51話 モテ期到来?
沈みゆく夕陽が、10階の窓からオレンジの光を投げかけてくる。
差し込む夕日に照らされる中、隼人は大きな鞄から様々な品を出し始めた。
「これが今日の戦利品になる」
結依と菜月、それに桜井親子が、隼人の行動を見詰めている。
桜井親子が1001号室に居るのは、元から協力関係があって、隼人もゾンビの片付けやホテルの様子を聞きたかったからだ。
ホテルでは、昼前から二十台ほどの台車にゾンビを積んで往復し、ホテルを通り過ぎて300メートルほど先にある谷に捨ててきたそうだ。
早々に去った隼人は、大正解であった。
「まずは充電式の電池と充電器だ」
鞄から出てきたのは、単三が48本、単四が42本、充電器が5個。
充電式の電池は、充電すれば数百から数千回使える。
サイズ変換スペーサーも、単一用が8個、単二用が10個あり、それを単三電池に取り付ければ、単一や単二の電池として利用できる。
「ほかにもリチウム電池があったが、車の鍵の電池に使うから分けておく」
物理的に不可能なので桜井親子には伝えないが、ハシゴ、台車、工具セット、軍手各種、補助錠、屋外延長コードなども選り分けている。
「こんなの良くあったね」
「中貫市のホームセンターは、日本が秩序を保っていた時期に占拠されたらしい。それでも、馬鹿みたいに高かったが」
電池の山を見て呆れる結依に、隼人が受け売りを伝える。
そして桜井に視線を投げると、彼は頷いて肯定の意を示した。
「略奪は都市部から広がって、中貫市は少し遅かった。わりと田舎だからね」
おかげで商品の一部は、辛うじて残っていた。
もちろん残っていたのは、ぼったくり価格の物だけだったが。
続いて隼人は、大きめの戦利品を並べていく。
LED懐中電灯12個、LEDランタン10個、すべて高価で高性能だ。
「懐中電灯とランタンは、充電式だ。菜月が持っているのは一番高いランタンで、ソーラー充電や手回し充電も出来て、連続67時間点けられる」
「凄いですね」
菜月は、手に取ったLEDランタンの箱を眺めた。
ランタンには長距離照明用の大径LEDがあり、懐中電灯としても使える。
また2ヵ所のUSBポートがあって、スマートフォンも充電できる。
ラジオ、アラーム、人感センサーなどもあって、自分の居場所を伝える緊急用、防犯灯としても利用できる。
「これだけあれば、夜も明かりに困らないな」
「充電はどうするの?」
結依が指摘したとおり、菜月が手にするソーラー充電可能なランタンを除けば、すべて他所からの充電を要する製品だ。
オイルランプで明かりには困らないが、出した回収品では解決が出来ない。
結依から問い掛けられた隼人は、次の鞄を開けた。
「これが今日の大成果だ。2台あるが、まずは1台目」
最初に隼人が取り出したのは、ホームセンターにあった製品だった。
取り出した3つの箱のうち1つには『ポータブル電源2042Wh』と書かれており、残る2つの箱には『ソーラーパネル200W』と書かれていた。
「ソーラーパネル2枚なら、最短7時間でフル充電できる。そして充電しながら使うこともできるそうだ」
机上にあった懐中電灯やランタンを押し退けて鎮座したポータブル電源の箱に、結依達は驚愕の眼差しを向ける。
だが2042Whと言われても、ピンと来ないだろう。
隼人は、先に自分が調べた情報を伝えた。
「炊飯器で1日4回、洗濯機で1日5回、電子レンジは1日2時間ほど動かせる。毎日ご飯を食べられて、洗濯できて、電子レンジも使えるわけだ」
結依、菜月、そして杏奈は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。
それは、生活の質の劇的な向上になる。
「714号室のバスルームに洗濯機を置いて、714号室を部屋干し用にしたら、手洗いとか面倒なことから解放されるぞ」
隼人が告げると、隼人の分を含めて洗濯を担当している結依と菜月が、互いに顔を見合わせた。
「洗濯機用の洗剤、どうしようか?」
「米ぬかが有りますよね。メッシュ素材の袋に入れると、汚れを落とせます」
二人は視線を交わし合い、頷き合う。
714号室にポータブル電源を置く場合、炊飯も714号室で行う事になる。
1001号室との往復が必要だが、3階の上り下りは、洗濯や炊飯に比べて大した手間ではない。
「冷蔵庫の使用は難しそうだけど、電子レンジは使えそう?」
「そうですね。残った電力は、ランタンや電池の充電に使いますか」
結依と菜月が話し合う横で、杏奈が羨望の眼差しを向けている。
大人でダンディな桜井だけはポーカーフェイスを保っていたが、それも隼人が、次の製品を取り出すまでだった。
「ちなみに、ホームセンターでポータブル電源を手に入れた俺に対して、10人が強盗を仕掛けてきた。それを返り討ちにしたら、示談金でこれをくれた」
そう言った隼人は、先ほどとは異なるポータブル電源と、ソーラーパネル3枚を机の上に載せた。
ポータブル電源は、4096Whが1台。
ソーラーパネルは、400Wが3枚。
「容量は2倍ある。ただしソーラーパネルが3枚で1200Wあっても、太陽光は1時間に1000Wしか充電できなくて、フル充電は最短でも4時間だそうだ」
なんともややこしい話だと思った隼人は、説明を変えた。
「さっきのは1時間に400W、こっちは1時間に1000Wを使える」
隼人は3人に襲われた時に同等品、10人になって2倍の示談金を要求した。
すると、2.5倍の支払いが行われた。
おそらくソーラーパネル1枚だけ残っても使えないので、渋々付けたのだろう。メーカーが異なると、充電ケーブルなどの規格が合わなくなる。
多目の支払いがあったので、隼人は矛を収めた。
自分自身で、2倍なら示談に応じると言ったのだから、問題は決着である。
「ホテルの部屋にあるエアコン用にしたら、24時間、付けっぱなしも可能だ」
それは劇的な発言だった。
現代人は、暑さにも寒さにも弱い。
35度を超えるような真夏日が続く夏、雪が降りそうなほど凍える冬、いずれもエアコン無しでは過ごせない。
うだるような暑さでは、一定数が熱中症で倒れる。
凍えるような寒さでは、厚着して震えるしかない。
毎年訪れる地獄の夏と冬、それがポータブル電源さえあれば解決できる。
「どうだ、凄いだろう」
隼人は素直ではない結依に対して、好感度の再評価を求めた。
目指すは200、吉原遊廓ごっこである。
すると隼人の邪な考えを察したのか、結依は口元を引き攣らせる。
隼人と結依は、無言で視線を交わし合い、攻防の火花を散らした。
すると二人の様子を眺めていた杏奈が、隼人の左側にススッと傍に寄ってきた。そして隼人に身体をくっつけて、振り向いた隼人と見つめ合う。
ジーッと隼人と見つめ合った杏奈は、やがて試すような甘い声を出した。
「私も付いていくー」
杏奈の両手が、隼人の左腕を抱えた。
すると両手の間にある柔らかいものが、隼人の左手に触れる。
隼人はポーカーフェイスを保ったまま、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「こら、杏奈にはお父さんが居るでしょう」
観察していた結依が、すかさずツッコミを入れた。
だが隼人は、駄目とは言わない。
むしろ、柔らかい何かと戦っている。
杏奈は、さらに試す声を上げた。
「パパ。杏奈は。お嫁に行きます」
「そうか、元気でやるんだよ」
桜井は、爽やかな表情を浮かべながら娘の話に乗った。
隼人が表情を窺ったところ、半分は冗談のようだが、半分は本気のようだった。
桜井の考えについては、以前聞かされている。
『うちの娘は、どれくらいで自立できるかなぁ』
『文明が崩壊していなければ、そろそろ中学の卒業式だね』
『だけど親は、先に死ぬからね』
杏奈が隼人に付いていく場合、心理的な独立、居住環境の独立、経済的な独立が全て達成される。
それは、桜井からの完全な自立であろう。
こんなご時世であり、普通は娘の行く末を心配する。
だが相手は、1時間で500体のゾンビを射殺して、各所から様々な物資を回収してくる奴だ。
ゾンビがはびこる世界において、より良い相手は居るだろうか。
隼人が想像し得る限り、ゾンビを排除したであろう種子島がより良い環境だが、おそらく島の人数は満員だ。
したがって桜井目線では、現在は隼人が最良の相手となる。
桜井は望みを叶えられて、杏奈も炊飯器、洗濯機、エアコンの恩恵に蒙れる。
流石に隼人も、それで良いのかとは思うが。
――だが、俺の左腕がっ。
抗いがたい感触が、隼人の左腕を拘束して離さない。
男には、結束バンドなど必要ない。何故なら、より強力で不可避な拘束がある。
左手に15歳の美少女の膨らみ、抗えるだろうか?
世の中には、抗える人も居るのだろう。
だが、隼人は抗えない。
完全に罠に掛かったヒグマを見て、結依と菜月が視線を交わし合った。
「ああ、馬鹿が、泥棒猫に騙されてる」
「昨日、触らせてあげなかったからだと思います」
呆れる結依に対して、菜月は展望風呂での一件を指摘した。
名探偵の鋭い指摘に、隼人は戦慄した。
「それか」
驚きの声を上げた隼人に対して、結依がジト目を向ける。
そして、わざとらしく溜息を吐いた後、杏奈に告げた。
「駄目、駄目。714号室の洗濯機と炊飯器は、杏奈にも使わせてあげるから」
「でもそれって、結依さん達が居る間だけですよね」
「そうだけど……」
隼人達は広い土地に移動して、農作物も育てて、より生活を向上させる予定だ。
すると杏奈の両手に力が入り、隼人に押し付けられる感触が、より強くなった。
――いいぞ、もっとやれ。
隼人達の集団から、裏切り者が発生した。
だが国王が裏切った場合、それは裏切りと言えるのだろうか。
呆れた宰相は、国王を無視して独自に動き出した。
「はい、面接です。杏奈さんは、何ができますか?」
結依による迎撃行動が始まった。
ちなみに結依は、家事全般をやっている。
洗濯機が使えない中、洗濯は手洗いだった。
炊事はパンなどを収納から出すが、それをサンドイッチにしたりするし、ゴミをまとめて隼人が捨て易いようにしていた。
隼人はゾンビを殴る、結依は家事をする。役割分担は、成立している。
菜月のほうは、家事も出来るが、農業全般の知識も持っている。
カントリーエレベーターを提案して、隼人に大量の米をもたらした。
米は取り放題で、一生分を食べられるようになったほか、ホテルの宿泊代金や、様々な取引にも使える。
既に菜月は、一生分の貢献をしているかもしれない。
「えっと……」
杏奈は、一同を見渡した。
結依は勝ち気な表情をしており、もう枠は無いと暗に告げる。
やがて隼人を見詰めた杏奈は、これで良いかと尋ねるように口にした。
「若さ?」
左腕には、瑞々しく若い果実の感触がある。
流石に隼人も、そんなに安直には引っ掛からない。
だが若い果実は、果実自体が瑞々しいだけではなく、果樹自体も全体のバランスが整って美しく生えており、写真に収めれば美しく映えそうだ。
そして「美味しいよ?」と、隼人に訴えかけてくる。
本当に美味しいのかという疑惑については、左腕の感触が「ヤバイスゴイ」と、語彙力を喪失しながら、頻りに脳へと訴えかけてくる。
特段に大きいわけではないが、15年物の特秀品だ。
――安直には駄目だが、熟慮して引っ掛かるのは、良いのではないだろうか。
そんな風に、自分に言い訳をする隼人であった。


























