7話 スカウト
特級探索者ギルド『不撓不屈』。
探索者の頂点である特級探索者が所属する国内最大手のギルドであり、東京ダンジョンを拠点に活動をおこなっている。国内外に広く影響力を持っており、彼らがいるから他国の探索者は日本で好き勝手ができないとまで言われていた。
そんな不撓不屈の現ギルドマスターは、日本で最も強いと言われている剣神 天童八駒である。だが、不撓不屈は彼が立ち上げたギルドではない。探索者ギルドのギルドマスターは、所属する探索者の中で最も強い者がその座に就く習わしがあった。剣神はその制度によって不撓不屈のギルドマスターを襲名したに過ぎない。
不撓不屈の前ギルドマスターであり、創始者の名前は藤原。ダンジョン黎明期を支え、世界で発生したダンジョンブレイクを鎮圧しに駆け回り、探索者の犯罪への治安維持に尽力した傑物、不屈の藤原であった。
日本で最も歴史があり、世界に名を轟かせた探索者ギルド。それが不撓不屈なのである。不撓不屈は藤原の意志を継いだギルドメンバーで構成されており、絶対的な強さはもちろん、探索者としての高潔さも問われる。
そんな日本を代表する探索者ギルドに所属している日比谷京香は、ギルドからの頼みで八王子まで足を運んでいた。理由は新たな探索者のスカウト。彼女は一級探索者であり、本来ならそんな仕事をする立場にはないのだが、今回スカウトする相手が相手だけにケイカも同伴することになったのだ。
「部長さんの話を聞く限り、有望そうな子ね」
「ですです。めっちゃ優秀な子です。優秀というか、ちょっと頭のねじ外れてる感じはしますけど」
探索者協会の部長から情報を入手したケイカと、不撓不屈のスカウトである永田が手続きを終えて出てくるスカウト対象の探索者―――定禅寺を待っていた。
「ケイカさんには定禅寺君の強さを見定めてもらいますので、お願いしますね」
「わかってる。けどソロ探索で五区でしょ。強さは保証されてるようなものじゃない? イカれてるけど」
「そうなんです~~。けど、素直な子ってことですし、期待大です!」
スカウトに燃える永田を横目に、ウチが声をかければすんなりいくでしょ、そう日比谷は高を括っていた。案の定、最初は渋っていた探索者―――定禅寺も、話を聞くと言って付いてきていた。
それにしても、この子ほんとに男なの? 綺麗すぎる。女の子じゃないよね? こういう変化する子もいるんだ。天童さんも綺麗な顔だけど、ここまで中性的じゃないし。
探索者協会の会議室を借り、永田がギルドについて売り込みを行っている横で、ケイカが定禅寺を観察していた。ケイカの仕事は定禅寺の実力を確認するのと、知名度による客寄せパンダの役割だ。有名人が所属しているギルドよりも、目の前に有名人がいた方がそこに入りたいと思えるものだ。それを理解しているため、ケイカは置物よろしく静かに座っていた。
「私、不撓不屈で採用担当をしております永田と申します」
「あ、これはご丁寧に。本日四級探索者になりました定禅寺です。名刺持っておらず申し訳ございません」
「不撓不屈はあの『不屈の藤原』が創設したギルドで、日本でも屈指のギルドであると自負しております」
「えぇえぇ、存じ上げております。歴史の教科書にも出てくる偉大な方ですからね」
「私共のギルドは歴史が長く、それに裏付けられた多くの情報と、有益なアイテムが揃っております。各階層の細かな情報から、4区5区の情報までございます。また、代々受け継がれてきた装備やアイテムがございますので、エリアボス対策も万全です」
「それは凄い。さすが大手なだけはありますね。私なんて情報が無くてひーこら探索しておりますよ」
前言撤回。女の子じゃなくておじさんかも。
定禅寺の対応があまりにもサラリーマン然としており、ケイカは定禅寺の後ろに背広を着たおじさんが幻視されていた。ここに来るまでは何か意気消沈しているように感じたが、永田が名刺を渡したあたりから何かスイッチが入ったようにおじさんが憑依していた。
ちょっと大人、というよりおじさん臭いけど、悪い子じゃなさそう。15歳で存在進化までしてたら天狗になっててもおかしくないし、むしろそれが普通な気もするし。下手に条件を吊り上げようと不遜な態度でもないし、有望で素直な後輩は歓迎できるわ。
永田と談笑しながらいちいち驚きを交えつつ質問している定禅寺は、誰の目から見てもスカウトが上手く進んでいるように見えた。
「探索者への報酬は出来高制が基本ですが、最低保証もございます。失礼ですが、定禅寺さんはすでに存在進化を経られてますね?」
「いやいや、とんでもない。私なんてまだ四級に上がったばかりのひよっ子でございますよ」
「隠さずとも大丈夫です。我々もむやみに情報を広めることは致しませんし、定禅寺さんが1層5区を探索されていたことはこちらも存じ上げております」
永田が一歩踏み込んで定禅寺に問う。
不撓不屈のスカウトが声をかけるということは、事前に情報が出揃っていることを意味していた。定禅寺がどこかの組織に属していないことも調べ上げているし、当然反社会的勢力に繋がりが無いこともわかっている。
仮にこちらの漏れで関りがあったとしても、特級探索者ギルド、特に高潔で名高い不撓不屈に所属すれば、向こうの方から定禅寺と手を切るだろう。切らねば徹底的に潰される確定した未来が訪れるのだ。不撓不屈の調査を掻い潜れるほどの組織であれば、そこを見誤ることはない。
「いやいや、これは参った。降参です。ただ、存在進化はしていないんですよ。していないものをしているとは答えられませんよ」
「またまた。その眼は存在進化された影響ですよね?」
「これはカラコンです。最近の物は色鮮やかで、カッコいいんですよ」
笑顔で見つめ合う永田と定禅寺。どうやら存在進化についてはシラを切り通すつもりらしい。
結局ギルドに所属したら意味ないのに。まぁ、探索者がむやみに情報を流さないのは当然。むしろ情報セキュリティがしっかりしてるって思える、かな?
「……わかりました。その辺は後ほど。それで、今後の流れですが、一度当ギルドにご訪問いただけますでしょうか」
「何故でしょうか?」
「面談のためです。その際、我々が保有しているアイテムの一部をご紹介したり、東京ダンジョンで戦闘試験なども実施いたします」
「なるほど。申し訳ございませんが、お断りさせていただきます」
「そうですか。ではまずは日程の調整を……お断りですか?」
話を進めようとした永田が、手に取りかけたカードサイズのカレンダーを引っ込める。
「はい。やっぱり私にはギルドはまだ早いかなって思いました」
いつの間にか先ほどまで姿を見せていたサラリーマンはなりを潜め、若く強い探索者がそこにいた。
「不撓不屈は日本屈指のギルドですよ。定禅寺さんの探索者生活を必ずや支援できるはずです」
「そこ! そこなんですよ! そもそも支援を求めてないんです!」
定禅寺が身を乗り出し、永田ではなくケイカを覗き見る。黄金に輝く瞳がケイカの全てを見透かすようであった。
少ししてケイカから眼を逸らすと、定禅寺は永田を見据える。
「やっぱり私には必要ない。将来的に行き詰るかもしれないけど、少なくとも今は私のやり方の方が正しいように感じます」
歴史を積み重ね常に研鑽し続ける大ギルドの助力は必要ない。この小さな探索者はそう吠えて見せた。
「今は、ということは将来的にはどこかに所属するつもりはあるのですか?」
「そうですね。それこそ、探索に行き詰ったらその時考えます」
ただの馬鹿。その言葉がケイカの中に浮かび上がった。
探索者にとって、ステータスは絶対なものである。ステータスの盛り方によって成長限界が決まるのだ。ステータスは不可逆的で、一度ステータスが下がってしまえば、それを取り戻すのは不可能である。
だからこそ、探索者ギルドに所属して最適な探索プランをギルドと相談し、高みを目指していく。それをせずに一人でやっていくなど、センス溢れる天才で幸運に満ちていなければ不可能だ。
高いステータスを得るためには、エリアボスとの戦いが必須だ。例えば1層3区の双毒大蛇は毒を多用するエリアボスのため、戦う前には毒を回復できる狂乱蛇擬から得られる『擬態の血清』を集めておく必要がある。
『擬態の血清』のようなアイテムであれば入手しやすいが、エリアボスのレベルが上がるにつれて必要となるアイテムの要求が高くなってゆく。装備など必要であれば、ドロップ率が低い装備が出るまで通常モンスターと戦わなくてはならない。そうなればエリアボスと戦う前にレベルが上がってしまい、ステータスを盛ることができなくなってしまう。
これは4区5区であろうと変わらない。ただ、特殊なアイテムや装備を揃えずとも戦えるエリアボスもいるため、そういったエリアボスを狙って戦い続ければステータスは盛れるかもしれない。
だが、どうやってそのエリアボスが特殊な装備を必要としないと判断するというのか。ギルドであれば、今までのギルドに所属する探索者が文字通り命がけで積み上げてきた情報がある。一つのミスで死んでしまうダンジョンにとって、何よりも貴重な情報が大手ギルドには蓄積されているのだ。
これを活用せずにレベル上げを行うなど、1950年のダンジョンが現れた年まで戻るような愚行だ。
それに定禅寺は『行き詰ったら考える』と言っていた。この時点で定禅寺が何もわかっていないことが窺い知れる。ダンジョンで行き詰るというのは、とどのつまりモンスターを倒せなくなるということだ。その状態でギルドに所属したとて先に進むことはできないし、そんな探索者を不撓不屈が採用するかと言えば否だろう。
存在進化したことで勘違いしてしまったのだろうか。15歳で存在進化などとんでもないことだし、テレビ局にでも話せばその見た目も相まって一躍スターになれるだろう。
だが、存在進化は探索者の平均だ。存在進化に至れる者と至れない者がいるが、存在進化までなら優秀な者は辿り着ける。そこからのレベル上げが大変なのだ。レベル100を超えたモンスターは一段階強くなり、探索するダンジョンも深くなるため泊りがけになる。
パーティを組み、各々が役割を全うすることで、そこから先のレベル上げを進めることができるのだ。1層2層程度でレベル上げが順調にいったからと、浮かれていてはすぐに限界が来るだろう。
期待していた新人は現実が見えていない馬鹿だった。だが、それはいい。それは自分の探索者人生であり、自己責任だ。だが、先ほどの態度はいただけない。
「私を見て判断したみたいだけど、私レベルじゃ大したことなかった?」
先ほど定禅寺はケイカの力量を測るように見つめた後、自分には必要ないと言った。それはつまり、ケイカレベルであればギルドに入る必要はないということとも捉えられる。
それはケイカにとって聞き捨てならない内容であった。
「いや、そんなことないですよ。あなたは強い。けど、私は私のやり方で強くなれると思っただけです」
だから、それがつまるところケイカレベルに成長するならギルドは必要ないということだろう。それはケイカ自身の否定でもあり、ケイカが誇る不撓不屈の育成論の否定でもあった。
「へぇ、存在進化したばかりのくせに言うね」
「? 何がですか?」
何を言われているのかわからないと言ったように、定禅寺は首を傾げた。
「君ソロで探索してるんでしょ。ソロじゃ何かあっても対応できないことも多いんじゃない? ほら、こんな風に」
そう言うと、鈴鹿の周りにいくつもの氷柱が出現した。明らかな攻撃魔法。ケイカの意思一つで氷柱は射出され、定禅寺を刺し殺すだろう。一級探索者であるケイカが展開する魔法。それは威力も精度も展開速度も、並みの探索者では足元にも及ばない。
定禅寺は存在進化を迎えたかもしれないが、ケイカはその先のレベル150の壁を突破し、存在進化の強化すら終えている。先手を取られ周囲に魔法が展開されてしまえば、定禅寺ができることなど謝罪する以外は何もない。すでに定禅寺の命は、ケイカの手中にあった。
だと言うのに、定禅寺は怯えるどころか驚きすらしなかった。まるで事前に魔法の発動を予期していたとでも言わんばかりに。
「氷魔法ですか。初めて見た。夏に重宝しそうな魔法ですね」
「君馬鹿にしてるの?」
部屋の温度が一気に下がった。
「探索者にここまでやられてその態度。まさか、何もされないと高でも括ってる?」
「え、うん」
「は?」
煽るケイカに即答する定禅寺。トップギルドに所属する探索者が放つ殺意を受けても、定禅寺は動じることもない。
「だって本気で害す気がないじゃん」
「……手足の一本二本使えなくしてあげようか?」
「ほら、その甘さだよ」
定禅寺の黄金の瞳が輝いている。爛々と、熱を帯びていた。
「俺はね、信条にしてることがあるんだ。目には目を、歯には歯を、悪意には悪意をってね」
「ちょっ!!」
ずいっと定禅寺が身を乗り出す。定禅寺の周囲には氷魔法を展開しているのだ。身を乗り出せば当然氷柱に突き刺さる。それも厭わずに身を乗り出そうとしたため、ケイカは慌てて魔法を解除した。
「あなたからは悪意を感じない。これっぽっちも」
ケイカが魔法を解除することを想定していたのか。はたまた刺さってもいいと思っていたのか。定禅寺がケイカを見据える。いつの間にか黄金の瞳は、爬虫類のように瞳孔が縦に長くなっていた。
「もしあなたが嫌な奴で、俺に悪意を持って魔法を放ったら」
その続きを定禅寺は語らない。口角が吊り上がるような笑み。黄金の瞳は、底知れぬ狂気が渦巻いていた。
「じゃ、もうお暇させてもらいますね。ギルドへの所属は……ご近所の眼に耐えられなくなったら連絡します」
そう言い残し、定禅寺は部屋を後にした。律儀に出るときに失礼しますと一言を添えて。
部屋の扉が閉まれば、漂っていた緊張は氷解した。沈黙が場を支配する。数十秒後、永田がケイカをジト目で睨んでいた。
「ケイカさん」
「ごめんなさい……」
「全く! ケイカさんって意外に喧嘩っ早いんですから!」
ぷりぷりと頬を膨らませ、永田がケイカを叱る。ケイカの長い耳も垂れ下がり、反省している様子がうかがえる。
「まぁ、あれ以上引き留めても定禅寺君の意思は変わらなかったでしょうし、ひとまずは良しとしましょう」
ケイカが剣呑な気配を出した時、永田はあえてそれを止めることはしなかった。その時点で定禅寺の意思が固いことは見て取れ、どのみち時間を空ける必要があると考えていた。
それならば、ケイカの脅しの反応を見て定禅寺がどれくらいのレベルにいるのかあたりを付けた方が有意義だと判断したのだ。
「それで、ケイカさんは定禅寺君の強さはどの程度だと思いましたか?」
「……わからない」
ケイカは自分の中で先ほどのやり取りを消化するように、思考しながら言葉を紡いでゆく。
「レベルは恐らく100前半。ギルドの見立ては間違ってない」
事前に定禅寺については調査を済ませている。と言っても、探索者協会から得られる情報を繋ぎ合わせ、精査する程度であるが。
「けど、さっきの態度。本当に私が攻撃しないと踏んだのか、それともあの場を切り抜けられる確信があったのか読めなかった」
はったりであればケイカは即座に見破れただろう。よほどのペテン師であろうとも、ケイカの殺意を受ければ取り繕うのは至難の業だ。例え存在進化をしていようとも、レベル100とレベル150越えでは持ち合わせる潜在能力が全く違う。それだけレベル50毎に訪れる強化は測り知れないのだ。
だが、定禅寺は一切揺らぐことが無かった。
「ただ、確実に何か特殊なスキルが発現してることはわかる。あれは異質すぎる、私が気圧された」
例えレベル200越えのヤクザに囲まれたとしても、ケイカが動じることは無い。勝てなかろうとも、そんな奴らの脅しに屈することはありえない。
だが、定禅寺から発せられた気配はそれらとは別種の、逸脱した気配であった。怒気ではない。狡猾さも、厭らしさも、威圧感でもない。あるのは純然な狂気。見た者を不安にさせ、言葉を奪い、相手を飲み込む程の混じり気のない気狂いの気配。
「わかります。私も動けませんでした」
永田も存在進化を迎えているが、レベルは定禅寺とそう変わらない。同レベル帯だと言うのに、永田は定禅寺を倒せるビジョンが一切浮かんでこなかった。
今でも思い出せる。狂気に染まった黄金の瞳。あの眼を見たら、まるで蛇に睨まれた蛙のように永田は動くことができなかった。
レベル100の壁を超えるにはステータスが必要だが、レベル150の壁を超えるにはスキルが必要である。有能なスキル、高いスキルレベル。それらが無ければレベル150の壁は超えられず、レベル200の特級探索者に至るには、突出したスキルが無ければ成しえない。
ケイカの発言から、定禅寺がそれらを有していることは確実だ。そのスキルがレベル200の頂きに届き得るものなのかどうかは、まだ判断はできないが。
「引き続き定禅寺君は調査して、勧誘は継続してみます」
「わかった。次会ったら今日の事を謝ってほしい。私が軽率だった」
ケイカは人一倍、不撓不屈に対して誇りがあった。だからこそ、不撓不屈をコケにされたように感じたためあのような脅しをしたが、定禅寺の様子から裏の無いコメントだったかもしれないと思い直した。
勘違いならば謝る。ケイカは非を認められる人間だった。
「ふふん。大丈夫です。私が定禅寺君を不撓不屈に入れて見せますので、直接謝罪してください!」
「うん。頼りにしてるよ」
「任せてください! 不撓不屈が誇るスーパースカウトウーマンですから!」
永田が慎ましい胸を張りながら、期待の新人獲得に向けて燃えるのであった。




