6話 逆ナン
記念すべき100話目でジャンル別日間ランキングで初の1位をいただきました!ありがとうございます!!とても嬉しいです!!感謝です!!
探索者協会八王子支部の探索者統括部 部長は、椚田達と打合せを実施した会議室とは別の部屋をノックしていた。
「失礼するね」
部長が入室した先には、二人の女性がいた。一人は小柄で愛らしい容姿の女性。アニメのキャラクターのように整った顔立ちに、ふさふさの耳が髪の合間から顔を覗かせている。もう一人はモデルの様にすらりとしていながら、出るところは出ているグラマラスな女性。深い紺色に染まった髪の毛に整った顔立ち、こちらも耳が特徴的で長くとがったような耳をしている。整った容姿からも通常ではありえない耳からも、彼女たちが存在進化を経た探索者であるということを告げていた。
「お疲れ様です。それで、いかがでしたか?」
部長が座るや否や、ふさ耳の女性が結果を促す。
「試験は合格。定禅寺さんは晴れて四級探索者となりました」
「それは素晴らしい! では、どこかの紐付きではなかったということですね!」
「確認できる範囲では。あなた方も調べられたのでは?」
部長の視線を受けても、女性は一切動揺もしない。
「では、早速ですが試験内容の共有をお願いできますか?」
部長が先ほど椚田と片倉から受けた内容を、女性へ説明してゆく。戦闘力は申し分なく、人間性も問題無し。試験官たちは、定禅寺を少し大人びた素直な子と評していた。
「ええ、ええ。ありがとうございます。それにしてもカラコンですか」
「ええ、それで乗り切るようですね」
ふさ耳と部長は、まるで定禅寺がカラコンではないような口ぶりで話している。
それは当然である。女性はまだしも、部長は今回の試験結果を受けて、定禅寺がすでに存在進化していると確証を得ていた。
探索者協会の部長ともなれば、探索者の活動履歴を見ることができる立場にある。それによれば、定禅寺はすでに数ヶ月も1層5区を探索していることがわかっていた。そしてつい最近、1層5区のモンスターの素材の一部を売却しているのも確認できている。
つまり、実際の探索エリアとは別に空いている1層5区を指定していたのではなく、きちんと申告している1層5区を探索していたということでもあった。
だが、ここで疑念が湧き上がる。
定禅寺は去年の年末から約2か月間、東京ダンジョンで探索していた。探索するダンジョンを変えることは珍しくもないため、それはいい。問題は、その間定禅寺がアイテムを売却した履歴が一切なかったのだ。
2ヶ月もダンジョンに通い、モンスターの素材をゲットできていない訳がない。定禅寺は順調に探索するエリアを進めているため、1層5区のモンスターが適正モンスターではない可能性はまずないだろう。
八王子ダンジョンで1層4区を探索していた時は、素材系のアイテムを売却している履歴がある。ステータスがいくら盛れているからといっても、収納に無尽蔵にアイテムを納めることはできない。
つまり、東京ダンジョン探索時に何かしらの組織と接触し、そちらに素材を売却していたのではないかと帰結できる。ダンジョン産、特に4区や5区のアイテムは希少で高額である。そんな素材は日本だけでなく、国外からも需要が高かった。
ダンジョン産のアイテムを探索者協会を通さずに売却するのは問題ではない。企業から依頼を受けてアイテムを集めるギルドもいれば、貴重なアイテムはオークションにかけられて販売されることもあるからだ。しかし、国外になると話は変わる。戦略物資に指定されるダンジョンアイテムは、輸出するにも該非判定はもちろん相応の手続きが必要になる。
それらを実施できる企業が定禅寺に眼をつけ取引したのかというと、そういう訳ではない。国外に出荷されるダンジョン産アイテムに、定禅寺が関与したと思われるアイテムが無いからだ。
国内の企業でも、4区5区のアイテムを扱えるような企業で定禅寺と接触した国内の企業は出てきていない。
となると、違法取引が疑われる。定禅寺自身が国外に違法輸出しているのは考えにくいため、それらを生業としている組織との取引が浮上する。つまり、反社会的勢力との取引だ。
それは由々しき問題であり、現在定禅寺について探索者協会と警察によって調査が進められようとしていた。一応可能性として、4区5区の宝箱のみを集めていたという線も残されているため、調査は慎重に行われる予定だ。
そんな中、目の前の女性達が定禅寺に接触するために、八王子支部に訪れていた。
「では存在進化の有無は確認できていないということですか?」
「ええ、四級探索者昇格試験でしたので」
存在進化ができるのであれば、一足飛びに二級探索者に昇級することもできる。あえてそれをせずに四級探索者試験を受けたのはどういった理由があるのかは、わかっていなかった。
「ありがとうございました! では、予定通りこの後接触してみます」
「ええ、お願いします。有望な若者が西に行ってしまうのはこちらとしても歓迎できかねますから」
そう言うと、女性達は身支度を済ませ部屋から退出していった。
「願わくば、真っ当なギルドへ所属していただきたいものですね」
そう、部長は思わず心情を吐露するのであった。
◇
四級探索者試験は全員合格。その知らせを受け、Riversは感情を爆発させた。感極まり泣いている者もいれば、抱き合い喜びを分かち合っている者もいる。あまりの喜びぶりに、見ていた鈴鹿も思わず良かったなぁとしみじみさせられたほどだ。それくらい気持ち良い喜びようであった。
鈴鹿も無事に四級探索者試験を合格し、Riversと仲良くライセンスカード用の写真を撮影した。五級のライセンスカードと見比べて、Riversのみんなは全然変わってないだのカッコよくなっただの和気あいあいとしていた。その流れで鈴鹿もライセンスカードの比較をされたのだが、その変わりように啞然とされ、空気が止まったのはご愛敬。
「これから探高のみんなが打ち上げしてくれるんだけど、定禅寺君も来ない?」
「いや、今日はRiversのための会でしょ。家帰ったら夕飯あるし、みんなで楽しんできて」
Riversの城山と川口の女子2名からお誘いを受けたが、鈴鹿は断った。当然だ。RiversとParks以外知り合いもいない打ち上げに参加できるほど、鈴鹿は新たな出会いを楽しめる性格をしていない。
それでも、一緒に昇格試験を受けた縁としてRiversのメンバーとは連絡先を交換した。まぁ、それも鈴鹿からではなく城山と川口から提案されてのことであるが。
「さすがに疲れたねぇ」
「ね! 早く打ち上げ行こ!」
はしゃぐRiversのメンバーと出口へ向かう。朝から始まった試験は結果発表からライセンスカード更新までを含めると、10時間にも及んだ。時刻はもう19時になる頃だ。
だが、これで今までの自称探索者から自称を捨て、プロの探索者として堂々と過ごすことができる。まだ若いし稼ぎもあるからその肩書が必要なのかはわからないが、前の世界で労働に勤しんでいた身としては無職は居心地が悪かった。
それに、四級探索者のライセンスカードがあれば立派な身分証明書にもなり、これから先遠出するにしても活動しやすいだろう。今までの五級ライセンスカードでは顔が違い過ぎて本人だと証明しづらく、職業を保証する効果もなかった。遅かれ早かれ四級探索者試験は受けていたので、良いタイミングだったと思おう。
「すみません。定禅寺さんでしょうか?」
探索者協会を去ろうとしたとき、声をかけられた。
振り向けば、アイドルもかくやという人物がいた。小柄な容姿に人懐っこい満面の笑み。彼女に微笑まれれば、男女問わずファンになる者が後を絶たないだろう。柔らかそうな栗色の髪からはぴょこぴょこと丸っこいふさふさした耳が顔を出しており、彼女の可愛らしさを引き立てている。
そのふさ耳の横には、もう一人女性が立っていた。その女性を表すなら美人の一言。濡れた様にも見える深い青色を宿す髪の毛、そこからはまるでエルフのように長い耳が見え隠れしていた。キリッとした整った顔は、仕事が出来そうな印象を見る者に与える。スーツを身にまとう姿は、さながら美人社長だ。スタイルも良く、男ならば誰もが目で追ってしまうような女性であった。
鈴鹿に声をかけたのは美人社長の耳長と、美人秘書のふさ耳。そんな二人組であった。
とうとう俺にも来たか。
鈴鹿は感慨にふける。ヤス、菅生と続き、鈴鹿に無いのはずっとおかしいと思っていたのだ。だが、待たされたかいはあった。これほどの美しい女性に逆ナンされたとあっては、さすがの鈴鹿もご飯くらいはやぶさかではない。
「八王子ラーメンでいいですか?」
「んん? どういうことですか?」
可愛らしく小首を傾げるふさ耳。耳長も怪訝に眉根を寄せる。そんな様子も、美人がすれば映画のワンシーンの様である。
食事へのナンパではないのか? 頭に疑問符を浮かべながら、鈴鹿が謝罪する。
「失礼。私が定禅寺ですが……そもそもなんで名前知ってるんですか?」
大事なことに気が付いた。鈴鹿は八王子の探索者の間では鉄パイプの姫で通っているのだ。定禅寺という名前は広く知れ渡っていないはず。にもかかわらず目の前の女性は鈴鹿のことを知っていた。
怪しい。美人というのはつまるところ探索者であるともいえる。というか、よく見ればふさ耳や長耳は存在進化した影響を受けているのは一目瞭然だ。存在進化しているレベルの探索者が鈴鹿の名前を知っている?
一気に剣吞な気配をまとう鈴鹿。しかし、女性は構わずに用件を告げる。
「私は特級探索者ギルド『不撓不屈』でスカウトを担当している永田と申します。当ギルドについてお話ししたいことがありますので、少しだけお時間いただけないでしょうか」
ふさ耳―――永田が可愛らしい声で用件を伝えた。
不撓不屈。それは日本最強と名高いギルドであり、剣神が治めるギルドであった。そんなギルドからの声掛け。それは誰がどう見てもスカウトの話である。ならば鈴鹿の答えは簡単だ。
「え、嫌です」
「えぇ!? お話だけでもさせてもらえませんか??」
「遠慮しときます」
「ちょ、ちょーーとお待ちください!!」
鈴鹿が鉄の意志でお誘いを断っていたら、Riversのメンバーに連行された。
「何やってるんだよ定禅寺君!!」
「そうよ! 何断ってるのよ!!」
「不撓不屈だよ!!?? 断る理由なんてないよ!!」
Riversに囲われ、鈴鹿の行動を咎められる。
「えぇ、でも今ギルドに入るつもりないし」
「それでもだよ!! 不撓不屈なんて書類審査通るだけで履歴書に書けるレベルだよ!!」
「それはすごい」
面接しただけで履歴書に書けるなんてどれだけ狭き門なんだ。Go〇gleだって書類審査通っても履歴書には書けないぞ。多分。
「それにあの人!! ケイカさんだよケイカさん!!」
大沢が興奮しながら耳長の女性を見ている。大沢に限らず、男女問わず羨望のまなざしを耳長に向けていた。
「有名人?」
「ええええ!!?? 知らないの定禅寺君!!??」
「本当に探索者?」
「ケイカさん知らない探索者なんているの??」
「不撓不屈の一級探索者で、特級候補のケイカさんだよ!!」
とても馬鹿にされたが、有名人みたいだ。大手ギルドに所属していることもあって、知ってる人も多いのだろう。
「う~~ん、特級だろうと一級だろうとギルドには入るつもりないからなぁ」
「そんなこと言わない! いつまでも無職のままじゃいられないんだから、話だけでも聞いといて損ないよ!!」
「そうだぞ定禅寺君! 探索者高校にも通わないんだから! 無職のままではいられないぞ!」
「えっ、ちょ、ちょっと待って。俺無職じゃないよ。四級探索者になったからプロの探索者だよ」
「何屁理屈みたいなこと言ってんだ? ギルドに所属してないなら無職と変わらないだろ?」
浅川に呆れた様な顔を向けられる。
え? そうなの? フリーランス的な立ち位置で認めてもらえないの?
「まぁ、まだ定禅寺君若いからね」
「うんうん。遊びたいのはわかるけど、いつかは働かないと」
浅川以外のメンバーを見ても、うんうんと浅川の意見に同意している。鈴鹿が無職というのは共通項らしい。
鈴鹿の認識ではプロのライセンスがあって稼げていれば問題ないと思ったのだが、この世界の常識に染まった人間から見れば鈴鹿は無職に映るのかもしれない。
「そんな……」
「無職は大変だぞ。履歴書に空白の期間があると書類で落とされるって先生も言ってたし」
「ほらっ、入るかどうかは別にしても、話だけでも聞いてきなよ」
「う、うん。そうする……」
ショックでふらつく足取りのまま、鈴鹿は永田へ近づいてゆく。
「それで、いかがでしょう。お時間いただけますか?」
「はい……」
鈴鹿はRiversの面々に見送られながらも、肩を落としてケモ耳永田と耳長ケイカに付いて行くのだった。




