58話 新秩序連合への反撃
ショッピングモールを襲撃された日の深夜。
隼人は、桜井から中貫市民病院の見取り図を書いてもらい、現地に向かった。
新秩序連合のアジトとなっている中貫病院は、6階建ての290床。
中貫駅の南側3キロメートルに位置しており、駅南市民は市民病院、駅北市民はモールに隣接する中規模病院に通院していたという。
かつては、二次救急病院で、災害拠点病院にも指定されていた。
自家発電装置、地下水の汲み上げ施設があり、今は迷惑千万の源となっている。
『道、分かるの?』
結依からは、夜に行けるのかと問われた。
中貫市民ではない隼人が、街灯が無い夜道を行くのだから、当然の疑問だ。
『直線で進める道に入るまでは、車で移動する。その後は、徒歩だな』
『夜道、見えるの?』
『集中すると、人間の50倍くらい見える』
隼人は月明かりが有る夜道では、街灯が無くても木々の輪郭、建物の形状、地面の起伏などが明確に認識できる。
また動く物の識別も容易で、ゾンビなども見分けられる。
『空間収納で車を出して、ヘッドライトは点けないまま、カーナビで地図を見る。それならバレずに近付けると思う』
『それで何をするの?』
『警察署前、車があった民家、ショッピングモールで、3回襲われた。こうなると組織自体に反撃して良いだろう』
杏奈をどうするにせよ、桜井の食糧事情は改善しなければならない。
方法は簡単で、隼人が使い切れないモミを回収できると伝えれば良い。
するとホテルの人々は、当面の食料確保が叶い、近隣で稲作も始められる。女性でも脱穀、籾摺り、精米の作業は出来るので、杏奈も生きていける。
ゾンビ対策は、水田を柵やバリケードで囲えば良い。
ゾンビ以上の障害は略奪者の存在だが、略奪者より厄介なヒグマが現われた。
やり方は簡単だ。
隼人の空間収納は、20フィートコンテナ10個分の容量がある。
そのうち一つは、ガソリンを入れた25リットルの桶を664個入れている。
それを使って、可能な限り焼けば良い。
建物自体は耐火構造で焼けないだろうが、他にも焼ける物は沢山ある。
――まずはバイク。
市民病院に到着した隼人は、屋根付きの駐輪場に停めているバイクに向かって、ガソリンを撒き始めた。
バイクは駐輪場に収まらず、その周囲や、病院の建物に沿って並んでいる。
それらにもしっかりとガソリンを掛けていった。
――今日は収穫が多いから、熱中していて気付かないだろう。
駐輪場で作業を終えた隼人は、次に病院の正面出入り口に走った。
正面出入り口には、バリケードが作られている。
工事現場で見るような黄色と黒のトラ柄の扉付ガードフェンスが、出入り口を塞ぐ長さで連結して設置されていたのだ。
ガードフェンスには、重そうなコンクリートの土台も付いている。
しかも二重で、ゾンビは出入り口に触れることすら適わなさそうだった。
「……フン、無駄なことを」
悪役のようなセリフを呟いた隼人は、ガードフェンスを収納した。
収納は一時的なもので、帰り道にでも放り捨てる予定だ。
代わりに50個ほどの桶を並べた後、桶を投げ捨てながら壁沿いを走る。
しばらく走ると、医薬品や食品などの搬入口があった。
そこにも桶を30個ほど置いた後、次へと向かった。
次いで病院建屋の北に、霊安室から繋がる出口があった。霊柩車が横付けして、病院で亡くなった人を搬出する場だ。
そこにもバリケード代わりのガードフェンスがあったので収納して、代わりに桶を20個ほど設置した。
「次が、問題だな」
ガソリンを撒きながら走ると、病院の裏手に自家発電装置、地下水を汲み上げるポンプが置かれている区画があった。
病院の地下水は、災害時には地域住民が汲みに来ても良いとされていて、地元のテレビ局を呼んだお披露目会が行われたので、桜井も知っていた。
水を汲み上げる電力の質問があり、隣にある自家発電装置の説明もあった。
自家発電装置の燃料タンクは地下にあるが、操作する機械は地上にある。
いずれも金属製で、軽く火で炙った程度では壊れないが、隼人が持ち込んだのは大量のガソリンだ。
――100個ずつ置いて、念のために直接ガソリンを掛けるか?
最初に、一番手間が掛かる場所からやれば良かった。
そんな後悔を抱きながら、隼人はガソリンが入った桶を横に並べた後、いくつかを直接掛けた。
手早く作業を終えた後、桶を出しては捨てながら、建物沿いに走る。
すると、以前はドクターカーなどを入れていたらしき車庫があった。
救急車両は置かれておらず、代わりにバイクと沢山の燃料缶が並んでいたので、30個ほどの桶を設置して、念のために直接撒き散らした。
車庫の隣は、備蓄倉庫だった。
災害拠点病院には、非常食や水を入れた倉庫がある。
現時点であるのかは不明だし、耐火構造のような気もしたが、隼人は鍵が掛かった出入り口の前に30個ほどの桶を並べて、周囲にも20個ほどを設置した。
そしてガソリンを撒き散らしながら、その場を後にする。
――最後は、時間外出入り口か。
正面出入り口が塞がれていた以上、時間外出入り口で出入りしているのだろう。
もしかすると時間外出入り口には、新秩序連合の人間が居るかもしれない。
立ち止まった隼人は、空間収納からプレートアーマーを出すと同時に装備した。そして全身が鎧姿に成った後、時間外出入り口に向かった。
魔王強襲に特化した鎧は、あまり音が立たない。
だが皆無とはいかず、隼人が閉じられていた時間外出入り口の前に立ったとき、隣接する防災センターの金網が張られた窓のカーテンが、ザーッと開いた。
隼人が被っているグレートヘルムと、院内から覗き込んだ男が、窓越しに顔を合わせた。
「うぎぁあああっ!?」
いきなり窓越しに全身鎧と対面した男が、叫び声を上げた。
発見された隼人は、時間外出入り口の扉付ガードフェンスを収納した。
そして代わりに、ガソリン入りの桶を可能な限り置いていく。
時間外出入り口は閉まっており、開けるには多少の時間が掛かる。
1、2、3、4、5と、素早く秒数を数えるように桶を並べて置いた隼人は、30秒を数えた後、最後にガソリンを撒き散らして、時間外出入り口を離れた。
そして正面出入り口側に曲がる角まで行き、火が付いたランプを放り投げる。
ランプは曲線を描いて飛んだ後、時間外出入り口の前に落ちていった。
隼人は正面出入り口側に曲がる壁に入って、身を地面に投げ出す。足は閉じて、両手で頭を庇った。
刹那、時間外出入り口から、正面玄関側に曲がる角に、炎が突き抜けた。
――ぐあっ。
思わず目蓋を閉じた隼人の網膜に、赤い光が入ってきた。
シューという炎が膨れ上がる音と、チュドオオオンッという轟音が鳴り響き、炎が吹き荒れる。
それは一度では収まらず、備蓄倉庫、車庫、自家発電装置、霊安室の出口、搬入口、正面出入り口、駐輪場で立て続いた。
その中でも尋常ではない爆発は、車庫で起きた。
新秩序連合が持っていた燃料に引火したのだ。
爆発は車庫を丸ごと吹き飛ばすに留まらず、隣接する備蓄倉庫に爆撃を与えて、車庫に面した病院の窓ガラスを次々と割った。
炎が飛び散り、引火と誘爆が立て続いていく。
正面出入り口側に出た隼人に幸いしたのは、バスの待合室が壁になったことだ。
それが無ければ、正面出入り口に置いた大量のガソリンの爆発に、巻き込まれていただろう。
「やり過ぎた」
25リットルは、車1台を爆発炎上させる量だ。
それが50個もあれば、バリケードを撤去した正面出入り口など吹っ飛ぶ。
備蓄倉庫にも同数を置いており、入口のドアは吹っ飛んだだろう。すると内部に炎が回るのも不可避だ。
自家発電装置と、地下水の汲み上げ施設には、倍の100個ずつ設置している。備蓄倉庫を上回ることになっているはずだ。
「連れ去られた人も居るはずだから、建物を全焼させる気は、無いが……」
隼人の目的は、新秩序連合の拠点を機能不全にすることだった。
目的は、おそらく達成された。
問題は、想定以上に燃えていることだ。
――耐火構造、頑張れ。頼む。
隼人がガソリンを撒いたのは病院の外側だけだ。
鉄筋コンクリートは、もちろん燃えない。
だが窓は割れており、病室のカーテンやベッド、待ち合いソファーは燃える。
――次の被害を出さないために、盗賊団のアジトは潰したほうが良いかも。
そんな風に自分への言い訳も考えつつ、隼人は燃え盛る病……盗賊団のアジトを後にした。
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