50話 奪い合い
「おい、それを寄越せ!」
右肩を掴まれて振り向いた瞬間、顔面にゴツンと衝撃が走った。
隼人の判断は、一瞬だった。
左手にポータブル電源、右手に懐中電灯を持っている。
一拍の間も置かず、隼人は半身を捻りながら、殴った男の腹を左膝で蹴った。
「ゲホッ」
男の腹に左膝がめり込み、そのまま押し飛ばされて、ポータブル電源の向かいの棚に激突していった。
派手な音を立てて、棚の商品が崩れ落ちていく。
「そんなに強くは蹴っていないんだが?」
その場で半身を捻って、左膝を素早くぶつけただけだ。わざとらしくないかと、本心で首を傾げる。
倒れた男の背後からは、さらに二人が飛び出してきた。
一人は鉄パイプ、もう一人は金属棒を手にしている。
複数で、武器を持って襲い掛かってくるわけだ。素手で来た最初の男に比べて、あまり手加減しなくて良いかと隼人は思った。
二人目が鉄パイプを振り下ろす動きに合わせて、隼人は軽やかに体を引いた。
回避した身体があった場所を鉄パイプが通り過ぎていくのに合わせて、左足を振って、右の脇腹を蹴った。
「がはっ」
二人目の男も、吹っ飛ばされて棚に激突する。
そして一人目の男が倒れた上に落ちていった。
一人目の男よりは、痛いかもしれない。
だが左足は利き足ではなく、場所も狭い。隼人は、後先を考えずに全力を出したりはしていない。
一方、三人目の男は、隼人が蹴りを放って体勢を崩したことを見て取り、金属棒を振り回した。
金属棒は、鉄パイプよりも細くて速い。
隼人は不満げな顔を浮かべながら右肘を立てて、金属棒を右前腕で受け止めた。
ヒグマを金属棒で殴った場合、どうなるのか。
答えは、ヒグマは大して痛くはない。
「何っ!」
三人目の男の顔が、驚愕に染まる。
隼人は半身を捻り、左足で三人目の右脇腹を蹴り、右側の棚に吹っ飛ばした。
三人目も同じ場所にぶつかり、二人目の横にずり落ちる。
「はぁ、めんどくさ」
叫び声が聞こえて、さらに数人の男達が現れたのだ。
全員が隼人と、倒れた3人の男を交互に見ながら、険しい表情を浮かべている。
そのうち一人が懐中電灯を構え、隼人の顔面に向けて、光を当てた。
眩しい光を顔面に当てられた隼人は、右手の超強力LEDライトを向け返して、12000ルーメンの光を相手に当て返した。
車のヘッドライトを当てたような強烈な光が、男を照らし出す。
「うわあっ!」
光に目を焼かれた男が顔を覆い、のけぞった。
その後に隼人が光の強さを下げると、光を直接当ててくる者は居なくなった。
暫しの睨み合いがあり、追加で来た相手は、七人だと判別できた。
そのうちの一人、中年の男が怒鳴る。
「お前、何をしたんだ!」
倒れて呻いている三人のことだろう。
隼人は冷静な目つきと態度で、平然と言い返す。
「俺がポータブル電源を持っていたら、こいつが『おい、それを寄越せ!』と言って、いきなり肩を掴んで振り向かせながら、顔面を殴ってきた」
そう言った隼人は、一人目の男を右の爪先で軽く突く。
「それで、殴られたから咄嗟に左膝で蹴り返したところ、残りの二人が鉄パイプと金属棒で襲い掛かってきた。俺は金属棒で右手を殴られながらも、左足で1回ずつ蹴り返して倒した」
説明した隼人は、二人目と三人目の男の身体を、順に爪先で突っついた。
そして、ほかに何か質問はあるかという顔を向ける。
一拍の沈黙の後、男達の視線が倒れている3人へと向けられた。
「そうなのか?」
中年男性に問われた3人は、地面に転がったまま無言だった。
意識はあるし、身動ぎもしているが、気まずくて言いたくないという態度だ。
「おい、お前らが先に殴ったのか。どうなんだ」
「……殴りました」
一人目の男が、渋々と答えた。
すると中年男性が、頰を引き攣らせた。
そして苛立ちを露わにしながら、声を荒らげる。
「だったら、反撃したからもう良いだろう!」
隼人は無表情に、足元に転がる三人を見下ろした。
そして告げる。
「自分達が勝つ場合は襲い掛かって略奪して、負ければ自分達を攻撃するなとか、お前らはアホか」
「なんだとっ!」
激昂した声が飛んだ。
だが隼人は動じることなく、平然と相手を見返しながら言い返した。
「こいつらは素手の俺に対して、三人がかりで武器を使って、襲い掛かってきた。俺が店から得るのは緊急避難だが、こいつらが俺を襲うのは緊急避難ではない」
「だったらどうする気だ。警察でも呼ぶのか?」
中年男性が眉を吊り上げ、低い声で質す。
もちろん現状では、警察は通報してもやってこない。
中年男性は、警察など来ないから解放しろと言いたいのだろう。
だが、警察が来ないからといって強盗を解放するのは、おかしくないだろうか。少なくとも顔面を殴られた隼人は、不満であった。
「お前らは強盗の仲間だから、こいつらを引き渡せない。警察を呼べないのなら、実質的に力で押さえている連中に、引き渡すしかない。新秩序連合にでも渡して、こいつらを処罰してもらう。内容は、あいつらに任せる」
その言葉に、男達の顔色が変わった。隼人は冷徹な声で続けた。
「ふざけるなっ、あいつらこそ強盗だろうが!」
「俺にとっては、こいつらも強盗だ」
隼人の主張に対して、中年男性は返答に窮した。
やった本人が認めたのだから、先に襲った部分については、争点ではない。
襲ってきた強盗を取り押さえるのは当然の行為で、隼人を非難できない。
警察に通報されて、実際に警察が駆け付ければ、彼らも受け入れるしかない。
だが新秩序連合に引き渡すのは、受け入れられないだろう。
言葉に詰まる相手を見て、隼人は主導権を握ったと理解した。
隼人は、別に相手を言い負かしたいわけではない。
いきなり顔面を殴られ、新手にも解放しろと要求されて腹立たしかっただけで、きちんと決着すれば良いのだ。
「落とし処としては、俺から奪おうとしたポータブル電源とソーラーパネルの同等品を支払えば、襲ってきた件を示談にしても良い」
そう言って、左手に抱えたままだったポータブル電源を見せた。
「ポータブル電源は、2042Wh。そしてソーラーパネルは、200Wが2枚」
棚をライトで照らして、ソーラーパネルを見せた。
目には目を歯には歯をという、ハンムラビ法典方式だ。つまりポータブル電源を強盗するのなら、同等品を奪われても仕方がないという主張である。
隼人はソーラーパネルの横にポータブル電源を戻して、懐中電灯を右手から左手に持ち替えて、右手の自由を得た。
右手が自由であれば、倒れた3人を引き摺っていくことが出来る。
「どうする?」
問われた中年男性は、苦渋の表情を浮かべた。
無いのであれば、無いと言うはずだ。つまり持っているが、中年男性が所属するコミュニティでも貴重品で、渡せないのだろう。
「現状で、それがどれほど貴重なものか、分かるだろう」
「分かる。いきなり顔面を殴られて、金属棒で叩かれたくらいには貴重品だ」
「……こっちは7人だぞ」
中年男性の脅しに、隼人は目を細めた。
冷酷な光が、その瞳に宿る。
「示談が不成立なら、強盗への対応を行う。良いな?」
隼人の最終確認に対して、中年男性は僅かに沈黙した。
そして結論が出る。
「そいつを取り押さえろ!」
中年男性の怒声と共に、男達が一斉に動き出した。
七人の手には、金属パイプや即席の槍、ナイフなども握られている。
――三人を倒した俺を警戒しつつも、素手だから勝てると踏んだな。
隼人はポータブル電源を置いた棚の傍から離れるべく、前に出た。
金属パイプが振り下ろされるが、今度の隼人はポータブル電源の大きな箱を抱えておらず、利き腕も自由だ。
攻撃を軽く躱すと、右手で相手を殴り飛ばした。
鈍い音が響き、男の体はそのまま後方に吹き飛ばされていく。
――1人。
次の瞬間、隼人は動きの流れを止めることなく、左右から襲い掛かる男達に次々と蹴りを叩き込んだ。
どちらも吹っ飛び、商品棚と、展示していた組み立て式の棚に激突する。
――3人。
刹那、ナイフが迫ってきた。
隼人の右手が素早く動き、ナイフを掴む男の右手首を握り締める。
「お前は、ちょっとやり過ぎだろ」
隼人は相手を睨み付けると、右手首を掴んだ右手を、力一杯に振り回した。
ナイフ男の身体が浮かび上がり、高速で振り回されて、棚に飛んでいった。
――4人。あと3人。
槍が、叩き付けるように振り下ろされてきた。
前に突っ込んだ隼人は、叩き付けてきた槍の柄を肩で受けながら、右手で相手の左頰を殴り飛ばした。
右手の動きは止まらず、傍に居た男の腹に流れていき、深く叩き込まれた。
呻き声が上がり、6人目がくの字になって床に崩れ落ちた。
最後に残った中年男性を前に、隼人は右の拳を振り上げる。
「……わかった。示談にしよう」
おそらく彼は、話の分かる人間ではなく、自分に都合の良いことを要求するタイプなのだろう。
ゾンビがはびこる世界で生きるには、そういった強かさがあったほうが良い。
無論、だからといって隼人が相手に妥協する必要は無い。
ガツンと言わないと駄目だと思った隼人は、明確に告げた。
「3人に強盗未遂されたことに加えて、6人からナイフなどで殺人未遂をされた。示談金は、さっきの2倍に引き上げる。破格の安さだろう」
中年男性に取りに行かせようと思った隼人は、そこで思い止まった。
彼に行かせると、所属しているコミュニティで自分に都合の良いことを言って、戻ってこない恐れもある。
だが彼を残すと、きちんと戻ってくる人間を選ぶように思われる。
そう考えた隼人は、取りに行かせる人間を中年男性に選ばせることにした。
「お前以外の誰か2人に取りに行かせろ。日暮れまで戻らなかったら、残る8人の強盗は、二度と元の場所に戻れなくなる」
こうして隼人は、ホームセンターで2台のポータブル電源を手に入れた。
なお結束バンドは、建前のほうで役に立った。
無駄遣いさせられて、とても不本意であった。


























