8話 チームヤス
安藤泰則は、半年ぶりに探索者協会へ訪れていた。
今日は塾のメンバーと一緒にダンジョンでレベル上げを行う日だ。ヤスは一緒に高尾山高校へ入学する3人のメンバーと共にダンジョン探索をすることになり、初日だけヤスの友人の鈴鹿が様子を見てくれることになっていた。
「あ、ヤス君! こっちこっち!!」
探索者協会に入ってすぐのベンチに、今日一緒にダンジョンへ入るメンバーが集まっていた。
「おはよう。みんな早くない?」
時刻は8時40分。今日は9時に集合する予定だったはずだ。ヤスがいない状態でみんなが鈴鹿と会うのは緊張すると思い、ヤスは早めに来たつもりだったが鈴鹿以外は勢揃いしていた。
「当然でしょ! 待ちに待ったレベル上げなんだから!」
「はい。鈴鹿お姉様……こほんっ、鈴鹿様を待たせるわけにはいきませんので」
「いやぁ、俺も滾ってな! 朝早く起きてしまった!! はっはっは!!」
銀杏かえではやる気に満ち溢れ、斎藤穂香は鈴鹿を信奉し、陣馬勇蔵は暑苦しく声を上げて笑っている。
「あ~、斎藤さん。何度も言ってるけど、鈴鹿は男だからね? 本人も気にしてるかもしれないから、女とか言わないでね」
「わかってます。鈴鹿様を不快にさせるつもりはないです」
斎藤は夏休みに鈴鹿が探索者高校の生徒から護ってあげたことで、鈴鹿のことを崇拝するようになっていた。好きとか惚れたとかではなく、崇拝。訳が分からないが、斎藤の眼はガンギマリでヤスも怖くて強くは言えない。
「それと、みんなちゃんと親から許可貰ってきたよね?」
ダンジョンという危険な場所に子供だけで行くのだから、親の許可は当然必要だ。基本的にダンジョンに行くことは止められはしないが、かといって何かあるかもしれないので事前に親の許可は得ておく必要がある。
「当然でしょ! ママもプロの探索者が面倒見てくれるって言ったら大喜びだったよ!」
「私もきちんと説明して納得してもらいました」
「俺はむしろプロの探索者が同伴なんて情けないと言われてしまったな」
みんなちゃんと許可をもらったようで良かった。ダンジョンでレベル上げを行えば見た目に影響するため、隠しようがない。
今日のオブザーバーである鈴鹿は親に内緒でダンジョン探索して怒られたなんて言っていたが、馬鹿にもほどがある。普段はそんな奴ではないが、ダンジョンが絡むと鈴鹿は途端に知能が下がったような行動をするのでひやひやさせられる。
「おはよう。待たせちゃった?」
ダンジョン探索前の確認をしていると、鈴鹿がやってきた。
一緒に探索していた時を彷彿とさせるように、鈴鹿はごてごてした装備はしておらず、ジャージ姿でそこにいた。
だが、着ているジャージは鳴鶴製。探索者御用達の高級ブランドだ。あのジャージだけで10万以上はするはずだ。素材によってはその何倍もするだろう。普段はヤス同様にユニ〇ロを着ているというのに、探索用の服はきちんといい物を使っている。それだけで、鈴鹿は探索者として頑張ってるんだなと少し遠い存在に感じてしまった。
ヤス含め、他のメンバーは中学のジャージや動きやすい恰好で来ているため、服装だけでも格の違いを感じ取れる。だが、他の三人はそれ以外のことに目が向いているようだ。
後ろで三人が息を飲むのが聞こえた。無理もない。鈴鹿からはオーラが溢れていた。神聖、高貴、孤高。侵し難く触れ難い。圧倒的強者であり、不可侵な存在。
年明けからそんなオーラを発するようになったが、存在進化を経てからはより一層その気配が強くなった。鈴鹿の整った顔立ちと合わさって、斎藤が信仰する気持ちもわかってしまう。ヤスは旧知の仲だからこそ気軽に接しているが、それでもたまに声をかけることも憚られる時があるくらいだ。
鈴鹿が高級ジャージを着ているなんて些細なことに気づいたのはヤスくらいだろう。他の三人は鈴鹿のオーラに呑まれ、視線がきょどきょどしていて顔すらろくに見れていない。
「いや、待ってないよ。時間通りだし」
「よかった。あ、自己紹介するか!」
朝からテンションが高い鈴鹿。それを見て、ヤスはホッとする。
鈴鹿が乗り気でよかった。嫌々とかで付いてこられたら、俺はいいけど三人が卒倒しちまうよ。
もともとは三人だけでレベル上げを行う予定だった。それにヤスがお節介で同行することを提案したのだ。ただ、ヤスは鈴鹿のようにレベルも高くないため、どうすればいいか鈴鹿に相談したら、鈴鹿も付いてくるという話になったのだ。
鈴鹿がいるとステータスに影響を受けるから初日だけという条件だが、それでもかなりありがたい。一日だけでも手本を見れるのは大きな差だ。
だが、普通はこんなこと引き受けてくれない。プロの探索者はギルドを通さずにそんな依頼を受けることはないし、ギルドに通すとなると莫大な費用が掛かる。育成所ですら50万はするのだ。プロの探索者に見てもらうとなるとその何倍も必要になる。
さらに、鈴鹿は存在進化すら終えている。そんな探索者に付きっきりでレベル上げを見てもらえるなんてかなりの贅沢だ。かえでのお母さんが喜んでいたのは当然だろう。
そんな鈴鹿にとって金にも何にもならない依頼を引き受けてくれたのだ。めんどくさがって不機嫌だったらどうしようかと内心冷や冷やしていた。それが会ってみれば上機嫌。出だしがいいことにヤスは安堵した。
「俺はヤスと同じ中学卒業の、定禅寺鈴鹿。定禅寺でも、ヤスと同じで鈴鹿でもいいよ」
固まる三人に向かって鈴鹿は気にせず自己紹介を行ってゆく。
「探索者ランクは四級だから、プロの探索者だね! うん。プロの探索者です」
「あ、もう四級になったんだ」
「そうだよ。ほら! 見てみろ! 四級だ! 誰が何と言おうと俺はプロの探索者になったんだ!!」
やたらプロの探索者ということを強調している鈴鹿は、探索者ライセンスカードを取り出した。そこには美形になった今の鈴鹿の顔と、四級という文字が記載されている。
「まじじゃん。おめでとう! いいな、俺もライセンスカード更新したいんだけど」
「わかるw 全然顔違うよなw」
ヤスのライセンスカードは誕生日の時に取得しているため、ダンジョンで容姿が良くなる前の顔写真が写っている。一応ライセンスカードの顔写真も更新はできるのだが、別途料金が発生するためわざわざ変えることはしていない。
「じゃあ次はこっちの自己紹介だな。陣馬行ける?」
固まっていた陣馬を何とか再起動させ、自己紹介させる。
「あ、じ、自分は陣馬勇蔵です! 今日はよろしくお願いします定禅寺さん!」
「よろしく陣馬。あと同い年だし定禅寺でいいよ。それとタメ口で。俺も陣馬って呼ぶから」
なんだか鈴鹿が陣馬を懐かしむように見ているが、二人には面識はないはずだ。はちきれんばかりの筋肉を持つ陣馬が珍しくて見てるのだろうか。
「あ! じゃあ私も! 銀杏かえでです! 鈴鹿君よろしくね!」
「ん。銀杏さんよろしく!」
「えぇ! 私も呼び捨てで! 鈴鹿君が先生なんだから!」
「じゃあ銀杏で! よろしくね」
鈴鹿はあんな美の化身みたいな見た目になったのに、相変わらず女と話すの苦手そうだな。探索者高校じゃあんな美人の希凛さんとは普通に話してたのに。
「鈴鹿様、去年は探索者高校のカス共から救っていただきありがとうございました。斎藤穂香と申します」
「ああ、あの時の! あの時は災難だったね。一緒に強くなって、次絡まれたら目にもの見せてやろう!」
「はい。鈴鹿様に倣い、クズ共がいかに矮小な存在なのかをその身に刻み込みます」
「頑張れ! それはそうと、なんで様? 俺も斎藤って呼ぶから鈴鹿でいいよ」
「いえ、鈴鹿様を呼び捨てなんてできません。お気になさらず」
「え~。まぁ、いっか?」
斎藤さんって案外口悪いよね。それと鈴鹿が適当な性格で良かった。普通様呼びされてたらもっと戸惑うだろ。
ヤスは心の中でツッコミを入れるが、口には出さない。みんなは鈴鹿と初対面なのだ。上手くいっているならすべて良しである。
「自己紹介も終わったし、ダンジョン行くか」
「昼は中で食べるんだよな? みんなご飯とか飲み物大丈夫?」
「それは大丈夫だけど、武器ってどうするの? 手ぶらで良いって聞いたんだけど……」
かえでがチラチラと探索者協会内にあるレンタルショップを見ている。剣や槍などをレンタルすることができるお店だが、価格は安い物でも1日5千円はする。中学生に5千円は躊躇する額だ。それに今日一日だけレンタルすればいいわけではない。モンスターから武器を得られるまでレンタルするとなると、一体いくら必要になると言うのか。
ヤスも鈴鹿に言われた通り武器はいらないとだけ伝えられているので、わからない。ちなみにヤスは愛用のシャベルを持ってきている。これも鈴鹿の指示だが、恐らく酩酊羊対策のためだろう。
「武器は大丈夫。一応聞くけど、絶対この武器がいいとかある? 弓じゃないと戦えない! とか」
鈴鹿が三人を見回すが、みんな首を横に振る。三人とも武術を習っていた訳でもないため、こだわりの武器など無さそうだ。
「よし。なら中に入ったら武器渡すよ。俺とヤスがいるからモンスターいても大丈夫だから、安心して付いてきて」
ヤスもダンジョン経験者であるが、レベルは10しかない。ヤスに任されても困るが、1層1区など存在進化までしている鈴鹿がいれば恐れることなど何もないだろう。
鈴鹿が先導して探索スケジュールを入力し、一行はダンジョンへと入っていった。




