52話 モール1階
ホームセンターで物資を獲得した翌朝。
隼人の姿は、ショッピングモール前にあった。
「正直、気が乗らない」
内部の暗がりには、おぞましい容貌のゾンビが未だに残っていると予見できる。
噛まれて仲間入りさせられるかもしれないとは、思わない。
だが、汚いオッサンが迫ってきて、嬉しいだろうか。
気が乗るわけがない。
それでも行くことにしたのは、食料を獲得するためだ。
――米と塩だけしか無いからなぁ
獣を狩り、野菜を育てるにしても、せめて調味料は欲しい。
缶詰も、偶の楽しみに必要だろう。
ゴミを捨てる袋も、結依の家から持ち出した在庫が減ってきた。
「行くしかないんだよなぁ」
なるべく楽しいことを考えようと、隼人は思った。
例えば、昨日の左腕の感触である。
収集した物資は隼人の物で、本来の分配は自由だ。
少しくらい杏奈に持っていって、外で稼いできた旦那と、家で待っていた妻との新婚さんごっこで戯れるのはどうだろう。
頭の回転が速そうなので、演技をすると乗ってくれるかもしれない。
そして江戸幕府も、あまり怒らないかもしれない。
前田利家とまつは、22歳と12歳で、結婚した。
豊臣秀吉と寧々は、25歳と14歳で、結婚した。
熊倉隼人と杏奈は、21歳と15歳で、文明崩壊中。
「……よし、征くぞ」
なぜか元気になった隼人は、右手に槍、左手に懐中電灯を携えて、モールの駐車場へと歩みを進めた。
駐車場には無数の車が放置されていたが、ゾンビの姿は数体だった。車両間に立ち尽くしており、隼人を見つけると、歩いてくる。
ゾンビの歩みは遅く、隼人は相手にせず進んだ。
今の隼人を止められるものは、居ない。
正面と裏の出入り口は、誰かが車で突っ込んだのか、大きく開いている。
はたして車で突入した勇敢な人物は、何かを得ることが出来たのだろうか。
「とりあえず換気されているのは、良いことだな」
槍を軽く握り直しながら、店内へ足を踏み入れた。
倒れた棚、床に散らばる商品、転がるカート、何故かある自転車。
店内は、酷く散乱していた。
割れたガラスの破片が、隼人の足元で軽く音を立てた。
大型ショッピングモールに入って直ぐの場所に食品売り場があるのは、多くの客を引き込むための戦略だ。
中貫市のモールも御多分に漏れず、左手に大きな区画が設けられていた。
懐中電灯の光に引き寄せられてか、数体のゾンビが唸りながら近寄ってくる。
――呻って接近を教えてくれるのは、良いゾンビだ。
槍を振り上げて、ヒグマの腕力で振り下ろす。
すると穂先で頭部を叩かれたゾンビは、仰向けに倒れた。
それからもゾンビ達が、立て続けに迫って来る。
狭い商品棚の間で戦うと前後を囲まれるし、商品が駄目になりかねない。隼人は迎え撃つことにして、その場でゴスゴスと打ち倒していった。
その後、間違って踏まないように進路を変えながら、棚にライトを照らした。
最初に探したのは、店の真ん中辺りだ。
果実、青果、鮮魚、精肉、パン、ペットボトルなど壁際の商品は、全滅だろう。
駄目そうな部分を避けながら歩いて行くと、最初に意外な商品があった。
「オー、ワーオゥ?」
ゾンビがはびこる片田舎のショッピングモールに、似非アメリカ人が発生した。
目を大きく見開き、両手を軽く挙げた似非アメリカ人は、棚の両側に並ぶ商品を前にして、クルリと一回転してみせた。
そこにあったのは、隼人が持ち帰れて有用な、数多の商品だった。
・洗剤類(食器・洗濯・台所・トイレ用洗剤)、
・消耗品(ハンドタオル、紙タオル、割り箸、紙皿、紙コップ、ゴミ袋)
・衛生用品(歯磨き粉、歯ブラシ、化粧水、乳液、洗顔料、ソープ類)
・トイレ用品(トイレットペーパー、キッチンペーパー、ウエットティッシュ)
・キッチン用品(ラップ、アルミホイル、クッキングシート、ジップロック)
・ヘルスケア用品(生理用品、オムツ類)
・ベビーケア用品(粉ミルク、ほ乳瓶など)
棚に並んだ量は常識的だが、そもそも大型ショッピングモールの商品棚である。有って嬉しいと同時に、空間収納の空きが圧迫されると戦慄した。
「とりあえず、全部入れるか」
収納空間には、1部屋分の空きは作っておきたい。
持ち帰った後、結依と菜月に分配して二人用の空間に置くなり、ホテルの部屋に備蓄するなり、桜井親子に分けるなりしなければならないだろう。
嬉しさと、渋い表情を混在させながら、隼人は槍と懐中電灯を持った両手の甲で触れ、数々の商品を収納していった。
棚を綺麗にして、ホッと一息吐く。
だが調味料コーナーを覗き込み、缶詰、レトルト、乾燥食品、パッケージ食品、フリーズドライ食品と見ていく内に、目眩を覚えた。
先ほどにも増して、数多の商品があったのだ。
・砂糖、塩、醤油、ソース、ケチャップ、みりん、酢、味噌、ごま油、カレー粉
・缶詰(魚、野菜、フルーツ、ジャム)
・レトルト食品(カレー、パスタソース、スープ類)
・パッケージ食品(クラッカー、ビスケット、プロテインバー)
・インスタント食品(コーヒー、紅茶)
・ロングライフ食品(プレーン・チョコレート・フルーツ・チーズ・メープル味)
・フリーズドライ食品(羊羹、おかず缶、つま10種)
いずれも消費期限が2年以上ある商品だ。
「これらは、政府が大増産させたのだったか」
買われて、増産して、買われて。
すると陳列されている商品は、陳列した時点では新しいので、消費期限で厳格に切り捨てても、あまり処分できないかもしれない。
しかも空間収納から出すと期限が過ぎていくので、出しっぱなしに出来ない。
「全部入れるのは、無理だ。結依達の空間にも押し込んで、後で整理だな」
これだけ有れば、結依も桜井親子に渡すことを渋らないであろう。
槍を収納した隼人は、ゾンビのように唸りつつ、右手で商品を回収していった。
棚に手を突っ込み、触れた物をブルドーザーのように入れていく。
消費期限の確認は、場所を移った後にする。
ゆっくりしていると、ホームセンターの時のように誰かが来るかもしれない。
商品が多いので奪い合いにはならないだろうが、隼人は収納を見せられないので持ち帰れる量が大幅に減る。
いずれの商品も、文明崩壊後には再生産が困難だ。
江戸時代以前に国内で生産できた物は、おそらく作れる。
だが江戸時代以前だと、砂糖とカレー粉以外の調味料、乾燥食品が関の山だ。
誰かが作れても、相応に手間が掛かり、その分だけ手間賃も発生する。
そのように考えた隼人は、めげずに収納を続けて、棚を空にしていった。
そして、やっと帰れると思ってショッピングモールの裏側の出入り口に向かったところ、薬局コーナーがあった。
「まー、じー、かーっ」
薬局コーナーは、手付かずだ。
つまり霧丘北駅の薬局と大差ないものが手に入る。
空の水桶を収納している空間にも突っ込み、持ち帰った後に桶と一緒に出して、地道に整理していかないといけない。
どれだけ手間が掛かるか、想像も付かなかった。
「おう、おう、おうっ」
似非アメリカ人からオットセイに退化した隼人は、ゾンビのようにフラフラとした足取りで薬局コーナーに歩み寄り、言葉を失いながら収納を始めた。
「おうっ、おうっ……」
単純作業は、あまり深く考えてはいけない。
風邪薬、頭痛薬、解熱剤、胃腸薬、外用薬などの用途を考えるのではなく、楽しいことを考えるのだ。
包帯やガーゼに使用期限は無いとか、消毒液の使用期限はあるかなとか、そんなことはどうでも良い。とにかく楽しいことを考えようと、隼人は頑張った。
「結依が、バスタオルの代わりに、包帯を巻く」
包帯は、バスタオルよりも薄い。
そんなことを妄想する隼人の知能指数は、ニホンザルのレベルにまで下がった。今なら2年物のゾンビも、知能レベル的には、隼人を仲間と思ってくれそうだ。
そして隼人は、結依に馬鹿なことを言った結果として、包帯で両手を縛られて廊下に放り出される自分の姿を想像した。
「はぁ、帰ろう」
ゾンビの大移動から遅れること2日。
彼らの知能に匹敵する個体が、ショッピングモールからノロノロと出ていった。


























