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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第六章 映し出される狂人

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5話 四級探索者昇格試験4

 椚田くぬぎだは試験官に割り当てられた会議室へ入室する。中にはすでに3名の探索者協会の人間が待機していた。


「お待たせいたしました」


「いえ、時間通りです。その様子では、試験がスムーズに行えたようですね」


 そう告げたのは探索者協会八王子支部の、探索者統括部の部長だ。探索者統括部とは、八王子ダンジョンで活動している探索者を管理している部だ。特に八王子ダンジョンで活動しているギルドと繋がりが深く、ギルド間でトラブルが起きないよう探索スケジュールの管理や企業から来た依頼の斡旋をしたりしている。


 当然探索者の昇格試験もこの部が管理しているため、探索者統括部の責任者がこの場にいることは不思議ではない。だが、たかが四級探索者試験で部長がいることはおかしかった。この場には昇格試験を担当する課の課長もいるため、通常であれば課長だけで十分だ。それが意味することは、今日椚田が担当した四級探索者への昇格試験は普通ではなかったということである。


 椚田が所属している探索者ギルド『天狗山てんぐやま』は、八王子で活動する探索者ギルドの中でも老舗しにせの部類に入るギルドだ。そのためこういった昇格試験の試験官をすることはよくあり、椚田は何度も試験官を行った実績がある。その歴史の中でも、探索者統括部の部長がこの場にいることは初めての経験だった。


 朝も一緒に受験生へ説明をした探索者協会の担当者が片倉かたくらからドローンを受け取ると、パソコンに接続してその様子をプロジェクターに投影した。


「まずは今回試験を受けた二組について、四級探索者の合否について忖度そんたくなく教えてください」


 課長が椚田と片倉に問いかける。


「私の判断としては、どちらも合格です。詳しくは動画を見ながら解説しますが、定禅寺じょうぜんじは四級探索者以上の実力を持っています。Rivers(リバーズ)のメンバーも抜けているところも多くまだまだ指導するべき箇所は見受けられますが、素直に行動できるパーティでした。索敵は時間がかかりましたが狂乱蛇擬を早期発見もできており、戦闘では安全重視の戦い方を採用し手堅さがあります。背伸びをするようにも思えませんでしたので、四級探索者としてはギリギリですが合格で良いと考えます」


「私も椚田さんと同意見で、両者合格で良いと思います」


 その言葉を受け、課長は胸を撫でおろしていた。


「よかったです。Riversのメンバーがどうなるか不安でしたので。これで無事、探索者高校を卒業できますね」


 探索者高校を卒業するためには、四級探索者への昇級が必須である。そのため三月も下旬に差し掛かったというのに、Riversのメンバーはまだ仮卒業であったのだ。探索者高校と探索者協会は深い関係であり、毎年四級探索者昇格試験を見てきている課長は自分の事のように喜んでいた。


「では、まずはRiversから総評を行いましょうか」


「承知しました。Riversは―――」


 メイン試験官である椚田が、1層3区での索敵の様子から2層1区での戦闘について、ドローンの映像を見ながら説明を行う。四級探索者試験は基本的に2層1区のモンスターを倒せれば昇格できるが、それ以外にも探索者としての素質が問われることもある。


 例えば、1層3区で出題された現在位置についての問題で間違えれば、探索者としての素質が疑われる。現在位置もわからなければ、探索者がダンジョン内で遭難するなんてことも起きかねない。それだけでなく、1層3区では会敵を避けて進むようにと注文を付けたが、それを無視して進むようでは索敵能力ゼロという判定になり、将来のモンスタートレインの可能性を考慮して不合格となることもある。


 そしてRiversが騎犬小鬼きけんこおにを避ける判断をしたように、自分たちの力量を把握し戦う相手、避けるべき相手を見極められるかなど、実に多くの項目で四級探索者にふさわしいかを審査されている。あの時Riversが騎犬小鬼相手に戦う判定をしていたら、減点をつけて実際には戦わせなかっただろう。


「以上の事からRiversは2層1区で活動することができると判断でき、Riversの四級探索者試験を合格としたいと思います」


「探索者協会として、Riversの四級探索者試験合格を認めます。良いですね?」


「ああ、もちろんだ」


 いつもなら課長が認めるだけで終わるのだが、この場には部長がいるため課長が一応お伺いを立てていた。この場の誰もが部長が気にしているのは定禅寺だと理解しているため、Riversについてはつつがなく合格が決定した。


「それでは次に定禅寺についてです。まず間違いなくマップのスキルを保有しています」


 片倉も同意のうべないを返す。


「次に索敵についてですが、こちらも問題なく。恐らく気配察知のスキルを保有しており、スキルレベルも3以上はあるかと。終始余裕をもっておりました」


 帰りの1層3区の先導は定禅寺が行ったが、周囲を見回す様子もなくモンスターを避けて最短ルートを通っていった。気配察知のスキルだけではなく、スキルレベルも伴っているからこその余裕を感じ取ることができる探索だった。


「戦闘に関しては、こちらを見ていただければ早いかと思います」


 そう言って、ライダーと探索者の間では呼称こしょうされている騎犬小鬼きけんこおに3匹と銅製鬼どうせいおにとの戦いの様子をモニターに映す。モンスターの数で言えば7体もいるというのに、定禅寺は一切臆することなく進み出ると雷魔法を放った。


「あれは、雷魔法? それにしても威力が……」


 思わずと言った様子で課長がつぶやいた。


 定禅寺が放った雷魔法は、吸い込まれるように銅製鬼に着弾すると一撃で煙へと変えた。その後も泥髭犬どろひげいぬを巧みに操り散開して襲い掛かろうとするライダー相手に、身構えることもなく雷魔法を発動して煙へと変えてしまった。


「こちらの動画からわかる通り、2層1区のモンスターと戦える能力は十二分にあります」


「そのようですね。定禅寺さんの戦いを見て、椚田さんがわかる範囲で定禅寺さんの能力を解説してもらえますか?」


「承知しました。まず間違いなく定禅寺は四級探索者以上の力を持っていると考えられます。銅製鬼を一撃で倒した魔法の威力から見て、まず間違いないかと」


 レベル39の銅製鬼をスキルレベル1で覚える雷球一発で倒すなど、レベル差が無ければまず無理な話だ。四級探索者は上位の者でもレベル70がせいぜいである。そのレベルまでいけていればできなくはないかもしれないが、レベル70は逆に言えば三級探索者に成りたて程度のレベルでもある。つまり、最低でも三級探索者程度の力は持っていることがこの戦闘からわかる。


「雷魔法は雷球しか使っていなかったのでスキルレベルは把握できませんでしたが、レベル4以上ではないかと。それであれば雷球1発で銅製鬼を倒せたのも説明できます」


 魔法はスキルレベル4で威力が底上げされる。だからこそ、威力が低いはずのレベル1魔法である雷球でも銅製鬼を倒せたのだろう。課長が『威力が高い』とつぶやいたのは、スキルレベル1の雷球にしてはという意味だ。恐らく同じ結論にいたっているだろう。


 あえて雷球のみで戦っていたのは、自身の能力が十二分に四級探索者に相応ふさわしいと誇示こじしていたのかもしれない。


「それと、魔力操作のスキルレベルも高いですね。魔法の展開速度も速く、また魔法の制御もかなり精密です」


 定禅寺は1発の魔法でライダーと泥髭犬をまとめて倒している。それが3体全てで。映像で改めて見てみると、3体とも全てライダーの腰辺りに魔法が着弾しているのがわかる。高速で動くライダー相手に寸分(たが)わず同じ個所に魔法を当てるなど、四級探索者では至難の業だ。


 雷魔法と魔力操作、どちらもスキルレベルが成長していなければできない芸当である。


「ライダー相手にも範囲攻撃ではなく雷球で対応しているあたり、魔法に対する自信が窺えます。もしくは、外しても近距離で仕留められる自信があったのか。これは噂ですが、定禅寺はもともと1層1区の舎弟狐からドロップする『舎弟のたしなみ』を使っていたと聞いたことがあります」


 八王子ダンジョンで活動する探索者にとって、魔鉄パイプの姫は有名人だ。探索者高校の間で話題になっていたが、プロの探索者たちの間でも話はよく出ていた。探索者高校にも通わずソロで探索をしている探索者がいる。そんな特異な探索者がいれば噂になるのも当然であった。


 だが、噂は噂。詳細な内容は流れてはこないし、プロの探索者でもなければさして注目もされていないため椚田も詳しくはわからない。わかっているのは、ソロ探索していることと、武器が鉄パイプであること。そして美しいということだろうか。姫と言われていたが実際は男であったことからも、噂の真偽は怪しいところであるが。


「今回の試験では最後まで武器を取り出すことはなかったですが、『舎弟の嗜み』であれば収納から即座に取り出せますし、近距離で戦闘になっても十分対処できたのでしょう」


 定禅寺が椚田と同じ三級探索者相当の力を持っているのであれば、ライダー3匹に囲まれても無傷で倒すことができるはずだ。失敗しても問題ない。その余裕もあって、雷球しか使わなかったのかもしれない。


「まとめますと、気配察知による索敵能力の高さ、雷魔法による正確で高威力な魔法、そして噂ですが近距離戦闘もこなせる万能型、と言った感じでしょうか」


「なるほど。強さは申し分ないということですね。では人間性はどうでしょうか」


「その点は私から報告します」


 片倉が手を挙げ、説明を行う。


 二人は事前に、探索者協会から定禅寺については試験だけでなく人間性も見るようにと指示を受けていた。それを受け、試験全体はメイン試験官である椚田が、定禅寺への接触は片倉が行うよう役割分担をしたのだ。


 探索者協会がなぜこのような依頼をしたのかというと、定禅寺について何もわかっていないからである。


 プロの探索者になるには、通常であれば探索者高校に通ってプロを目指す。探索者高校ではダンジョンでの立ち回りや戦い方を教えるだけでなく、倫理観や道徳についてもカリキュラムに組み込まれている。探索者という強大な力を手にする分、その強さに見合った責任感が必要なのだと教えられているのだ。


 そして、問題がある生徒には事前に学校側で目星をつけることも、探索者高校の役割である。特に、優秀なのに素行不良の問題児は厳しいギルドへ就職させるなど、プロになった後に問題を起こさないようにする必要があった。


 それだけ探索者起因での犯罪が増えてきており、力を持った探索者を取り締まる術が確立されていないのだ。警察も探索者にはおよび腰のため、些細な事件であれば見逃されるケースがほとんどなのが実情だ。それをいいことに現役探索者高校の生徒でさえ犯罪を行うことも増えており、明るみになっていないだけで被害者が泣き寝入りした犯罪は数多い。


 探索者高校の生徒であれば最悪退学処分もできるのだが、そうなるとドロップアウトした元探索者高校の生徒で徒党を組み、ヤクザや半グレ組織に加担していくという悪循環もできてしまっていた。


 そんな探索者の犯罪者に頭を悩ましている探索者協会にとって、探索者高校も絡んでいなければ探索者ギルドに就職を希望しているわけでもない定禅寺は要注意人物であった。


 特に、四級探索者の資格はプロの探索者としての資格でもあるため、2層1区での活動ができるからといってホイホイと渡せるものではない。


 探索者高校の生徒以外が四級探索者になることはある。大学の探索者サークルなどで活動する者が、努力して四級探索者になるケースだ。その程度であれば実力もたかが知れており、簡単な面談で済ますこともできる。


 しかし、定禅寺は見た目からもわかる通り高水準のステータスを得ていた。それこそ一級探索者や特級探索者を彷彿とさせるほどに。


 そんな人物が探索者高校にも通わずギルドにも所属せず、ふらふらしているのだ。何か目的があるのか、背後に何か大きな組織がいるのではないかと勘繰ってしまうのもしょうがない。


 そうでなくても、暴れられればかなりの被害が出てしまう。人は組織に所属するからこそ、縛られて行動をつつしむのだ。社会的立場もなく、所属する組織もなく、全てが自由であれば、常人では考えられない行動を起こす可能性があった。


「定禅寺君と会話した感じは、素直な普通の子といった印象ですね。大人びているかなと思いましたが、危惧きぐされていたようなイジメを受けた様子もなければ、高圧的な態度や粗雑な印象は受けなかったです」


 一人でダンジョンに入る者の多くは、復讐など後ろ暗いことがある者が多い。そもそもダンジョンは危険であり、多くの事態に対応できるように複数で行動する事が常識なのだ。それなのに一人で活動するというのは、そうせざるを得ないからという理由が多い。


 定禅寺程強ければ、イジメの復讐などそれこそライダーを倒すよりも簡単に行えることだろう。だが、イジメの復讐によるニュースは八王子で聞こえてはこない。イジメ自体なかったのか、はたまた上手くやったのか。


「私も会話しましたが、片倉と同じ意見です。あれだけ探索者として力を付けているにもかかわらず、おごった様子もありませんでした。特に問題児と言った印象も受けてません」


 椚田も同意する。四級探索者昇格試験を担当する中で、はねっ返りや三級探索者で成長限界を訪れた椚田を馬鹿にするような態度の者も見てきた。そんな者たちと比較しても、定禅寺は全然すれていない印象を受ける。


「事前に受けていた質問事項も確認しましたので、報告します。まずギルドに所属しない理由ですが、する必要がないからだそうです。現状困っていることは無く、ギルドに所属するメリットがないとのことでした」


「他にどこかの組織やパーティに所属といったこともなさそうでしたか?」


「はい。どこかに所属している雰囲気は感じなかったですね。私もその手の世界は詳しくないですが、犯罪組織と繋がりがあるようには思えなかったです」


「それに、定禅寺はライダーと戦いました。四級探索者試験では、ライダーを含め2層1区の上位のモンスターとは戦う必要はありません。Riversのように避ける選択を取れるかを判断しているからです。それで言えば、例えライダーと戦えたとしても、避ける選択をする。これが四級探索者試験の模範解答です」


「探索者高校や何等なんらかの組織に所属していればそんなことは常識。でもそれを選択しなかったということは、その試験内容を誰からも教わっていないから、ということですね」


「その通りです。ですので、定禅寺は犯罪組織にも所属していないでしょう。悲しいことに、犯罪組織にも探索者高校崩れの者がいるのが昨今の常識です。もし所属していれば、定禅寺にアドバイスの一つでもしていたでしょうから」


 椚田も重ねて同意したことで、ひとまずは安心する部長と課長。安心したのか、課長がぼやく。


「それにしても、ギルドには興味無しですか。探索者高校に通っていればギルドの有用性も教わるんですけどね」


「私もギルドの有用性については伝えました。特に情報の面や豊富なアイテムの支援などは強調したんですが、暖簾のれんに腕押しって感じでしたね」


 定禅寺が情報の重要性について理解していないとは思えないが、本人が求めていないのに無理にギルドへ所属させることもできない。


「なるほど。ソロで探索している理由は聞かれましたか?」


「はい。一緒に探索する仲間がいないからだそうです。ギルドに所属すればいいのではとも聞いたんですが、一人でも困っていないからと」


「ダンジョンでソロ活動していて問題ないというのは、剛毅ごうきですね」


 課長からすれば、仲間は必要ない、ギルドは必要ないというのは自分たちの活動を軽く見られたように感じたのだろう。課長があざけりを含むように感想をもらす。


「それだけの実力があるということでしょう。現に2層1区のモンスターでは相手にならず、椚田さんは三級探索者相当の実力があると見込まれていた。まだ15歳がですよ? それなのに傲慢な態度もおごるようなプライドの高さもない。感心するべきですね」


「し、失礼しました」


 日本が今日こんにちまで発展してこれたのは、探索者のおかげだ。その探索者たちが集めたアイテムや情報を蓄積し、より安定して、より安全に探索が行えるように脈々と受け継いできたのがギルドであり、そんな探索者やギルドが円滑に活動できるように支え続けたのが探索者協会である。


 多くの英雄たちが築き上げたそれらを必要ないと切り捨てられた気分になるのは、致し方ないかもしれない。だが、それを言葉として出すべきではない。部長がそれをたしなめ、追加の質問をする。


「他に何か話されましたか?」


「そうですね、定禅寺君からはダンジョン内で探索者に絡まれたらみんなどうしているのかと聞かれました」


「ほう。それはまた。何か実体験が?」


「ダンジョン外でナンパして無理やりホテルへ連れてこうとしていた探索者高校の生徒と遭遇したようです。その時は注意して追い返したそうですが、逆恨みされてダンジョン内で襲われたときはどう対処すればよいのかと」


 その発言に、課長は渋面じゅうめんを作る。探索者高校の生徒が起こした問題であり、そのような生徒が出てきてしまっているのかという落胆と、自分自身が女であり、探索者による女性に対する強姦も増えてきているための軽蔑でだ。


「なんと回答されましたか?」


「基本は逃げるべきと回答しました。その状況を録画し、データを探索者協会に提出すればしかるべき処罰がされると」


「模範回答ですね。それで納得されましたか?」


「いえ、逃げれない状況だった場合、かつ相手が武器を出していた場合、こちらも殺してもいいのかと続けて質問されました。回答に迷いましたが、殺さずに切り抜けられるならそうするべき、相手が格上だったりどうしようもない時は、自分の命を優先した行動をするようにと回答しました」


 殺していいよなど回答できるはずもない。実際殺してしまった時に、『昇級試験の試験官が殺していいって言った』などと言われたら目も当てられないからだ。この会話もレコーダーで記録しているため、もしそのような曲解をされても片倉が罪に問われることは無いだろう。


「良い回答ですね。そのような回答をされたということは、探索者高校の生徒から強い恨みでも買われたのですか?」


「いや、そうではなさそうでした。そういった場面に遭遇したこともないと。ニュースや本でダンジョン内で探索者に襲われるケースをよく目にするため、そんな時みんなどうしてるの?と言った質問でした」


 探索者高校でも探索者にまつわる書籍でも、他の探索者に注意することと口が酸っぱくなるほど告げている。


 海外のダンジョンでは犯罪が横行しているダンジョンも存在するが、日本のダンジョンは比較的安全である。各ギルドと探索者協会の尽力のおかげであるが、それでも探索者に注意することと啓蒙けいもうし続けているのだ。


 これは犯罪の未然防止のためだ。『君子危うきに近寄らず』という言葉があるように、ダンジョン内で探索者同士が一定の間隔を保って離れているからこそ、小さなトラブルを未然に防げている。


 よく企業での不正が発生した際、不正のトライアングルという言葉が使われる。『動機』と『機会』と『正当化』の三つが揃うと不正に手を出すと言われている、あれだ。探索者で当てはめれば、『先にモンスターを見つけたのは自分たちだ』という些細なトラブルが動機とし、『ダンジョンでは犯罪を立証しにくい』という機会を利用し、『あいつらが獲物を横取りしたから悪いんだ』という正当化を行うことで犯罪に手を出す。


 ダンジョンという密室かつ死体すら吸収してしまう環境があり、探索者は高額なアイテムを持っているため殺すだけで大金が入る状況が、犯罪へのハードルを下げてしまっているのもある。


 実際に探索者を狙った悪逆非道あくぎゃくひどうの犯罪があることから、探索者同士適度な距離感をもって行動するようにと教えられている。そんな情報を見ていれば、実際にその場に遭遇したらどうするのかと気になるのも当然だろう。


 また、いきなり殺していいのかという発想に至っているが、誰も物騒だとは思っていない。ダンジョンで武器を抜いて近づいてきたのなら、殺されてもしょうがない行為だからだ。


「定禅寺さんはソロ活動をしているので、その手のことは常に警戒しているのかもしれないですね。実際彼がダンジョン内で探索者に襲われた場合、どうされると思いますか?」


「う~ん、そうですね。定禅寺君は他の探索者について特に関心が薄いように感じたので、上手くやり過ごすのではないでしょうか」


 どこどこのギルドにはあのスター探索者がいると話しても、全然興味がなさそうだった。他の探索者に絡まれても、面倒くさいと言ってそそくさと撒くのではないかという印象を片倉は受けた。


「そうですか。ありがとうございます。他に何かありましたか?」


「あ~、あとは気になった点としては、眼の色ですね」


「眼の色ですか?」


「はい。定禅寺君の瞳の色は黄金に染まってました。まるで存在進化の影響のように」


 人間ではありえないような黄金色の瞳。あるとすれば存在進化による影響かと片倉は質問したようだ。


「ただ、存在進化か聞いてみましたが、カラコンでした。服も鳴鶴めいかく製のジャージでしたし、オシャレ好きのようですね」


 探索者に憧れて髪の色や瞳の色を揃えるのは若者の間で流行っている。存在進化まで到達している強い探索者は容姿もいいため、若者から人気を得るのも当然と言えた。


「そうですか。一応メモしておきましょう。さて、そろそろ定禅寺さんの合否を決めましょうか」


「私は合格でよろしいかと。戦闘力については申し分ないですし、お二人の話を聞いても問題があるようには見られませんでしたので」


「そうですね。私も同じ意見です。探索者協会として、定禅寺さんの四級探索者試験合格を認めます」


 部長が認めたことで、今回の試験結果は両者とも合格することが決定したのだった。

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― 新着の感想 ―
探索者を罰する懲罰部隊みたいなのはいないのかな?
まぁ存在進化してますよ、というよりカラコンの方が信ぴょう性は高いわな だって数か月前?までは他の探索者高校1年と同じ区で戦ってたんだし
カラコンで誤魔化せるとかwww
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