19話 食事会
配信を終えた鈴鹿は、今回の探索で得られたアイテムを売却して探索者協会の外に出る。もう日も傾いており、夕日が街を照らしていた。
「疲れたぁ。配信って肩こるなぁ」
肩をほぐしながら、ホクホク顔の鈴鹿。配信に視聴者が来てくれたからではなく、今回の探索の売却金が高かったからだ。
5区のモンスターの素材は高額で取引される。おかげでヤスたちの防具代や配信機材一式で激減した貯金は潤いを取り戻すことができた。
ラッキーと思い駐輪場に向かうと、異質な存在がいた。
鈴鹿が目を離せなくなる存在。剣神と同じ気配。恐らく2回目の存在進化を経ている特級探索者。そんな存在が鈴鹿を見ていた。
「……なんですか?」
目の前の探索者は恐ろしく強いだろう。だが、剣神と会った時のような絶望感は無い。あれから鈴鹿も恐ろしいほど強くなった。一方的にただただ怯える存在ではなくなったということだ。
「はっはっは。ワシに気づきそれでもその態度。とても存在進化を迎えたばかりのひよっ子とは思えんな」
品のいい老人だった。スーツに身を包み背筋も伸びており、厚い胸板は若かりし頃からの鍛錬のたまものだろう。温和な顔は歳をとった深みを称え、老けているではなく渋みが増したとプラスに受け取れるほど整った顔をしている。まとう空気は太陽のようで、暖かく人を惹き付ける魅力があった。異質と言えば尻尾が生えている点だろうか。硬質な鱗に覆われた様な尻尾は、存在進化の影響を色濃く受けていることがわかる。
一目見た印象は善人。だが、鈴鹿を認識して声をかけてきたのだ。警戒しない訳がない。
「あいにくとこんなイケオジは私の知り合いにいないもので。何の用ですか?」
「イケオジとはなんだ?」
「イケてるオヤジの略」
「ほぅ。小童、見る目があるじゃないか」
まんざらでもない顔をしながら、イケオジは鈴鹿を見る。
「なに、少し話をしたいだけだ。どうだ、美味い飯でも食いながら話でも」
「嫌です。知らない人に付いて行くなって学校で教わりました」
なんでダンジョン終わって疲れているって時に、特級探索者なんかとごはんに行かねばならないのだ。こちらに何も得が無い。もしかしたら秘密のアジトにでも連れてかれて閉じ込められる可能性だって無くは無いのだ。早く立ち去ってしまおう。
「行き先がう〇い亭だとしても、か?」
「うか〇亭!? 行く!!」
う〇い亭とは、八王子市民ならだれもが知る高級料亭だ。うか〇亭に行くならば付いて行かざるを得ない。これは不可抗力だ。
鈴鹿は自ら進んでイケオジが待たせていた車に乗り込むのであった。
◇
「おいおいおい、まじかよ。鉄板か」
「はっはっは。たらふく食え。ここはおごりだ」
うか〇亭は八王子にいくつかあるが、連れてきてもらったのは鉄板料理を提供するう〇い亭だ。高級感あふれる店内を進むと、個室に案内された。
「それで、何が聞きたいんですか?」
飲み物が給仕され料理が提供される前に、鈴鹿が話題を振った。
「直球じゃな」
「まぁ、共通の話題もないですし」
面識もないおじさんと気を使いながら話をする趣味は鈴鹿にない。
これまで何度か名前を尋ねたが、はぐらかされている。向こうも鈴鹿の名前は言わない。これはお互い知らない体で話を進めたいという要望だろう。非公式を貫きたいようだ。
「なに、ワシの目的はもう達成してるようなもんだ」
「というと?」
「こうしてこの場にお主が付いた。それだけで良いということだ」
何が言いたいのかよくわからない。もう目的は達した? 俺に鉄板焼きを奢ることが目的ってこと?
「はっはっは。難しく考える必要はない。ワシはお主の人間性を測りたいだけだ」
「人間性?」
「どれ、せっかくだ。飯のお供にじじいの話に付き合ってくれ」
鈴鹿は運ばれてきた前菜を食べながら、イケオジの話を聞く。
「お主は強いな。それも並み以上に」
「そうですか? イケオジの方が強いと思いますが」
「本当にそう思うか? まぁ、ワシも負けるつもりはないがな」
獰猛に笑うイケオジ。さすがに二回存在進化をしているだけあって、その迫力は凄まじい。だが、鈴鹿は気にしない。イケオジからは敵意は感じないし、一方的にやられるつもりもなかった。
「ふっ、動じもせんか。お主はそれだけ強くなって何がしたいんだ?」
「私は探索者ですよ? そんなのダンジョン探索に決まってるじゃないですか」
絶品のシチューを飲みながら、鈴鹿は即答する。正直それ以外何があるのか思いつかないまであった。
だが、イケオジは目を見開くと、ツボに入ったのか大声で笑いだした。正直こんな高級店でそんな大声上げて笑われるのは恥ずかしい気もするが、イケオジに連れてきてもらったので我慢しよう。
「はっはっはっはっは!! そうだな。そうだ! お主の言う通りだ! いや、素晴らしい」
目じりに浮かべた涙をぬぐいながら、イケオジは鈴鹿に同意する。
「お主は何故一人で探索してるんだ? それだけ強ければ好きなギルドに入ることもできるだろう」
「ギルドに入るつもりが無いからですね。あ、そのうち友達が立ち上げるギルドに所属するつもりですよ」
鈴鹿の要望で出された伊勢海老にかぶりつきながら、鈴鹿は答える。最近どこに行ってもなんでソロなんだと聞かれている気がする。
「ほう。その友人とは誰だ?」
「心配するような悪い人とかじゃないですよ。八王子探索者高校に通う友人です。調べればすぐわかると思いますよ」
近年探索者にまつわる犯罪は顕著になりつつある。鈴鹿の様な強力な探索者が悪に加担したとなれば、被害は大きくなる。それを懸念してのことだろう。
「そうか。お主は西と東の話は知ってるか?」
「? 聞いたことないですね。なんですかそれ?」
あまりのおいしさに伊勢海老を追加注文しながら、鈴鹿が聞き返す。
「やはり知らぬか。話す前に聞こう。探索者とは絶大な力を持っている。ここのシェフよりも、給仕よりも強い力を。そうだな?」
「腕力って意味ではそうじゃないですか?」
「なんだ、問題なさそうだな。戦闘力が高く資源を持ち帰り他国への抑止力でもある探索者は、偉いと思うか?」
御代わりの伊勢海老を堪能しながら、鈴鹿は回答する。
「偉いと思いますよ。立派じゃないですか? まぁ、自分がそんな立派な人間かという質問なら返答に困りますが」
「それは、探索者以外の人間を下と位置づけるほど偉いか? 探索者優先の世界を望むほど、探索者は偉いと思うか?」
イケオジが鈴鹿を見据えて問う。鈴鹿は大事に大事に伊勢海老を味わった後、きちんと向き合って答えた。
「微塵も思わないですね」
「探索者は他の職業よりも秀でてないと?」
「当然です。私はこんなおいしい伊勢海老を捕まえてこれないし、伊勢海老をこんなにおいしく調理できません。そこに貴賤はないでしょう? 良くしてくれたらありがとう。それ以上も以下もない。いちいち『こいつは探索者じゃないから下賤な者だ』なんて考えてる馬鹿いるんですか?」
鈴鹿の純粋な問いに痛いところを突かれたように顔を顰め、イケオジは首を横に振った。
「それがいるのだよ。今日本は西と東で別れている。昔からあまり仲は良くなかったが、今はその溝が深まりつつあるのだ」
イケオジはビールを飲み干すと、話を続けた。
「東は探索者を一つの職業に過ぎないと捉え、ダンジョンによって強力な力を得たからと言って勘違いするべきではないという教えがベースにある」
「まぁ、当然ですね」
「西は逆だ。探索者によって日本は立て直され、今なお世界の首位に立てている。だから探索者は偉く優遇されるべきという考えがベースにあるのだ」
「はぁ、それはまた、傲慢ですが魅力的に聞こえるのでしょうね」
自分が探索者だとしたら、自分たちを優遇して欲しいと思うのは当然だろう。特に探索者は命をかけてダンジョンに挑んでいる。毎年死ぬ者も多く、危険な場所で働いているのだ。
それなのに、働いて当然、資源を持ってきて当然みたいに振舞われたら、やるせないだろう。それが力も何も持たない育成所上がりの人間から言われたら、思わず手が出てしまうかもしれない。
「そうなのだ。探索者もまた人間だ。自分を律するよりも甘い方に傾くのも理解できる」
「ですね。そういう人もいるよなとは思います」
「だが、最近はそれが行き過ぎている。目に余る事件も起き始め、水面下で蠢動していることも確認しておる」
それは機密情報か何かじゃないだろうか。鈴鹿を巻き込まないでほしい。赤身肉に変更してもらった特上和牛のステーキを食べながら、鈴鹿は一応話を聞く。
「まぁ、それはいい。問題は、探索者が西と東で二分化しつつあるということだ」
「で、私がどっちなのか聞きたいと?」
「そういうことだ」
旨味が爆発する肉を味わいながら、鈴鹿は少し考えて結論を出す。
「興味がないですね。どっちにも付く気が無いです」
レベルが高くて強い力を持っているから探索者が偉いとも思わないし、かといって探索者が偉いんだという勢力と戦いたいとも思わない。そいつらから俺が被害を被ったわけでもないし、主張する分には好きにすればという気持ちだ。
興味が無い。勝手にやっててくれという気持ちしかない。
「そうか。だが、お主がわしの誘いに乗り食事に行ったことは西の連中にも知れるだろう。だからこそ目的が達成したと言ったのだが、それは構わないのか?」
「なるほど。理解できました。大丈夫ですよ。少なくとも西に付くことはないんで。私は理不尽なのが嫌いなんですよ」
少なくとも鈴鹿の中では『探索者の方が偉い』、『探索者は上級国民』は筋が通らない。筋の通らない理不尽な内容には、鈴鹿は賛同しかねる。
「それに、東には剣神がいるから問題ないんじゃないですか?」
「正面から戦うのであれば問題ないだろうな。正面から戦うのであれば」
「なかなか大変そうですね。でも大丈夫ですよ。私含め、日本の探索者は不屈の魂を持っています。それに、どうしようもなくなったら声をかけてくれれば手伝いますよ。微力ですが」
「ふっ、ありがたい。それにしても、お主、見る目があるな」
最後のステーキをかみしめた鈴鹿は、感心するように鈴鹿を見るイケオジに微笑んだ。
「見る目がある私に、最後にもう一度伊勢海老をご馳走してくれませんか?」
「なに? そんな美味かったか? すまない、伊勢海老二つ頼めるかね」
そう言って、イケオジと仲良く伊勢海老を頬張るのであった。
◇
鈴鹿を八王子探索者協会脇の駐輪所に降ろし、イケオジはそのまま車を走らせる。
「いかがでしたか?」
運転手の男がイケオジに声をかけた。
「面白い小童だった。八駒を思い出したよ」
「天童さんをですか?」
内包する力は規格外。恐らく剣神並みのユニークスキルを保持している。だというのに、本人はその強さに胡坐をかいていない。
最近の若いのは、探索者至上主義に傾倒している。強さは権力に置き換わり、ダンジョンの強さではなくダンジョン外の権力争いに必死の有様だ。そのための手段が、ダンジョン探索でありレベル上げであった。
そんな世の中の風潮など知りもしないと言わんばかりに、ダンジョンに意識が向いていた。だからこそのあの強さであり、その強さが鈴鹿に対するある種の信頼にもなっていた。
「では、特に問題分子ではなかったと?」
「ああ。好きにさせてよい。むしろ、下手につついて邪魔した方が取り返しがつかんことになりそうだ」
「承知しました。西がやらかすのに期待しましょうか」
鈴鹿は言っていた。西も東も関係ないと。探索者としてそうあるべき回答であった。それを聞いたとき、自身もまた狭い世界で物事を考えていたのだと突き付けられたような気分にさせられた。
「そろそろ、雨道と決着をつけるべきかもしれぬな」
「荒れますね」
「ああ。だが、遺して逝くこともできん。まずは手始めに、こちらまで来ている蜥蜴を潰すところからだな」
鈴鹿のような探索者もいる。ならば、自分がやるべきことはそんな後輩たちがのびのびと探索者を続けられる環境を維持することだ。
かつて不屈の藤原と呼ばれた男は、過去の因縁にけりをつけるべく動くことを決意した。




