10話 チームヤス3
各々の武器が決まった一行は、酩酊羊と戦うことになった。
「いた! 2匹いる!」
最初に見つけた酩酊羊は、二匹いた。ソロで戦うならば、酩酊羊は一匹がいいだろう。
「どうする鈴鹿? 俺が一匹倒そうか?」
ヤスも貰ったロングソードを使いたいため、そんな提案をした。しかし、鈴鹿は却下する。
「どっちもレベル2の酩酊羊だし、もったいない。効率よくいこう」
そう言うと、一匹の酩酊羊が浮かび上がった。酩酊羊も戸惑い暴れているが、酩酊羊はろくに抵抗もできず少し離れた位置に場所を移される。そうすると最初はあたりをキョロキョロ見回していた酩酊羊も、その場に落ち着いたのか草を食みだした。
「さて、これで一匹ずつになったな。酩酊羊は酔っぱらってるから細かいこと気にしないのがいいモンスターだね。じゃあ最初に戦いたい人いる?」
なんてこともないように魔法が使われる。学校で会う鈴鹿はオーラの増減はあっても大きな変化はなかったが、こうやってスキルを使われると探索者なんだなぁと思い知らされる。
「俺が行く!」
陣馬が率先して手を挙げた。
「だよね。頑張れ陣馬」
鈴鹿が当然だと陣馬の背中を押す。
「酩酊羊は絶対突進をしてくるから、距離が縮まると突進も威力が弱くなって戦いやすいぞ」
「ああ! 初撃は避けて、そこから攻撃していくつもりだ!」
「陣馬がんば!」
「頑張ってください」
「おう!」
ヤスのアドバイスや女子二人の応援を背に、陣馬が酩酊羊へ向かう。
かえでのようにステータスが上がる前は魔鉄パイプでもいいのではとヤスが提案したが、陣馬はこれで行くと重量のある金棒を握り締めている。
酩酊羊の索敵範囲に入った陣馬は腰を落とし構えると、すぐに酩酊羊が突進してきた。
レベルが10あるヤスから見ればゆっくりした突進だが、レベル1の陣馬からすればかなりの迫力だろう。それでも陣馬は酩酊羊の突進を避けると、果敢に金棒を振り下ろす。
白熱の戦いは5分は続いただろう。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
陣馬の雄たけびとともに放たれた振り下ろしが酩酊羊の背中を捉え、酩酊羊は煙へと姿を変えた。
みんなで陣馬に群がり、労いの声をかける。当の本人は金棒を支えに息を切らせており、疲労の度合いがうかがい知れる。
「全体的に良かったんじゃない? 強いて言えば、途中焦ってた時、無理に酩酊羊に張り付く必要はなかったかな。距離空けて一旦落ち着いた方がよかったと思うよ」
「はぁー、はぁー。距離を空けると、はぁー、酩酊羊が有利じゃないか?」
「そうだけど、金棒みたいに小回りが利きにくくて重い武器で極近距離を戦う方が微妙じゃない? 距離を空けて一旦落ち着いて、酩酊羊の突進を回避して攻撃した方がダメージ出ると思うよ」
陣馬は戦いの途中、酩酊羊に張り付かれるような近さで戦っていた。その時は金棒を横にして押しつけるように酩酊羊にぶつけていたが、大したダメージを与えられているようには見えなかった。逆に近くで酩酊羊が角を振り回すので、角の先端にでもぶつかった方が危険だ。
「なる、ほどな」
「まだ剣術スキルもないしステータスもないから、小難しい立ち回りは難しいよ。避けて、重い一撃を入れる。また避けて重い一撃を入れる。これを繰り返すのがいいと思う。金棒なんだし、一撃に込めないと」
ふんふんと金棒を振り下ろす仕草をする鈴鹿。陣馬も肩で息を切らしながらも、何とか鈴鹿のアドバイスを聞いていた。
「避けたら一撃入れる……近くなりすぎたら距離を取る……はいはい! 次は私がやりたい!!」
かえでが鈴鹿の言葉に頷きながら、次に立候補するように手を挙げた。
「斎藤はいい?」
「大丈夫です。かえでちゃん頑張って」
「任せて!!」
かえでは慣れない槍を携えて、鈴鹿が初めにスキルで遠ざけた酩酊羊へ向かってゆく。
「なぁ、鈴鹿。陣馬でもあんなだったんだから、女子にはステータス上げるアイテムとか貸した方がいいんじゃね?」
「ん~、多分必要ない。ダンジョンは男女とか関係ないよ。気概さえあればダンジョンは応えるよ」
ヤスが心配して鈴鹿に進言するが、鈴鹿は取り合わない。あんな立派な金棒でも倒すのに時間のかかった酩酊羊相手に、鈴鹿はかえで一人で戦えると思ってるのだろうか。
ヤスの不安をよそに、かえでは臆することなく酩酊羊と距離を詰めていき、戦闘が始まった。
「も~~だめ~~~!! 動けない~~~~」
10分後。大の字に横たわるかえでは、見事酩酊羊を倒しきった。しかし、かなり慎重に戦ったため倒すのに陣馬よりも時間がかかり、横たわるかえでは疲労困憊だ。長距離走を走り切ったような疲れ具合だ。
「はい、かえでちゃん水」
「はぁはぁ、ありがとう穂香ちゃん!」
「やるな銀杏! 一人で倒しきったな!!」
「かえでちゃんめっちゃよかったよ! ほんとに初めて?」
陣馬とヤスもかえでを褒める。特に陣馬はついさっき一人で酩酊羊を倒す苦労を知っているだけに、かえでに対するリスペクトが溢れていた。
「うん。銀杏完ぺきだったね。特によかったのは、無理して攻めずに攻撃できるときだけ攻撃したことかな」
かえでは酩酊羊の突進を避けるたびに攻撃はせず、酩酊羊が反転した距離や上手く避けれたときに、しっかりと踏ん張って槍を酩酊羊に突き刺していた。酩酊羊が近ければあえて離れるように位置取りし、後半は『酩酊羊のスピードが乗りきらないけど近づきすぎない距離』を意識して立ち回っていた。
「長期戦はかなり辛いからね。それを選択しても焦らずにずっと突きに徹したのは頑張ったね」
「ありがとう。ふぅ。その代わり、はぁ、今死にそうだけどね」
疲労で集中力を欠く中で倒しきったかえでは本当にすごい。ヤスがかえでに対して感心していると、斎藤が鈴鹿に質問した。
「鈴鹿様教えてください。かえでちゃんの戦い方はヒットアンドアウェイで時間をかけた安全重視の戦い方でした。これはリスクを取った戦い方と認められますか?」
陣馬とかえでの戦いを見ていた斎藤は、かえでの戦い方はリスクを取ったようには映らなかった。その発言にかえでが衝撃を受けた顔をしているが、斎藤は気づいていない。
「いい質問だね。素晴らしい。結論から言えば、リスクを取ったことになるだろうね」
鈴鹿の後押しに、かえでは胸をなでおろす。あれだけ苦労して戦ったのにステータスが盛れていなかったら、初日で心が折れてしまう。
「まず、モンスター相手にソロで戦ってる時点で安全も何もないかな。その時点でリスク有と判定されると思う」
「それは……たしかにそうですね」
「安全そうに見えたのは銀杏の立ち回りが上手かったからだよ。実際は足をもつれさせれば途端に崩れるギリギリの戦いだし、あれは安全策というよりは作戦と言った方が正しいかな」
鈴鹿が褒めたことで、かえでは照れるように顔をにやけさせている。ショックを受けたり喜んだりと忙しそうだ。
「ただ、スキルの成長という意味ではよくないね。まだ槍術のスキルも覚えてないから今気にする必要はないけど、例えば銀杏が槍術のスキルを発現していたとして、毎回さっきみたいに単調な突きばかりしていたらスキルの成長は促せない。あえて槍の苦手な近距離で戦ってみたり、連撃をしてみたり、複数と戦ってみたり、そうやってスキルの成長を促すような環境に身を置いたり鍛錬することも重要だよ」
まずはスキル覚えてからだけど、そう鈴鹿は付け足してみんなにアドバイスする。
「斎藤の視点はもっともで、ヤスも含めてこれから常に考えてほしい。今の戦闘はリスクがあったかどうかを」
鈴鹿が四人を見据える。
「レベル1で酩酊羊とソロで戦うのはリスクがある行為だよね。けど、レベル5で酩酊羊とソロで戦うのははたしてリスクがあるかな? そしたら次は土瓶亀とでもソロで戦う? それとも酩酊羊の群れに一人で挑んでみる? 戦った時の手ごたえで、大したことないなって思ったら危険のサインだと思ってほしい」
よく探索者高校の生徒が陥るのは、複数人でモンスターを囲い込んで倒すことで、そのレベルのモンスターを楽に倒せる、つまり自分たちは力を合わせればこのレベルのモンスターも倒せるんだと成長を実感することだ。それは成長ではあるが、緩やかな成長限界へのカウントダウンでもあった。
その時、楽に倒せてしまったと危機感を覚える必要がある。成長したから楽に倒せてしまったのなら、より強いモンスターと戦う必要があると探索方針を変えねば強くはなれないのだ。どこまでレベルが上がっても、常にギリギリの戦いをし続ける。そうしなければステータスは盛れず、スキルも成長しない。
「待ってくれ定禅寺。俺たちはみんなで探索するんだ。そのうち安藤も加われば四人でモンスターと戦うことになる。これだとリスクを取ることはできないってことか?」
「それそれ。そうやって考えることがめっちゃ重要だと思うから、癖づけた方がいいよ。ちなみに人数がいてもリスクは取れる。四人で挑むなら4体以上のモンスターと戦ったり、3体しかいなかったら二人とか三人で挑んだり、みんなよりもレベルが高いモンスター1匹と四人で戦ってみたり。その時その時でみんなで強く感じたか弱く感じたか話し合っていくのがいいと思う」
「リスクって言うけど、線引き難しくないか?」
「難しい。ミスれば普通に大怪我したり死んじゃうしね。ヤスはどっちかって言えば安全派だから、みんなのブレーキ役をやってあげるのがいいんじゃない?」
ブレーキ役か。安全派っていうか、鈴鹿が飛びぬけて危険派だったから相対的に安全派になった気もするんだけどな。
「何がリスクがあったかってどうやって判断するの? 鈴鹿君は経験則?」
「そうだね。経験かな。わかりやすい指標で言えば、ステータスで確認できるよ。レベルアップ時に収納の数が2しか増えなかったら全然リスク取ってない。3だったらもう少しリスク取った方がいい。で、4だったらちゃんとリスクある戦いをしたってことかな」
収納の数はレベルアップ時に1~4の中で増加する。鈴鹿の言う通り、探索者高校では多くが2や3の増加量で、育成所では1しか増えないことがほとんどだ。
ヤスはレベル10に上がるまでに4が6回、3が3回あった。盛れてはいるが、3が3回もあったのは痛い。鈴鹿の後を追うのなら、これからはほとんど4を狙っていくべきなのだろう。
「二人はレベル上がったんじゃない? ステータス見てみたら?」
「上がってるぞ定禅寺! 収納は4上がった!!」
「私も!! めっちゃステータス上がってる!!」
ステータスを見て成果を実感したことで、二人は大歓喜していた。
「いいね。今日は3人ともレベル3まで上げる予定だから、サクサク行こう! 次は斎藤だからがんばってね」
「はい! 頑張ります!」
やる気を漲らす斎藤。そのやる気は結果へと繋がり、次に見つけた酩酊羊と戦った結果、見事勝利を収めた。かえで同様に長期戦覚悟の戦いであったが、魔鉄パイプで上手く顔を狙ってダメージを蓄積させたことで、かえでよりもわずかに早く倒すことができた。
その調子で一行はモンスターを見つけては倒してゆき、夕方になる頃には3人ともレベル3に到達することができた。
「疲れた~~もうダメ、動けない~~」
「さすがに、疲れたな!!」
「私も、少し休憩します」
三人はレベル3に上がったことを確認すると、草原に座り込んだ。鈴鹿が休む暇もなくモンスターを見つけては戦わせていたため、疲れ果てていた。いくらレベルが上がってステータスが増えたと言っても、連戦となれば疲労は重くのしかかる。だが、それだけ頑張ったかいはあったようだ。
「やっぱ最初のレベルアップは凄いな」
「ああ。こんなに変わるもんなんだな」
ヤスと鈴鹿は三人の変わりように衝撃を受けていた。自分たちもその道を辿ったが、他人で見るとより実感する。
たったレベルが2しか上がっていないというのに、三人は育成所卒業生と同じくらいは外見に変化が訪れていた。あまりにも急激な変化なため、その変わりようは一目瞭然で、ダンジョンでレベルを上げたことが嫌でもわかる。
まだ三人の面影も濃いためすぐに判別できるが、レベル10になるころには鈴鹿やヤスと同じく以前とは別人レベルの容姿を手に入れることだろう。
「そろそろ帰ろっか」
「待ってよヤス君。まだ動けないよう~」
「これからシーカーズショップ行って、みんなの防具買おうよ。ヤスの分も含めて俺がお金出すからさ」
「は? いや、そこまでは大丈夫だぞ。武器だけでも十分ありがたいし」
「防具はなんかあったときの備えだろ。次から俺いないし。防具揃えてもステータスには影響受けないと思うよ」
ありがたい申し出であるが、さすがに気が引ける。鈴鹿の身に着けているジャージのように、ダンジョン内で使える防具は安くても10万円は超える。人数分買えば40万円だ。学生からしたら途方もない金額であり、それを無料で貰えはしない。
「さすがに防具までは頼りすぎだろ」
「いいだろ別に。むしろここで買わないで怪我でもされた方が嫌だし。俺みんなが引くくらい稼いでるから、防具くらいは全然大丈夫だよ」
「ん~~~~。……何かしらで埋め合わせはするよ」
「おう。死ななきゃいいよ。あ、一応言っておくけど、防具買ってあげるけど絶対ダンジョン行けって訳じゃないからね。怖くなって止めてもいいし、レベル10まで頑張るだけでもいいよ。自分のペースでやるのが一番だから」
大盤振る舞いセカンドシーズンを開催する鈴鹿に、疲れ果てていたはずのかえでは目をキラキラさせながら立ち上がっていた。
「え! 本当にいいの鈴鹿君!! 防具買ってくれるの!!??」
「うん。高すぎるのは困るけど、1層の間は使えるレベルの防具買いに行こ」
「やったーーー!! ほらみんな立って!! お買い物だよ!」
喜びを爆発させるかえでに先導されて、一同はダンジョンを後にした。
シーカーズショップにて防具の高さに慄き、引きつった笑みをかえで達が浮かべていたのは、また別の話。




