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ゾンビがはびこる世界だけど転移特典持ってます!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第2巻

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57話 モールからの脱出

「どうして車があるんですか?」


 後部座席の杏奈が、当然の疑問を口にした。

 どう答えようか迷った隼人は、さしあたり保留することにした。


「さっき、フードコート側から、新秩序連合だという声が聞こえた。まずは、食品売り場の裏手にある出入り口から脱出する。混乱せず、大人しく車に乗っていろ。言っておくが、俺は初心者マークを付けたほうが良いドライブテクニックだ」


 法的には若葉マークを付けなくても良いはずだが、運転歴は非常に浅い。

 もっとも運転するゲームは多少やっていたので、極端に下手ではないと信じたいところだ。

 そんな男が運転する車が、ショッピングモール内の1階を走る。

 進んでいく先には、既に混乱する人々の姿があった。


「新秩序連合が来たっ」

「早く逃げろ!」


 物資を集めていた人々が、混乱しながら各々の出口を目指して走り出している。

 抱えきれない袋を放り投げる者や、カートを押したまま転倒する者も見えた。

 その中で隼人は、車のヘッドライトを照らしながら走り、警音器をビーッビッと鳴らして進む。


「おい、車の前に飛び出すなよ」


 もしもぶつかっても、隼人に停車する気は無い。

 道路交通法上、人身事故を起こした運転者には救護義務がある。

 だが救護行為によって自身の生命に危険が及ぶ場合、その義務は免除される。

 最初に新秩序連合と会った時、彼らは隼人を殺して結依達を誘拐しようとした。

 今回も数十人単位で襲撃に来ており、救護行為によって自身の生命に危険が及ぶ場合にあたる。


 もっとも隼人が運転している車が、人々から避けられている。

 どうやら人々は、モール内を走るのが新秩序連合の車と誤認したらしい。


 ――やっていること、非常識だからなぁ。


 人々が逃げ惑う中、正面出入り口のほうから、耳をつんざくようなバイクの爆音が響き渡った。


「ヒャッハー。酒だ、女だぁっ!」


 隼人の耳で辛うじて聞き取れた声と共に、二人乗りのバイクが突入して来た。

 バイクの後部座席に座る男が鉄パイプを振り回しながら、興奮して喚いている。


「おらおらおら、一番乗りだぜぇ!」


 バイクの進行方向は、隼人の車の進行方向と交差していた。

 バイクに乗る新秩序連合が、隼人の車に気付く。

 だが車は、急には止まれない。隼人の頑丈なSUVの左前方のフレームが、バイクの前輪と衝突した。


「ぶべらぁっ」


 バイクの前輪が持ち上がり、後部座席の男が跳ね飛んで、床に叩きつけられた。前方の運転手も、バイクと共にモールの1階を転がっていく。

 そしてコーヒーチェーン店の立て看板に激突して、爆音と共に止まった。

 一瞬の静寂がモールを支配したが、車のエンジン音が鳴り響いて打ち消した。


「これは、正当防衛という」


 車内の面々に説明した隼人は、モールを食品売り場に向かって進んでいく。

 そもそもモールとは、mall(遊歩道、通路)に由来する言葉で、商店街をイメージした長い通路に沿って店舗が並び、歩きながら買い物ができる場所のことだ。

 車1台が走れる広さはあって、隼人は着実に進んでいった。

 すると、食品売り場の正面側出入り口からも、バイクが入ってきた。


「新秩序連合だ!」


 逃げ惑う群衆の中には、声を上げながら走り去る者もいた。

 物資を調達に来た人々は、四方八方に逃げ惑って、パニック状態である。


「うおぁ、食い物だぜぇ!」

「おい、その女を捕まえろ!」


 襲撃に来た新秩序連合の優先順位は、定まっていない様子だった。

 高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応しているのだろう。

 隼人達が逃げる背後では、叫び声と金属音が交錯している。


「もうすぐ出口だ」


 事前に徒歩で探索したことが、功を奏した。

 隼人は迷わずに、食品売り場の裏手側にある出入り口から外へと飛び出した。

 既に数人の調達者が、モールの外に逃げ出している。

 隼人はアクセルを踏み込み、彼らを追い抜いてモールから脱出を果たした。



 中貫市の郊外を走る車内には、しばらく沈黙が続いていた。

 エンジン音が微かに耳を掠める中、隼人はハンドルを握る手に力を込めた。

 隣では結依が外の景色に目を向けており、後部座席では菜月が考え込むように黙っている。

 杏奈は隼人を見つめ、その視線には僅かな鋭さが混じっていた。


「旦那様。これって、来たときに乗ってきた車ですよね?」


 静寂を破る杏奈の声は、穏やかに聞こえつつも、どこか鋭い追求を含んでいた。

 隼人がバックミラー越しに見た杏奈は、疑惑の眼差しを向けている。

 杏奈が指摘したとおり、車はモールに来る際に乗ってきて、モールから数百メートル離れた民家に置いてきた。

 隼人と杏奈は一緒に行動しており、映画館に車を持って来るタイミングは無い。

 車内に漂う緊張感が、一気に増した。


 ――どうしたものかな。


 隼人は、僅かに口元を引き締めた。

 一番簡単なのは、杏奈を同行者にして秘密を開示することだ。

 現状で安住の地は手に入れておらず、食料の生産体制も確立していない。

 物事の道理で考えれば、隼人自身、最初に同行を約束した結依、結依に同行の了解を得た菜月の三人が、安定した生活を送れることが絶対条件だ。


 隼人の力であれば、杏奈を加えても餓えない状況を実現出来る可能性は高い。

 だが隼人自身が確信した上で、結依を説得しなければ、それは確定しない。

 そのため杏奈は、まだ同行者にするとは決まっていない。

 状況を再確認した隼人は、杏奈に説明を始めた。


「……これは、口寄せの術だ」

「口寄せの術?」


 隼人の素っ頓狂な説明に、杏奈が呆然とした。

 隼人はバックミラー越しに真面目な表情を浮かべ、静かに頷く。


「実は俺は、伊賀忍者だ」


 伊賀忍者は、隼人が定住候補の1つとする三重県に住んでいた人々だ。

 火術、変装、潜入、諜報、遁走、農具による戦闘など様々な術を使ったという。

 そして隼人は、空間収納と身体能力によって、それら全てを網羅出来る。

 伊賀に住めば、伊賀の上忍にも遜色ない。

 であれば、名乗っても良いのではないか。

 そんな風に希望的観測で伝えてみた次第だ。


「はあ?」


 今の杏奈の瞳を言語化するならば、『絶対に信じていない眼差し』だ。

 疑惑100パーセントで「ふーん、それで?」と続きを促しており、何を言っても駄目そうである。


「食料の探索をした時、予備の車をモールに置いたと言ったほうが、良かったか」

「それなら、まだ騙せたかもしれませんね」


 隼人が模範解答を尋ねると、採点者から評価された。


「じゃあ、それで」

「もう遅いと思います」


 答えを聞いてから変えるのは、駄目であるらしい。

 隼人は小さく溜息をつきながら、ハンドルを握る手を軽やかに動かした。


「……杏奈を連れて行きたい気持ちはあるが、物事の道理で考えれば、先に約束した結依と菜月が優先だ。コロコロ変えたら、杏奈だって安心出来ないだろう」

「それは分かります」

「菜月までを一生食べさせる米は手に入るが、食料の自給自足を確立しないと、安易に同行者を増やせない」

「3人の一生分のお米が手に入るなんて、凄いですね。たぶんそれ、今だと誰にも出来ませんよ」


 杏奈は言外に、それで充分なのではないかと訴えた。

 ゾンビが居ない時代、結婚前に配偶者を一生養える財産を確保した人間が、どれだけ居たか。

 そう問われた隼人は、自分の考えが間違っているのかもしれないと思わされた。


「俺の覚悟の問題かもしれない。結依と菜月は、杏奈より厳しい状況で、連れて行く以外の選択肢は無かった」


 結依と菜月はゾンビに噛まれており、連れて行くか、ゾンビ化の二択だった。

 そのため隼人は、現状がより良い選択肢だという確信を持っている。


「だが杏奈には、選択肢がある」

「いえ、無いですけど?」

「ん?」


 バックミラー越しの杏奈は、笑顔で和やかに答えた。

 その朗らかさと、真逆の回答とに、隼人は困惑して聞き返した。


「中貫市の食料、きっとショッピングモールで最後です。期限切れの蕎麦粉は、カビの発生も多くて、今でもギリギリなんです」


 くぅーっと、杏奈のお腹が鳴った。


「今は健康な身体ですけど、1年後は病気か、身体がガリガリ。2年後は病死か、餓死していそうです。だから、早く3番目の奥さんにしてほしいな」


 隼人がチラ見したバックミラー越しの杏奈は、微笑んでいた。

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― 新着の感想 ―
伊賀忍者ではなく、 風魔忍者の流れを汲む、ひぐ魔忍者と言っておけば、、
そもそもあのホテルが長く今の体制維持できるかってね まあ無理やろなと。宿泊客がいつ決起して暴動起こしても不思議じゃねえし
厳しい世界だなあ
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