11話 今後の予定
鈴鹿の前にはプルプルと可愛らしく震える黒く煌めくコーヒーゼリーと、カフェオレが給仕されていた。
「ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「ありがとうございます」
店員さんに礼を告げ、広げていたノートを一度隅に追いやる。待ってましたと言わんばかりに鈴鹿はコーヒーゼリーを食べ始めた。
鈴鹿は今後の予定を考えるために、喫茶店を訪れていた。普段ならこんなことは自室で済ますのだが、学校も通わなくなったため時間があり余っている今、普段しないことでもするかと喫茶店に行くことにしたのだ。
お金に余裕があるからこそのゆとりでもあるが、時間にゆとりがあるというのは素晴らしい。明日から仕事があるからとか、長期休暇だって来月には学校が始まると思えば束の間でしかない。そんな心理的圧迫感が一切ない。フリー。いつまで経ってもフリー。
恐ろしい。こんなものを味わってしまっては、絶対にギルドなんて入れない。鈴鹿は周りに何と言われようとも、のんびり自分のタイミングでダンジョン探索することを決意した。
「そう、俺は決めたんだ。ご近所様の目が痛くなったらこの地を去ればいいだけだ」
一人暮らしをしてた時なんてご近所付き合いなど一切なかった。一人暮らし用のマンションに住んでいたからか、ご近所トラブルもご近所の存在も感じずに生きていた。ご近所の視線が痛くなったら家を出て生活すればいいのだ。
「次はどうしようかねぇ」
直近の予定であった四級探索者試験とヤスたちのレベル上げのお手伝いが終わったため、鈴鹿は完全にやることがなくなっていた。
ヤスたちには一通りの武器と防具を揃えたので、四人だけでもやっていけるだろう。シーカーズショップではお買い物に意気込んでいた銀杏が、当然のように10万円は超えている防具に震えていたのは面白かった。それでも、ヤス含めて4人分良さそうな防具を見繕えたからよかった。鈴鹿も自分用に鳴鶴製のジャージをいくつか追加購入したため、いい買い物ができた。
防具はいい物を購入したが、特殊な効果が付いているわけでもないためステータスに影響はないだろう。壊れにくくて防刃効果があったり、厚手の革で急所を守る程度だ。
「学校のジャージだとすぐダメになるからな。その点探索者高校は高級ジャージ貰えるからいいよなぁ」
鈴鹿が良く着るジャージのように、探索者高校の生徒は学校のジャージとして特殊繊維で作られた防具になる服を配られる。探索者協会紐づきの学校のため、普通に購入すれば10万以上する服も無料支給だ。これだけでも、探索者を目指すなら探索者高校に通った方がいいと思えてくる。
コーヒーゼリーを食べ終えた鈴鹿は、再度ノートを広げて思いついたことを書いてゆく。
「2層の攻略はしていくでしょ~。4区から行くか5区から行くか悩むよねぇ」
2層4区に出現するエリアボスのレベルは、1層5区と同じくレベル120だ。一方、2層5区のエリアボスはレベル156である。鈴鹿のレベルはまだ103のため、2層4区のエリアボスと戦っても十分リスクある戦いになるだろう。
「けど、本気でやったら1層の熊みたいに簡単に倒せちゃうからなぁ。成長もしないしリスクもなさそうだし、そうなると4区は無しかなぁ」
1層5区のエリアボスである焔熊羆と戦った際、鈴鹿が本気で挑んだら何の苦も無く倒すことができてしまった。それと同じレベルのエリアボスが出現する2層4区では、鈴鹿の成長に繋がらなそうだ。であれば、2層5区を探索してエリアボスに挑むのがいいかもしれない。
「雷魔法は早くレベル上げたいよね。まだ雷球しか使えないし」
四級昇格試験で雷魔法を使ってみたのだが、スキルレベルは1から成長しなかった。
「あとはスキルレベル10を追加でいくつか欲しいよね」
鈴鹿は宝珠のおかげで身体強化のスキルレベルが10になった。レベル9でも強いが、レベル10ではさらに一段階強さの次元が押し上げられる。
まだ鈴鹿は身体強化しかスキルレベル10のスキルが無いため、当面の目標はこの数を増やすことだろうか。
「体術は絶対欲しいでしょ。となると、毒魔法も強化のために欲しいよね」
鈴鹿は現在のスキルをノートに書きこんでゆく。
能力:剣術(5)、体術(9)、身体操作(8)、身体強化(10)、魔力操作(9)、見切り(8)、金剛、怪力、強奪、聖神の信条、雷魔法(1)、毒魔法(8)、見えざる手(8)、思考加速(7)、魔力感知(9)、気配察知(7)、気配遮断(9)、魔法耐性(4)、状態異常耐性(8)、精神耐性(7)、自己再生(8)、痛覚鈍化、暗視、マップ
スキルレベルが9になっているスキルが4つもあるため、ぜひともこれらのスキルはレベル10にしたいところだ。それに加え、見切りや毒魔法、見えざる手に思考加速など、有能なスキルは多いのでスキルレベルの底上げを行っていきたい。
レベル上げを行いたいスキルを丸で囲んでいけば、丸ばかりになってしまった。
「ちょっと前はスキルなんて全然成長しなかったからなぁ。聖神の信条のおかげで無茶できるのでかすぎよね」
聖神の信条を得るまでは、スキルレベル5が一番高いスキルだった。そこから軒並みスキルが成長していったのは、まごうことなく聖神の信条のおかげだろう。
絶対的なレベル差を覆すために、足らないステータスをスキルで補う無茶苦茶な戦い方。何度も死んでいるし、数えるのが億劫になるくらい再起不応なダメージを受けている。痛覚鈍化のスキルを貫通するくらいの痛みが毎回鈴鹿を襲い掛かるが、それでスキルが成長するなら鈴鹿は喜んでその地獄へ飛び込んでゆく。常軌を逸したスキルレベル上げは、だからこそ巨大なリターンとなって鈴鹿のスキルに表れていた。
この不死の活用法はおそらく聖神ルノアも予想外の使い方をしている気がするが、不死なんて絶対的なアドバンテージがあるのだから有効活用しない手は無い。
「2層5区のエリアボスはレベル150越えだからねぇ。これはスキル強化しないと勝てないよきっと。大変だこりゃ」
にんまりと笑いながら、鈴鹿はプランを練ってゆく。
ここまでスキルが充実しているからこそわかるが、スキルがあるだけで手数が圧倒的に増え、戦いの幅が限りなく広がる。ここから先に進むには、きっとステータスだけじゃなくてスキルも重要になってくるはずだ。ステータスは前提であり、各種スキルがどれだけ揃っているかで打破出来る出来ないが別れる戦いだ。
何でもかんでもスキルを覚えればいいわけではないが、毒魔法が体術と合わさって思わぬシナジーを生んだように、スキル同士が掛け合わされることでより強力な手札に化ける可能性がある。どんなスキルが役立つかはわからないため、覚えたスキルはある程度まで上げておくに限る。
そう言う意味では、5区のエリアボスから宝珠を得てスキルを覚え、エリアボス相手に戦うことでスキルレベルを強制的に上げるというスパイラルは、かなり優秀だ。
「けど、そうなるとせっかくの2層が5区しか探索できないんだよね」
鈴鹿は自分が強くなることが楽しくてダンジョンに通っているが、それと同じくらいダンジョンの綺麗な景色を見ることも楽しみにしていた。一面に広がる草原も、丘陵地帯も、草木生い茂る森林も、サバンナのような景色も。そのどれもが鈴鹿には目新しい。ダンジョンにいるだけで、全国各地の景勝地を回っているような気分になる。しかも、立ち入り禁止区域などなく、思う存分探検することができるのだ。
強くなることも楽しいが、探索もせずにずんずん先に行くのはいささかどころか、凄くもったいない。探索もして強くなる。その方が、ダンジョンを隅から隅まで楽しめそうだ。
「1層だって5区とか素通りばっかで探検してないし、せっかくなら宝箱探すついでに1層4区とか5区周ってみようかな」
広大なダンジョンを周るのは時間がかかるが、今の鈴鹿は時間があり余っている。のんびりハイキングをするのもいいかもしれない。
「となると、まずは1層探索して、その後に2層でスキルレベル上げるのがいいかな。あと、次の大目標はレベル200でいいでしょ。2回目の存在進化、特級探索者か。とりあえずそこ目指して頑張りますか」
当面の方針は決まった。ノートに大目標含めて書き込み、鈴鹿は少し冷めたカフェオレを飲む。
ふと店内を見てみると、雄大な山々が連なる写真が飾ってあった。コーヒーの産地か何かの写真だろうか。それを見ていると、存在進化した時に見た狂鬼がいた景色を思い出す。
「あそこもダンジョンの中なのかな。ドラゴンとか煙になってたし。あんな絶景、写真撮らないともったいないよな」
ダンジョンは階層ごとに環境が大きく異なる。さらに、同じ階層内でも区が変わるだけで景色ががらっと変わった。5区なんて自然あふれる樹海のエリアで、苔むした岩に木の根が絡みつくような景色は綺麗だけどどこか怖く、人の手が及ばない大自然を感じることができた。
ただ、それは5区に辿り着ける一部の探索者のみが見ることができる景色。多くの探索者は4区5区を探索することは無い。4区は3区からも見ることができるため触り程度は知っている者も多いかもしれないが、5区など探索者でも見たことが無い者がほとんどだろう。
事実、鈴鹿も4区や5区について調べてみたが、詳しい資料はどこにもなかった。恐らく不撓不屈のようなトップギルドにしかまともな情報は無く、秘匿されているのだろう。
「もったいないよな。せっかく綺麗な景色なんだから、配信でもすれば視聴者数稼げそうなのに」
鈴鹿も前の世界では綺麗な景色の場所をただ散策するだけの動画を見ていた時期があった。思いのほか楽しく、癒されもするいい動画だった。同じようにただダンジョンの景色を見て回る動画があってもいいんじゃないだろうか。
「え、いい案じゃない? 5区なんてみんな見たことないだろ。他の配信者がやってるとも思えないし」
4区5区の探索の様子を配信している者もいるかもしれないが、1~3区を探索している者と比べれば圧倒的に少ないだろう。つまり競合がいないということだ。
しかもやる価値がないから競合がいないのではない。やりたくてもできなくて競合がいないのだ。
「俺ならモンスターに見つからずに4区5区の撮影だってできる。なんならモンスターの様子すらのんびり撮影できるぞ」
鈴鹿は動物の生態を密着して撮影する番組や映像も好きだった。いろんな生き物がいるんだなぁと面白く、自然ってすごいなぁと子供のような感想を抱いていたものだ。そんな動画のように、モンスターの様子を観察する動画も面白いのではないだろうか。
普通なら無理だろう。モンスターに見つかって襲われてしまうから。だが鈴鹿ならどうだろうか。1層5区のエリアボスすら欺ける気配遮断のスキルがある鈴鹿なら、そんな撮影だってできてしまう。
「ありかもしれない。ダンチューバーか。いいな。せっかく1層5区を探索するなら、配信して後世に映像データ残すのありだよ。そんな映像なら大学とか研究機関が絶対欲してるって!」
きっと貴重な映像データになるはずだ。視聴者数など稼げなくても、モンスターの生態を研究している教授に渡せば有効活用してくれるだろう。
それは学術の発展であり、ひいては生活をより豊かにしてくれることに繋がる。
「いいじゃん! やろうぜダンチューバー! エリアボスの生態も撮るし、エリアボスとの戦闘も撮る。絶対人気出るって!」
エリアボスと戦う探索者の数は少ないから、配信すればそれだけで人が来そうだ。さらに4区5区の綺麗な景色も見れる。これは人気ダンチューバー待った無しでは!?
人気も出ないし配信も飽きたとしても、4区5区の映像なら自分用の思い出として撮っておいてもいい。それに他の探索者対策として映像撮影しておこうとも最近考えていたため、一石二鳥だ。どう転んでも無駄になることは無いだろう。
「よっしゃ! そうと決まれば早速機材とか買いに行くか!」
善は急げだ! と立ち上がろうとしたとき、スマホが鳴った。
「ん? 希凛からメールだ。『話したいことがあるから、今から会えない?』か」
ちょうどいい。鈴鹿は今出先だ。
「『いいよ、どこ行けばいい? 今八王子の喫茶店いるけど、来る?』と」
鈴鹿はメールを打つ時声に出しながら打ってしまうタイプである。
カフェオレを飲みながら少し待てば、すぐに返信がきた。
「『探索者協会でお願い』ね。『いいよ、15分くらいで着く』」
わざわざ探索者協会で会うということは、防音室で話したい内容ということだろう。
「なんだろ? とりあえず行ってみるか」
ダンチューバ用の機材はそのあと買いに行けばいい。鈴鹿は残りのカフェオレを飲みほし、探索者協会へ向かった。




