文句言わないだろ、こっちはお金払っているお客様なんだからお店側は強く出れないだろ、俺は見た目イカツイから凄めば何も言ってこないだろ。そういう心理が働くから、相手に不快な態度を取れるのだ。
だが、この世界の探索者は違う。殺されることは少ないかもしれないが、確実に痛い目に合う。それで後遺症が残る傷害を負ったとしても、探索者に喧嘩を売った方が悪いですまされてしまう。警察に相談しようが裁判を起こそうが、誰も取り合わない。
特に顕著だったのが1980年代。バイクの普及に伴い過激化していた暴走族や不良たちが、自分たちの強さを誇示するために探索者に挑む事例が相次いだ。その結果、探索者たちの間で『挑んできた者は両足の骨を折る』というのが流行った。両足が折れている者は探索者に挑み負けた者というレッテル張りのためだ。さらに、探索者によっては膝を破壊するため、バイクではなく一生車椅子に乗り続ける生活を強制された者も少なくない。
探索者による不良への粛清が逆に社会問題にもつながり、以後一般人の中では探索者に手を出してはならないという不文律が出来上がった。
だが鈴鹿はそこのところをあまり理解していないし、SNSによる数の暴力が横行していた時代を生きていたため、行き過ぎた行動を起こす者への警戒は人並み以上に有った。
それに不屈の藤原の接触もある。藤原は鈴鹿に対してきちんと一人の探索者として敬意をもって接してくれたので、安心感があった。しかし、世間から見れば鈴鹿は15歳の中学を卒業したばかりの子供だ。中には権力や暴力をちらつかせて言うことを聞かせようとする者だっているだろう。そんなのが出てきたときに、鈴鹿に絡んだことを後悔させるためにも強くならなければいけない。
【狂鬼にちょっかいかける勇者なんているのか?】
【勇者というより自殺志願者だろ】
【拳が硬くなるからモンスター殴ろうなんて考える狂人だぞ。何するかわからん】
「失礼すぎるだろお前ら」
言いたい放題のコメントだが、こういった配信に慣れていない鈴鹿はそんなもんかとしか思わない。
「昨日は2層の1~3区を探索してたんだけど、1層と全然違うね。みんなは他の配信者の映像で知ってた? 砂漠は良かったけど泥濘が最悪だったよ」
2層は1区が荒野、2区になると低木や枯草などもない砂漠地帯、3区になるとまた荒野になるのだが、ぬかるんだ泥濘が一帯を覆う不快な地へと姿を変えた。荒野に豪雨でも降り注いだのかと思うほど、巨大な水たまりやモンスターに耕された泥沼が溢れていた。
一応乾いた大地も若干残っていたのだが、汚れないように行動するのはかなり神経を使う作業だった。だが、そのおかげで鈴鹿はさらなる進化を遂げた。
お気に入りのジャージを汚さないようにわずかな大地を探して探索していたのだが、場所によってはそれも難しいエリアがあった。一面に広がる泥沼には汚れを回避するための乾いた大地は見つけられず、甘んじて泥を受け入れるか戻るかしかなかったとき、鈴鹿は閃いたのだ。見えざる手を使えば宙に浮けるのではと。
見えざる手は三次元的に動かすことができる、攻守に優れた使い勝手の良いスキルだ。最近ではカメラを持たせて戦闘シーンを撮影するなんてことにも応用することができた。そこで気づいたのだ。カメラを持てるなら鈴鹿も持てるだろ、と。
結果、鈴鹿は見えざる手をまるで金斗雲のように使い、泥濘蔓延る2層3区を汚れることもなく探索することができた。それを成功したときは、鈴鹿も自分の閃きが天才なのではと思ったほどだ。汚れたくない一心で新たな可能性を見つけることができ、鈴鹿はホクホクで2層の探索ができた。
【最悪だけど、人気のキャンプ地】
【3層1区で寝泊まりするより断然マシ】
【泥沼エリアは3層探索者の多くが宿泊する野営地だよ】
彼らの言う通り、泥沼エリアは多くの探索者が野営地とする場所だ。1層1区から2層3区まで普通に探索するとなると、6時間程度かかる。そのため、3層を探索する者たちは2層3区の3層へ続くゲート付近で野営をして3層へ挑む。
3層の探索が終わった探索者は帰る前に2層3区で一泊してから帰ることも多いし、連泊して3層を攻略している者たちも寝泊まりするときは一度2層3区まで戻る者が多いので、2層3区のゲート付近は混雑必至のエリアである。
3層で寝泊まりすればいいかもしれないが、3層1区は湿度と気温の高い密林エリア、その先の3層2区は密林は同じだが霧と雨が降り続けるより不快感が増す最悪なエリアなのだ。4層攻略中の者は3層3区のゲート付近で寝泊まりするが、3層で安全を確保できない3層攻略組は2層3区まで戻って野営せざるを得ないのだ。
泥沼エリアとはいえ乾燥した大地も存在しているため、そんな場所を探して身を寄せ合う様に野営している探索者であふれているのが、2層3区のいつも通りの景色である。
「4区で寝泊まりすればいいのにね。ゲートからもそんな離れてないし、めっちゃ快適だったよ」
そう言って、鈴鹿はカメラを引いて周囲の様子を映す。そこはグランドキャニオンのような荒野に広がる渓谷。うねるような壁面が道を作り、自然の迷宮と化している。赤茶色の渓谷に色鮮やかな緑の木々が彩りを添えていた。
「そんなに土っぽくもないし気温も夜間は肌寒いくらいだし、過ごしやすかったよ」
2層4区の渓谷エリアは寒暖差が激しく、日中は40℃近くまで上昇するのに対し、夜間は15℃を下回るほど気温が下がる。寒すぎる気温でもないため、夜間を過ごすにはもってこいだ。
3層へと続くゲートは2層3区の奥に位置するため、4区にもほど近い。あえて3区で狭い乾いた大地に身を寄せ合って寝る必要はないのではと、一晩過ごして鈴鹿は思ったのだ。
【ヒント、モンスターのレベル】
【死地とまで言われる4区5区でハイキングする人と比べられても困る】
【マジレスすると、2層4区で出現するモンスターのレベルは70~100。一方3層1区~3区で出現するモンスターはレベル66~100。2層4区で寝泊まりできるような奴は、3層3区で野営するのよ】
コメントの通り、2層4区に寝泊まりするにはモンスターのレベル差問題が横たわる。区と区の境界付近はモンスターが出現しにくいとはいえ、出現しないわけではない。出現すれば格上のレベルのモンスターが出現する可能性があり、さらにレベル以上の強さがある4区5区のモンスターがでてくるのだ。狭くじめじめしているが安全な泥濘地帯と、過ごしやすいかもしれないがモンスターと遭遇した瞬間アウトな4区で寝泊まりするか。安全を優先して1~3区を探索している探索者の答えは、当然前者である。
この出現レベルも気になるよな。ここにダンジョンの意図を感じずにはいられない。
ダンジョンでは各エリアごとに出現するモンスターのレベルが決まっている。エリアボスを除く1~3層で出現するモンスターのレベルは以下の通りだ。
1層1区:1~10
1層2区:8~20
1層3区:16~40
1層4区:40~70
1層5区:70~100
2層1区:32~50
2層2区:40~60
2層3区:58~70
2層4区:70~100
2層5区:100~130
3層1区:66~80
3層2区:74~90
3層3区:82~100
3層4区:100~130
3層5区:130~160
これを見てみると、1層3区から4区5区をとばしていきなり2層1区を探索しても全く問題ないことがわかる。逆に、1層5区まで探索すると、実質3層3区探索と変わらないレベルに成長することになってしまう。こうなると、1層5区を探索した次の適正エリアは4層1区か2層5区となってしまう。いきなり4層に進むケースはないだろうから、ほとんどが2層5区、その次は3層5区と探索エリアを上げてゆくことになる。
このことから、ダンジョンで探索する場合二通りの選択があることがわかるだろう。各層の1~3区を探索してレベルを上げてゆく方法と、各層の5区のみを探索してゆく方法だ。
この1~3区でのレベルの繋がりと、4区5区のレベルの繋がりがとても意図的ではないだろうか。鈴鹿はそう思えて仕方がない。この世界の人間はそれが当たり前であり、そういうものと認識しているため疑問に思う者はいない。だが、鈴鹿からしたらレベルがエリアごとに決まってるなんてゲームみたいという感想が生まれる。ダンジョンが謎な点だ。
【歴史的な背景もある。昔は4区で寝泊まりしてた探索者もいたけど、何人もモンスターの犠牲になったから今では誰も近寄らなくなった】
「へぇ、なるほどね。そんな理由があるからなんだ」
【エリアボスの横で優雅にキャンプできる男でもないと厳しい】
【俺気配遮断のスキルレベル5もあるけど、1層5区のモンスターに見つからずに散策できる自信ない】
鈴鹿の場合は気配遮断のスキルレベルが高いこともあるが、体術のスキルによる補正も入っているため他の探索者よりも気配遮断の効果は高い。スキル同士が組み合わさって力を増幅することもあるため、やはりスキルは満遍なく育てるべきである。
「じゃ、そろそろ動こうかな。ぶらぶら4区探索して、5区に入ったらエリアボス探しながら散策するよ。モンスターに気づかれるようならその時考えるけど、気配遮断が通用するなら今日はのんびり4区5区を散策しながら雑談しましょう」
そう言いながら、鈴鹿は壮大な景観が広がる渓谷を探索してゆく。
【狂鬼っていくつなの?】
【若いですよね】
【ちっちゃいしまだ18歳とか言われても納得できる】
「15歳。今度16歳になるよ」
鈴鹿は小柄だし声も低いわけではないため、お面で隠していると子供に見えるのかもしれない。実際子供だが。
【は?】
【サバ読みすぎwww】
【それじゃ探索者高校もまだ卒業してないじゃんw】
「そうだよ。そもそも探索者高校に進学してないし。言ってなかったっけ? 高校通わないことにしたから、俺中卒なんだよねぇ」
鈴鹿の発言にコメントが凍り付く。やはりこのご時世中卒はまずかっただろうか。
「あ、あれよ。四級探索者のライセンス持ってるからプロの探索者だし、ギルドには今は所属してないだけで、友達のギルドに加入する予定だし、全然無職とかじゃないから。まじで」
中卒無職のプー太郎と思われてるのかと思い、弁明する。四級探索者はプロの探索者のライセンスのはずだが、世間ではまだフリーランスが肩身の狭い思いをしているらしく、ギルドに所属してないと無職扱いされるのだ。だが、鈴鹿は将来的に希凛が立ち上げるギルドに加入するため、そこのところも言い訳ができる。希凛様様である。今無所属というところを強調して、鈴鹿は説明した。
【いや、そこじゃない】
【むしろ存在進化してるのに何で四級なのか聞きたい】
【え、探高通ってないってどういうこと?】
【狂鬼が言ってる意味が解らん】
【それだと1年もしないうちに存在進化したことになるんですが……】
【探高行ってない⇒大学の探サーで活躍する奴もいるからまだわかる。15歳⇒意味不明】
コメントからは理解不能だと言った内容が永遠に流れてくる。
「おっけー、わかった。いいでしょう。私の歴史をお話しします。あ、地元の人とか俺の事特定できるかもしれないけど、ネットに流布するのはやめてね。迷惑かけられたら激おこだから」
釘を刺しつつ、時間もあるため鈴鹿がダンジョンに通い始め今に至るまでの経緯について話した。当然『聖神の信条』については触れず、友達と1層1区攻略したら方向性の違いで袂を分かち、以来一人でダンジョン探索をしてレベルを上げてゆき、とうとう存在進化するまでに至ったという話だ。
【いや……え?】
【説明されてるのに説明されるたびに理解できなくなる。数学の授業かなんかか?】
【これが天才ってやつなのか……?】
【いや、狂人だろ完全に】
【なんで探高行かなかったんですか?】
「もうすでに四級探索者だしね。探索者高校通う必要性がなかったからかな」
【いや、そもそもなんで中三でダンジョン行こうってなったんだよ。普通なら探高通うだろ】
「ダンジョン行こうって思ったのが6月の終わりだったからね。そこから1年近く待つのも嫌だったし、15歳からダンジョン入れるから、なら入るかって」
この世界の常識的には、鈴鹿の考えは非常識らしい。
まぁ、それはそうだろう。ただでさえ毎年何人もダンジョンで探索者が亡くなっているのだ。そんな危険な場所に、年齢的に入れるからといって中学生が挑むものではない。それに少しでも死者を無くすために手厚いサポートがある探索者高校もあるのだ。普通の人間からすれば、たかが1年足らず我慢すればいいだけじゃないかと思われるだろう。
だが、そうじゃないんだ。今行きたいと思うその感情を優先したからこそ、今の鈴鹿がいるのだ。鈴鹿は自分の衝動に従った結果を後悔したことは無い。
【私もダンジョンに行ってみたいんですが、レンタル武器は高くて何度も借りれません。狂鬼さんはどうしてましたか?】
「お、いいね。レンタル武器高いよね。中学生には厳しいよ」
探索者高校に通えば武器も支給されるのだが、一般人はレンタルショップで武器を調達する必要がある。銃や剣などを借りることはできるが、安い物でも一日数千円かかる。1層1区で順調にアイテムがドロップしても、武器代を稼げるかどうか怪しいラインだ。
「俺は金なかったし武器のレンタルはしてないよ。小学生のころ使ってた金属バットあったから、それでしばらく戦ってたかな」
【金 属 バ ッ ト】
【もはやネタであってほしいと思うレベル】
【少年。この発想にたどり着けないのであれば、大人しく探高に通うべきだ】
【金属バットで酩酊羊と戦ってたってことですか?】
「うん。舎弟狐まで金属バットだったかな。レベル8だか9の時に舎弟狐から鉄パイプドロップして、そこからはそれ使ってたよ」
やはり金属バットは不人気らしい。持ち手にグリップもついてていいと思うんだけどな。
【レベル8とか1層のほとんど金属バットかよ】
【狂鬼の顔見てみたいわ。そんな訳わからんやり方でレベル上げしてたら容姿抜群によさそう】
【友達も金属バットだったの?w】
「いや、あいつはシャベル使ってた。酩酊羊と戦う時はシャベルがいいらしいよ」
【いや、それは……】
【シャベルで穴掘るやつだろ? 決してシャベルで戦うことではない】
【シャベルで穴掘って剣で戦え】
当時の鈴鹿とヤスを全否定するコメント達。
「あ、スライムいる」
サンドスライム:レベル88
ぱっと見では土や石にしか見えないそれは、2層に出現するスライムだ。2層2区や3区でも見かけたため、2層全域に生息しているのかもしれない。そんなサンドスライムが、少し進んだ先にいる。
鈴鹿は気配察知があるためすぐに気が付けるが、そうでなければ周囲に擬態しているスライムを見つけるのはなかなか難しい。スマカメをスライムに向けているが、コメントでもどれだどれだと意見が飛び交っている。
スライムは溶解性の液体のため、武器で斬ろうとすると逆に傷んでしまうこともある。しかし鈴鹿には関係ない。毒手を発動し漆黒に染まる手で、正確に核を破壊して煙へと変えた。
【相変わらず強い】
【その腕のスキル教えて】
【狂鬼って何レベなの?】
「レベルは103だよ」
【成長限界ツールとか使ったことある?】
「ないし、やらないよ。参考にならないだろうから」
ステータスの上がり方には規則性があるため、レベルとステータスを入力するとおおよその成長限界を計算することができる。スキル構成によっても変わってくるため参考程度でしかないが、一般的な探索者であれば基本的に予測通り成長限界を迎える。
普通であれば鈴鹿の様に多くのスキルは持つことは無く、各種スキルレベルもそこまで高くないため、レベルとステータスだけで成長限界が判断できるのだ。
「ん、次は鬼がいる。あそこ、見える?」
スマカメを操作して、画面に鬼を映す。渓谷の脇に陣取っており、このまま渓谷の下を通っていけば上から襲われそうだ。鬼が鈴鹿に気づければだが。
「これ気配遮断解除すれば上から降ってくるかも。やってみますか」
5体の鬼は周囲や谷の下を覗いて警戒している。統率もとれており、1層3区の小鬼たちとは似ても似つかない。それぞれが訓練を受けた鬼という印象を受ける。
戦鬼:レベル91
戦鬼:レベル82
戦鬼:レベル86
戦鬼:レベル93
戦鬼:レベル83
鈴鹿は気配遮断を解除し、誘い出すためにそのまま谷底を進んでゆく。
「あ、今ハンドサイン出しましたね。すごい。訓練された鬼だ」
【ほんとだ。軍人じゃん】
【狂鬼の位置からハンドサインなんてわからなくない? なんでわかるの?】
カメラは浮かしているため鬼を見える位置にいるが、鈴鹿からは鬼の姿は覗いている顔くらいしか見えない。しかし、体術のスキルが上昇してから何故かそういうこともわかるようになった。以前も猫屋敷が机の下でガッツポーズしていたことがわかったように、周囲の空気や本人のわずかな動きから何をしているか理解できるのだ。
ちょうど鈴鹿が真下を通るタイミングで、上から鬼が降ってくる。上から襲い掛かるのが2匹、囲い込むように3匹だ。
上から降ってくる鬼は拳で即座に煙へと変える。残り3匹。
一瞬で仲間が煙になったことで動揺したのか、鬼たちは隙を晒す。それをわざわざ見逃してあげることはしない。背後の2匹に向かって鈴鹿が接近すれば、瞬きの間に二匹の鬼は煙となった。
その間に行動した最後の1匹は称賛に値する。しかし、彼が振りかぶった剣は振り下ろされることもなく、顔面を拳で粉砕され煙へと変わってしまった。
「うん。いいねあの鬼。5区でも鬼出てくるかな? 訓練相手に良さそう」
ヒト型で知恵を絞って戦ってくる様は、対人戦闘の練習になりそうだ。
【とても4区のモンスターとは思えない戦闘の短さ】
【8888888888】
【そろそろ狂鬼がちゃんと戦ってるところ見たい】
大体即殺しているため、戦闘っぽい戦闘は配信できていない。この手の感想は多いため回答しておく。
「今回はエリアボスとも戦おうと思ってるから、その時見れるよ」
エリアボスと戦うというのはインパクトが大きかったようだ。コメントは歓喜に湧いている。
【あの、さっき武器のレンタルについて質問した者ですが、相談させてください】
「ん? なに?」
【4月から中三になります。中一の時にクラスメイトにイジメられて、学校に通えなくなりました】
「イジメか。嫌になっちゃうね」
【私の事をクラスの誰かが好きとか言ったせいで、その子のことを好きだった奴からイジメられました。気づけばみんなから無視されたり、先生に隠れて殴られたり物が無くなったりしました】
中学生なんて学校で世界が完結してしまうから、そんな些細な理由でも標的になりえてしまうのだろう。本人がどうこう以前に周囲で勝手にイジメられることが決まったとなれば、やるせない。
【私が引き籠ってゲームとかアニメ見てるとき、今頃あいつらは楽しく学校行ってるのかと思うとすごく悔しくて、率先してイジメてきた奴らに復讐したいんです。バットでダンジョンに挑めば狂鬼さんみたいに強くなれますか?】
【やめとけ。探高進むやつも狂鬼の真似はやめとけ。死ぬぞ】
【復讐は何も生まない】
【お前みたいなやつがダンジョン行っても病院送りになるだけ。去年もニュースになってたよ】
【しょうもな】
コメントからは否定的な意見が多い。コメントにあるように、イジメの復讐のためにダンジョンに行って病院送りになる者も多いし、仮にステータスを盛れたら盛れたで復讐でやりすぎてしまい少年院行きになってしまう。イジメの復讐でダンジョンに挑む場合、待ち受けるのは病院か刑務所だ。否定するのも当然だろう。
「よし。今から能書き垂れるけど、質問したんだから聞きたくなくてもしっかり聞いてくれよ」
そうして、鈴鹿は持論を語りだす。
「まず前提として、イジメ言い訳にしてないで勉強した方がいいぞ」
【いや、イジメられてる子に学校行けってのは酷じゃね】
「そうじゃない。行きたくないなら学校には行かなくてもいいよ。学校側が勉強できる環境を整えられてないんだから、学校に来いなんて言われる筋合いはないわな。俺が言いたいのは、義務教育として定められた範囲はきちんと履修しておけってこと。教科書読むなり問題集解いたり、やれることはあるだろ」
鈴鹿は高校に進学していないが、中学は卒業した。中学レベルならば勉強も問題ない。
「さっき家ではゲームとかアニメ見てるって言ってたからさ。ちゃんと勉強してて空いた時間でしてるなら全然いいけど、勉強もせずに遊んでるのは違うよね?」
【そうなの……か?】
【いや、学校の対応が悪いだけだろ】
【なんのための先生だよ。先生から教わるから学ぶんだろ】
「まぁ、それもあるけどさ、学校行けないんなら自分でやるしかないじゃん。君はイジメのせいで学校行けないかもしれないけど、他人からしたらイジメられたから勉強せずにいられるんだねよかったね、なんて思われたらたまったもんじゃ無くね? 殺したくなるだろ。だからそんな余地残さないために勉強した方がいいでしょ」
義務教育とは国として国民に最低限そのレベルの学力を求めているということで、この先どんな道を進むかはわからないが修めておかなければならないレベルだ。イジメが嫌で学校行きたくないなら行かなくてもいいと思うが、勉強しなくていい理由にはならないというのが、鈴鹿の考えであった。
「で、ここからが君の相談内容に対する回答。イジメっ子に復讐するためにダンジョンに入ることはおすすめしない」
【やっぱりイジメた奴に負けるような私じゃ、ダンジョンでも強くなれないですか?】
「ん? 違う違う、そうじゃない。ダンジョンってさ、危険な場所なんだよね。少しのミスで大怪我しちゃうような場所なんだよ。そんな場所でさ、目の前のモンスターに集中しないで『こいつ倒してレベル上げて復讐してやる!!』なんて邪念持ってダンジョンいたら怪我するよってこと」
目的が復讐で、手段がダンジョンでのレベル上げのため、どうしたってダンジョンでレベル上げた先の事を考えてしまう。だが、そんな気持ちでは目の前のダンジョンを生き抜くことは難しい。
「だから、ダンジョンで自分を強くすることを目的にダンジョン探索してみるのがいいんじゃない?」
【自分を強くですか?】
「そうそう。目的を自分の強化にするんだよ。目の前のモンスターを絶対倒して目的を達してやる!って。自分がレベル上がったら、純粋に強くなれたことを喜ぶんだ。これで復讐できる!じゃなくてね」
あくまで自己の強化のためにダンジョンに挑む。そうすれば、わずかでもダンジョンでの生存率が上がるだろう。
【やっぱり狂鬼さんも復讐には反対ですか?】
「いや、復讐して気が晴れるならした方がいいと思うよ」
【おい】
【扇動するな】
【それはダメだろ】
コメントから多くの復讐反対意見が出てきて、鈴鹿は驚く。
「え、みんな聖人君子か何か?」
【復讐したって何も残らないだろ】
【やりすぎれば刑務所行きだし、余計周囲の人を悲しませるだけ】
「いや、いやいや。たしかに復讐したって何にもならないよ? 復讐しても彼のイジメられた過去がなくなるわけでもないし、失った時間を取り戻せるわけでも、不登校になったことで奪われた未来が返ってくるわけでもない」
復讐しても、イジメられたけどダンジョンで強くなった自分しか残らない。そう鈴鹿は続ける。
「けどさ、復讐しなくても過去は変わらないんだよ? ならした方がよくね? 復讐しなくても許せる人はいいよ。けどさ、自分の気持ちに区切りをつけるためにも、したいと思うなら復讐した方がいいと思うんだよね」
鈴鹿の発言に通報するとかなんだとか否定のコメントが流れるが、鈴鹿の意見は変わらない。
「なんで人の将来奪っといて自分はのうのうと生きれると思ってるの? お前らもイジメてた口か? やったらやり返されるんだよ。それが摂理だ。その覚悟もなく安易にしたのなら、後悔と共に受け入れろ」
鈴鹿も徐々に白熱してきたのか、存在進化を経た人間が出せる凄みが溢れてくる。
「けど、復讐が目的だと復讐終わった後どうしよってなりそうじゃん? だから、自分を強くするって目的にして、あくまで復讐は片手間でやった方がいいと思うよ。じゃないとやりすぎちゃうかもしれないし。まずは、ダンジョンで強くなってみたら?」
【ありがとうございます。ダンジョン頑張ってみます。あと勉強も頑張ります】
「ん。頑張ってください」
その後も探索者高校の生徒からダンジョンについての相談だったり、他の配信者とコラボしないのかとか質問を受けながら、2層の探索は続いた。




