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ゾンビがはびこる世界だけど転移特典持ってます!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第2巻

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56話 危機到来

「ようやく終わったな」


 結依が隠した靴の袋を収納した隼人は、溜息を吐いた。

 あからさまな態度は、アクセサリーなどには付き合えないという意思表示だ。

 懐中電灯で棚を照らしつつ、ゾンビを警戒し、他所の探索者を牽制して数時間。もう終わっても良いだろうと、隼人は分かり易く訴えた。


「えー」

「また今度な」

「はーい」


 隼人から妥協を引き出したからか、結依は呆気なく引き下がった。

 そして新しいスニーカーで、軽やかにステップを踏む。

 靴は試着出来たので、そのまま履き替えた。

 2年以上振りの靴なので、嬉しいのだろう。菜月と杏奈も満足そうにしていた。


「隼人は選ばないの?」


 結依が、隼人の足元へ視線を送った。

 異世界を経た隼人の靴は擦り切れてきており、明らかに交換を要する。

 だが隼人は、首を横に振った。


「俺は明日来ることにする」


 槍を握り続けたまま、隼人は周囲への警戒を続けていた。

 2階にも探索者は訪れるが、誰も隼人に近付こうとはしない。

 彼らが訪れた目的は物資の獲得で、現在は滅多に訪れない機会だ。その状況と、槍を構える隼人の存在が合わさることで、トラブルの芽を摘んでいる。

 中貫市で新秩序連合に狙われたことがある結依は、頷いて納得した。


「この後、どうしますか?」


 菜月が尋ねると、隼人は粛々と答えた。


「ホテルに帰る。そろそろ頃合いだろう」

「そうですね」


 隼人にそれを言わせるために、菜月は尋ねたのかもしれない。

 杏奈は様子を窺う表情を浮かべたが、隼人、結依、菜月の意見が揃ったことで、反対意見は述べなかった。


「満足出来たか?」

「初デート、ありがとう」


 杏奈がトテトテと可愛らしく寄ってきたところで、結依が素早く間に入った。


「はいはい、おしまい」

「えっ、お礼ですよ」

「お礼で、何をしようとしたの?」

「ハグとチュー」


 結依の表情が、瞬時に強張った。


「あっ、結依さんが先でしたね。ごめんなさい。お先にどうぞ」


 杏奈が更なる追い打ちを掛けた。

 隼人はナイスアシスタントと、内心ながら杏奈を全力で褒める所存である。

 結依は、好感度バーが上がり切っていないんですけどと、狼狽えている。

 杏奈は、結依さんがしないなら私がして良いですよねと、視線で訴えている。


 ――この娘、強いわ。


 隼人は、杏奈の行動力に感動した。

 菜月は、隼人と結依との3人で行動出来るように、調整役を担っている。それも貴重な人材に違いないが、結依に対して強い衝撃は与えない。

 いわば正妻を立てつつ集団を維持する側室だ。


 対する杏奈は、突如として襲来した愛人である。

 隼人は杏奈を愛人にした覚えはないが、杏奈を加えることで、全体が隼人の望む方向にいきそうな気がしなくもない。


 ――食料とか、安全とか、色々とあるけどな。


 現時点で隼人は、安住の地を手に入れておらず、食料を生産出来ていない。

 例えば米は、結依と菜月の一生分は確保したが、杏奈を含めると足りなくなる。水や物資も3人と4人では、消費速度が相応に変わる。

 結依は初期メンバーで、菜月は農高生の知識という価値を示した。

 現状で杏奈が加わるのなら、相応のメリットを示さなければならない。

 そのメリットが、結依が隼人にハグとチューをするか、辞退して杏奈にさせるかを選択させる行動で、隼人個人に対して示されようとしていた。


 ――有りだ。


 隼人は結依の結論を聞こうと、耳をそばだてる。

 すると高い聴力が、フードコートの方向から余計な言葉を拾ってしまった。


「新秩序連合だ!」

「ヤバい、何十人も居るぞ」


 その瞬間、隼人の脳裏を掠めたのは、激しい苛立ちだった。

 例えば、畑の作物が収穫期を迎えた頃に、野生の猿に食い荒らされた状況。

 それは無いだろうという脱力感が隼人を襲う。


 ――杏奈は、結依のほうを見ているな。


 隼人は瞬時に、右手に持っていた槍を収納した。

 そして3人に告げる。


「残念だが、新秩序連合が来た。結依、俺に掴まれ。菜月と杏奈は、付いて来い。1階に降りて、脱出する」

「えっ、えっ?」


 隼人の聴力を知らない杏奈は、突然の言動に混乱している。

 説明が困難だと感じた隼人は、即座に方針を転換した。


「方針を変える。俺が杏奈を抱えて移動する。結依と菜月、付いてきてくれ」


 隼人は右手で杏奈を抱き抱え、右肩に担いだ。


「ちょっと、どうしたんですか」

「良いから言うことを聞け。嫁志願だろう。旦那に連れて行かれて文句あるか」

「……分かりました」


 切羽詰まった隼人の指示に、杏奈が大人しく応じた。

 杏奈をしっかりと抱えた隼人は、映画館側の階段から駆け下りていく。

 映画館側にしたのは、安全確保が終わっておらず、人が少ないからだ。


 映画館のシアタールームには、明らかに物資が無いと分かる。

 そのため誰も、シアタールームの扉を開こうとはしない。

 その一方で、ショッピングモールにゾンビが発生した際には、逃げ込んだ人々が大勢居たかもしれない。シアタールーム内は防音で、人がショッピングモールに物資を取りに来ても、中のゾンビは気付かない。

 映画館のシアタールームは、ゾンビの有無が不明なシュレーディンガーの猫だ。

 おかげで人気が少なく、探索している人々の懐中電灯で照らされていない。


 暗がりの中、隼人の懐中電灯の白い光が、床を切り裂くように進む。

 探索している人々の喧騒は遠く、ここは一時的に静けさを保っていた。

 隼人は足音を最小限に抑えながら進み、階段の上に立った。白い光が階段を下りながら螺旋を描き、下層へと進む道を示した。


「降りるぞ」


 結依と菜月に告げた隼人は、先行して降り始めた。

 そして階段を降りた先で、懐中電灯が捉えたものがあった。


 ――3体か。


 映画館の1階は探索が進んでいないようで、ゾンビが残っていた。

 隼人は担いだ杏奈が後ろを向いていることを確認して、右足を突き出す。

 そして右足の爪先から、空間収納に入れていた車を取り出して置いた。


「杏奈、一回降ろす」

「えっ、はい」


 杏奈を床に降ろした隼人は、左側からゾンビに飛び掛かった。

 瞬時に出した槍の穂先で、一体目の顔面を叩き割る。

 槍は上に軌跡を描いた後、二体目の頭部に振り落とされた。


「グアァァッ」


 3体目が恐れずに飛び掛かってくる。

 隼人は槍を半回転させて、穂先の反対側にある石突で三体目の腹を打ち据えた。

 ヒグマの腕力で槍を振るえば、人間など軽々と吹っ飛ぶ。三体目は派手に吹っ飛び、映画館の床をゴロゴロと転がった。

 それを見た隼人は追うのを止め、空間収納からスマートキーを出して、車の鍵を開けた。


「よし、車に乗れ」

「えええええっ?」

「早くしろ。菜月、杏奈を押し込め」


 隼人が素早く後ろに視線を送ると、結依が助手席に乗り込み、菜月が後部座席のドアを開けて、杏奈を押していた。


「グァァッ」

「黙れっ」


 右手を振りかぶった隼人が、起き上がった三体目のゾンビに槍を投げ付けた。

 槍は轟音と共に飛び、ゾンビの胸元に大穴を穿ちながら、再び押し倒した。

 菜月が車に乗るのを見届けた隼人は、槍を回収せず運転席に乗り込んだ。

 そしてエンジンを始動させてアクセルを踏み、映画館から走り出した。

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― 新着の感想 ―
杏奈ババはなにしてんだろう まだケガ治らないだっけ?
襲撃に対し能力を隠すなんて考えず命優先で即行動 こういうとこは惚れ惚れする潔さよ。命が絡まない限りこうはならんみたいだがw
このまま新秩序連合も数人轢きそう
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