9話 チームヤス2
ダンジョンの入り口から10分ほど歩いたあたりで、鈴鹿が振り返り一同を見据える。
「さて、まずはレベル上げの前にダンジョンについての説明と、君たちが想定しているプランを聞こうか」
あの鈴鹿がダンジョンについての説明? 大丈夫か? 金属バット片手に一人でダンジョンに入って行った奴だぞ?
ヤスは不安になりながらも、鈴鹿の説明を黙って聞く。
「前提として、ダンジョンはリスクを取れば取るだけリターンがある。ステータスしかり、スキルしかり、アイテムしかり。安全にレベル上げを行える育成所ではステータスは盛れないし、銃を使わなくても探索者高校のように安全第一で行動すればステータスはいまいちになる。危ないかも、怪我するかも、そのリスクを飲み込んで戦うことで、強くなれるんだ」
鈴鹿が滔々と語る。
「俺はリスクを取り続けた。ヤスと別れてからは一人でダンジョンに挑みエリアボスとも戦ったし、死地だと言われるほど強力なモンスターがひしめく4区5区を探索した。だからこそ、俺は強くなった」
そうだろう。鈴鹿が強いのは言われなくてもわかる。存在進化しているからではない。そのレベル帯で最高水準の探索者が鈴鹿なのだとヤスでもわかる。他の探索者が霞んで見えるレベルだからだ。
根本的な部分で鈴鹿は他とは異なっている。ヤスは鈴鹿の話を聞くたびにそう思った。考え方があまりにも異質すぎる。そう感じられるほど、鈴鹿は常軌を逸したダンジョン探索を行っている。
「そこで君たちに問いたい。今君たちには3つの選択肢がある」
鈴鹿が指を3本上げ、三人に語り掛ける。
「一つ目は安全に戦って探索者高校の平均的なステータスを得る道、二つ目は頑張って探索者高校の優秀者くらいのステータスを得る道、三つ目はヤスと同じ道だ」
三人がヤスを見る。鈴鹿のようにレベルが高いわけではないためオーラは無いが、ヤスも鈴鹿と同じくらい容姿が整っている。それはつまり初期のステータスが鈴鹿並みに盛れているということであり、そのまま順調にいけば鈴鹿と同じくらい成長できるということでもあった。
「具体的に説明しよう。これから君たちには酩酊羊と戦ってもらう。酩酊羊はどんなモンスターか知ってる?」
「はい。誰もがダンジョンで初めて戦うモンスターであり、目についた人間に突進する性質を持っています」
「うん、斎藤の言う通りだね。その酩酊羊と戦ってもらうんだけど、その時、俺からステータスが上昇するアイテムを貰って三人で一匹の酩酊羊と戦うのが1番目。安全だけどこれが最もステータスが盛れなくて、存在進化できるかどうかも怪しいレベル」
探索者の平均はレベル100であり、存在進化できない探索者も半分程度はいる。それらが、鈴鹿が言う様に複数でモンスターを安全に倒した結果なのだろう。
「2番目は、そんな酩酊羊とソロで戦ってもらう。ただ、ステータスが上昇するアイテムは渡すから攻撃を喰らっても大怪我することは無いし、攻撃に補正があるアイテムもあるから一人でも何とか酩酊羊を倒せるだろうね。それにヤス直伝の酩酊羊のハメ技も使うから、より安全だ。これだと存在進化はできるかな。探索者高校の優秀な生徒くらいのステータスは盛れると思う。ただ、レベル150は超えられないかなぁって感じ」
レベル150を超えられたら一級探索者だ。プロの探索者のほんの一握り。探索者高校の生徒の憧れである。
「そして、3番目。ステータスが上がるアイテムも渡さないし、ハメ技も禁止。真っ向勝負で酩酊羊と戦ってもらう。初心者御用達みたいな酩酊羊だけど、普通に戦うとかなり強い。というか硬い。倒すのにも時間はかかるし、向こうは死ぬ気で向かってくるから気も抜けない」
鈴鹿は当時を思い出したのか、眉根を寄せている。
「でも、それでレベルを上げればヤスや俺と同じレベルに行ける。レベル150は超えられるだろうね。レベル200はその後の頑張り次第かな」
それを聞いていると、ヤス自身がどれだけ無謀なことをしていたんだと思い知らされる。当時は鈴鹿に乗せられて付いて行っていたが、相当危険な探索だった。たった二人でエリアボスである親分狐と戦うなんて、今考えても頭がおかしいと思う。
だが、鈴鹿はその後一人で他のエリアボスとも戦ったのだ。親分狐なんて可愛く見えるぐらいのエリアボスたちと。それを思えば、鈴鹿がこれほど強くなった理由もわかるというものだ。
「で、みんなはどれを選ぶ? 俺はどれでもいいよ。人数分くらいアイテムはあるし、三人で戦っても一人で戦ってもいいと思う。ただ、ステータスって元に戻せないから、下げる分にはいいけど上げることはできないと思っておいてほしい」
鈴鹿の言う通り、ステータスは元に戻せない。そのせいで自分の成長限界もある程度早い段階で予想できてしまい、途中で探索者の道を諦める者も多かった。
「命がかかることだからね。みんなに合わせる必要はない。まずは自分が思ったことを教えて欲しい」
鈴鹿が優し気に三人を見る。慈愛に満ちた顔であり、美しい顔と相まって聖母のようですらあった。
「私は鈴鹿様と同じ道を歩みたいです。探索者高校の平均と同じなんていりません。あの時みたいに理不尽な暴力を振るう者に、更なる理不尽を押しつけるために私は今日来ました」
斎藤が濁った瞳で鈴鹿を見据える。どことなく、鈴鹿がモンスターと戦っていた時を彷彿とさせる。あの狂気に染まった鈴鹿のように。
「……うちも穂香ちゃんと同じ! 目指すなら最強一択でしょ!!」
ふんすと鼻息荒く、かえでが宣言する。負けず嫌いな彼女らしい。一番を目指せる環境があるのなら、彼女は間違いなく一番を目指す性格なのだ。
「俺も当然二人と同じ意見だぞ! そもそも、安藤と一緒にパーティを組むなら、足並みは揃えるべきだしな!!」
陣馬も満面の笑みで茨の道を選ぶ。その様子には周りに合わせて意見を選んだ雰囲気は微塵もない。そもそも陣馬はどちらかと言えば鈴鹿寄りの人間であり、力こそパワーな人間である。鈴鹿がいなくてもその道を歩んでいたかもしれない。
三人の言葉を受け、鈴鹿は満面の笑みを浮かべていた。その笑顔には後光すら見える。
「いいね、そうでなくっちゃ。じゃあ、まずは武器を選ぼうか」
そう言って、鈴鹿は10個以上の武器を収納から取り出して地面に並べていった。
大剣に槍のような物から、メイスや戦斧など様々な武器がある。剣も片刃だったりレイピアのように細かったりと種類豊富だ。
「この中から好きなの選んでいいよ」
「どうしたんだよこれ。わざわざ買ったの?」
「いや、宝箱から出た奴。ランクも普通とか希少しかないから、使いたいのあげるよ」
「まじかよ!! え、俺もダメ?」
「ヤスもいいよ。いつまでもシャベルじゃ無理あるだろw」
なんとここにきて鈴鹿の大盤振る舞い。宝箱からのドロップ品は、低層であればランクの低い武器しか出てこない。それでも宝箱自体が貴重であり収納に入れることができる武器のため、売却すれば10万円はくだらないだろう。購入しようとすればそれよりももっと高い。
それをこんな数用意して好きな物をくれると言うのだ。ヤスはまだいいが、他の三人は本当に貰っていいのかどうしていいかわからず戸惑っている。
「あの~、鈴鹿君? これって高いんじゃない? さすがに貰うのは……」
「俺は使わないし余ってる奴だから気にしなくていいよ。それに武器は同じ物を使い続けた方がスキルも覚えやすいしね。だからこれから先使い続けることになるから、ちゃんと選んだ方がいいよ」
ヤスはまだ武器を扱うスキルは覚えていない。だからこそ、ヤスも好きな武器を選ぶことができた。
それぞれ武器を持ってみたり軽く振ってみたりしている中、一番最初に決めたのは斎藤だった。
「わ、私はこれがいいです!」
握り締めているのは『舎弟狐の誇り』。鈴鹿が金属バットの次に選んだ武器であった。
「うわっ、懐かしい! もうこれ使ってないの?」
「うん。今は使ってない」
「これでもいいですか!?」
「もちろん。予備で持ってたやつだし、斎藤にあげるよ。あ、ただそれちょっと特殊な奴だから売却だけはしないでね」
「もちろんです!! 家宝にします!!!」
魔鉄パイプを抱きしめんばかりに握り締める斉藤さん。
鈴鹿のユニークスキルであれば、舎弟狐からいくらでも奪い取ることができる。鈴鹿が愛用していた物とは別なのだろうが、武器自体は一緒だ。鈴鹿とお揃いなのが嬉しいのだろう。
「俺はこれにする! どうだ!?」
陣馬が選んだのは金棒だ。柄の部分が剣と比べて長く、刀身部分は太い棘が生えている。見るからに重そうな武器を、陣馬は持ち上げていた。レベル1でありステータスの補正もない状態で持ち上げるのは、相当な力が必要だ。若干ふらついてはいるが、レベルが上がれば問題なく振り回せるだろう。
「それって親分狐のじゃん。いいの鈴鹿?」
「もちろん。陣馬にはそれが似合うと思ったんだ。使ってくれ」
「ありがとう定禅寺!! 使いこなして見せるぞ!!」
陣馬はあまりわかっていなそうだが、エリアボスのアイテムは貴重だ。倒した探索者も記念のために取っておくため、そもそも市場に出回らない。親分狐のドロップアイテムである『親分に金棒』は、売却額で100万円が相場である。これは性能としての価格ではなく、アイテムとしての希少性の高さが価格を上げていた。富の象徴のようなものが、エリアボスのアイテムに付加価値として乗ってくるのだ。
陣馬が持っているのは、それを鈴鹿のスキルで強化した『狐一家の誉れ』だ。それを売るとなれば、いったいいくらするというのか。それだけ貴重であり、この中で群を抜いて高価な武器であった。
ヤスはその背景を知っているために、若干顔が引きつっている。探索者は高額なアイテムをやり取りするため金銭感覚がおかしくなっているのは有名だが、その一端を垣間見た気がした。
「う~~ん、悩む~~」
「かえでちゃんは何で悩んでるの?」
「これとこれ!」
かえでが指さす先には、レイピアとハルバードがあった。
「随分極端だね」
「そうなの。レイピアは可愛いんだけどモンスター相手だと攻撃力なさそうだし、ハルバードはカッコいいんだけど振り回せるか心配で悩む」
「なるほどね。一級探索者の中にはレイピアを使っている人もいたはずだし、上の階層の武器があれば攻撃力は大丈夫かも。レベル上げればハルバードも使えると思うけど、鈴鹿はどう思う?」
ダンチューバーのアイドル枠には、レイピアみたいな武器を使っている子もいたはずだ。
プロの探索者である鈴鹿ならば多くのモンスターと戦っているため、武器についてもアドバイスをもらえるだろう。
「う~ん。どっちでもやっていけると思うよ。レイピアなら、1層3区のエリアボスから『双毒の指輪』っていう毒魔法が使えるアイテムドロップするから、それ使えば毒を付与して攻撃力の底上げとかできるだろうし」
鈴鹿が収納から一つの指輪を取り出した。蛇が巻き付いた様な指輪は、エリアボスからのドロップ品なのだろう。
「俺はレイピアそれくらいしか持ってないけど、調べれば武器の効果として毒を付与したり攻撃力上げるレイピアもあると思う。これなんかは、武器の効果で水の刃出せたりするし」
そう言うと、鈴鹿は収納から一本の小太刀を取り出した。
その武器にヤス含め眼を奪われる。骨を削り造り出したような小太刀は、美しくも冷たい湖畔の様な青が広がっている。まるで芸術作品のようなその小太刀は、美しさに釣り合う力が内包されているようだ。
「ちょっと今は水の刃は出すことはできないんだけど、これみたいにモンスターのレベルが上がってドロップアイテムの等級が上がれば武器の効果もついてたりするし、レイピアでも問題ないんじゃないかな?」
鞘から少しだけ刀身を見せた鈴鹿は、安全のためか武器の効果は使わずにすぐに収納に仕舞ってしまった。
「で、ハルバードの方だけど、確かにハルバードだと先端にいろいろ付いてる分振り回すの大変かもね。その分攻撃力も乗るから、武器としてはいいと思うよ。ハルバード使うなら槍もあげるから、まずは槍でレベル上げして、ステータス増えたらハルバードに切り替えたら?」
鈴鹿がハルバードの横にある、シンプルな素槍を指さす。
「え、二つもいいの?」
「うん。いいよ。今日だけだとレベル上がっても3が限界だろうし、ハルバード使うならレベル5くらいまでは槍使ってた方がいいんじゃない? まぁ、切り替える判断は任せるけど」
かえでは目を瞑り、シャドーボクシングのように武器を持った時のシミュレーションをしている。
「先にヤス決めちゃいなよ。何がいいの」
「そうね。俺はこれにする」
ヤスが手に取ったのはロングソードだ。両刃の剣で、柄の部分に少し意匠が施されている。
「いいね。盾は?」
「貰ってもいい? 使ってみて、片手で使うか両手で使うか判断するよ」
ステータスの高いヤスはロングソードであろうとも片手で振り回すことができる。ただ、剣術のスキルも発現していないヤスでは、片手で振り回してもへっぴり腰の剣になってしまう。この辺りはモンスターと戦って戦闘スタイルを決めていく必要があった。
「う~~~~、私はこれにする!!」
ヤスの武器が決まったところで、かえではハルバードを持ち上げ宣言する。
「鈴鹿君! 悪いけど槍も一緒に貰っていい?」
「いいよ。槍が使いやすかったらハルバード使わなくてもいいし、やり易い方にしなね。収納空いてるならハルバードしまっちゃっていいよ」
「ありがとう!!」
満面の笑みで二つの槍を抱えたかえでは、ハルバードを収納へしまった。レベル1でも収納は1~4はあるため、収納に仕舞える武器はかなり便利である。
「さて、武器も決まったし、早速酩酊羊と戦いにいこうぜ!」
「え、防具は?」
かえでちゃんが疑問を口にする。武器が決まれば次は防具。そう思ったのだろう。
「え、ないよ。今日は俺がいるから、防具まで用意すると絶対ステータスに影響しちゃうし」
引きつる顔のかえでちゃん。意外なことに、斎藤は鈴鹿の言葉に動じていない。陣馬は俺は筋肉があるから大丈夫!と訳の分からないことを吠えている。
「大丈夫! ヤスは回復魔法使えるし、なんなら俺も使える。安心して死闘してきてくれ!」
ああ、出たよ。
鈴鹿の狂気じみた笑顔を見て、ヤスはかつてのダンジョン探索を思い出すのであった。




