16話 ダンジョンネイチャー
鈴鹿が配信を始めて、今日で3日目となった。2日目も3日目も、1層5区のモンスターの生態にフォーカスを当てた配信をしている。タイトルはダンジョンネイチャーだ。
最初は慣れなかった配信も、起きてるときは基本配信してることで慣れた。今ではカメラに向かって話しかけることも慣れ、延々とカメラに向かって独り言を話し続けている。
「見てください! 奇猿が煽猿の毛繕いをしています!! ノミとかついてるのでしょうか!? もう少し寄ってみたいと思います」
見えざる手を操作し、カメラを奇猿と煽猿に近づける。
「う~~ん。醜悪な顔してますね。特に煽猿の方は殴りたくなる顔してます」
他人を小馬鹿にして煽っているような顔をしている煽猿。見てるとだんだん腹が立ってくる。
「おや、遠くから飽猿が来てますね。二匹はまだ気づいてないようです」
カメラを向けると、赤い毛に覆われた飽猿が来ていた。鈴鹿の気配察知に引っかかったので、まだ二匹の猿は気づいていないようだ。
「うおっ。飽猿が二匹の間に割り込むように降りてきました。あ、煽猿と奇猿に毛繕いさせてます! レベルが一番高いからかかなり傲慢です! 嫌な奴ですね」
当然とばかりにどっかり座る飽猿に、媚びるように二匹の猿は毛繕いしている。
「奇猿、煽猿、飽猿の順でレベルが高いから、5区の猿界隈では永遠に奇猿は下っ端だね。可哀そうに」
もう少し4区に近いエリアだと奇猿だけのコミュニティもあったが、5区の奥深くだと煽猿や飽猿の世話係みたいな奇猿しかいない。
「あ、こんなことしてる場合じゃなかった。今日はエリアボス見て回るんだった」
一応3匹の力関係をスマカメで撮影しておく。戦闘には一切役立たないかもしれないが、貴重なシーンかもしれないので。
ピリリリリリリリ
「ん? 電話?」
猿の毛繕いシーンを撮り終えてエリアボスを探しに行こうとしたとき、鈴鹿の携帯が着信音を発した。
◇
「ふぁ~~、眠ぃ」
安藤泰則は大きなあくびを噛み殺し、身体をほぐしながらコーヒーを淹れる。
時刻は9時過ぎ。春休み期間なのでゆっくりと寝てられるが、あまり寝すぎると生活リズムを戻すのが難しいため予定が無くても9時には起きるようにしていた。そうしなければお昼近くまで平気で寝てられるのだが、最近は忙しいため今日もやりたいことがたまっていた。惰眠を貪る暇はない。
コーヒー片手に自室に戻ると、すぐにパソコンを立ち上げた。
「うしっ。溜まってたダンチューブ動画と参考になりそうな動画探しますか~」
パソコンが起動するのを眺めながら、ヤスはコーヒーを飲んで頭を覚醒させる。
「みんなかなり調子いいからな。俺も置いてかれないようにしなきゃいけないし、戦闘の勘取り戻さないと」
ヤスは最近同じ塾に通っていた友人とダンジョンに通っている。友人たちはまだレベルが10に届かないためヤスは見ているだけだが、このペースだと春休み中にみんなレベル10までレベルアップできるかもしれない。
そうなれば、いよいよヤスも含めた四人で2区の探索だ。勢いがある彼らに付いて行く必要があるが、ヤスがダンジョンで戦っていたのは半年以上も前の話。久しぶりに戦うならば、なまった身体を戻す必要があった。
「斎藤さんが想像以上に凶暴……んん゙っ、前衛としてがんばってくれてるし、かえでちゃんは全体をよく見て槍でフォローしてくれるし、陣馬はタンク兼フィニッシャーとして火力あるし、みんな強いんだよなぁ」
ヤスが一緒に探索しているメンバーは、それぞれステータスも上々の伸びを維持していた。
斎藤穂香は魔鉄パイプを握り締め、鈴鹿もかくやというようなモンスターへの突撃をみせ、臆することなく魔鉄パイプを振るっている。
「斎藤さんに鈴鹿みたいって言ったらめっちゃ喜んでたな。斎藤さん鈴鹿崇めてるから」
銀杏かえではステータスが上がったことで、槍からハルバードに武器を変えていた。まだ使い方は慣れていないが、槍術のスキルが発現したことで形にはなっている。
「かえでちゃんのハルバード、遠心力載せるとえぐい火力出るよな。槍術のスキル発現してからハルバードの鉤爪とかうまく使いこなしてるし、隙が無い感じ」
陣馬勇蔵は金棒を振り回した一撃は、土瓶亀の甲羅すら一撃でヒビを入れれるほど強力だ。
「陣馬はあんなパワータイプに見えて普通に賢いからな。大振りするタイミング上手いから安心してみてられる」
それもこれも鈴鹿が武器を提供してくれたからに他ならない。武器はレンタル品でも学生には厳しい価格だし、かといってみんなに家から武器になりそうなもの持ってきてというのも難しい。
最初からスムーズに探索できているのは、各々が使いたい武器を持てているからだろう。さらに、防具まで買ってもらったのだ。至れり尽くせりである。
「俺も鈴鹿からもらったロングソード使いこなせるようにしなきゃな。今日はまずは剣の使い方紹介の動画でも見るかな」
起動したパソコンからダンチューブを開き、目的の動画を探すために検索ウィンドウへとカーソルを合わせた。
「ん? おすすめのこの動画、なんだろ。新しいダンチューバーか?」
ダンチューブのトップ画面におすすめ動画として、『話題沸騰の新人ダンチューバー狂鬼とは!?』という動画があった。
ヤスは広くダンチューブを見てるため、大概のダンチューバーは知っている。そんなヤスが聞いたこともないダンチューバーなら、どんなものか見てみたい。
「話題ってことは、どっかの大手ギルドが契約した探索者かな?」
早速動画を再生すると、動画の内容を紹介してくれる機械ボイスが話し出した。
『よっす! 今日は今話題になっている探索者について解説していくぜ!』
『へぇ、なんで話題になってんの?』
『それがな。今ではほとんどの探索者がスルーしている5区のエリアを撮影しているダンチューバーが現れたんだよ!』
「へぇ、5区の。トップギルドの探索者かな。興味出てきた」
ヤスはコーヒーを飲みながら、解説動画を見てゆく。
『って理由で、今は5区は探索がほとんどされてないし、資料も出回ってないんだぜ!』
『へぇ知らなかった。で、その探索者はそんな強いモンスターがうようよいる5区で配信してるってこと?』
『そうだぜ! 最初はCGじゃないかとか疑われてたみてぇだが、出現するモンスターが5区のモンスターって断定されたのと、あまりにもリアルな映像過ぎてCG説は否定されたんだぜ!』
画面には凶暴なモンスターがかなり至近距離で撮影されていた。
「うわっ。5区とかこんなモンスター出るんだ。鈴鹿も戦ったのかな。あいつやばいな」
1層1区のモンスターがチワワか何かかと思えるほど、映像に映るモンスターたちは恐ろしかった。こんなモンスターたちと戦うなんて、レベル10のヤスでは想像もできない。
『たしかにリアルだね。というかモンスターたちとの距離近過ぎない? 望遠レンズ?』
『そこがこの探索者のやばいところよ。なんと使っているのは高級機種とは言え普通のスマカメ。めちゃくちゃモンスターの近くにいるのに、気づかれないんだぜ』
『え!? そんなことあるの?』
『ネットでは気配遮断系のユニークスキルによるものってことらしいけど、詳しくはわかってないんだぜ』
斥候職に特化した探索者だろうか? ヤスはどんな探索者だろうと知りたくなった。
『早くその探索者教えてよ!』
『いいぜ! 探索者は狂鬼って名前のダンチューバーだ! ネットでは特級探索者ギルドの探索者じゃないかって噂されてるぜ!』
そこに映っているのは、小柄な探索者だった。顔には兎の様な鬼の様なお面をつけており、素顔までは読み取れない。
そんな狂鬼が配信の冒頭なのかチャンネルの紹介をしていた。その声は、聞き覚えのある声だった。
「は? この声鈴鹿じゃね?」
狂鬼は5区のエリアを歩きながら、自然の様子やモンスターについて説明している様子が流れる。声を聞けば聞くほど、ヤスの親友の声に酷似していた。
『こいつのやばいところはたくさんあるが、何よりもその強さだぜ!』
『気配遮断は凄いよね』
『違う違う、これを見て見ろ!』
そう言って流れる映像は、狂鬼が巨大な熊をワンパンしている様子。さらに馬のように巨大な鹿や醜悪な顔をした猿なども、容易く煙へと姿を変えていた。
この前みせてもらった芸術品の様な小太刀は使っておらず、真っ黒に染まった拳で殴りつけて戦っていた。いや、もはや戦いではない。気配遮断で気づかれてない状態で、一方的に命を刈り取っていた。
『ひょぇええええ!? 強すぎぃぃぃ!!!』
『そうなんだぜ! しかも武器も使わず殴ってるんだぜ! 意味わからないし恐ろしいだろ? イカレてるぜ! ネットでも議論されてるけど、『腕を硬質化するスキル』なんて変なスキルしか答えが出てない状態なんだぜ!』
その様子を見て、ヤスは狂鬼が鈴鹿であると確信した。こんな規格外な人間、そうそういてたまるものか。
解説動画を見ながら、ヤスは狂鬼チャンネルを探した。ちょうどいいことに、狂鬼チャンネルはこんな朝から生配信している。
『ひぇええ、相変わらずきもい猿ですねぇ。不気味の谷のような現象でしょうか?』
鈴鹿が毛繕いし合う凶暴な猿を見て引いてる映像が流れる。この様子から、今も鈴鹿はダンジョンで配信してることが分かった。
「あいつダンチューバーなんか始めたのかよ。俺にも教えろよな。あとで文句言ってやる」
アーカイブには二日前からの動画があったため、つい最近始めたようだ。ヤスたちとのレベル上げをしたすぐ後からだろう。
「視聴者数も結構いる。やっぱ5区の情報とか気になるもんな。それにこんなモンスターに近づいてる配信とか見たことないし。あいつどうやってんだ?」
動物園よりも近くでモンスターを撮影している鈴鹿。さっきの解説動画では気配遮断系のユニークスキルなんて言われていたが、どうなのだろうか。
「コメントも結構あるな。ん? 『無視するな』、『いつになったらスマカメ使いこなすんだ』、『誰かこいつにスマカメの消音について教えてやれ』?」
見てみるとコメント欄は鈴鹿に対する疑問も投げかけられているが、コメントを見ろと言った趣旨のものが多かった。
スマカメを使用する配信者も多いためヤスも概要は知っているが、スマカメにはコメント読み上げ機能があるはずだ。しかし、コメントを見る限りスマカメが消音になっていてコメントが読み上げられていないみたいだった。
「しょうがねぇな」
ダンジョンで通信できるデバイスは高価なものが多い。今までは鈴鹿は普通の携帯を持っていたためダンジョンにいたら連絡は取れなかった。だが、スマカメを買ったのなら合わせて携帯も新調した可能性がある。
そう思い、ヤスは鈴鹿に電話をかけてみた。
『もしもし。どうしたん?』
画面の鈴鹿が携帯を取り出し、返事をする。本当に生配信している狂鬼は鈴鹿だったようだ。
「よお。狂鬼って名前はどうなのよ」
『早っ! よく俺だってわかったな!!』
「まぁ聞きたいことはたくさんあるけど、視聴者の声届けるわ」
『視聴者の声? どういうこと?』
コメント欄にはヤスの電話が何を伝えようとしているのか伝わったようで、盛り上がっている。
『残念ながら俺の配信に視聴者いないぞ。コメントも無いし。まさか記念すべき視聴者一人目がヤスとはな!』
「違う違う。お前の配信いっぱいコメント来てるぞ」
『コメント? あ、お前知らないな。これスマカメって言って、コメント来たら読み上げてくれるんだぞ』
「知ってるよw それ消音になってんぞw」
『え? 消音?』
カメラが鈴鹿に近づくと、鈴鹿がスマカメをいじりだす。
【消音解除された!?】
【うぉおおおナイス友人!!】
【功績でかすぎぃぃいいい!!】
『うぉっ! こわっ!』
鈴鹿がスマカメを投げたのか宙を舞うが、何かに掴まれたように宙で固定されて鈴鹿にレンズが向けられる。
『……消音だったわ』
「だろw お礼に今度なんでダンチューバーなんて始めたのか教えろよ」
『うん、飯でも行こ。じゃ、切るぞ』
「あいよー」
電話を切ると、画面の鈴鹿は挙動不審になりながらもたどたどしく視聴者に向かって話し始める。ヤスは狂鬼チャンネルの動画を別のディスプレイに移し、鈴鹿を横目に見ながら探索の役に立ちそうな動画を探すのであった。




